■高齢者マネーに期待する政府の思惑が見え隠れ
新しいNISA制度が始まり、投資を始めたという方も多かったと思います。
そのNISAに新たな枠が設定されようとしています。
「プラチナNISA」、65歳以上の人だけが使えるNISA制度です。
年齢を65歳以上と制限することで、高齢者優遇だという批判も耳にしますが、私にはこの新制度誕生には、高齢者マネーに期待する政府の思惑が見え隠れしているように思われます。
まだ詳細も決まっていない「プラチナNISA」ですが、有望な制度なのか、オトクなのかどうなのかを考えてみたいと思います。
■NISAは金融資産保有額が高い高齢者に不人気
「日本人は死ぬときに一番お金を持っている」と言われますが、図表1を参考に金融資産の保有額を年代別に見てみると、年代が上がるほど保有額が多い傾向がみてとれます。
退職金などが影響していると思われますが、60代以降の平均保有額が突出しているのがわかります。
投資はお金に余裕がある人が行うもの、というイメージがあるかもしれませんが、実はNISA利用者は若者のほうが多いのです。
NISAの利用率を年代別に見ると20代が最も高く、年代があがるほど利用率は低下傾向です。
図表2を見ていただくとわかるように、20代が32.9%なのに対し、50代60代の利用率は20%を割り込んでいるのです。
つまり、お金を持っている年代ほどNISAの利用率が低いということ。
これは、政府としてはがっかりの結果ではないでしょうか。
■「毎日分配型の投資信託」とは
そもそもNISA制度を創設した政府の思惑のひとつが「貯蓄から投資へ」。
個人の持つ、眠れる預金を投資へ向かわせることでした。
しかし、肝心の金融資産を多く持つ高齢者がなかなかNISAに向かわないという現実にぶちあたったわけです。NISAは、長期間の資産形成を主な目的としているため、すでに一定の金融資産を持っており、それを使う局面に入った高齢者を取り込むことができなかったということでしょうか。
そこで、考えついたのが(?)65歳以上の人専用の新たなNISA枠「プラチナNISA」。
使いながら資産運用できるNISA枠です。
具体的には、現行のNISA制度では、対象外とされている「毎月分配型の投資信託」を買えるようにするのです。
なぜ現行のNISAで「毎月分配型の投資信託」が買えないのか。
それは、この商品が長期資産形成には不向きと金融庁が考えたからです。
運用する際には元本が多いほど運用益が増える可能性があるのですから、運用して増えた利益は払い出さずに元本に組み込んだほうが合理的なわけです。
その一方で、「毎月お小遣いのように分配金がもらえる」毎月分配型は、年金などと組み合わせて生活費に充てたい高齢者に一定の人気のある商品なのです。
つまり、長期資産形成には不向きではあるが、高齢者に人気のある「毎月分配型の投資信託」を買えるようにすることで、高齢者マネー(眠れる預金)を投資に向けたいということなのか?と思いますが、皆さんはどう思われますか。
では、プラチナNISAは高齢者にとって良い制度といえるのでしょうか。
メリットデメリットを考えてみましょう。
■プラチナNISAの主なメリット
1.毎月の現金収入を得られる
毎月配当金を受け取ることができ、年金収入に加えて定期的な現金収入を手にすることができる。
2.非課税メリット
現行NISAと同様、分配金や売却益が非課税で受け取れる。
3.スイッチング制度の創設(詳細未定)
長期積立で形成したNISA資産を、売却せずに毎月分配型に切り替えられる可能性がある。
4.「貯蓄から投資」への参加促進
「運用して貯めるだけの資産形成」ではなく「運用しながら老後資金として使う」を可能にすることで、「投資をしてみよう」という人が増え、その結果、低金利の預貯金だけに依存するリスクを回避し、資産の分散運用が可能になる。
5.相続対策との連動性(詳細未定)
一部で「相続税優遇措置」との連携案も議論されています(※現時点では未確定)。それがかなえば、資産を非課税枠内で運用しながら、相続時の税負担軽減を図れる可能性がある。
■プラチナNISAの主なデメリット
1.元本切り崩しリスク
