■「スコーンは2個と書いてあったのに…」
大阪・関西万博の英国パビリオンで提供された「アフタヌーンティー」がSNS上で議論を呼んでいる。
万博開幕から3週間ほどたった4月下旬、家族連れで英国館を訪れ、アフタヌーンティーを注文した女性がX(旧Twitter)に写真と感想を投稿。「メニューにはスコーン2個と書いてあったのに実際に提供されたのは1個だけだった」旨を伝えるポストに、多くの人が反応した。
なかでも批判が大きかったのは、紅茶が紙コップにティーバッグを入れたものだったこと、そしてクロテッド・クリームやコンフィチュールも紙コップに入れられていたこと。加えて、ティースタンドが簡素なトレイであることや、ケーキが業務用製品に酷似しているという指摘も上がった。
■駐日英国大使館が謝罪の声明を発表
公式サイトに掲載されたメニューによれば、「4カ国伝統のアフタヌーンティー」と銘打たれたこの商品には、以下のような内容が記されている。
・焼きたてのスコーン2個、コーンウォール産クロテッドクリームとストロベリー ウェルシュレディジャム添え
・コロネーションチキンのポメグラネイトモラセス和え、削りココナッツ牛 サーロインのロースト&イングリッシュマスタード
・キュウリ&クリームチーズ
・スコットランド・ヘブリディーズ諸島産のスモークサーモン、レモン、ディルビ クトリア・スポンジ・ケーキ
・グリーンティーチョコレートのブラウニー
・伝統的なウェールズのバラ・ブリス・フルーツケーキ
・イングリッシュティーまたはコーヒー(選択)
その名の通り、多くの利用者が英国伝統のアフタヌーンティーを期待したことだろう。また、開幕直後に万博を紹介するテレビ番組で同アフタヌーンティーが取り上げられた際には、紅茶はもちろんクロテッド・クリームやコンフィチュールも陶磁器に盛られていた。Xユーザーが投稿した写真とはかなり雰囲気が異なる。
こうしたことから、「事前の情報と全然違う」「これで5000円は高すぎる」といった声が噴出。炎上へと発展した。
大阪・関西万博イギリス政府代表はSNS上で「みなさまから寄せられる声を大切にし、より快適な時間をお過ごしいただけるよう取り組んでいきます」と表明。さらに駐日英国大使館の公式Xアカウントでも「皆様からのご指摘を受け、すでに一部のサービスに関して改善しております」と発表するなど、対応に追われた。現在は紙コップではなく、陶磁器のティーカップで提供されている。
■高級ホテルのラウンジなら1万円前後が普通
この出来事は、外食における“価格相応の価値”とは何か、という本質的な問いを投げかけている。
5000円という価格は、アフタヌーンティーとしては高いのだろうか。結論からいえば、東京や大阪の高級ホテルのアフタヌーンティーと比べれば、むしろ安いほうだ。
人気のアフタヌーンティーの価格を挙げてみよう(消費税・サービス料含む)。東京では、ザ・リッツ・カールトン東京「ザ・ロビーラウンジ」は7500円、フォーシーズンズホテル東京大手町「ザ・ラウンジ」は7800円、パレスホテル東京「ザ パレス ラウンジ」は1万350円、アマン東京「ザ・ラウンジ by アマン」は1万2000円。大阪になると、W大阪「LIVING ROOM」とザ・リッツ・カールトン大阪「ザ・ロビーラウンジ」は7500円、フォーシーズンズホテル大阪「ジャルダン」は8400円、大阪ステーションホテル「ザ ロビーラウンジ」は1万円。
いずれもこれで最低の金額だ。フリーフロー(飲み放題)をアップグレードしたり、シャンパーニュをつけたり、土日祝日料金が適用されたりすれば、ここからさらに値段が上がることも少なくない。
ただ、内容はその分、非常に上質だ。
味だけでなく、非日常的な空間演出、上質なサービス、インテリア、器の美しさまでが一体となり、総合的な“体験価値”を創出している。だからこそ、1万円前後という価格でも「高いが満足できる」と満足され、予約するのが難しくなっているのだ。
