仕事で長時間座りっぱなしの人はどのようなことに気を付けるべきか。産業医で心療内科医の吉田英司さんは「1日に9時間以上座って過ごす人は、死亡リスクが明らかに高まるという研究結果が出ている。
同じ姿勢や座りすぎを防ぐ工夫を取り入れる必要がある」という――。
※本稿は、吉田英司『一生健康に働くための心とカラダの守り方』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■仕事終わりに首や肩が重くなる
1日働いてふと気づいたら、こめかみや首や肩が重くなっていませんか? そして夕方になると、パソコンの画面を見ている時に、焦点が合わずに何度も瞬(まばた)きを繰り返したり、目を閉じてみたりしていませんか?
オフィスワークに不可欠なパソコン作業ですが、その時の自分の姿を思い浮かべてみてください。猫背で肩は丸まり、腰も丸まっていて、首は下を向くために曲がっていませんか?
かつてホモ・サピエンスが狩猟採集を行っていた時代、人間の視覚は広範囲を見渡し、動くものを捉えるのに適応していました。遠くの獲物や天候の変化を察知し、周囲の環境を把握することが生存の鍵でした。
そのため、「遠くを見る」「動きを察知する」という視覚的負担はあったものの、近くの小さな文字を長時間凝視することはありませんでした。
しかし、現代ではスマートフォン、パソコン、書類の閲覧など、至近距離での作業が圧倒的に増えました。特に、長時間画面を見続けることで「ピントを合わせる筋肉(毛様体筋)」を酷使し、眼精疲労や視力低下を引き起こします。
パソコン作業を1日中していると眼精疲労にもなりますし、首・肩・腰が重く、痛くなる原因になります。また首肩の筋肉の強張(こわば)りは、多くの人が困っている頭痛につながっています。
その解決策として「定期的な休憩を取りましょう」「目のストレッチをしましょう」と言われることも多いですが、人目のあるオフィスで働いているとなかなか実践できないことが多いのが現実だと思います。
■仕事中の首への負担を軽減する
それでは、この問題を解決するためにはどのような行動が必要でしょうか。

それは、仕事中の姿勢を変えることです。
お勧めなのが、以下のような工夫です。
・一般的なデスクとスタンディングデスクを使い分ける(最近では可動式デスクもあります)

・デュアルモニターにして、やや下を向く姿勢と目の高さで見る姿勢を交互に行う

といった方法です。
この方法を取り入れることで、首への負担が大きく減少します。
作業の切り替え時に1分程度の時間がかかるため、自然と目を休めることができるメリットもあります。さらに、そのタイミングで無意識に首をストレッチする人も多いので、負担軽減につながるでしょう。
また、モニターや姿勢を変える時に、「骨盤を立てる座り方に直す」「肩を丸めず胸を張る」ことも自然に行っているはずです。
このように、首・肩・腰や目の負担を軽減するための工夫をすることで、1日の仕事が終わった時の目の疲労感が違ってくるはずです。
■ストレートネックが五十肩につながる
首や肩に関してはストレートネックに悩んでいる人も多いでしょう。
ストレートネックとは、本来首にあるべき自然なカーブ(前弯(ぜんわん))が失われ、首がまっすぐになった状態を指します。
ただでさえ仕事でパソコンを見ている時間が長く、頭が前方に倒れて前屈みになっていることが多いうえに、通勤の電車の中、また家に帰ってきてからもスマホを見ているので、手元を長時間見下ろす習慣が定着しています。
つまり、1日中ずっと首が前屈みになっているため、ストレートネックになるのも当然の結果といえます。

そんな生活を送っていると、若いうちから「首と肩がこるなぁ」と感じるようになり、その状態が何十年も続きます。
ストレートネックの状態が続くと、以下のような問題が起こりやすくなります。
・首や肩の筋肉に負担がかかり、慢性的な痛みやこりが生じる

・首の緊張や血流の悪化により頭痛が起こる

・神経が圧迫され、手や腕にしびれを感じることがある

このような筋肉への負担や血流の悪化が、将来の五十肩につながる可能性があります。
五十肩とは、明らかな原因がないのに肩関節の痛みと可動域制限が生じる疾患です。正式な医学用語では「肩関節周囲炎」と呼ばれ、主に40~60代に発症しやすいことから「五十肩」と一般的に呼ばれます。
五十肩の原因には加齢もありますが、血流の悪化や、首や肩の柔軟性の低下も大きく影響します。
いったん五十肩になると、一定の期間全く肩が上がらなくなったり、腕を動かすことが難しくなったりします。生活においても、衣服の着脱が難しくなったり、お風呂に入った時に身体を洗いにくくなったりします。
■目を使わずに耳を使う
五十肩の予防で重要なのは首や肩の柔軟性を保つことですが、それはストレートネックや眼精疲労の予防法とも重なります。
仕事でパソコンを見る時にはデュアルモニターを活用して目線の角度を変えることが有効ですが、通勤時やプライベートでのスマホの使い方も工夫しましょう。
例えば、目を使わずに耳を使う方法を取り入れましょう。具体的には、
・通勤時はイヤホンやヘッドホンで音楽やポッドキャストを聴き、スマホをカバンにしまう

