苦手な人とうまく付き合う方法はあるのか。脳神経外科医の菅原道仁さんは「私たちの生存を脅かす存在として脳が相手を認識すると、偏桃体が過剰に反応してしまう。
※本稿は、菅原道仁『あの人を、脳から消す技術』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■部長の声が聞こえるだけで心臓がバクバク…
ケース①「ミスを指摘された上司」への対処法
「部長の声が聞こえるだけで、心臓がバクバクしてしまうんです」
中村さん(39歳・男性)は、そう打ち明けました。新しい部長が着任してから1年。些細なミスを他のメンバーの前で指摘されたことをきっかけに、彼は部長のことがとても苦手になりました。
パワハラというほどのことではなく、周囲のメンバーからは「気にしないで平気だよ」と声をかけられるものの、中村さんにとってはとても大きなことでした。
ミスを指摘された上司に対して、扁桃体が過剰に反応してしまうのは自然なことです。なぜなら、私たちの生存を脅かす存在として認識されるからです。
しかし、この反応が続くことで、以下のような悪循環に陥りやすくなります。
・上司の声を聞いただけで緊張したり、手が震えたりする
・ミスを恐れるあまり、普段の実力も発揮できない
・帰宅後も上司のことが頭から離れない
・眠れない日が続き、さらにパフォーマンスが低下する
■夜、ぬるめのお風呂にゆっくりつかると効果的
では、このような状況で、扁桃体の反応をコントロールするには、どうすれば良いのでしょうか。第2回記事〈ミスした時にこれほど効く言葉はない…劣勢に立たされた大谷翔平選手の「かけ声」に脳神経外科医が感心したワケ〉で紹介した「映画化テクニック」と「身体化テクニック」の組み合わせが、特に効果的です。
帰宅後、上司との出来事が頭をグルグル回り始めたら、まず深い呼吸をしながら、その場面を映画のワンシーンとして客観的に見てみます。
次に、自分の体の状態に意識を向けます。肩に力が入っているなら緩め、呼吸が浅くなっていれば深くする。これだけのシンプルな実践で、扁桃体の興奮は徐々に落ち着いていきます。
さらに、拙著『あの人を、脳から消す技術』(サンマーク出版)の第6章で紹介したGABAの働きを高めましょう。GABAとは、脳を落ち着かせる働きを持つ神経伝達物質で、特に扁桃体の過剰な活動を抑える効果があります。「夜、ぬるめのお風呂にゆっくりつかる」ことで、このGABAの活性化を促すことができます。
その日のうちに扁桃体を落ち着かせることで、翌日への影響も最小限に抑えられます。
■相手は変えられない、でも自分の反応は変えられる
中村さんは、この方法を実践して2週間ほどで変化を感じ始めました。
「映画を観るような気持ちで、部長のことを考えられるようになったんです。体の緊張にも気づきやすくなって、自分でほぐせるようになりました」
このように、ミスを指摘された上司のことが苦手になったときは、扁桃体に働きかける具体的な方法を実践することが大切です。
相手を変えることはできなくても、自分の反応は科学的にコントロールできるのです。
ケース②「言うことを聞かない後輩」への対処法
「先輩の言うことは聞けないです。僕のやり方のほうが効率的なので」
システム開発会社の新入社員の村田くんは、そう言い切りました。確かに彼は優秀です。プログラミングの知識も豊富で、処理速度を上げることには長(た)けています。しかし、チームで働く上で大切なコードの読みやすさについては、まったく耳を貸そうとしません。
田中さん(35歳・男性)は途方に暮れていました。
「指導係として責任があるのに、まったく話を聞いてくれない。彼の態度を見るだけで腹が立って、家に帰ってからもずっとイライラしてるんです」
まったく言うことを聞かない後輩に対して扁桃体が反応するのは、当然のことです。しかし、それに振り回されていては、本来の指導もできません。
この状況でリラックスするにはどうすれば良いのでしょうか。
■「5分間のウォーキング」を試してみたら
拙著の第3章で紹介した「リフレーミング・テクニック」が効果的です。これは、物事の見方を変えることで、扁桃体の反応を和らげる方法です。
たとえば、「生意気な後輩」という見方を、「技術と情熱がある若手」という見方に変えてみる。すると、感情的な反応が抑えられやすくなります。
