スマートフォンを使う際に気を付けるべきことは何か。脳神経外科医の松井孝嘉さんは「スマホを長時間使用すると、首の筋肉を疲れさせ、自律神経のコントロールがきかなくなる。
ゆえに、私は不調の9割は『スマホ首』のせいと考えている」という――。(第1回)
※本稿は、松井孝嘉『不調の9割は「スマホ首」が原因』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■不調の9割は「スマホ首」が原因
首こりによる不調は、知らず知らずのうちに進んでしまっていることが多いものです。
「毎日疲れがとれない」「朝、起きられない」「風邪を引きやすい」「気温の変化に弱い」「天気が悪いと具合が悪くなる」といった項目は、軽い症状のときは誰であれ多少は感じている「日常のありふれた不調」でしょう。あまりにありふれているので、普段からこれらの不調を感じてはいても、「体がおかしい」「病気かもしれない」とは思わないかもしれません。
しかし、これらの不調は、首こりによって自律神経のコントロールがきかなくなってきているという明らかな証拠。自分でも気づかないうちに頸筋病が進んでいるために起こっていることなのです。
ですから、油断は禁物です。“もしかして自分も……”と思った人は、とにかく首こりを疑ってみてください。とりわけ、スマホの使用時間が長い人は、自分の心身に起こったどんなに些細な不調であれ、その不調を「首の問題」と結びつけて考えていくほうがいいと思います。東京脳神経センターでは、世界ではじめての頸ドックを行なっていますので、疑わしいと思った方は検査を受けてみるといいでしょう。
つまり、日々の疲れも、朝、起きられないのも、肩がひどくこるのも、夜、眠れないのも、胃の調子が悪いのも、仕事へのやる気が出ないのも、やたらにイライラするのも、うつうつとした気分になるのも──すべて「スマホ首」のせいなんじゃないかと考えるくらいのほうがいいのです。

■健康を破壊する凶器になりうる
実際、私は、スマホが手放せない人の場合、日々の不調の9割は「スマホ首」が原因だと考えています。それくらい、スマホの長時間使用は人々の首を疲弊させ、不調を呼び込む大きな原因となっているのです。
なお、一応お断りしておきますが、私はみなさんに「スマホを一切使うな」などと求めてはいません。
いまの社会では、ほとんどスマホなしでは生活できませんし、この何でも叶えてくれる便利な道具をいまさら手放せというのは無理というものです。現に、私自身も毎日スマホを使っています。
ただ、道具というものは、使い方が重要なのです。すなわち、首に負担をかけないような使い方をしていればまったく問題ないということ。そういう正しい使い方さえしていれば、スマホという道具は私たちの暮らしにうるおいや豊かさをもたらすのに欠かせない情報機器となるでしょう。
一方、使い方を誤って長時間うつむいてばかりいれば、スマホという道具が「頸筋病製造機」になってしまいかねません。間違った使い方をしていると、私たちは心身の健康を損ない、安らいだ幸せな暮らしをも失って、人生にとんでもないマイナスを背負ってしまいかねないのです。
これは、もちろんスマホだけでなく、パソコンやタブレット、ゲーム機などの道具にも同様に言えることです。
スマホの正しい使い方については、後の章で改めて述べます。
とにかくみなさん、ここではスマホという道具は、使い方を間違えると人の健康を破壊する“凶器”になりかねないということを胸に刻んでおいてください。
■問題は「スマホ脳」ではなく「スマホ首」
2020年に出版された『スマホ脳』という本がベストセラーになりました。
スウェーデンの精神科医である著者は、スマホが脳に及ぼす悪影響をさまざまな角度から論及していて、スマホやSNSが脳の報酬系を刺激して依存させ、集中力の低下をもたらすと指摘しています。
また、スマホによって供給される過剰な情報に脳がついていけず、それが不安やうつ、睡眠障害、子どもの学力低下などを招き寄せる結果につながっているとも指摘しています。つまり、スマホが脳のパフォーマンスを大きく低下させるツールになってしまっているというわけですね。
ただ、私の臨床研究ではほぼ100%、こうした症状は、すべて「首」の問題から起こっていることなのです。
つまり、問題として取り上げなくてはならないのは、「スマホ脳」ではなく、「スマホ首」のほう。スマホの使用による首こりが神経系を狂わせて、その結果、脳のパフォーマンス低下につながっているわけですね。
その証拠に、『スマホ脳』の著者が取り上げている「集中力低下」「不安感」「うつ状態」「睡眠障害」といった要素は、全部頸筋病の患者さんが顕著に訴える症状です。しかも、頸筋病の治療を行なって首の筋肉を回復させると、これらの症状がすべてきれいになくなっていくのです。これに関しては、数えきれないほどたくさんの証拠があり、いつでもお目にかけられます。
■首の筋肉を回復させると「うつ症状」も緩和
こうした点からも、真の原因が「首」にあるのは明らかでしょう。

