■1~3月期は5%超え成長、好調なスタート
4月16日に発表された中国の2025年1~3月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.4%と、2024年10~12月期(+5.4%)と同じ伸びを維持し(図表1)、通年目標である「+5%前後」を上回る好調な結果であった。国家統計局公表の前期比は+1.2%(年率+4.9%)と10~12月期の+1.6%(年率+6.6%)から減速したものの、高めの伸びを維持した。
1~3月期が高成長となった背景には、①消費財買い替え促進策拡充を受けた個人消費の改善、②インフラ投資の加速、③4月以降の更なるトランプ関税引き上げを警戒した駆け込み輸出、の3つの要因があると考えられる。
各要因について詳細をみてみよう。
まず①の消費に関して、1~3月期の社会消費品小売総額(当社試算の実質)は前年同期比+4.7%と前期の+3.6%から伸びを高めた。2024年から景気支援の一環として実施されている消費財買い替え支援策を受け、家電の販売が引き続き好調なほか、2025年から新たに補助金支給対象となったスマートフォンなど通信機器も前年比で約+30%と高い伸びを示した。
■政策効果や駆け込み輸出に依存
次に、②のインフラ投資(鉄道・道路、水利・環境・公共施設管理、電気・ガス・水道の合計)については、1~3月期に前年同期比+13.9%(当社試算の実質)と前期の+13.5%から小幅に伸びを高めた。
中国政府は、2025年3月に開催された全人代(国会に相当)で、インフラ投資の資金源となる地方政府専項債という債券の発行枠を2024年から増額しており、その発行ペースの高まりが投資を押し上げた模様。
③の輸出については、1~3月期に前年同期比+5.7%と前期の+9.9%から伸びが鈍化したものの、2~3月に米トランプ政権が全対中輸入品に合計20%の追加関税を賦課したことを考慮すると、高めの伸びを維持したと言えよう。
仕向け地別の輸出額(当社試算の季節調整値)をみると、米国向けが減少に転じた一方、ASEAN向けは増加を続けた(図表2)。4月以降の更なる関税引き上げに対する懸念から、迂回輸出の拠点とされるASEAN向けを中心に駆け込み輸出が発生した可能性がある。
■一方、不動産市場の調整は継続
このように、政策効果や駆け込み輸出が1~3月期の成長率の押し上げに寄与する一方、不動産市場の調整は継続しており、景気が自律的に回復しているとは言えない状況である。
中国の不動産市場は、政府によるバブル抑制策を契機に、2021年半ば以降、調整が長期化している。デベロッパーの資金繰り悪化→住宅建設・引き渡しの遅延→人々の住宅購入意欲の減退→住宅販売不振→資金繰り悪化……という悪循環が発生、2024年の不動産販売面積は2021年対比で半減、不動産開発投資額も約3割減少した。
長引く不動産不況に危機感を募らせている政府は、未完工住宅の建設推進、デベロッパーへの資金繰り支援、住宅購入規制の緩和、売れ残り住宅の買い取りなど、様々な支援策を講じている。
こうした政策対応、特に2024年9月以降の購入制限の緩和などの支援策強化を受けて、1級都市(北京・上海・広州・深セン)と呼ばれる大都市では、もともと実需が底堅いこともあり、住宅価格が底入れしつつある(図表3)。他方で、住宅在庫を多く抱える2級・3級都市と呼ばれる地方都市では下落が継続、したがって中国70都市平均の価格も下落が続いている。
不動産開発投資額も依然として前年比▲10%程度の大幅減が継続。高債務を抱えるデベロッパーが未完成住宅の建設を進められていない模様。一部の大都市での販売好転がデベロッパーの資金繰りを改善し、投資を好転させるには時間を要するとみられる。
その調整にかかる時間であるが、当社試算では、2024年末時点での建設中の住宅在庫は販売面積対比4.9倍と高水準であり、不動産規制強化前の2019年の水準(販売面積対比2.8倍)まで引き下げるには、約3年かかるとみられる。すなわち、少なくとも2027年頃までは不動産市場の調整局面が続く見込みである。
■米中貿易戦争の激化、対米輸出の大幅減は不可避
不動産市場の調整が続く中でも好調なスタートを切った中国経済であるが、4月以降激化した米中貿易戦争により、景気減速は避けられない状況である。
