※本稿の事例は、実際の相談内容をもとに、個人が特定されないよう変更や修正を加えて再構成しています。
■「ボーナスが出たのに貯金が増えていない」は危険サイン
突然ですが、夏のボーナス、何に使ったか思い出せますか?
2025年、大手企業の夏のボーナスは平均で99万848円だったとNHKが報じています。この数字は日本経済団体連合会が従業員500人以上の大手企業に尋ねたものとのことですが、中小企業であっても賞与の額は決して小さいものではないと思います。ボーナスを日頃のがんばりへのごほうびとして、楽しみにしている方も多いでしょう。
一方で「あれ? 何に使ったっけ……」という声や、「ボーナスが出たのに、貯金が全然増えていない」というご相談者からの声は珍しくありません。ボーナスで行った数々のお買い物や体験。例えば最新の家電を買った、家族で旅行や外食に出かけた、住宅ローンの繰り上げ返済をしたなど。どれもポジティブなお金の使い方に思えますが、もしそのすべてが消費で終わっていたとしたら?
将来に向けた資産形成につながっていなければ、少し立ち止まって考える必要があるかもしれません。
「何に使ったかは思い出せないけど、全然残ってない」そう感じる方は、お金の使い方や家計を見直すタイミングかもしれません。もしボーナスをすべて消費にまわしていたのなら、そのお金はすべて広い意味で「生活費」です。
■家電や旅行…すべて消費に回った家庭は要注意
特に気をつけたいのが、「資産として残らない支払い」が習慣化していることです。欲しかったものを買い、新しい体験をして思い出をつくるのは素晴らしいことですが、それが無意識のまま、“ボーナス時期の恒例行事”として繰り返されているなら、将来のリスクに目を向ける必要があります。先ほど挙げた最新家電や旅行などに消えたという方、要注意です。
ボーナスの使い道がすべて消費にあてられている場合、生活水準は自然と上がっています。そのような方の現役時代はボーナスがあるからこそ、日頃の家計収支が赤字になっていてもすみやかに補填することができています。
しかし、老後はどうでしょう。老後は年金が主な収入となりますが、年金にボーナスはありません。老後にボーナスという“裏技”はもう使えなくなります。
また、住宅ローンの繰り上げ返済に使った場合「金融資産」は減る一方、「純資産」は変わりません。“生活の足し”にできるのは金融資産であり現金です。繰り上げ返済をしても、生活の余力を高めることにはつながりにくいのです。お金の使い方を見直す第一歩は、「その支払いは資産を増やすことにつながっているか?」と自問することかもしれません。
■老後は「資産の取り崩し期」に入る
家計は、「フロー」と「ストック」のバランスで成り立っています。「フロー」は収入と支出で、「ストック」は金融資産や不動産といった資産と負債です。
フローがプラスになればストックは改善します。反対にフローがマイナスとなればストックは悪い影響を受けます。フローとストックは相互に影響を与え合う関係にあります。いくらフローが大きくても、それがすべて消費に使われていてストックにまわっていなければ、家計は持続可能とは言えません。
リタイア後は、「資産の取り崩し期」に入ります。収入が減少する一方、支出を収入でまかなうことができなければ、これまでのストックを取り崩し、貯金や株式などから現金を受け取りつつ、生活をまかなっていく、そんなフェーズです。家計の持続可能性を高めるために重要なことは、できる限り長くストックを持ち続けられることです。
令和6年度厚生労働省の将来の公的年金の財政見通し(財政検証)によると、2024年度の公的年金の所得代替率は61.2%(比例25%、基礎36.2%)でした(夫は会社員、妻は専業主婦で扶養に入っていたというモデル世帯で試算した結果)。これは、年金を受け取り始める65歳の時点で、年金額が現役世代男子の平均手取り額と比べてどのくらいになるか、を示した割合です。
■老後の収入は4割減る
おひとり様世帯では、仮に現役時代の平均手取り収入が同じで、基礎部分が2分の1となるとすると、所得代替率の目安は約43%となります。
