少子化の原因として結婚の減少がよく挙げられるが、それだけではない。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「出産後も仕事を続ける女性が増える過程で子育ての負担が家庭外に分散されてきたが、同時に不公平感が蔓延している」という――。

■子育て世帯に向けられる「不公平感」
「どうして、こんなに子どもが少ないのだろう。」
街を歩けば、かつては賑わっていた公園や商店街が、静まりかえっている光景に出くわすことも珍しくありません。日本の少子化は、もはやニュースで報じられるだけの「他人事」ではなく、社会全体を揺るがす問題となっています。
厚生労働省の人口動態統計によれば、2024年に日本で生まれた子どもの数は72万988人。前年比5%減という衝撃的な数字であり、比較可能な1899年以降、最も少ない記録を更新しました。これは、国立社会保障・人口問題研究所が発表していた低位推計のシナリオに近づきつつあることを意味します。
そしてこの「子どもが減る」という現象とともに、近年懸念される問題があります。それは、子育て世帯に向けられる「不公平感」や「子持ち様批判」という新たな分断です。
■「子持ち様批判」の拡大
「子持ち様」という言葉をご存じでしょうか?
ネットスラングであり、育児を理由に周囲への配慮を欠いた言動を取る親たちを揶揄する言葉です。例えば、子どもの発熱で突然休んだ同僚のフォローを任され、疲弊する独身社員のX(旧Twitter)投稿が爆発的に拡散されたことが記憶に新しいでしょう。この投稿を受け、SNSには不満の声が次々とあふれました。
なぜ、少子化とともに、こうした「不公平感」が社会に蔓延してしまうのでしょうか。今回の記事では、少子化と不公平感の関係性について、歴史的な背景や具体的なデータを交えながら、紐解いていきます。

■これまでは「子育て負担=家庭に集中モデル」でうまくいっていた
今の私たちにとって「保育園」や「育休」という存在は当たり前ですが、ほんの数十年前まで、それはごく限られた存在でした。
高度経済成長期にあたる1960年代から1980年代、日本では「男は仕事、女は家事・育児」という明確な役割分担が社会に根づいていました(*1)。結婚・出産を機に女性が職場を離れ、専業主婦となることが当然視され、子どもを育てる責任は、主に家庭内、つまり母親に集中していたのです。
これは「子育て負担=家庭(主に女性)に集中モデル」と言えるでしょう。
当時の日本経済は経済成長率も高く、男性が働き、女性が家事・育児に集中するという分業で家庭や社会がうまく回っていました。
しかし、女性の高学歴化による社会進出に伴い、このモデルにほころびが出始めました。実はその過程の中で今の「子持ち様批判」に類似した事例が過去にも起きていたのです。
■ベビーカー論争、アグネス論争、子連れ議員論争
東京大学の藤田結子准教授は、1970年代にベビーカー論争、1980年代にアグネス論争、そして2010年代に子連れ議員論争があり、その内容は近年の「子持ち様批判」と類似していると指摘しています(*2)。
例えば、1970年代のベビーカー論争では、当時の国鉄・私鉄・地下鉄が駅構内でのベビーカーの使用は他の利用者の迷惑になるとして、ベビーカー乗り入れ禁止のポスターを東京都内の駅に貼りました。
1980年代のアグネス論争では、歌手・タレントのアグネス・チャンさんが第1子を出産後、乳児を連れてテレビ番組の収録スタジオにやってきたことが批判の対象となりました。当時は「仕事という公的な場に子どもを連れてきて、周囲の迷惑を考えていない」という点が主な批判の内容でした。ちなみに、アグネス論争の社会的な影響は大きく、1988年の流行語部門・大衆賞を受賞しています。

2010年代の子連れ議員論争では、熊本市議会で乳幼児を連れた女性市議が議場に入る際、議員や職員以外が議場に入ることは規則で禁じられているため、その対応に追われ、開会が遅れることとなりました。この女性市議は子育てと仕事の両立の大変さを示したかったという意図があったようですが、その行動には多くの批判が集まってしまいました。
藤田准教授はベビーカー論争、アグネス論争、そして子連れ議員論争のいずれも、駅や職場といった公の場に子育てを持ち込み、それが批判の対象になったと指摘しています。この構図は「子持ち様批判」にも当てはまります。
■女性の社会進出に伴い、子育て負担を家庭外にも分散
ベビーカー論争、アグネス論争、子連れ議員論争、そして子持ち様批判のいずれも、女性が家庭から社会へと進出する中で発生した現象です。
高学歴化や1986年の男女雇用機会均等法の施行によって女性就業者が増えていく中で、それまで家庭内に集中していた子育て負担をそのまま家庭内で対処し続けることが難しくなってきました。
この課題に対処するためにも、家庭、特に女性に集中していた子育て負担を他の受け皿へと移行・分散するようになりました。これは「子育て負担=家庭に集中モデル」から「子育て負担=家庭外にも分散モデル」への転換だと言えるでしょう。
■妻側の母親が駆り出されている
子育て負担の受け皿としては、①国の制度、②企業、③祖父・祖母といった血縁、そして④夫が挙げられます。
① 国の制度では、育児休業法や保育所・学童の増設が大きな役割を果たしました。これらの制度によって女性が出産後に働き続けやすい環境が整ってきたと言えます。
② 企業では、独自に出産や継続就業を支援する制度を持つ企業が以前より増えました。

