退職代行サービスと言えば最大手の「モームリ」が有名だ。だが、そのビジネスモデルは別の企業がつくったものだった。
なぜ市場を開拓したにもかかわらず、後発のモームリに敗れたのか。日本初の退職代行サービス「EXIT」を創業した岡崎雄一郎さんに、ライターの黒島暁生さんが聞いた――。
■元祖は「モームリ」ではなく「EXIT」
今年の新卒、○人が退職代行を利用――いつしかそんな言葉が風物詩となった。○には、1000人単位の数字が報じられている。「会社を辞めたい」、その意志を代理で伝える退職代行サービス。国内で最も有名なのは「モームリ」だろう。
一方、日本で初めて退職代行サービス「EXIT」を創業し、現在は経営から退いている、おかざきさん(https://x.com/okazakithe)のnote記事が話題になった。タイトルは「元祖退職代行『EXIT』が『モームリ』に追い越されるまでのリアルな話~EXIT創業から現在まで~」。時代の最先端ともいえるサービスを展開しながら先行者利益を取れず、馬群に沈んでいった同社の創業者は今、何を思うのか。
おかざきさんと対峙したとき、脳裏に「異端児」の文字が浮かんだ。腕全体から首までを覆う刺青。その風貌と裏腹に、極めて礼儀正しい挨拶の仕方。
東京の私学ではその学力において右に出る者のいない開成中学校高等学校の卒業生であり、卒業後は渡米して州立大学で学んだ。帰国後は解体業や水商売の黒服に従事するなど、異質な経歴だ。
■“退職代行を使うやつ”なんて本当にいるのか
退職代行サービス「EXIT」は、小学校時代からの友人だった岡崎雄一郎さん(おかざきさん)と新野俊幸さんを共同代表として、2017年に産声をあげた。その端緒は身近なところからの着想だったという。
「私からみると、新野は律儀というか繊細なところがあって、何度かの転職歴がある彼自身が『退職したいと言いづらい空気がある』と悩んだ経験があるんです。私は退職の意志は自分で伝えるべきだと考えていたし、最悪の場合でも『バックレればいいじゃん』という考えの持ち主なので、新野が退職代行をやろうと言い出したときは爆笑しました。『そんなやつ本当にいるのか?』と懐疑的にさえ感じました。ビジネスのスタートは、完全にギャグでしたね」
だがそんなおかざきさんの予想とは裏腹に、退職代行を利用する人は想定を遥かに上回った。
「最初の方は、1件あたりの値段もふわっとしていました。確か『5万円から10万円』というような値段設定だったと思います。現在は相場ができていて、1件2万円くらいだと思います。月の売り上げも、いいときは2000万円くらいだったと記憶しています」
■流行するとは思っていなかった
極めて順調な滑り出しに思える「EXIT」は、なぜ衰退の一途を辿ったのか。
おかざきさんはこう話す。
「抽象的なことを言えば覚悟がなかったんですね。具体的なことを言うなら、当たり前にやるべきSNSなどの運用をきちんとやっていなかったということです。創業しておいて変ですが、退職代行サービスがここまで流行するとは、他ならぬ私自身が思っていなかったんです。当時は他の収入源を探しながらやっていたこともあるかもしれません」
“元祖退職代行”を創業した2人には、やがてメディアからの取材も殺到するようになる。だがその波を活用することもできなかった。
■信頼を得ることを怠ってしまった
「先輩経営者から『あまり目立たないほうがいい』と忠告を受けていました。が、結果的にガン無視しました。インタビューを受けて知名度が上がると、特にSEO対策をしなくても“退職代行”と検索すれば社名が最上位にきたことも、もともとの危機感の薄さに拍車をかけました。また、退職代行という業態そのものは広く認知されたものの、依頼件数が急増することはありませんでした。
しかし当時の私は、『退職代行の市場はこんなものだろう』と考えていました。『モームリ』さんの現在の活躍を目の当たりにして、サービスを知ってもらうことと実際に利用してもらうことは大きく違うことを学びました。

