■トランプ政策によって米国経済が悪化する可能性は大
日経平均株価は平成バブルの最高値を更新するまでに、実に34年を要した(その間に米S&P500株価指数は20倍となった)。
その苦い記憶から、多くの個人投資家は日本株の上昇に懐疑的だ。結果として、投資熱が高まるなかでも、個人マネーの多くは米国をはじめとする海外株式やファンドへと流れていることが図表1からわかる。
そこで気になるのが米国経済の行方だ。トランプ政権発足以降、米国では企業景況感や、消費者信頼感などのソフトデータの悪化が続いている。
それらに共通するのは、インフレと雇用の見通しが悪化するなかで景気見通しが急落している点であり、家計や企業が関税によるスタグフレーション(景気が悪化しているにもかかわらず、物価が上昇する現象)を警戒する様子が窺える。
こうしたソフトデータの悪化は、民間雇用者数や小売売上高などのハードデータにも波及し始めている。図表2に示すように、米国の実質GDP成長率は消費者マインドに約3カ月遅れて動く傾向がある。現時点では景気後退(大幅なマイナス成長)に陥る可能性は低いが、成長鈍化は不可避の情勢だ。
■アメリカの金利は限界に達している
特に警戒すべきは、長期金利の上昇である。トランプ大統領に起因するさまざまな不確実性が米国の信認を損ね、米国債売りを誘っている。
現在の金利上昇は、米国債の保有リスクの増大に伴う「悪い金利上昇」であり、これが行き過ぎれば、民間需要が減速し、経済と企業業績の悪化を通じて株価を押し下げる。米長期金利は一時4.5%を超えたが、米国経済・株式市場はどこまでの金利上昇に耐えられるのだろうか。
経済が耐え得る金利水準の目安は、「経済成長率(名目GDP成長率)」と考えられる。経済成長率は不動産や金、美術品などの実物資産投資から得られるリターンであり、長期金利は投資にかかるコストだ。両者の差が「利ざや」であり、この幅が大きいほど投資が促される。
しかし、現在はこの経済成長率と長期金利が一致し、利ざやはほぼゼロとなった(図表3)。これ以上金利が上昇すれば、米国投資は「逆ざや(不採算)」となり、景気後退リスクが高まる。株式市場の金利耐性を測る場合は、「株式益利回り」が基準となる。株式には倒産リスクがある分、通常は国債よりも利回りが高い。両者の差は「イールドスプレッド」と呼ばれ、この幅が大きいほど株式が割安と評価される。
だが、現在はイールドスプレッドもほぼゼロとなり、米株式の相対的な魅力が薄れている(図表4)。今後、金利がさらに上昇すれば、株式市場からの資金流出が進み、株価への下押し圧力が強まるだろう。
米金利は経済・株式市場が耐え得る限界に達している。
■米国株の短期見通しは明るくないが
現状を打開するには、トランプ政策で損なわれた財政や通商政策の透明性を回復し、米国債の信認を取り戻すこと(=金利低下)が必要だ。正攻法は、トランプ政策の軌道修正に他ならないが、それがいつになるかは見通せない。
トランプ関税はいくつかの国々との合意をみたものの、中国やEU、インドなどとの交渉は不透明なままだ。トランプ政策はまさに不確実であり、米国経済・株式市場の短期的な見通しは明るくない。
もっとも、個人の株式投資は長期目線で取り組むべきものだ。機関投資家と異なり、個人投資家は四半期や年単位といった短期の運用成績を競う必要はない。また、短期投資では「いつ買って、いつ売るか」によって運用成績が大きく変わるため、市場を動かすあらゆる要因に神経をすり減らすことになる。
一方、株価は長い目で見れば上昇する傾向があるため、長期投資であれば売買のタイミングに一喜一憂する必要はない。また、配当を再投資すれば「複利効果」が得られる。個人投資家の強みは、時間を味方につけられることであり、じっくりと資産形成に取り組める点にあるのだ。
2025年2月から4月にかけて、トランプ関税ショックにより、S&P500指数は▲19%下落した。
■投資は続けるべきだと言えるワケ
株価は様々な危機に直面し、急落することがしばしばあるが、市場がその影響を十分に織り込めば、危機そのものが解決していなくとも相場は反転する傾向がある。
危機の織り込み度合いを測る上で参考になるのが「VIX(恐怖指数)」だ。これは市場の不安心理を表す指標であり、VIXの急騰は弱気に傾いた投資家が株式を売り尽くす「陰の極」の到来を告げ、相場が上昇に転じるサインとなることが多い(図表5)。