③ 祖父・祖母といった血縁では、祖父・祖母が子どもの面倒を見るということが以前よりも増えてきました。実際に『出生動向基本調査』というデータを見ると、第1子が3歳になるまでに夫婦どちらかの親から手助けを受けた割合は、最近になるほど増加しています。
具体的には、1985年~1989年では夫婦いずれかの母親(子どもから見た祖母)から手助けを得ていた割合は42.6%でしたが、2015年~2018年ではこの割合が57.8%へと上昇しています(図表1)。ちなみにこの間、妻側の母親からの支援割合が増え続けており、夫側の母親からの支援割合は大きく変化していませんでした(図表1)。
働き続ける女性の割合が増え、その支援を自分の母親に求めることが多くなっていると言えるでしょう。
最後の④夫としては、徐々に夫の家事・育児参加が進んでいます。ただし、その変化は小さく、まだ不十分です。総務省の『社会生活基本調査』を見ると、6歳未満の子供を持つ夫の家事関連時間は、2001年で0.48時間であり、2021年で1.54時間でした。夫の家事・育児参加には今後のさらなる改善が期待されます。
■子育て負担の受け皿となった人々に不満や不公平感が増加
このように子育て負担を①国の制度、②企業、③祖父・祖母といった血縁、④夫へと分散するようにしてきましたが、ここで2つの問題が発生しました。
その1つが負担の受け皿となった人々の間で、不満や不公平感が大きくなってきたという点です。
例えば、企業内で育児休業や子どもの体調不良等で仕事を離れる人が増えると、残った仕事負担を同僚が背負わなければならないという事態が発生するようになりました。
このような業務負担の増加が必ずしも企業内で評価されるわけでもなかったため、不満や不公平感がつのり、「子持ち様批判」へとつながった可能性があります。
また、祖父・祖母が孫の面倒を見ることも増えてきましたが、その負担は母方の祖母に集中する場合が多く、その負担感から幸福度が低下してしまうことが指摘されています(*3)。いわゆる「孫育て」は決して楽なものではなく、負担感は無視できません。
■子育て負担を分散したが、依然として女性の負担は大きい
もう1つの問題は、子育て負担の分散が必ずしもうまくいっていなく、どうしても家庭、特に女性に負担が偏ってしまうという点です。
総務省の『社会生活基本調査』を見ると、6歳未満の子供を持つ妻の家事関連時間は、2001年で7.41時間であり、2021年で7.28時間となっており、わずかしか低下していません。また、2021年の値でも、妻の家事関連時間は夫の約4.7倍となっています。このような負担は、子を持つ女性の幸福度を低下させてしまうでしょう。
さらに、近年ではこれらの負担や晩婚化の影響もあってか、夫婦の子どもの数も徐々に低下してきています。図表2にあるとおり、妻45~49歳夫婦の出生子ども数は、1977年以降に二人以上となっていたのですが、2015年以降二人未満となっています。
働く女性が増えていく中で、子育て負担をうまく分散化できず、子ども数が抑制されるようになってきた可能性が高いのです。
■「結婚難」だけではない…夫婦が子どもをつくらなくなった
これまでの内容を整理すると、以下の3点にまとめることができます(図表3)。
① 1960年代から1980年代までは、子育て負担を家庭、特に女性が担ってきた(子育て負担=家庭に集中モデル)。

② 女性の社会進出に伴い、子育て負担を分散化(子育て負担=家庭外にも分散モデル)。
③ 子育て負担が家庭外の人々にも担われるようになったが、その負担が不満や不公平感につながってしまっている。また、負担の分散が不十分であり、依然として女性の負担が大きい。

■子育て負担の分散とその影響をどう解決するのか
子育て負担の分散は、社会全体で子育てを支える仕組みを作る上で重要な変化でした。しかし、かつての「子育ては家庭内で担うもの」という考え方の名残があるため、子育て負担の過小評価が続いているのが現状です。同時に、子育て負担の分散が必ずしもうまくいっておらず、一部の人々に負担が偏り、不満や不公平感を生み出しています。
今後は、子育て負担をより公平に分担できる制度や環境づくりが求められるでしょう。
具体的には、一部の企業で進められているように、働き方改革をさらに進め、子育て中の従業員だけでなく、負担を支える同僚も適切に評価する制度を整える必要があります。また、夫の育児参加を進め、家庭内での負担の公平性を高めることも重要でしょう。これを実現するためにも、家庭内だけでなく、社会全体として「男性=仕事、女性=家事・育児」といった考えをアップデートしていくことが求められます。

参考文献

(*1)木本喜美子(2017) 「家族の過去と現在、そして近未来 「家族賃金」観念の変容」連合総研レポート第30巻第1号通巻322号, pp.6-9.

(*2)藤田結子(2025)「「子持ち様」はなぜバッシングされるのか」調査情報デジタル

(*3) Yamamura, E., & Brunello, G. (2021). The effect of grandchildren on the happiness of grandparents: Does the grandparent’s child’s gender matter? IZA Discussion Paper, 14081.

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佐藤 一磨(さとう・かずま)

拓殖大学政経学部教授

1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。

博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)
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