■マツダの500人希望退職者の募集でリストラが雪崩を打つのか
トランプ政権の自動車産業への関税引き上げが、国内企業のリストラ加速の引き金となる可能性が出てきた。そのひとつが4月22日に発表したマツダの500人の希望退職者の募集だ。
対象者は工場の技能職を除く勤続5年以上かつ50~61歳の正社員。マツダは「セカンドキャリア支援制度」と名付け、「従業員の自律的なキャリア形成を支援する新たな人事制度の一つ」と位置づけ、「マツダで積み重ねたスキルや経験を活かし、社外や地域社会での活躍・貢献を目指す従業員の前向きな選択を支援」するものと述べている」(同社リリース)。
また同社の執行役員は「関税を踏まえて導入した制度ではない」と発言し、トランプ関税とは関係ないとしているが、米国市場を販売の主戦場とし、日本からの輸出も多い同社にとって関税の影響が無縁なわけではない。
自動車関連では東証スタンダード・名証プレミアに上場する自動車部品製造業の今仙電機製作所が4月25日、岐阜県にある国内2工場の閉鎖を発表している。
3月25日には北米向け自動車電機部品メーカーのSMK(東証プライム)が国内100人規模の希望退職者募集を発表している。対象者は40歳以上64歳3カ月以下、かつ勤続5年以上の正社員だ。
自動車大手のリストラで注目されるのが今年1月に日産自動車が公表した、グローバル規模での9000人の人員削減だ。ホンダとの合併が破談になったが、4月24日には2025年3月期の連結最終損益が最大7500億円の赤字になったと発表した。リストラは世界の管理部門で2500人、工場で6500人、世界3工場を閉鎖するとしていたが、リストラの人員がさらに拡大する可能性がある。
今後、大規模リストラが始まる可能性について、中堅機械メーカーの人事担当者はこう指摘する。
「業界トップクラスがリストラに踏み切るかどうかを業界の中堅企業は注目している。トップクラスがリストラを実施すると、雪崩を打って中堅企業もリストラに踏み切るのが今までのパターンだ」
自動車産業は裾野が広い。自動車メーカーが実施すれば自動車部品大手や自動車関連産業、そして中小企業にも拡大するかもしれない。
そうでなくても国内では関税強化による輸出産業低迷への懸念のほか、日銀の利上げによる金融引き締めや物価高による消費の抑制など日本経済の不透明さが増している。
■「会社の甘い言葉を信じてはいけない」
その予兆はすでに昨年から始まっている。2024年の上場企業の早期・希望退職者募集は1万人を超えた(東京商工リサーチ)。
東芝、オムロン、資生堂、コニカミノルタ、シャープ、リコー、富士通、ワコール、武田薬品工業、第一生命など大手が大量の人員を削減しており、直近決算の黒字企業が約6割を占めている。
今後の行方について東京商工リサーチは「経営環境が不透明さを増し、将来を見据えた構造改革に着手する企業が増えており、2025年も上場企業の早期・希望退職の募集が加速する可能性が高い」と、予測していたが、トランプ関税でさらに拍車がかかるのは必至だ。
しかも今ではリストラしやすい土壌もある。その1つはリストラに関しては政府も寛容な姿勢を見せていることだ。政府は転職を促進し、賃金の上昇を促す三位一体の労働市場改革を推進している。
政府の「新しい資本主義実現会議」(議長=岸田文雄首相)が打ち出した「三位一体の労働市場改革の指針」では、「我が国の雇用慣行の実態が変わりつつある中で、働く個人にとっての雇用の安定性を新たな形で保全しつつ、構造的賃上げを実現しようとするものである。働く個人の立場に立って、円滑な労働移動の確保等を通じ、多様なキャリアや処遇の選択肢の提供を確保する」と述べている。
じつはマツダの「セカンドキャリア支援制度」でも「従業員がこれまでの経験や専門性を活かしながら、自らの意志で自律的にキャリアを描き実現することの後押しを進めています」と謳っており、政府の意図と今回の希望退職者の募集が被っている印象を受ける。
もちろん自律的なキャリア形成をするための希望退職への応募は否定しないが、対象を50~61歳の正社員に限定していることに引っかかる人も多いに違いない。
ネット上にはこんな感想を寄せる人も多い。
「マツダさんは50歳以上の退職者をこれまでと同じ給料以上で雇ってくれる企業を探すための責任を最後までまっとうするんだろうか」
しかも、セカンドキャリア支援制度の中身は、通常の退職金に特別加算金を加えた割増退職金を支給し、再就職支援サービスも提供するというごく一般的な補償内容にとどまっている。
20~30代でも転職してキャリアアップを図りたいと考えている人も多いはずだ。それにもかかわらず対象を50歳以上に限定しているのは、相対的に賃金が高い中高年層をターゲットにしているのは明らかだろう。
ネットにはさまざまな意見が寄せられているが、中にはこうしたアドバイスもある。
「地方では再就職は厳しい。(リストラ対象の)当事者は応じないで会社にしがみついたほうがいい。
同社だけではない。石破政権が推進する雇用流動化や転職推進策で危惧されるのは、それを免罪符に従業員のリストラに走る企業を誘発することだ。
■もう1つのリストラしやすい土壌は「賃上げ圧力」
もう1つのリストラしやすい土壌が「賃上げ圧力」だ。人手不足による人材獲得競争が激しくなり、初任給が高騰し、大手企業は30万円時代に突入している。政府も経団連や労働組合の連合と足並みを揃えて物価を上回る賃上げを要求し、賃上げ圧力が年々高まっている。
すでに春闘では昨年を上回る賃上げを表明する企業も相次いでいるが、ただし社員全員の賃上げを実施すれば当然ながら人件費は増大し、経営を圧迫する。今、企業が取り組んでいるのがビジネスの再起動を目指した事業構造改革と並行した人事・賃金制度改革や“人材の入れ替え”によるリストラの推進だ。
手っ取り早いのが相対的に賃金の高い40代以降の賃金を抑制し、その原資を初任給が若手社員の給与に充当する方法だ。しかし中高年の給与を一時的に抑制しても、モチベーションは下がるが、退職に踏み切る人は少ない。
その中で、賃上げする一方でリストラに着手した企業もある。
例えば2025年度に平均で約7%の賃上げを実施した第一生命ホールディングスは、2024年11月15日に「50歳以上かつ勤続15年以上の社員」を対象に1000人の希望退職者募集を発表し、1830人の応募があった。第一生命としては人員削減によって人件費を削減し、その分を新卒や中途社員の採用に充当し、“人材の入れ替え”による事業構造改革に踏み切ったと推察される。
政府の推進する雇用流動化策と、企業の構造改革や賃上げ圧力の犠牲となる「中高年リストラ」が今後、本格化するかもしれない。そのターゲットは言うまでもなく「就職氷河期世代」である。
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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)