■福岡に残っていたら「行き遅れ」と言われるけど…
「さすが九州」を略した、ネットスラングの「さす九」。「男尊女卑」の傾向が強いとされる九州在住者や出身者を揶揄する言葉だ。
たびたびSNSで話題となり、最近では西日本新聞(本社・福岡市)が3月に出した記事〈男尊女卑やゆ「さす九」SNSで拡散 性別による無意識の思い込み調査、九州の傾向は〉が論争を引き起こしている。この「さす九」問題、実は単なる地域文化ですまされず、九州各県の将来にも暗い影を落としかねない。
■「脱『さす九』ができて、大正解でした」
マスコミ業界で活躍する都内在住のミキさん(30代前半)は、福岡県の高校から早稲田大学に進学した自分の決断をこう評価する。彼女は平日はバリバリ働きながら、週末を中心に同世代の彼氏と楽しく過ごす。
「キャリアを積み上げられるし、マッチングアプリでの男性との出会いもある。福岡に残っていたら『行き遅れ』と後ろ指さされますが、東京では誰も言わない」
そして筆者が問わずとも、東京出身の彼氏が自らをどう呼称しているのかを教えてくれた。
「一人称は〈僕〉なんですよ。父もですが福岡の男性は、だいたいが〈オレ〉。もちろん彼は、女は黙ってついてこいという性格でもないです」
■「女は東京に行く必要はない」
「オレ」「オレ」言う父のサトシさん(60代)は、ミキさんの進学をめぐって、こう言ったことがある。「女は東京に行く必要はない」。
かつて公務員として働いていたサトシさんは高卒のため、学歴で苦労した。そのため大学に行くこと自体は反対しなかった。
しかし、4歳年上の姉が地元の大学から、東京での就職を決めてしまうと態度が硬化。「お前まで東京に出たら、将来のオレの面倒は誰が見るんだ」。こう平然と言ってきた。
周囲を見ても、「大学進学は遠くて大阪まで」という家庭が多かった。親たちは大阪以西の大学ならば就職するタイミングで、福岡に戻ってくる可能性が高いと踏んでいるようだ。事実、ミキさんの友人・知人はそのパターンになったという。
結局、通っていた塾の塾長の説得や東京の難関大に進学したOBに感化され、サトシさんは考えを改めた。自分だけでは説得できなかっただろうと今でも思っている。
■校則に従ったのに「女らしくない」と言われ…
威張っている自覚がなく、「災害」(ミキさん)のように家族を振り回すサトシさん以外にも、「さす九」的風潮に違和感を抱くことは多々あった。
通っていた高校の校則は、身だしなみ規定が厳しかった。その一つに「後ろ髪が制服の襟にかかる場合は束ねること」があった。ショートヘアのミキさんはゴムで束ねようとしたが、髪質が硬いためすっぽり抜けてしまう。
困った挙句、耳にかからない程度の、いわゆるベリーショートにした。
すると、その姿を目にした女性担任が「女性の髪型じゃない。はしたない」と言い放った。ちなみにミキさんはテニス部で短いほうが動きやすくもあったが、女性担任はそれでも「女らしい髪型」を求めてきた。
親族で集まった時、男性は居間で酒盛りしているのに、女性は台所に押し込められて給仕に励む間に食事をとる……。「さす九」的だとしてSNSで指摘されている行事風景も、ミキさんは当然ながら経験している。
ともかく女性は控えめであることが求められた。しかし、しごでき(仕事ができる)タイプのミキさんは、幼少期から自分の意見があったし、それを主張してきた。そのため「ブス」「生意気」「変な女」とずっと言われ続けた。
東京でのマスコミの仕事でプラスに働く彼女の特徴は、福岡では受け入れてもらえなかった。彼女が脱「さす九」を実行し、上京して戻らないのは当然の結果だ。
■「閉塞感に息が詰まった」
こうした「さす九」要素が嫌で東京に移住する女性は一定数いると見られる。