米トランプ政権は4月2日、全ての国に対する一律10%の追加関税に加え、米国の貿易赤字額が大きい57の国・地域に対して「相互関税」を課すと発表。
中国側も4月4日、同率の対米追加関税のほか、レアアースの輸出規制などの対抗措置を発表。この動きを受けて、米国がさらに対中追加関税を引き上げ、中国も報復措置を実施するという米中間の激しい応酬が繰り広げられた。4月に入ってから、米国がスマホなど電子製品を除く対中輸入品に125%、中国は全対米輸入品に125%と互いに高水準の追加関税を賦課することとなった(図表4)。
今後、相互関税の猶予期間90日が終了する7月以降、米中双方の追加関税が一部取り下げられ、米国の対中追加関税が合計54%(①相互関税を125%から34%に引き下げ、②2~3月に実施された合成麻薬を理由とする20%の追加関税は継続)、中国の対米追加関税が34%まで引き下げられたとしても、中国の対米輸出の大幅減は避けられない。
それに加え、米国以外の国・地域向けの輸出の落ち込みや、国内の設備投資・個人消費への波及も含めると、2025~26年の2年間でGDPが1.5%程度下押しされるとみられる。
■中国の報復関税による悪影響は限定的か
なお、中国が米国に課した報復関税により、輸入物価上昇を通じた景気下押しも懸念される。しかし、以下に示す通り、米国の主要輸入品は他国からの輸入や中国国内生産品で代替可能とみられ、景気への影響は限定的と考えられる。
中国の米国からの輸入の品目別内訳をみると(図表5)、大豆が9.3%を占め、対米輸入依存度(当該品目の輸入全体のうち米国からの輸入が占める割合)も26%と比較的高いが、すでにブラジルなどからの代替輸入が進んでいる。中国国内の生産を強化する動きもみられる。
次いで多い天然ガス(対米輸入に占める割合6.3%)や原油(5.5%)は、対米輸入依存度が高くないこともあり、大部分をロシアや中東諸国(サウジアラビア、カタールなど)からの輸入増で賄うことができよう。
乗用車(5.1%)や集積回路(5.0%)は、日本や欧州、台湾、韓国などからの代替輸入のほか、国内生産品へのシフトも進むと考えられる。
■追加の景気対策でも「5%成長」は困難
中国政府は、3月の全人代で今年の成長率目標「前年比+5%前後」や経済政策を掲げたばかりである。しかし、現状示されている政策では、上述の大きな経済的悪影響をカバーできず、追加景気対策が打たれると予想される。実際、全人代の会見で、財政部長が「内外の不確実性に対処するため、中央財政は十分な準備と政策余地を確保している」と発言、追加景気対策の可能性を示唆していた。
具体的には、積極財政・金融緩和の度合いを強め、消費財買い替え促進策の拡充、インフラ投資・先端製造業投資の強化、輸出産業に対する支援などを行っていくものと考えられる。
実際、4月25日に開催された党の重要会議、中央政治局会議では、「外部からの衝撃の影響が拡大している」との認識が示されたうえで、①地方政府専項債券や超長期特別国債(重要投資プロジェクトや消費財買い替え促進策などに使用)の発行・使用の加速、②適時の預金準備率引き下げや利下げ、③関税の影響が大きい企業に対する失業保険基金の還付率引き上げ、などの政策を示した。
ただし、こうした景気支援策があっても、「5%前後」の成長目標の達成はかなり難しいとみられる。今後打たれる景気支援策の規模次第であるが、当社では、2025年の成長率は前年比+3.7%と4%をも下回ると予想している。
中国政府は今後、景気支援策を実施すると同時に、米中双方にとって悪影響が大きすぎる高関税の取り下げに向けて、米国側との交渉を図るとみられる。対米関係をうまくマネージしつつ、景気失速を回避できるのか、習政権の手腕にますます注目が集まる。
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玉井 芳野
伊藤忠総研 主任研究員
2011年東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻)修了。同年4月みずほ総合研究所(現・みずほリサーチ&テクノロジーズ)に入社し、中国経済の調査・分析に従事。
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(伊藤忠総研 主任研究員 玉井 芳野)