・窓の景色や車内の様子を見るようにし、スマホの画面を長時間見ない

・時には目をつぶり、目や首を休める

どうしてもスマホを見たい時は、スマホと目の高さを合わせて首を前傾させないようにしましょう。
また、「電車の中では寝ている」という方も首を前傾させて寝ていることが多いので、なるべく首を伸ばしておくことを意識しましょう。
五十肩になるとつらいものです。痛みが夜になると強くなり、横になるだけで肩がズキズキと痛むためなかなか寝つけません。お風呂に入っている時に、痛みで腕を持ち上げることが難しく、頭を洗うのも大変です。
「もう年なのかな」と、自分の年齢も感じさせられますし、生活も本当に不便になります。
心も身体も柔軟性を大切にしましょう。
■座りすぎは死亡リスクを高める
首・肩の話の続きになりますが、ビジネスパーソンのうち、オフィスワーカーは仕事の時間のほとんどを座って過ごしています。
座りすぎることが腰痛を引き起こすことはよく知られています。その理由は座っている姿勢が腰椎(ようつい)や背中の筋肉に過剰な負担をかけることです。
座っていると、腰椎の椎間板(ついかんばん)には、立っている時の約1.4倍の圧力がかかると言われています。猫背の状態だと、その圧力はなんと約1.85倍にもなるため、腰への負担はさらに増します。
そして衝撃的なデータがあります。
1日に9時間以上座って過ごす人は、将来的な死亡リスクが明らかに高まるという研究結果が出ています。
長時間座り続けることで、糖尿病・肥満・高血圧などのリスクが高くなり、それが死亡リスクと関連するためです。
「体の筋肉の7割が下半身に集まっている」ことを聞いたことがあると思います。長時間座り続けることで、下半身の筋肉をほとんど動かさない状態が続くために、血流が悪くなり、代謝も低下してしまいます。
数十万年前の人類は、現代のように長時間座り続けることがなかったことを考えると、そのことが健康リスクを増加させることは当然のように思えます。
■座りすぎを防ぐ工夫を取り入れる
もともと会議や移動が多い職種の場合は、意識して立ち上がる時間を増やすことができるでしょう。しかし、事務作業が中心の職種の場合、立ち上がる機会は「トイレに行く時」か、「昼休憩」くらいしかないケースも少なくありません。
実は、在宅勤務のほうがこの問題を解決しやすいです。
先ほど述べたように、オフィスでは「仕事を中断して立ち上がり、ストレッチをする」のは簡単ではありません。周囲の目が気になるためです。
しかし、在宅勤務では周囲の目を気にする必要がありません。そのため、以下のような工夫を取り入れることができます。

・立ったまま仕事をする(スタンディングデスクを活用する)

・1時間に1回、トイレ休憩を取り入れる

・軽いストレッチや運動を挟む

1時間に1回、立ち上がることが面倒な人は、無理に立ち上がらなくても大丈夫です。足をぶらぶらさせる、腰を捻ってみる、などのちょっとした動きでも、血流の停滞や筋肉のこわばりを防ぐ効果があります。
請求作業などの事務処理業務は、行った仕事量も把握しやすいため、在宅勤務に向いているでしょう。
会社の制度を確認して、自宅で仕事ができる時間を増やすことも、健康管理の一つの選択肢になるでしょう。

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吉田 英司(よしだ・えいじ)

日本医師会認定産業医・心療内科医・ベスリ代表取締役

研修医修了後に、外資系経営コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニーに参画。その後、シャープ、ルネサス エレクトロニクス、上場外資IT企業、外資化学メーカー、東京オリンピックパラリンピック組織委員会などで産業医を歴任し、社員個人の健康支援だけでなく、全社的な健康経営や健康施策の立案と推進を行う。産業医や心療内科医として働くかたわら、日本のビジネスパーソンの可能性を最大化するために株式会社ベスリを設立し、企業の産業保健活動支援やリワークでの復職支援を行なっている。

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(日本医師会認定産業医・心療内科医・ベスリ代表取締役 吉田 英司)
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