｢こんなもの誰が買うの｣社長の問いで現場が気付いた…コクヨ｢大人のやる気ペン｣に驚きの機能満載のワケ

コクヨのIoT文具「大人のやる気ペン」の新開発がいよいよスタートする。だが、待ち受けていたのは社長の“ダメ出し”だった。開発者の中井信彦さんは「そのおかげで原点に気付くことができた」という――。（前編からつづく）■誰をどう幸せにするのかコクヨの会議室に、緊張が走った。「大人のやる気ペン」開発者の中井信彦さんの手には、4コマ漫画も含めた企画書と動画。満を持して挑んだ社長プレゼンだった。「顧客の解像度が低すぎるんじゃない？ いったい、誰が買うの？」黒田英邦社長の言葉で、会議室は静まった。思いもよらぬ一言だった。「『売れそうです』は、商品開発では通用しない」。それは社内の暗黙の了解である。しかし社長が求めたのは、数字でも市場データでもなかった。この商品で「誰を、どう幸せにするのか」。それを明確にしなければ机上の空論だという指針だった。このダメ出しは、中井さんたち開発チームへの挑戦状となる。――遡ること数カ月。1万人のウェブ上でのアンケート。その結果は、前編で紹介したユーザーたちの確かな声である。「本当に、こんな商品を求める人たちがいるのか？」という社内の懐疑は、いい意味で裏切られたと言っていい。ニーズは存在した。諦めかけた日々の中で、何とか前に進もうとする大人たちの欲求は確かにあったから。「しかも切実な欲求でした。『スキルアップ』や『資格取得』って、キラキラして見えるじゃないですか。でも実際にはそうじゃない。表裏一体で、諦めと挫折がそこにはありました」中井さんはその時点で、まだ見ぬ商品ユーザーたちに接していたのだ。社長のダメ出しは痛烈にそれを気付かせてくれた。「ああ、そうかと納得しましたね。どんなに挫折しても、自分を変えたい。プライドを取り戻したい。そんな人たちのモチベーションを可視化させ、習慣化を後押しする。苦しみの中から一歩でも踏み出せるようなプロダクトをつくって彼らを幸せにしたい。それが僕の動機だとはっきりわかったんです。社長にしてやられたかな（笑）」■道具じゃなくて伴走者をつくろう人は孤独のままではいられない。でも、いちいちSNSに投稿するのも疲れが増すばかりだ。ならば、自分だけの小さな“証”を、日々の中に忍ばせたい。そんな願いを叶えるのが「大人のやる気ペン」だ。道具じゃなくて「伴走者」をつくろう――。ゴールのイメージが固まれば、次はそれをどう形にできるかだ。コンセプトは「しゅくだいやる気ペン」を踏襲した。書くという行為。それは、能動的な証拠。スマホを見ているだけでは得られない“体感”がそこにある。だからこそ、筆記量をベースに「やる気パワー」を算出し、毎日の積み重ねを“見える化”させる仕組みにこだわった。最大のハードルは、装着方式だった。「しゅくだいやる気ペン」はえんぴつに“挿す”方式。だが大人は、ボールペン、万年筆などそれぞれ好みがバラバラだ。しかも、毎日使うからこそのこだわりもあるだろう。「大人が使うペンは、太さも形状もさまざまなものが想定されましたから、悩みました。使い勝手の良さか、記号的意味合いか、メッセージ性を形として強調するか――。正解がありませんから、何を正しいとするかを決めるところからのスタートでした」中井さんたちは、およそ20種類もの筆記具に試作モデルを取りつけた。結果として行き着いたのが、“クリップ型”である。素材は柔らかいシリコン製で、あらゆる太さのペンに対応。中には空洞を設けて軽量化し、指が当たっても痛くない構造にした。外見はシンプルだが、見えない工夫が詰まっている。「気付いたら、そっとついてる。でも、静かな支えになっている。そんな伴走者を目指しました」■モチベーションを高める習慣化メソッドアプリの開発も難航した。「しゅくだいやる気ペン」の世界観を踏襲するか、それともクールでビジネスライクにするか。悩み抜いた末の答えは、「癒やし」だった。孤独と向き合う大人に必要なのは、冷たさではない。アバターにカメを使い、甲羅の色など装飾すべてを自分で選べる遊び心を加えた。「子どもっぽい？ そう思われるかもしれません。