また、第6章で紹介したセロトニンの活用も有効です。セロトニンは感情を安定させる神経伝達物質。昼休みの「5分間ウォーキング」など、軽い運動を日課にすることで、このセロトニンの分泌が促されます。すると、落ち着いた状態で後輩と向き合えるようになるはずです。
田中さんは、この方法を実践してみました。
「彼の『こだわり』を、『可能性』として捉え直すようにしたんです。すると不思議と、彼の話にも耳を傾けられるようになりました。この間、『先輩の意見も取り入れてみました』と言ってきてくれました」
このように、言うことを聞かない後輩に悩まされているときは、「リフレーミング」によってまず自分の見方を変えることから始めてください。相手にもそれが伝わると、関係性が良好になっていくかもしれません。
■モヤモヤした不安は本当に事実?
ケース③「仲間はずれにされている」ときの対処法
「保育園のママ友である吉岡さんが、私のことを嫌っているんです」
小林さん(35歳・女性)は、肩を落としました。
でも、彼女は他のママたちとは楽しそうに話している。LINEグループでも、自分の発言だけが流されているような気がする。
「きっと私のことを嫌っている。送り迎えの時間が本当に憂鬱でした」
このように感じるのは、扁桃体が「仲間から拒絶される」という状況を危険な信号として捉えるためです。そして一度そう感じ始めると、相手の何気ない言動も「やっぱり」と感じてしまい、悪循環に陥りやすくなります。
拙著の第3章で紹介した「言語化テクニック」と、第6章で紹介した「4‐7‐8呼吸法」の組み合わせが効果的です。
まず、モヤモヤした不安を「本当にそうなのか?」と言葉にしてみましょう。「具体的にどんな場面で」「実際に何が起きたのか」、事実を整理していくのです。
送り迎えの前には「4‐7‐8呼吸法」で心を落ち着かせます。冷静な状態で観察すると、意外な発見があるものです。
小林さんは、勇気を出してベテランママに相談してみました。
■「あの人」像を頭の中で作り上げていないか
「『えっ、吉岡さん? あの人むしろ、あなたを頼りにしてると思うよ。仕事が丁寧だから、信頼してお願いしてるんじゃない?』って。驚きました。考えてみれば確かに嫌われている証拠は、どこにもなかったんです」
このように、ときに私たちは自分の中で「あの人」像を作り上げ、それに振り回されることがあります。一度立ち止まって、本当にそうなのか、事実を見つめ直してみることが大切です。
扁桃体の反応に流されず、実際のコミュニケーションを通じて確かめていく。それが、不必要な心配から自由になる第一歩となります。
ケース④「素っ気ない夫」への対処法
「いつも聞いているフリだけなんです」
木村さん(37歳・女性)は、深くため息をつきました。仕事での悩み、小学生の息子の学校での心配事……。話しかけても、夫はスマートフォンを見たまま「ふーん、そうか」と素っ気ない返事を続けます。
「真剣に話を聞いて」と何度も伝えました。
でも2年以上、変わる気配はありません。
夫婦の会話といえば、日常的な用件だけ。
自分の気持ちに向き合ってもらえない日々が続き、家に帰るたびに重くのしかかる空気に、木村さんはつねに緊張状態でした。
■「悲しい」と自覚することがなぜ大切なのか
このように、最も近い存在が自分に無関心なのは、大きなストレスになります。特に「何度伝えても変わらない」という状況は、無力感と共に、深く傷つきます。
では、この状況で自分の心を守るにはどうすれば良いでしょうか。
第6章で紹介した「マインドフルネス」が特に効果的です。これは、今の自分の感情を観察しながらも、それにとらわれすぎない方法です。
たとえば、夫の素っ気ない反応に傷ついたとき、自らのその感情を「今、悲しさを感じているな」とただ観察してみる。感情を否定せず、かといってそれにのみ込まれることもない。
この実践を続けることで、日常に振り回されにくくなっていきます。
木村さんは、このマインドフルネスを朝と夜の10分ずつ、実践してみることにしました。静かに呼吸をしながら、自分の感情に気づいていく。
すると、少しずつ変化が現れ始めます。