朝日新聞は4月、住民基本台帳を使い20~24歳人口に占める女性割合の推移を都道府県別で集計した(グラフの表示では1995年~2024年)。その結果として「2021年に初めて東京が首位になった」としつつ、かつて1位だった鹿児島の状況を探った。
そこでは鹿児島在住の大学4年生の女性が東京での就職を目指す背景を、次のように紹介している。
「祖母は『女は学校になんて行かなくていい』と公言してはばからず、父は家事をほとんどしたことがない」「閉塞感に息が詰まった」
福岡と鹿児島で地域は異なり、15年以上の時の経過もある。それでも、ミキさんとこの大学4年生の感情は近しい。
九州では、四大都市の一つに数えられる福岡県のみ、人口の転入が転出を上回る「転入超過」となっている。他6県は逆に「転出超過」が続く。
総務省が今年1月31日に発表した、住民基本台帳に基づいた九州各県のデータは以下だ。
■政治分野の女性比率は軒並み低い
このニュースを伝える南日本放送(本社・鹿児島市)のネット記事は、見出しに「女性の転出も目出つ」とある。鹿児島の「転出超過」は4410人だが、「およそ6割が女性」とのこと。
筆者は、ミキさん以外にも九州出身で上京してきた複数の女性に話を聞いている。就職先が限られている、勉強したい内容を学べる大学がなかった。
就職、進学での具体的な不利益を聞くと同時に、「地元では女性が自由にできない」などと「さす九」的な文化から逃げたかったとする意見も聞いた。
大分から東京の公立大に進学し公務員になった女性は、将来、より幅広く活躍できる場として政治家になる選択肢を持っている。その場合でも「大分よりも東京のほうが現実的」と捉える。
3月8日の国際女性デーにあわせて発表された、2025年の「都道府県版ジェンダーギャップ指数」の「政治」分野を参照する。選挙区選出の国会議員や歴代知事の在職年数の男女比など6つの指標を使用して算出したものだ。
1位は最も男女差が少ないこととなり、女性が知事についている東京が占める。九州は軒並み、47都道府県の半分以下。24位に福岡・大分、35位に長崎、37位に熊本、39位に鹿児島、44位に佐賀、45位に宮崎となっている。
本人は望まないだろうが、自分の意見があって弁も立つミキさんなどは、地元の福岡で政治家になっていても何ら不思議ではない。九州は残念ながら、活躍できる女性を意図せず地元から手放してしまっているのではないだろうか。
地域おこし協力隊に代表されるように各地方が若者を呼び込もうとする状況下では、なおさらもったいないと感じる。
■同じ女性からも差別される「さす九」の根深さ
もちろん、「さす九」が示す男尊女卑や男女差別は日本全体の課題でもある。

ジェンダーギャップ指数ランキング」2024年版によると、日本は146カ国中118位に位置する。前年の125位から少し持ち直したが、依然として下位グループにいるお寒い状況に変わりはない。
緊急に改善すべきであり、「さす九」が映し出す諸問題は社会課題そのものと言える。
経済的側面から言っても、もったいない事態が起きている。ミキさんの友人に福岡県の有名大学を出て、地元の優良企業に正社員で入社した女性Aさんがいる。彼女は同じ職場の同僚男性と結婚した。
Aさんが仕事を続けようとすると、「誰が家のことをやるんだ」と夫の家族・親族からのプレッシャーがかかった。それは何も男性からだけでなく、むしろ年配女性からの圧が強かった。結局、彼女は競争を勝ち抜いて得た仕事を辞めてしまったという。同社は九州トップクラスの給与を誇る。仮に筆者がAさんの配偶者ならば、「家のことは僕がやるから、辞めないでくれ」と断固として説得に回る。あまりにもったいないからだ。

