今、日本の歴史ドラマに追い風が吹いている。その理由の1つにドラマ「SHOGUN 将軍」の世界ヒットがある。
しかも、一時のブームで終わってしまう話でもなさそうだ。製作元のウォルト・ディズニー・カンパニーはシーズン2どころか、シーズン3まで計画を進めている。世界のディズニーが社を挙げて日本を舞台にした、ほぼ日本語の時代劇ドラマに力を注いでいる。
この流れは日本を代表する歴史ドラマシリーズのNHK「大河ドラマ」を海外にも広げる絶好の機会だろう。60年以上にわたり日本の歴史上の人物に焦点を当ててきた実績を生かさない手はない。
物語の主人公の世界的な知名度の高さが大きな問題にならないことは「SHOGUN 将軍」がすでに証明している。モデルの徳川家康は日本人であれば誰でも知っているが、海外では侍の1人という認識に過ぎない。知名度以上に実は海外でも受ける重要なポイントは、普遍的なテーマを扱っているかどうかにある。時代の変遷の中で人の生き様が見えてくる面白さを見出してきた「大河ドラマ」はこの条件を満たす。
■ビジネスドラマとしての魅力もある「べらぼう」
現在放送中の「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」はビジネスドラマとしての魅力もある。横浜流星演じる主人公・蔦屋重三郎が幾多の失敗を重ねながら名もない町人から「江戸のメディア王」にのし上がっていく様子を描いている。舞台こそ江戸時代だが、目の前のプロジェクトを成功へと導いていく過程は現代と大きくは変わらないと感じさせる。サクセスストーリーとしての面白さがあり、国境を超えて共感を生むはずだ。題材そのものは海外にも広がるポテンシャルを秘めている。
製作するNHKも攻める動きを見せている。世界のドラマ界が最も注目するフランスのTVドラマ祭「シリーズ・マニア」で「大河ドラマ」をはじめとするNHKドラマのプレゼンテーションを現地時間3月26日に行った。10万人規模のドラマファンや業界関係者が参加し、Netflixの新作発表などが注目されるなかで決して目立つ存在ではなかったが、6人のNHK現役プロデューサーが登壇し、作品づくりの背景を真摯に語った。
打ち出したことの1つに「オーセンティシティ」があった。本物らしさを意味する言葉で、ドラマ「SHOGUN 将軍」のヒットの要因とも重なる。真田をはじめ制作スタッフが口を揃えてオーセンティシティにこだわり抜いたことを強調していることからも裏付けられる。時代背景に合わせた歩き方や座り方、刀の抜き差しなどの所作や美術セットは世界観を作り上げる大事な役割を持つ。
■1話5000万円から1億円をかける大河ドラマ
ただし、実は地味に製作コストがかかる部分でもある。予算に制限がある場合は追求できず、説得力に欠けた歴史ドラマになりがち。「大河ドラマ」の場合は、1話につき5000万円から1億円をかけ、日本のドラマの中で最も制作費が投じられていることからオーセンティシティを語る価値がある。先の「べらぼう」では浮世絵の版画や画集など、番組に登場する小道具は色に至るまですべて本物そっくりに再現できるよう心がけているという。
前クールに放送された吉高由里子演じる紫式部が主役の『光る君へ』も世界観づくりに長けた作品の1つだろう。「平安時代を舞台に歴史的に正確であることを追求し、信憑性を確保した」と、作品を手がけた内田ゆきプロデューサーが熱弁した。スタジオ内にセットを作り上げた宮廷行事の歌会「曲水の宴」のシーンを例に挙げ、庭園の小川に酒盃を浮かべて和歌を詠み、盃のお酒を飲むという雅さをどのように再現したか説明を続けた。
「古代の絵巻物を頼りにこの風習を確認したところ、盃を運ぶための小舟が必要であることに気づきました。できるだけ正確さを追求したかったので、平安時代の専門家と協力し、儀式の全体像から小道具に至るまで再現性にこだわったシーンの1つでした」
■苦労したのは「衣装づくり」
また当時の着物に想像以上に鮮やかな色彩が使われていたことを確認し、衣装づくりは苦労したという。登場人物それぞれの社会的地位や年齢、性格によって衣装デザインを変え、視覚的な美しさを求めた。ストーリーが進むにつれて女性たちの衣装を進化させていったという。
宮中に仕える前の紫式部の衣装には紫の色使いをあえて使わず、執筆を始める頃になってから、彼女の情熱の強さを表すさまざまな色合いの紫を衣装に取り入れていったのだ。「芸術的観点は『大河ドラマ』に欠かせないものでもあります。長年にわたり大切に守られ、受け継がれてきました」と語る言葉に自信も見えた。
物語上は必要であっても今はもう存在しない風景を再現する際はバーチャルプロダクションなど新しい製作技術を取り入れることにも積極的だ。予算や手間をかける必要があるのは、NetflixやAmazonなどグローバル配信プレイヤーの台頭によって視聴者がより質の高いドラマを求めていることが大きいという。
「SHOGUN 将軍」の世界的ヒットの勢いを借り、オーセンティシティを売りにする「大河ドラマ」にはもう1つ、アドバンテージがある。それは量より中身にシフトする市場トレンドに起因する。
■「数を打てば当たる時代」は過ぎ去っている
「シリーズ・マニア」開催中に発表したイギリスのアンペア・アナリシスの市場調査結果によると、2024年四半期(2024年10月~12月)の期間、世界全体で新たに製作発注されたドラマの数は587本にとどまった。2010年から2020年代初頭のテレビ全盛期は平均777本に上っていたが、その頃と比べて25%も減少しているのだ。
市場が疲弊していることが要因にあるものの、数を打てば当たる時代は過ぎ去り、中身の新鮮さや多様性で勝負する時代が到来した。ゆえに中身で勝負してきた「大河ドラマ」には勝ち目がある。
NHKのプレゼンテーションには同じ公共放送であるドイツのZDFグループのZDFスタジオで製作と開発を担うロバート・フランク氏も登壇し、「質の高いローカルストーリーを届け続けることに使命感を持つ公共放送にとって今、ますます重要な局面にある」と話していた。
■ドイツと開発する第二次世界大戦ドラマ
NHKとZDFは現在、第二次世界大戦を舞台にしたドラマ企画を共同で開発中であることも明かした。「大河ドラマ」として計画されているものではないが、互いの制作力を投下する作品として期待できる。
フランク氏は「ドイツ人にとって第二次世界大戦は長い歴史の中でも非常に重要な部分です」と語り、「第二次世界大戦の騒乱や破壊、苦しみを引き起こした自分たちの責任を深く感じながら、製作したいと思っています。第二次世界大戦で同盟を結んでいた日本の視点からも探求する機会を得ることは貴重です。これまで語られることがなかった物語を届けたいです」と思いを言葉にした。
歴史ドラマは役者や脚本の力だけでなく、時代考証し、実現する手腕も問われるが、「大河ドラマ」で培ってきたものが試される時にある。世界天下への道はたやすくはないが、秘めた可能性が後押しするはずだ。
----------
長谷川 朋子(はせがわ・ともこ)
テレビ業界ジャーナリスト
コラムニスト、放送ジャーナル社取締役、Tokyo Docs理事。1975年生まれ。ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。東洋経済オンラインやForbesなどで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、番組審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。
----------
(テレビ業界ジャーナリスト 長谷川 朋子)