「年上部下」とのコミュニケーションは難しい。どうすれば良い関係を築けるのか。
大手外資系企業を中心に年間1000件以上の面談を行っている産業医の武神健之さんは「外資系企業では、部下が年上という状況は珍しくない。年上部下を抱えて成功を収めている年下上司たちには共通点がある」という――。
■「年上の部下とどう接すれば良いのか」
こんにちは、産業医の武神健之です。私のクライエントの外資系企業では、年功序列の慣習は薄れており、ジョブ型・実力主義の評価体系が標準です。その中では、「部下が年上、上司が年下」という組み合わせはもはや珍しくありません。しかし、年齢と役職が逆転した職場で生じる摩擦もあります。
「年上の部下とどう接すれば良いのか」「プライドを傷つけずに指導するには」「ベテランの反発をどう乗り越えるべきか」といった年下上司の悩み。一方で、「なぜ自分より若い人間に指示されなければならないのか」「長年の経験は評価されないのか」といった年上部下の不満や葛藤。こうしたコミュニケーションの齟齬は、時に職場の雰囲気を悪くするだけでなく、個人のパフォーマンス低下や、ひいてはメンタルヘルス不調を引き起こすリスク要因にもなっています。
そこで今月は、タフでハードとされる外資系企業の現場で実際に成功を収めている年下上司たちに焦点を当て、具体的な事例を交えながら、年齢の壁を乗り越え、誰もが健康的に、前向きに働けるチームを築くための3つのヒントを示したいと思います。
この内容が、あなたの職場でのコミュニケーション、そしてあなた自身の心の健康を守る一助となれば幸いです。
■「客観性」が年齢を乗り越える土台に
1.納得を生む透明な評価と敬意
年上部下との間で良好な関係を築き、チームとして成果を出している年下上司に共通している1つめのポイントは、評価の透明性と、それを基盤とした相互の敬意です。
実力主義が浸透している外資系企業においては、個人のパフォーマンスが数値や明確な指標で示されることが多く、この客観性が年齢という要素を乗り越える土台となっています。
例えば、営業職であれば個人の売上(達成率)、プロジェクトマネージャーであれば担当案件の完遂度やコスト削減効果など、誰もが納得できる具体的な指標に基づいた評価が行われます。このような環境下では、年下上司は部下の年齢やこれまでのキャリアに過度に囚われることなく、純粋にそのパフォーマンスに基づいた指導やフィードバックを年上部下にも行うことができます。そして、年上の部下もまた、客観的なデータに基づいて自身の現状を理解し、改善の必要性を納得しやすくなります。
■40代男性が苦しんだ「ネガティブな想像」
大手の日本企業から私のクライアントの外資系企業に転職してきた40代男性のAさんは、入社後3カ月ほどで産業医面談に訪れました。転職後なかなか成果が出せず、その焦りから眠れなくなり、朝の出社がつらいという訴えでした。印象的だったのは、「(前職の)部長ってこの程度かと(年下)上司に思われているのではないか。私の方が年上なので遠慮しているのだと思うが、内心ポンコツと思っているんだろう」というAさんの言葉です。
実際にはその上司からパフォーマンスについて直接何か言われたわけではないにもかかわらず、Aさんは自ら年齢の壁を感じ、ネガティブな想像で心をすり減らしていました。
医療受診をし、最終的には休職となったAさんでしたが、4カ月ほどの休養を経て復職。その後、部門のサポートもあり順調に結果を出し、Aさんは今では元気に働いています。当時のことを振り返りAさんは、「早く結果を出さなければと焦りすぎ、結果が出ていないことで自信を失い、上司をはじめ周囲を全てネガティブに捉えすぎていた」と分析しています。
そして、「今思えば、休職前も後も、年下である上司の態度に変わりはなく、部下全員に公平に接する人だ」と話してくれました。
■「指導」はしても「敬意」は忘れない
このAさんのケースは、年上の部下が抱えがちな心の葛藤を浮き彫りにしています。上司側が明確な評価基準を持ち、年齢に関わらず公平な態度で接していても、部下側が年齢の意識にとらわれることで、不要なストレスを抱えてしまうこともあるのです。
人が人を評価するとき、最も納得感を生むのは透明性と敬意です。年下上司は、営業成績や業務のパフォーマンスといった客観的なデータに基づいた指導を徹底すること。そして、その指導が感情論ではなく、あくまでもチームの目標達成(と場合により個人の成長)のためであることを明確に伝えること。同時に、指導はあくまで成績やデータなどの事実に基づき、性格を責めたりしないこと。
つまりは、指導はしても相手への敬意を忘れないことができていると、部下は自分の業務に専念しやすいようです。たとえ期待通りの成果が出なかったとしても、その理由を客観的に受け入れ、改善への意欲を持つことができるのです。年齢を超えた信頼が、組織の未来とそこで働く全員の心の健康を守ります。
■誰に対しても平等に接し、冷静で客観的
2.年下上司自身の安定性こそが、部門の心の安全基地
私の経験上、年上部下とも上手に関係性を構築できている年下上司には、ある共通の特性が見られます。それは、安定性です。
安定したパフォーマンス、安定したメンタル、そして何よりも安定したコミュニケーションです。
管理職に就くプレッシャーの中で、時に自信の無さから過度に威圧的になったり、逆に自信過剰に見えたりする上司もいますが、“できる”年下上司は、そうした感情の波に左右されません。彼らは、年齢や性別、職歴に関係なく、誰に対しても平等に接します。自身の能力と役割を正確に認識し、常に冷静かつ客観的な視点で物事に対応します。この一貫性こそが、年上の部下にとって「この人にならついていける」という心の安全基地となるのです。
Cさんは30代の女性で、その専門性の高さを評価され、私のクライエントにヘッドハンティングで入社した若いプロダクトマネージャーでした。Cさんの所属するチームは、Cさんよりも10歳以上年上のベテランエンジニアDさんを含むメンバーがいました。Dさんは高い技術力を持つ一方で、新しい開発手法やツールへの抵抗が強く、時にチーム全体のスピードを妨げることがありました。
■30代転職者がベテランメンバーの信頼を得られた理由
Cさんは、Dさんの意見を頭ごなしに否定することは決してありませんでした。常に「なぜそう考えるのですか?」「その方法だと、どんなメリットやデメリットが考えられますか?」と丁寧に問いかけ、Dさんの経験からくる見解を深く理解しようと努めました。
そして、Dさんの不安に寄り添いながらも、具体的な成功事例や導入後のメリットをデータに基づいて説明しました。あるプロジェクトが遅延しそうになった時も、Cさんは感情的になることなく、冷静に状況を分析し、Dさんを含めたチームメンバー全員で解決策を検討しました。