「不思議なんです。夫の態度は何も変わっていないのに、私の中の苦しさが減っていきました。『夫にわかってもらおう』という思いを手放せたからかもしれません。今は仕事の相談を同僚としたり、息子の件は学校のカウンセラーに相談したり。自分の道は自分で切り開いていけると感じられるようになってきたんです」
このように、パートナーの無関心に悩むときは、まずは自分の心を守ることから始めましょう。相手を変えようとするのではなく、自分の感情との向き合い方を変えていく。それが、新しい生き方を見つける第一歩となります。
■自分だけの「SNSルール」をつくろう
ケース⑤「SNSに振り回される」への対処法
「また、あの人の投稿にイライラしてる自分に気づいて……」
早川さん(29歳・女性)は、スマートフォンを置きました。
SNSを見るたびに目に入る、元同期の華やかな投稿の数々。
海外旅行、おしゃれなカフェ、仲間との楽しそうな写真。
「私の休日なんて、家事と育児だけ。『いいね』を押すたびに、なんだか自分が惨めになって。でも見ないと、仲間から外されそうで不安なんです」
投稿を見て落ち込む。
でも見ないと不安になる。
結果として、何度も確認してしまい、そのたびに心が揺さぶられる。
見たくないのに、見てしまう。
まさに、現代特有の悩みと言えるでしょう。
この場合は、第3章で紹介した「タイムリミット・テクニック」が効果的です。「見ない」という無理な制限ではなく、「いつ」「どれくらい」見るかを決めておく方法です。
たとえば、次のように時間を区切ります。
・SNSのチェックは一日2回まで
・1回の閲覧時間は10分以内(スマホのタイマー機能を活用)
・就寝1時間前からは見ない
このようなルールを決めることで、「またあとで見られる」と安心し、必要以上の反応を示さなくなるものです。SNSとの付き合い方に適切な「枠」を設けることで、自然と落ち着いていきます。
大切なのは、SNSを否定するのではなく、自分なりの心地よい距離感を見つけること。それが、デジタル時代を生きる私たちの新しいスキルと言えるかもしれません。
■脳から消すと希望にあふれる
ここまで、5つの具体的なケースを見てきました。それぞれの状況で扁桃体は反応し、その反応は決して間違ったものではありませんでした。むしろ、私たちの心と体を守るための、正常な警告信号だったのです。
大切なのは、この反応に振り回されないこと。映画化テクニック、リフレーミング・テクニック、言語化テクニック、マインドフルネス、タイムリミット・テクニック──。状況に応じて、適切な方法を選び、実践することで、心は安定していきます。
相手を変えることはできなくても、自分の反応は科学的にコントロールできる。
この事実は、私たちに大きな希望をもたらします。なぜなら、それは「あの人」に振り回されない、本来の自分を取り戻せるという確信につながるからです。
----------
菅原 道仁(すがわら・みちひと)
日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター
脳神経外科医。菅原脳神経外科クリニック(東京都八王子市)、菅原クリニック東京脳ドック(港区赤坂)院長。杏林大学医学部卒業。「人生目標から考える医療」のスタイルを確立し、心や生き方までをサポートする医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。
----------
(日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター 菅原 道仁)
偏桃体を落ち着かせると、自分の中で相手の見方が変わってくる」という――。
※本稿は、菅原道仁『あの人を、脳から消す技術』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■部長の声が聞こえるだけで心臓がバクバク…
ケース①「ミスを指摘された上司」への対処法
「部長の声が聞こえるだけで、心臓がバクバクしてしまうんです」
中村さん(39歳・男性)は、そう打ち明けました。新しい部長が着任してから1年。些細なミスを他のメンバーの前で指摘されたことをきっかけに、彼は部長のことがとても苦手になりました。
パワハラというほどのことではなく、周囲のメンバーからは「気にしないで平気だよ」と声をかけられるものの、中村さんにとってはとても大きなことでした。