とはいえ、持ち家であれば、住宅ローンの支払いをリタイア前に終えられていれば、年金生活で住宅ローン返済額の分、支出は減るはずです。しかし、年金額と現役時代の収入の差は住宅ローン返済額を上回るものとなる可能性があり、必ずしも楽観はできないでしょう。もし仮に現役時代の手取り月収が現役世代の手取りと同じだったとすると、年金額の差は以下のとおりです。
【モデル世帯(夫婦)】
現役時代の手取り月収平均:37万円
夫婦の年金額:22.6万円
→毎月の不足額:14.4万円(=4割足りない)
【おひとり世帯】
現役時代の手取り月収平均:37万円
年金額:15.9万円
→毎月の不足額:21.1万円(=6割足りない)
住宅ローン返済などで負債を減らすことはもちろん大事ですが、それは将来、現金化できない資産への集中でもあります。長生きリスクへの備えとしては不十分で、あらかじめ金融資産を積み上げておくといったアクションが必要となるのです。
■「月10万円積立、退職金もある」油断した50代夫婦
ここからは53歳、会社員、夫婦2人暮らしのケースを見てみましょう。Aさん(仮)は、定年退職が近づいてきたことを期に、お金まわりの棚卸しをしてより良い第二の人生のスタートラインを切りたい、と相談に来られました。平均的な水準に近い家庭です(*1、*2)。
Aさんのプロフィールは以下のとおりです。
家族構成:夫婦2人暮らし
世帯年収:約920万円
Aさん:655万円(うちボーナスは115万円)
妻:265万円
住宅ローン残債:1200万円(あと11年で完済予定)
金融資産:約1300万円(うち投資信託約260万円)
退職金額:約1000万円
年間支出額:約600万円
日々の支出は記録していたものの、ボーナスは「家電・旅行・ローン返済」に消えており、手元にはほとんど残っていませんでした。「月10万円も積立をしているし、退職金もあるから何とかなる」と油断していたのです。
■80歳で“金融資産が尽きる”
Aさん夫婦の場合、老後の年金は夫婦で手取り月24万円でした。現在の支出水準(年600万円)を続ければ、Aさんが80歳の時には金融資産が尽きるという試算結果となりました。また、もし今後物価が年1%の上昇を続ければ、金融資産が尽きるのは74歳に早まるとの結果も投影されました。
平均寿命が伸長する中、将来への不安を減らすために、やるべきことは、ご自身にとって持続可能な支出額を設定することです。そのために、以下の3つが必要です。
1 フロー管理:日々の収入と支出の流れを見える化。生活水準を整える。
2 ストック管理:現在の資産と負債を整理。緊急生活費・準備資金を確保。
3 資産形成計画:将来必要になる資金を逆算。いつ・いくら・どのように投資するか、どのように取り崩すかを決めておく
まず、将来リタイア後にも生活水準を維持されたい場合、金融資産の事前準備が必要です。将来必要な金融資産はいくらなのか、老後に見込まれる公的年金等からの収入と必要な生活費、イベント支出を照らしあわせて確認します。
■ボーナスの約6割は残しておくべきだった
必要な金融資産額がわかったら、FPとしては、次に資産形成計画の立案に着手します。これらのプロセスにあたってはフロー管理とストック管理がかかせません。フローから積立を捻出するためには家計収支を整えることが不可欠であり、ストックから捻出するためには、ストックの使いみちを適切に整理しておく必要があるためです。
生活水準を一定のものとして準備計画をシミュレーションすると、Aさんの場合、60歳以降は収入が減少し、積立投資の継続や貯蓄が思うようにできない状況が投影されました。言うなれば、今が最後の「貯め時」だったのです。
例えばAさんの場合は、ボーナスの約6割を手元に残しておくべきでした。Aさんの定年退職は65歳。運用資産の利回りを年3%と仮定すると、これまでの貯金などと退職金をあわせて約3100万円の金融資産が残るシミュレーション結果でした。しかし、90歳まで同じ生活水準を維持するためには約2000万円不足していました。
準備可能な65歳までの残り約10年間で割ってみると、貯めておくべき金額は年間約190万円。すでに始めている積立投資額年間120万円を差し引くと、ボーナスの約6割にあたる70万円が不足していたのです。
■65歳以降も働き続ける必要が出てきた