Dさんは後にこう語っています。
「最初は若い子に指示されることに正直抵抗がありました。でも、Cさんはどんな時も落ち着いていて、私たちの意見を尊重し、最善の道を探ろうとしてくれいるのが分かりました。彼女が感情的になったり、特定のメンバーをひいきしたりすることはありませんでした。彼女の安定した仕事ぶりと、誰に対しても公平な姿勢を見ているうちに、年齢は関係ない、彼女の下でなら安心して仕事ができると思うようになりました。むしろ、今ではCさんが他部署との連携(業務交渉)をやってくれるおかげで、自分は業務のみに専念できていて以前より楽に働けています」
■安定したメンタルは心理的安全性の高い職場をつくる
年下上司自身の安定した人柄は、年上部下にも「この人はきちんと仕事ができる」という安心感を与えます。また、安定したメンタルは、周囲に不必要な緊張感を与えず、心理的安全性の高い職場環境をつくります。そして、誰に対しても平等で一貫したコミュニケーションは、「この人は年齢や立場によって態度を変えない、正しく自分を見てくれる」という深い信頼を生み出します。
このように、年下上司が「人として尊敬できる、慕われる」存在となることは、部下全員が心の安定を保ち、チーム全員のパフォーマンスを最大限に発揮できる土壌を育むのです。年下上司自身の心の健康が、チーム全体の健康に大きく寄与すると言えるでしょう。
■真のプロフェッショナルは年齢を気にしない
3.プロフェッショナルとしての自覚が、年齢の壁を無効化する
長年タフでハードな職場環境で働く人たちをみてきた私の私見としては、そもそも、自身や上司の年齢を過度に気にしている時点で、そのような人は、真の上級職、あるいは組織を牽引するプロフェッショナルとして、一段上のステージに到達していないことが多く、まだ“上司の器”ではないと考えます。
なぜなら、私のクライエントの多くでは、その年の業績や能力によって評価されるのが当然だからです。
役職は、あくまでもその職務に対する責任と権限を示すものです。過去の評価を示している場合もありますが、それはあくまで過去のものであり、人の年齢や経験の年数を示すものではありません。
もし、年上の部下が「なぜ自分より若い上司に指示されなければならないのか」といった感情的なわだかまりを抱えているのであれば、その人自身のプロとしての自覚が不足している、あるいは「役割」と「人間性」を混同しているのかもしれません。
真のプロフェッショナルであれば、上司の年齢に関わらず、その指示が組織目標達成のために合理的であるか(または自身の成長につながるか)を冷静に判断し、必要であれば建設的な意見を交換し、最終的には与えられた役割を全うします。職歴と役職に基づき、上下関係は明確に決まっているからです。
■派遣社員や契約社員のメンバーへの対応に見えるもの
また、私の経験では、上司や部下の年齢を気にする正社員の多くは、派遣社員や契約社員には、年上であろうと年下であろうと、その年齢をあまり気にしていないように見受けられます。その理由は多くの場合、自分には「正社員」という肩書きがあるからと感じます。相手の年齢や人間性ではなく、「正社員」という自身の立場を相対的な優位性の根拠としている印象を私は受けることが多いです。
一方で、上司や部下の年齢を気にしない人の多くは、チーム内の正社員だけでなく、派遣社員や契約社員に対しても、ちゃんと敬意を持って接しています。彼・彼女らは、お互いを人としてリスペクトした上で、役職の違いにより担う役割が異なること、異なる業務を分担してチームとして良い成果をあげることが仕事では求められているという認識を持っている印象です。
私は、前者はプロとしてまだ未熟、後者こそが真のプロと感じます。年上部下と年下上司のコミュニケーションを成功させる鍵は、年齢という属性から一度離れ、お互いをプロとして認識し、尊重することにあります。

年齢に関係なく、上司は常に明確で客観的な評価基準と上司自身の安定した姿勢を示すこと。部下は、年齢ではなく能力と貢献度で自身と他者とが評価されるという意識を持つこと。この両者の努力と理解こそが、年齢の壁を乗り越え、誰もが健康的に、そして前向きに働ける職場を生み出すための道となるでしょう。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)

医師

医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。

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(医師 武神 健之)
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