でも、大人こそ、こうした遊び心を求めているんじゃないかと僕は信じています」機能にも、魂が宿る。「わかっているのに継続できない大人たちの小さなモチベーションを高めていく」3つの習慣化メソッドだ。① 努力の“見える化”勉強するほど溜まっていく日々の「やる気パワー」の量を1日や1週間、1カ月単位でグラフ化。自分がどのくらい学習を習慣化できているかチェックできる。ここまで頑張っているんだから、次も頑張ろうという意欲につながる。■大人が愛着を持てる遊び心② リアクション（応援・報酬）1週間の学習傾向に合わせて、叱咤激励のメッセージがアプリから届く。頑張れば褒め言葉が、サボれば容赦ない叱責の言葉が。怠けてしまいそうになる気持ちにも寄り添う。自身のアバターは「やる気パワー」の量に応じてスゴロク形式のステージを進める。格言を記した石板やアイテムを獲得しながらアバターを“育成”でき、そのアイテム数は100種類以上ある。③ ちょうどいい距離感のコミュニティスゴロクを進む中で、他のユーザーのアバターに出会える。学ぶ他人とのさまざまな出会いが孤独感を癒やしてくれる。勉強のコツや、勉強する理由なども共有できる。自分が一人ではないことに気付けて、勉強仲間同士のモチベーションアップの循環が生まれる。中井さんは言う。「やる気パワーをアプリに移すとき、ちょっと工夫しているんです。ぜひ実際に体験してもらいたいんですが、ここにも遊び心を入れました。スゴロクも、単に数字が出るのではなく、楽しめるモチーフを使っています。案外、子どもよりも大人が愛着を持ってくれるんじゃないかな」■「あなたは、一人じゃない」「で、誰がどう幸せになるんだ？」最後のOKを社長からもらう日。既存の文具と、どこがどう違うのか。それを証明するために、より明確な動画も中井さんは準備した。社内外の「やる気ペン」関係者にも協力してもらい、等身大の大人の自己実現の悩みを描いた。「あなたは、一人じゃない」。動画にはストレートなメッセージも入れた。「孤独に寄り添うペン」を使う「あなた」を視覚化させた。「人の背中を、そっと押せるスイッチが、今の世の中に必要なんです」中井さんの熱い想いに、社長は何も言わずに頷いた。そして、ゴーサインが出た。その後のMakuakeでの驚くべき快挙は、前編で詳述した通りである。中井さんは振り返る。「そもそもやる気の原理って、何だろうって思うんです」■千里の道もやる気の一歩から大学で物理学を専攻した中井さんは、前職では液晶家電の開発をしていた。モノづくりも好きだが、物事の原理に関心があると言う。「今後は、大人の学びについてのデータがわが社に蓄積されていくことになります。それを分析すれば、やる気の法則のようなものが見えてくるかもしれません。新たな商品やサービスが、そこから生まれてくるでしょう。やる気って、目に見えない。でも、見えるようにしたら、人は変われるかもしれない。人の根源的な気持ちに寄り添う新たな方法を模索していきたいです」モチベーションとは「なぜ、挑むのか」という動機だ。何よりもそれが必要であり、千里の道もやる気の一歩から始まることを中井さんは小さなペンで証明してくれた。「最初の一歩を応援する。それが文房具の役目なんだと、僕は思っています」一般発売から15日間で1000台以上の売り上げを記録した。静かに、でも確かに。「大人のやる気ペン」は今日もまた、誰かの手元でストーリーを刻んでいる。----------上阪 徹（うえさか・とおる）ブックライター1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループを経て、94年よりフリーランス。広告、記事、広報物、書籍などを手がける。インタビュー集として、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ（徳間書店）、『外資系トップの仕事力』シリーズ（ダイヤモンド社）などがある。2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター塾」開講。日本文藝家協会会員。----------（ブックライター 上阪 徹）