私は、「スマホ首」は、『スマホ脳』の著者が指摘しているよりもはるかに広汎で深刻なダメージを脳に引き起こしていると考えています。首こりによって脳に起こる数々のトラブルのなかでも、とりわけ深刻なのがうつ症状です。うつ症状が悪化すると、脳のエネルギーが枯渇して、生きようとする力がどんどん失われていってしまいます。
重症になればほとんどの患者さんが自殺を企てるようになります。ただ、これに関しては本書で改めて述べることにしましょう。
『スマホ脳』の著者は、スマホ使用が子どもたちに与える影響についても言及しています。スマホ依存が子どもたちの学力低下や健康悪化を招いているというわけですね。
ただ、これも私は「首」から来ている問題だと思います。
いまの子どもたちは生まれたときからスマホがある世界で暮らしてきています。ほんのよちよち歩きの頃からスマホやタブレット、ゲーム機を与えられて操作を覚えてしまう子も少なくありません。
本来、子どもはしなやかで強い首の筋肉を備えているのですが、こんなに幼いうちからスマホやタブレット、ゲーム機を使ってうつむいてばかりいたら、子どもたちの首の筋肉もたまったものではないでしょう。
■学力低下や健康悪化も「首」のせい
スマホに加え、子どもたちの首の疲れにさらに追い打ちをかけているのが「ゲーム機」です。
ここ20年くらいで外遊びをせずに家でコンピューターゲームばかりしている子どもが非常に増えました。ほとんどの子が長時間夢中になってうつむきっぱなし。なかには何時間もうつむいてゲームをし続ける子も少なくありません。
つまり、こうしたスマホやゲームによるうつむきで首の筋肉に疲労ダメージが蓄積していることが、子どもたちの学力低下や健康悪化につながっているのです。
大人の場合と同じように、子どもの場合も首の筋肉が疲れてこり始めると、自律神経が乱れて「集中力低下」「記憶・記銘力低下」「意欲低下」「体のだるさ」「睡眠障害」などの症状がもたらされます。こうした症状が子どもたちの学習意欲を削ぎ、学力低下を招く一因となっているのです。
それに、小学生や中学生の段階で、肩こり、頭痛、胃のむかつき、腹痛、動悸、イライラ、うつ症状などの不定愁訴を訴えるようになる子どももめずらしくありません。もうこうなったら、立派な頸筋病ですね。
小児科のドクターのほとんどは、この病気の原因が自律神経異常であることを知っているのですが、治療法を知らないので治せないのです。私が35年以上もかかって治療法を完成させたのですから、難しいのは当然と言えるかもしれません。
■正しい姿勢や使い方の教育が急務である
このように、子どもたちの「スマホ首」問題も、もう到底放っておけない現状となっているのです。スマホにしてもゲーム機にしても、誤った使い方をし続けていると、未来ある子どもたちの人生の選択の幅を狭めてしまうことになりかねません。

別にスマホやゲーム機を子どもたちから取り上げる必要はないと思いますが、とにかく抜本的な対策をとることが急務です。やはり、小さいうちからうつむき姿勢の怖さや首の大切さをしっかり教え、スマホやゲーム機などを正しく使っていくように、とことん教育していく必要があるのではないでしょうか。
経産省が日本人をITに強い国民にするという方針を打ち出して文科省を説得し、いまでは小学1年生からタブレットを持たせることになりました。すでに9割以上の学校で導入されているそうです。
一方、これによって生じる健康問題への対策は何も考えられていないようです。これでは子どもたちの首が悲鳴を上げるのも無理はありません。すでにその影響は出現して、2024年の小中高生の自殺者数が過去最多になっているのです。これから何人の子どもたちが犠牲になるのか想像もできません。
ITに強い国民ができる前に、頸筋病の症状のある国民ばかりが増えていくのではないでしょうか。

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松井 孝嘉(まつい・たかよし)

医学博士、脳神経外科医

1967年東京大学医学部卒業。アルバート・アインシュタイン医科大学で脳腫瘍研究ののちジョージタウン大学で世界初の全身用CTの開発に従事。帰国後、大阪医科大学助教授、帝京大学客員教授などを経て、現在松井病院院長・東京脳神経センター理事長。
「頚性神経筋症候群」を発見し、医学研究を続ける。『スマホ首が自律神経を壊す』『自律神経が整う 上を向くだけ健康法』など著書多数。

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(医学博士、脳神経外科医 松井 孝嘉)
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