ミスを指摘された上司に対して、扁桃体が過剰に反応してしまうのは自然なことです。なぜなら、私たちの生存を脅かす存在として認識されるからです。
しかし、この反応が続くことで、以下のような悪循環に陥りやすくなります。
・上司の声を聞いただけで緊張したり、手が震えたりする
・ミスを恐れるあまり、普段の実力も発揮できない
・帰宅後も上司のことが頭から離れない
・眠れない日が続き、さらにパフォーマンスが低下する
■夜、ぬるめのお風呂にゆっくりつかると効果的
では、このような状況で、扁桃体の反応をコントロールするには、どうすれば良いのでしょうか。第2回記事〈ミスした時にこれほど効く言葉はない…劣勢に立たされた大谷翔平選手の「かけ声」に脳神経外科医が感心したワケ〉で紹介した「映画化テクニック」と「身体化テクニック」の組み合わせが、特に効果的です。
帰宅後、上司との出来事が頭をグルグル回り始めたら、まず深い呼吸をしながら、その場面を映画のワンシーンとして客観的に見てみます。
あたかもスクリーンに映し出された映像のように、少し距離を置いて眺めるのです。
次に、自分の体の状態に意識を向けます。肩に力が入っているなら緩め、呼吸が浅くなっていれば深くする。これだけのシンプルな実践で、扁桃体の興奮は徐々に落ち着いていきます。
さらに、拙著『あの人を、脳から消す技術』(サンマーク出版)の第6章で紹介したGABAの働きを高めましょう。GABAとは、脳を落ち着かせる働きを持つ神経伝達物質で、特に扁桃体の過剰な活動を抑える効果があります。「夜、ぬるめのお風呂にゆっくりつかる」ことで、このGABAの活性化を促すことができます。
その日のうちに扁桃体を落ち着かせることで、翌日への影響も最小限に抑えられます。
■相手は変えられない、でも自分の反応は変えられる
中村さんは、この方法を実践して2週間ほどで変化を感じ始めました。
「映画を観るような気持ちで、部長のことを考えられるようになったんです。体の緊張にも気づきやすくなって、自分でほぐせるようになりました」
このように、ミスを指摘された上司のことが苦手になったときは、扁桃体に働きかける具体的な方法を実践することが大切です。
相手を変えることはできなくても、自分の反応は科学的にコントロールできるのです。
ケース②「言うことを聞かない後輩」への対処法
「先輩の言うことは聞けないです。僕のやり方のほうが効率的なので」
システム開発会社の新入社員の村田くんは、そう言い切りました。確かに彼は優秀です。プログラミングの知識も豊富で、処理速度を上げることには長(た)けています。しかし、チームで働く上で大切なコードの読みやすさについては、まったく耳を貸そうとしません。
田中さん(35歳・男性)は途方に暮れていました。
「指導係として責任があるのに、まったく話を聞いてくれない。彼の態度を見るだけで腹が立って、家に帰ってからもずっとイライラしてるんです」
まったく言うことを聞かない後輩に対して扁桃体が反応するのは、当然のことです。しかし、それに振り回されていては、本来の指導もできません。
この状況でリラックスするにはどうすれば良いのでしょうか。
■「5分間のウォーキング」を試してみたら
拙著の第3章で紹介した「リフレーミング・テクニック」が効果的です。これは、物事の見方を変えることで、扁桃体の反応を和らげる方法です。
たとえば、「生意気な後輩」という見方を、「技術と情熱がある若手」という見方に変えてみる。すると、感情的な反応が抑えられやすくなります。
また、第6章で紹介したセロトニンの活用も有効です。セロトニンは感情を安定させる神経伝達物質。昼休みの「5分間ウォーキング」など、軽い運動を日課にすることで、このセロトニンの分泌が促されます。すると、落ち着いた状態で後輩と向き合えるようになるはずです。
田中さんは、この方法を実践してみました。
「彼の『こだわり』を、『可能性』として捉え直すようにしたんです。すると不思議と、彼の話にも耳を傾けられるようになりました。この間、『先輩の意見も取り入れてみました』と言ってきてくれました」
このように、言うことを聞かない後輩に悩まされているときは、「リフレーミング」によってまず自分の見方を変えることから始めてください。相手にもそれが伝わると、関係性が良好になっていくかもしれません。
■モヤモヤした不安は本当に事実?