ただ、この場合、Aさんの現在の暮らし方と照らし合わせると、生活費の削減により大きな痛みを伴う可能性がありました。ですので、現実プランとしては65歳以降も働き、70歳まで月10万円の収入を得ることを勧めました。それでも、ボーナスの最低2割は残さないといけないという試算になり、ボーナスを湯水のごとく使っている今の状況は大変危険でした。
Aさんの場合、リタイアメントプランの見直しもあわせて行ったうえで、ボーナスの約2割の補足を行うこととなりました。ただ、今後はボーナスから2割の貯蓄をするとしても、Aさんが今回使ってしまったお金は戻ってきません。重要なのは「次からどうするか」です。取り急ぎ、今回の不足分は冬のボーナスで補うか、負担の少ない方法で支出を見直すといった対応も必要となります。
また、参考ですが、Aさんと同様に“ボーナスをすべて使い切ってしまっている”平均的な水準の家庭という前提で言えば、40代で世帯年収800万円の家庭ならボーナスの約5割、30代世帯年収700万円の家庭ではボーナスの約4割を目安につみたて計画を立てるといいでしょう。キャリアの中盤にさしかかった30代では、将来のためのつみたても重要ですが自己投資にかける支出も大切にしたい時期です。
■直近5年以内に大きな支出がないかを確認
ストックのつかいみちを考えるときは、まずは今持っている金融資産の内訳を確認しましょう。例えば、保険や株式、投資信託などは長期資金として向いています。対して短期資金に向いているのは普通預金や定期預金といった預貯金です。
直近5年以内に以下のような資金は必要ないでしょうか。
・進学資金
・受験費用
・住宅購入時の頭金や諸費用
・引越費用
・住宅修繕資金
もしこれらのために必要な資金が預貯金だけでは不足しているなら、ボーナスから速やかに補足しておく必要があります。最悪なケースでは資産形成が白紙に戻る可能性があります。
■現役時代の所得が高い人ほど、老後が危ない
ボーナスを受け取ると、つい気が緩み、日頃ならしないような支出にも手が伸びてしまうものです。しかし、ボーナスとは企業の業績や個人の成果などに応じて支払われる別払いの給与であり、決して特別なお小遣いやご褒美ではありません。あくまでも別払いの給与として改めて認識する必要があります。
だからこそ、ボーナスの使い方には、毎月の給与と同様に資産形成をふまえた計画性が求められます。
そうは言っても、せっかくもらったボーナスを多く残さなければいけない、というと、「悲観的だ」「そんなことしなくてもなんとかなる」といったご意見もいただきます。しかし、これは「将来予測」ではなく、人生の晩年にご自身の尊厳を守ることができる選択肢をいかに残してあげられるか、という「自己実現計画」に関わる事柄なのです。
現役時代はボーナスで家計を補えていたとしても、年金生活にその“裏技”は使えません。そのうえ、年金制度の設計上、支払う保険料には天井があるため、現役時代の所得が高い方ほど、リタイア後に直面する収入の崖は深いものとなることが見込まれます。「貯まっていない」と気づけた今こそ、未来のための方向転換ができるタイミングです。まずは今ある財産を棚卸しすることからはじめてみませんか。次にボーナスが出ても、いったん立ち止まってみてください。
(参考資料)
*1 総務省統計局「家計調査/貯蓄・負債編 二人以上の世帯 詳細結果表」
*2 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概況」
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内田 英子(うちだ・えいこ)
CFP、FPオフィスツクル代表
愛媛県在住。証券会社・保険ショップ勤務、専業主婦を経てひとり起業。現在、FPオフィスツクル(愛媛県松山市)代表。教育費から保険、住宅、資産形成、キャリア、相続まで幅広い視点で家計を診る家計の総合医として、ライフプランシミュレーションを駆使したファイナンシャルプランニングが強み。自治体や学校、団体・企業における金融教育講座も行う。
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(CFP、FPオフィスツクル代表 内田 英子)