■ある日、ミキさんの父に起きた“異変”
そうはいっても、筆者と同じおじさん世代には、どうにもピンとこない人もいるかもしれない。「男が女を引っ張るものだ」。昭和生まれは、いまだマッチョな自分像からは完全には離れにくい部分を抱える。
そんな男性陣こそ、ミキさんの父・サトシさんのエピソードに耳を傾けてほしい。サトシさんはミキさん、母、姉、さらに祖母(ミキさん母の実母)の女性4人に囲まれて長らく暮らしてきた。筆者などは「女性に囲まれて羨ましい」と素朴に感じるのだが、ミキさんの父は「女性ばかりで居場所がない」と捉えてしまった。さらに「男たるもの強くあらねば」との自意識から、妻や娘を対話ではなく、恫喝や物に当たって支配するのが常だった。
早大時代のミキさんが里帰りした時、月曜の朝にもかかわらずサトシさんは出勤準備をしていなかった。「仕事行かんの?」と聞くと、「オレ、今は少し休んどるけん。よかとよ」と返事が返ってきた。
ミキさんは父親に、それ以上、直接聞くことはなかった。「何かある」とピンときたからだ。
母に聞くと、年下の大卒上司が赴任してきてパワハラに遭っていた。「さす九」色が強いサトシさんは学歴コンプレックスも相まって、母に愚痴をこぼしたり、悩みを打ち明けたりすることはなかった。母が知らない間、ずっと一人で抱え込んだ。気づいたのは、サトシさんが体に異変を起こし、朝、起床できなくなってからだ。
■「家族の誰よりも『さす九』に呪縛されてきた」
しばらくして病院に行くと、うつ病と診断された。さらに発達障害であることも判明した。ミキさんは、父親の「さす九」的な言動が苦手だったうえ、ずっとうまくコミュニケーションが取れないと感じていた。
ちょっとした会話の最中に突然怒りだし、30分~1時間も説教されることが珍しくなかった。今振り返るとサトシさんは人知れず、発達障害の特性から来る生きづらさに苦しんでいた。そのストレスが爆発したのだろうと考えるようになった。
地理的にも離れ客観視できるようになったミキさんは、父親の生き方をこう捉えている。
「家族の誰よりも『さす九』に呪縛されてきたのです。九州の文化で、父はずっと育てられてきましたから。私もひどい言葉を投げつけられ散々苦労してきましたが、うつ病で働けなくなった父を見て考えが変わりました」
■男尊女卑の本当の“正体”とは
「『さす九』はこと女性差別の文脈で語られがちですが、本質は超男性優位社会のヒエラルキーにあると思っています。高学歴で社会的地位の高い男性が立場の弱い男性を支配し、その男性がはけ口として女性を支配する……。『田舎はどこもそんなもの』と思われるかもしれませんが、人口規模や大企業の多さを考えれば九州の『無意識の偏見』からくる差別構造は明らかに異質です。本当は、私よりも父のほうがかわいそうなのかもしれません」

「九州だけでなく、全国の地方で父と同じような男性が減ることを願っています。『さす九』がパワーワードとして注目されることで、女性と対立するのではなく、まずは男性自身が『男らしくあらねば』という呪いを解くところから始めてほしいと思います」
令和となった今、旧来型の男らしさ女らしさで自分を縛る必要はない。改めていうまでもなく皆、自分らしく自由に生きればいい。
「女らしくない」と言われて育ったミキさんは髪に派手めのハイライトを入れ、左右の手に指輪を3つはめて、今日も都内オフィスでパソコンに向かっている。
地方の人手不足が深刻な今、勉強や仕事に意欲的な女性が脱「さす九」に向かう現状を課題と認識し、日本全体で真剣に解決策を考える必要があるのではないだろうか。

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富岡 悠希(とみおか・ゆうき)

ジャーナリスト・ライター

オールドメディアからネット世界に執筆活動の場を変更中。低い目線で世の中を見ることを心がけている。近年は新宿・歌舞伎町を頻繁に訪問し、悪質ホスト問題などを継続的に記事化。国会での関連質疑でも、参考資料として取り上げられている。著書に『妻が怖くて仕方ない』(ポプラ社)。

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(ジャーナリスト・ライター 富岡 悠希)
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