ケース③「仲間はずれにされている」ときの対処法
「保育園のママ友である吉岡さんが、私のことを嫌っているんです」
小林さん(35歳・女性)は、肩を落としました。
保育園の行事の準備をする際、運営委員の吉岡さんから「これ、お願いできますか?」と一方的に仕事を振られる。
でも、彼女は他のママたちとは楽しそうに話している。LINEグループでも、自分の発言だけが流されているような気がする。
「きっと私のことを嫌っている。送り迎えの時間が本当に憂鬱でした」
このように感じるのは、扁桃体が「仲間から拒絶される」という状況を危険な信号として捉えるためです。そして一度そう感じ始めると、相手の何気ない言動も「やっぱり」と感じてしまい、悪循環に陥りやすくなります。
拙著の第3章で紹介した「言語化テクニック」と、第6章で紹介した「4‐7‐8呼吸法」の組み合わせが効果的です。
まず、モヤモヤした不安を「本当にそうなのか?」と言葉にしてみましょう。「具体的にどんな場面で」「実際に何が起きたのか」、事実を整理していくのです。
送り迎えの前には「4‐7‐8呼吸法」で心を落ち着かせます。冷静な状態で観察すると、意外な発見があるものです。
小林さんは、勇気を出してベテランママに相談してみました。
■「あの人」像を頭の中で作り上げていないか
「『えっ、吉岡さん? あの人むしろ、あなたを頼りにしてると思うよ。仕事が丁寧だから、信頼してお願いしてるんじゃない?』って。驚きました。考えてみれば確かに嫌われている証拠は、どこにもなかったんです」
このように、ときに私たちは自分の中で「あの人」像を作り上げ、それに振り回されることがあります。一度立ち止まって、本当にそうなのか、事実を見つめ直してみることが大切です。
扁桃体の反応に流されず、実際のコミュニケーションを通じて確かめていく。それが、不必要な心配から自由になる第一歩となります。
ケース④「素っ気ない夫」への対処法
「いつも聞いているフリだけなんです」
木村さん(37歳・女性)は、深くため息をつきました。仕事での悩み、小学生の息子の学校での心配事……。話しかけても、夫はスマートフォンを見たまま「ふーん、そうか」と素っ気ない返事を続けます。
「真剣に話を聞いて」と何度も伝えました。
でも2年以上、変わる気配はありません。
夫婦の会話といえば、日常的な用件だけ。
自分の気持ちに向き合ってもらえない日々が続き、家に帰るたびに重くのしかかる空気に、木村さんはつねに緊張状態でした。
■「悲しい」と自覚することがなぜ大切なのか
このように、最も近い存在が自分に無関心なのは、大きなストレスになります。特に「何度伝えても変わらない」という状況は、無力感と共に、深く傷つきます。
では、この状況で自分の心を守るにはどうすれば良いでしょうか。
第6章で紹介した「マインドフルネス」が特に効果的です。これは、今の自分の感情を観察しながらも、それにとらわれすぎない方法です。
たとえば、夫の素っ気ない反応に傷ついたとき、自らのその感情を「今、悲しさを感じているな」とただ観察してみる。感情を否定せず、かといってそれにのみ込まれることもない。
この実践を続けることで、日常に振り回されにくくなっていきます。
木村さんは、このマインドフルネスを朝と夜の10分ずつ、実践してみることにしました。静かに呼吸をしながら、自分の感情に気づいていく。
すると、少しずつ変化が現れ始めます。