メディア露出を通して得るべきものは世間の認知ではなく、ユーザーの信頼であることを実感しました。当時、会社名義のSNSアカウントと、2人の個人アカウントがあったのですが、どれもそれなりに注目してもらえるようになると、何か面白いことを発信しようと思うようになってしまって。今にして思えば、どう考えても会社名義のアカウントではユーザー目線に立って信頼を獲得できるような内容を発信すべきです。
けれども当時は完全に舞い上がっていて、それができませんでした。また、多くのインタビューを受けるにつれて、手の内を明かしすぎたこともあるかもしれません。もう少し考えて取材対応をすればよかったと思っています。
また、根本的な原因として、真剣なビジネスの向き合い方をしてこなかったのがあるかもしれません。お金の使い方、人材採用の基準などを、『面白いから』という理由で行ったことで、場当たり的な経営になった可能性があります」
■利用する理由の多くは「申し訳ないから」
件のnoteにおいて、おかざきさんはかつての利用者を“カス”と呼んで炎上した。筆者の目には、「EXIT」の失敗が、おかざきさんとユーザーの露骨な気質の違いにあるのではないかと思えた。そのことを率直に指摘すると、「それはあるかもしれません」と言ってこんな話を聞かせてくれた。
「創業の経緯からもわかるように、新野は私よりもだいぶ利用者に寄り添った立場です。そういう意味では、私と新野も全然違う考え方なのですが、そもそも私は、自分の意志で入社した会社を辞めるとき、辞める意志を他人に伝言させるという発想が全然ピンときません。
『自分で言えよ』としか思わないんです。
かつて利用者に大規模なアンケートをとったとき、退職代行を利用する理由について最も多かったのは『申し訳ないから』でした。一番しょうもない理由ですよ。『面倒臭いから』ならまだ少し共感できますが、『申し訳ない』なら尚更自分で言うべきだとしか思えなくて」
■“仕方ない”と思える相談内容はゼロ
おかざきさんはインタビュー中、何度か「理解はするが共感はできない」と述べた。
「在籍中は仕事ですから、利用者が利用する理由について理解するよう努めていました。創業当初はまだ電話相談などもやっていたんですが、『これは退職代行サービスを利用しても仕方ない』と思える相談内容はほぼゼロでした。基本的に、利用者のほうに問題があるというのが私の見解です。業務として行っている間はおくびにも出しませんが、どちらかといえば退職代行を使われた企業側に同情することが多かったですね」
おかざきさんには、印象に残る利用者が何人かいるという。
「ある利用者から『入社して3日で辞めたくなった』と退職代行の依頼がありました。その1週間後にまた依頼があったので不思議に思って話を聞いてみると、どうやら次に入社した企業でも、1日目で辞めたくなったと。私たちは代金をいただけているので、どうでもいいのですが、社会人としては問題がある人だと思わざるを得ないです。
また、別の利用者ですが、最も腹立たしかったのは、かつて事前に半額を振り込んでもらって、無事に退職ができたらもう半額を払うシステムにしていたのですが、その報酬を振り込まないままバックレた人がいたんです。
で、その人がバックレた状態のまま依頼してきたときは『そんな根性があるなら自分で辞めますくらい言えよ』と思いましたね」
■従業員に退職代行を使われたこともある
また、退職代行サービスでありながら、社員から退職代行サービスを使われた経験もあるという。
「雇って日が浅い社員でしたが、あるとき別の退職代行業者から電話がきて、辞めていきました。私は大爆笑しましたが、新野はちょっと怒ってましたね。たぶん、私は退職代行を使う人間に対して根本的に期待していないけれど、彼は心理的に近しいからこそ感情が湧いたのでしょう」
退職代行サービスを使う人を“カス”呼ばわりして炎上したおかざきさんだが、その発言の真意はどこにあるのか。
■「退職代行を使うような人」と私は合わない
「そもそも自分で入社した会社を辞めるとき、金で雇った他人に言わせるのはどうなんだと思いますが、くわえて、法律を少し調べれば、会社を辞められないことなどないことはすぐにわかります。そういう労力をとことん回避してきた人間は、ビジネスのあらゆるシーンで使えないことが予想できますよね。
退職代行サービスをやってきて、どんな有名企業や大企業にも一定の割合で“カス”が紛れていることを知りました。今後、私がビジネスを続けていくうえで、退職代行サービスを利用するマインドの人と一緒には仕事ができないと思うんです。だから、寄ってこないでもらうためにあえて強い言葉を使った側面はあります。
経営者や企業幹部なら誰しも経験があると思いますが、数回の面接では期待を持たせる社員でも、実際に入社させてみるとそうではないことがあります。そのミスマッチは、経営者も労働者も不幸ですよね。だから、最初から『退職代行サービスを使うような人は合わない』と表明したほうがいいと考えているんです。

念のため言っておくと、私は退職代行サービスは世の中にあったほうがいいと思っています。利用してもいいと思います。ただ、私の考えとは合わないので、そういう社員は雇わないというだけです。ご批判があったように、利用者からの売り上げで生活をしていた身で、一線を退いたとはいえ“カス”呼ばわりは倫理的にはよくないでしょう。私もまた“カス”なのは認めますし、罵ってくれて構いませんが、彼らを“カス”だと思う気持ちは変わらないですね」
■ビジネスの根本は「人と人との相性」や「共感性」
ビジネスの成否は、数字や統計など無機質なものが支配すると考える人がいる。だがおかざきさんの話を聞いていると、ビジネスの根本は人と人の相性、共感性などの数値化できない部分が多いように思える。
元祖退職代行として名を馳せた「EXIT」の衰退には、SNS運用や発信内容などの問題点があったにせよ、おかざきさんの言葉でいえば「負けるべくして負けた」感が拭えない。それはサービスの利用者と提供者の考え方があまりに乖離しており、相容れないことによる。だからこそ、退任したおかざきさんは「今後、利用者に近しい新野が本気でサービス展開をすれば、モームリ追撃もあり得る」と古巣にエールを送る。
「EXIT」の巻き返しとともに、おかざきさんが今後着手する事業にも期待がもたれる。

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黒島 暁生(くろしま・あき)

ライター、エッセイスト

可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。

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(ライター、エッセイスト 黒島 暁生)
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