毎月分配型投信は、約束した運用益に達しなかった場合、元本を切り崩して分配金を支払うケースがある(特別分配金)。
ざっくりいえば1000万円預けて「毎月5万円の配当を出す」と約束していたものの、運用益が3万円しか出なかった場合、残りの2万円は元本から払うということ。結果元本は998万円になる。これを繰りして元本が減れば、運用する元が減ることになるため当然運用益も減ることになり、元本切り崩しが加速し資産目減りのリスクがある。
2.高コスト体質
毎月分配型投信は手数料(信託報酬)が高い傾向があり、長期保有すればコスト負担が増大し、元本棄損につながる。
3.複利効果を受けられない
運用益を再投資しないことで、運用効率が落ちる。
4.商品選択の難しさ
金融リテラシーの低い高齢者が不適切な商品を購入する危険性がある。
たとえば、分配利回り20%超など、高配当を謳うものは、元本切り崩しを前提とした「見せかけの利回り」である可能性が高く、そういったものを見抜くリテラシーが必要。
5.市場変動リスク
株式や債券価格の下落で元本や分配金が減少する可能性がある。
6.ファンドの純資産が減少しやすい
元本を削る特別分配を続けることで、ファンド自体の規模(純資産)が縮小し、運用効率が悪化する恐れがある。
■長期運用には向かないが…
現行のNISAが投資効率を最優先に「運用益の再投資」「コスト(信託報酬等)の低いものを選択」するのに対し、「プラチナNISA」で買えることになる商品は、「運用益の毎月払い出し」「毎月分配するために、コスト(信託報酬等)は高い」という長期運用としてはおススメできない商品となっています。
ただ、65歳以降の年金受給者を前提に考えれば、将来のための資産形成よりも、低金利の預金よりは運用ができて、運用益はすぐに使える、という意味では「毎月分配型」という選択はありかとは思います。
■退職金を一括投入は絶対ダメ
ベストセラーになっている『DIE WITH ZERO』(ダイヤモンド社)が提唱するように、お金は生きているうちに有効に使うのであれば、年金受給をする年代になってなお長期投資をするよりも、使いながら運用は理にかなっているのかもしれません。
とはいえ、退職金マネーなど大きなお金を一括投入するようなことは絶対におススメしません。
理由は、デメリットであげた元本棄損リスクです。運用益不足からの元本の切り崩し、高く設定される可能性のある信託報酬も基本元本から払いだされます。また、投資しているファンド(投資信託)自体、特別分配が続けば規模が縮小し、結果投資効率が下がるリスクをはらんでいます。
このように、「毎月分配型」は増やすという意味ではあまり理がない商品です。
そのことを理解し、それでも「多少のリスクはあっても、普通預金に入れておくよりもいい」「元本の切り崩しがあったとしても、毎月定期収入があるとお金を使いやすい」というような方、もしくはそう思う程度の金額を運用するのであればおススメの商品かもしれません。
■リテラシーある人なら現行のNISAで十分
ちなみに、プラチナNISAに投資した金額は、全額相続税非課税!などという太っ腹な制度ができあがったとしたら! これはもう爆発的に売れること間違いなしです。
最後に、私だったらと考えた場合、自分なら現行のNISAを利用して資産形成しつつ、マイルールを作って、そこから一定額ずつ(年間120万円などときめ)取り崩しながら、生活費にあて、『DIE WITH ZERO』を目指そうと思います。相続税非課税になるなら、もちろん全力でプラチナNISAにつぎ込みますが(笑)。
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板倉 京(いたくら・みやこ)
税理士、マネージャーナリスト
保険会社・財産コンサルティング会社、税理士法人等で税理士業務に携わる。開業独立している女性税理士の組織、ウーマン・タックス代表。テレビ出演や全国での講演、書籍の執筆などの活動も多数。
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(税理士、マネージャーナリスト 板倉 京)