■「本場イギリスの空気が味わえる」という期待を裏切った
アフタヌーンティーは19世紀の英国貴族階級で生まれた文化であり、単なる食事ではなく「社交の場」として機能していた。紅茶と軽食をゆったり楽しむこの習慣は、現在でもイギリス文化の象徴とされ、「優雅なひととき」を連想させる。
だからこそ、英国パビリオンでアフタヌーンティーを提供するということは、単に紅茶とスコーンを出すだけでは不十分で、「本場の空気感」までを再現する必要があった。ところが、“英国伝統のアフタヌーンティー”のイメージと大きくかけ離れた紙コップや簡素な木製トレイが登場してしまった。これでは体験価値が大きく損なわれてしまう。文化の再現度という点で期待を裏切ったことが炎上の大きな原因といえる。
■SNS映えするアフタヌーンティーだからこその炎上要因
そして炎上に至ったもう一つの要因は、SNS時代特有の「期待値の肥大化」だ。
近年、外食体験はまず「写真」で消費される。特にアフタヌーンティーはSNS映えするコンテンツとして人気が高い。ホテル側が提供する公式の画像や、訪れた客が撮影した華やかな写真が「一度行ってみたい」と思わせ、期待値を高める。そして実際に足を運び、写真で見たのと同じ空間や料理を味わうことで満足するというわけだ。
今回の英国パビリオンのアフタヌーンティーも、前述の通り事前にメディアで紹介されたのは美しい盛り付けだった。また、開幕直後に訪れた客がSNSに投稿している写真を見ても、クロテッド・クリームやコンフィチュールが紙コップではなくパッケージ丸ごとで提供されており、盛り付けは整っている。大いに期待値が上がっていたにもかかわらず、現実があまりに乖離していたため、反動で批判が激しくなったといえよう。
消費者は味だけでは満足せず、写真で見た“夢”を体験したいと願っている。これは飲食業界にとって大きな課題であり、広告と現場提供の一貫性がますます重要になっている。
■万博も「テーマパーク価格」が適応される場のはずが…
万博のような巨大イベントでは、通常営業のレストランとはまったく異なる環境で食事を提供しなければならない。提供回数が非常に多く、しかしキッチン設備は限られ、スタッフの教育や物流など課題は多い。安全性を優先するあまり、見た目や演出に手が回らなくなるのは理解できる。
しかし、消費者がそうした舞台裏を考慮することは難しい。5000円という価格は、一流ホテルのアフタヌーンティーに比べれば高くないが、絶対的な価格としては安くない。それだけに、提供方法や見せ方にもっと慎重になるべきだった。
観光地や遊園地、テーマパークなどでは、いわゆる「観光地価格」などと呼ばれる割高な料金設定が存在する。こうした場では、通常より高い価格であっても「特別な場所で特別な体験をしている」という非日常感が勝り、価格への評価が甘くなって不満が生まれにくい。
万博もまた、国際色豊かで非日常的な舞台であり、本来であれば同様の心理が働く環境である。ところが今回は、そうした「特別な体験」としての価値さえも十分に提供できなかった。それが消費者の失望を招き、炎上へとつながったと考えられる。
飲食は単なる“食べる行為”にとどまらず、「空間」「サービス」「演出」「文化的背景」などが絡み合ってこそ、高い満足度が生まれる。SNS時代のいま、消費者の目はますます厳しくなっている。飲食業界は、あらためて「何に価値があるのか」を問い直し、食体験全体を磨き上げる必要がある。大阪・関西万博の英国パビリオンの一件は、そのことを象徴的に示しているといえよう。
----------
東龍(とうりゅう)
グルメジャーナリスト
1976年台湾生まれ。「TVチャンピオン」(テレビ東京)で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。
----------
(グルメジャーナリスト 東龍)