今回VIXは、閾値とみられる30を突破し、一時60に達した。その過程で市場は、トランプリスクを概ね織り込んだ可能性が高いといえる。
もっとも、トランプ関税を巡る混乱は今なお続いている。米株価が4月の一番底を割る可能性は低いと思われるが、今後も短期的には投資家を不安にさせるような急落局面が頻繁に訪れるだろう。肝心なのは、そこで慌てて売らず、冷静に投資を続けることだ。
図表6にみるように、米国株は長期的には企業業績(一株当たり利益、EPS)の拡大とともに右肩上がりで推移してきた。企業業績の増益率は、名目GDP成長率の2~2.5倍である。
米国の経済成長の巡航速度(=名目潜在成長率)は4%であり、企業業績の増益率は平時では8~10%程度となる。その場合、米株価も平均的には年8%超のペースでの上昇が期待できる。そう考えると、今後トランプリスクによって短期的に株価が下落するなら、それは投資の好機といえる。
■「S&P500」を持ち続けるべき人
図表7は、2000年以降のS&P500指数の大幅な下落局面のまとめである。
20%以上下落した局面は6回あり、平均下落率は▲34%、下落期間は11カ月であった。だが、米株価は底入れしてからわずか1年11カ月で元の水準を取り戻している。株価が下がり始めてから、底を打って元に戻るまでのワンサイクルは、平均して3年弱に過ぎない。
つまり、少なくともあと3年以上投資を続ける予定がある個人投資家であれば、株価の大幅下落を乗り越えることは十分可能だ。株価の急落をみて慌てて売れば、後のリバウンドの機会を逃してしまうが、株価が下落している間も冷静に積立投資を続けていれば、平均取得価格が下がり、後により大きな投資リターンを得ることができるだろう。
■リスク分散におすすめの金融商品とは
トランプ関税によって米国が本格的なスタグフレーション(景気が悪化しているにも関わらず、物価が上昇する現象)となれば、景気悪化が米株安を引き起こし、インフレが米債券安に繋がる。
一般に投資をする際は、リスクを低減させるために株式と債券に資金を分散することが推奨されるが、スタグフレーションの下ではどちらも値下がりしやすく、十分な分散効果は得られない。
そのような局面で有効なのが「金」への投資である。
金は、景気後退や金融危機などの不安が高まる局面で安全資産としての需要が高まり、価格が上昇する傾向がある。また、インフレや通貨安が進めば、実物資産である金の価値は相対的に高まる。トランプ政権下の不確実な時代には、株式と債券だけでなく、金をポートフォリオに加えることがリスク分散には有効だろう。
なお、金価格は先行き不安を表す「経済政策不確実性指数」とともに史上最高水準にある(図表8)。仮にこの先、トランプリスクが一気に解消するようなことがあれば、金価格は下落しよう。だが、金価格の押し上げ要因は複数あり、値下がりは一時的にとどまると思われる。
長期目線で金価格を考える際に重要な要因は、政府債務残高の膨張に伴う通貨供給量の増加だ(図表9)。米国の政府債務は、トランプ減税の恒久化により膨張の一途をたどると見込まれるが、それで通貨供給量が増加すれば「カネ」の価値は希薄化する。一方、総量に限りのある「金」は希少性が際立ち、価値は高まる。金価格は、短期的な下落局面を挟みつつも、長期的な上昇が見込まれるのだ。
なお、新NISAの下では、成長投資枠の範囲内で金のETF(上場投資信託)や投資信託に投資することが可能だ。また、金の採掘・精錬・販売など、金価格の動向に影響を受けやすい企業の株式に投資をすることも、金を保有する代替的な手段となる。
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渡辺 浩志(わたなべ・ひろし)
ソニーフィナンシャルグループ 金融市場調査部長 チーフエコノミスト
1999年に大和総研に入社し、経済調査部にてエコノミストとしてのキャリアをスタート。2006年~2008年は内閣府政策統括官室(経済財政分析・総括担当)へ出向し、『経済財政白書』等の執筆を行う。2011年からはSMBC日興証券金融経済調査部および株式調査部にて機関投資家向けの経済分析・情報発信に従事。2017年1月より現職。
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(ソニーフィナンシャルグループ 金融市場調査部長 チーフエコノミスト 渡辺 浩志)