「不思議なんです。夫の態度は何も変わっていないのに、私の中の苦しさが減っていきました。『夫にわかってもらおう』という思いを手放せたからかもしれません。今は仕事の相談を同僚としたり、息子の件は学校のカウンセラーに相談したり。自分の道は自分で切り開いていけると感じられるようになってきたんです」
このように、パートナーの無関心に悩むときは、まずは自分の心を守ることから始めましょう。相手を変えようとするのではなく、自分の感情との向き合い方を変えていく。それが、新しい生き方を見つける第一歩となります。
■自分だけの「SNSルール」をつくろう
ケース⑤「SNSに振り回される」への対処法
「また、あの人の投稿にイライラしてる自分に気づいて……」
早川さん(29歳・女性)は、スマートフォンを置きました。
SNSを見るたびに目に入る、元同期の華やかな投稿の数々。
海外旅行、おしゃれなカフェ、仲間との楽しそうな写真。
「私の休日なんて、家事と育児だけ。『いいね』を押すたびに、なんだか自分が惨めになって。でも見ないと、仲間から外されそうで不安なんです」
投稿を見て落ち込む。
でも見ないと不安になる。
結果として、何度も確認してしまい、そのたびに心が揺さぶられる。
見たくないのに、見てしまう。
まさに、現代特有の悩みと言えるでしょう。
この場合は、第3章で紹介した「タイムリミット・テクニック」が効果的です。「見ない」という無理な制限ではなく、「いつ」「どれくらい」見るかを決めておく方法です。
たとえば、次のように時間を区切ります。
・SNSのチェックは一日2回まで
・1回の閲覧時間は10分以内(スマホのタイマー機能を活用)
・就寝1時間前からは見ない
このようなルールを決めることで、「またあとで見られる」と安心し、必要以上の反応を示さなくなるものです。SNSとの付き合い方に適切な「枠」を設けることで、自然と落ち着いていきます。
大切なのは、SNSを否定するのではなく、自分なりの心地よい距離感を見つけること。それが、デジタル時代を生きる私たちの新しいスキルと言えるかもしれません。
■脳から消すと希望にあふれる
ここまで、5つの具体的なケースを見てきました。それぞれの状況で扁桃体は反応し、その反応は決して間違ったものではありませんでした。むしろ、私たちの心と体を守るための、正常な警告信号だったのです。
大切なのは、この反応に振り回されないこと。映画化テクニック、リフレーミング・テクニック、言語化テクニック、マインドフルネス、タイムリミット・テクニック──。状況に応じて、適切な方法を選び、実践することで、心は安定していきます。
相手を変えることはできなくても、自分の反応は科学的にコントロールできる。
この事実は、私たちに大きな希望をもたらします。なぜなら、それは「あの人」に振り回されない、本来の自分を取り戻せるという確信につながるからです。
----------
菅原 道仁(すがわら・みちひと)
日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター
脳神経外科医。菅原脳神経外科クリニック(東京都八王子市)、菅原クリニック東京脳ドック(港区赤坂)院長。杏林大学医学部卒業。「人生目標から考える医療」のスタイルを確立し、心や生き方までをサポートする医療を行う。著書に『すぐやる脳』(サンマーク出版)など。
----------
(日本脳神経外科専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター 菅原 道仁)
編集部おすすめ