睡眠不足を解消するにはどうすればいいか。アスリートのトレーニング法や疲労回復法などを研究する日本体育大学の杉田正明教授は、「ゆっくり眠れる休日に二度寝、三度寝をしたくなるが、睡眠のリズムを変えることは逆効果だ」という――。

※本稿は、杉田正明『トップアスリートが実践している世界最強の健康マネジメント』(アチーブメント出版)の一部を再編集したものです。
■睡眠不足が続くと寿命が縮む?
世界的に見て、日本人には睡眠不足の傾向があります。適切な睡眠時間は人によって異なりますが、日中、強い眠気を感じる人や、朝だるさを感じながら起きる人は、睡眠不足であると考えられます。
このような人は、朝はつらくても、午後になると眠気が飛んで覚醒状態になるので眠気を感じなくなります。しかし、そのときに認知機能の簡単なテストをすると、相当パフォーマンスが落ちていることがわかっています。
睡眠不足が積み重なると、免疫システムが弱まり、脳の反応が悪くなり、また感染症、体重の増加、糖尿病、高血圧、心臓病、精神疾患を引き起こすほか、寿命を縮めるとも言われています。
これがいわゆる「睡眠負債」です。6時間睡眠が2週間続くと、脳は2晩連続で徹夜をした場合と同じような状態になり、仕事も勉強もスポーツも、パフォーマンスは低下します。そして気が付かないうちに体調を崩してしまうのです。
■睡眠負債の解消までに3週間かかった
一方、睡眠負債とは逆になりますが、1994年にスタンフォード大学で4週間にわたって行われた睡眠時間計測の実験があります。8人の学生に、毎日同じ時間ベッドに入ってもらい、好きなだけ眠ってもらいました。
さらに目が覚めても睡眠時間を含め14時間はベッドで横になっていてもらったのです。
実験をする前の平均睡眠時間は7.5時間でした。実験開始直後は13時間近く眠っていましたが、だんだん睡眠時間が短くなり、3週間を超えたところで、8.2時間にほぼ固定されました。
つまり、8時間12分が、彼らにとって生理的に必要とされている睡眠時間だと見ることができます。実験前は7.5時間でしたので、毎日42分睡眠負債を慢性的に抱えていたわけです。それが解消されるまで3週間という時間を要したのです。これは若い学生であっても、私たちが思っている以上に睡眠時間の確保が必要だということも示しています。
■なぜトップ選手は毎日10時間以上眠るのか
そこで、別の研究で同じくスタンフォード大学のバスケットボール選手男性11名に、普段8時間寝ているところを、毎日10時間に増やすということを5週間から7週間、継続してもらいました。
その前後でシュートの成功数、走るスピード、反応テスト、眠気、気分の状態などを調査したところ、すべての項目が改善しました。一般学生は8時間でしたが、ハードに運動しているアスリートの場合は、十分すぎるほどの睡眠が必要だということがこの研究でわかったのです。
スポーツ専門チャンネルESPNによれば、米プロバスケットボールNBAのレブロン・ジェームズは、1日平均12時間の睡眠を取っているそうです。また、同じくESPNによれば、テニスのロジャー・フェデラーも平均12時間の睡眠を取り、「人類最速の男」と言われたウサイン・ボルト、テニスのヴィーナス・ウィリアムズ、マリア・シャラポワ、元NBA選手のスティーブ・ナッシュは1日平均10時間の睡眠を取っていると言われています。
睡眠中には、脳下垂体前葉から成長ホルモンが分泌され、損傷した細胞を修復したり、筋肉や組織を回復させたりします。
また、睡眠中には副腎皮質ホルモンやコルチゾールなどのストレスホルモンの分泌量が低下するため、過度のストレスが体にかかることを防ぎ、体を休息させることができます。
■ガソリン不足の車が走れないのは当たり前
睡眠時間を削った状態で活動するのは、ガソリン不足の車を無理に走らせるようなものです。睡眠負債を抱えたまま生活をしていると、パフォーマンス低下や免疫力の低下により、体調を崩しやすくなります。当然、アスリートに限らず、一般の人にとっても十分な睡眠が必要なのです。
コンディションを整えるには、食生活の他に、睡眠も重要です。「寝る子は育つ」と言いますが、まずはしっかりと眠ること。人間の睡眠は、浅い睡眠であるレム睡眠と、深い睡眠であるノンレム睡眠を90分ごとに繰り返しています。
睡眠は周期的に深くなったり浅くなったりしているため、深い状態を保ったまま睡眠を続けることができません。そこで睡眠負債を減らすためには、まずは睡眠時間を延長して、体を回復させることが大切です。
■休日の「寝だめ」は月曜日の朝に響く
とはいえ、どれくらい睡眠負債を抱えているかは人それぞれです。性別や生活スタイル、年齢によっても変わってきますし、具体的に何時間という目安を出すのは難しいものです。
まずは「夜更かしをせずに眠れるときはしっかり眠る」ということを基本にしてもらえれば良いと思います。
このとき大切なのは、たとえば土日など平日よりもゆっくり眠れる休日であっても、朝は普段通りに起きて、生活リズムを変えないことです。
なぜなら、ここで朝寝坊をすると、今度は夜に眠れなくなり月曜日の朝に無理矢理起きることになります。そうすれば、再び睡眠負債を抱えることになるからです。
週末に睡眠時間を十分に取っていても、土日に朝寝坊をすると水曜日まで午前中は眠くてだるいというような影響が出てしまう、という調査結果もあります。二度寝三度寝で、朝寝坊をするのが「気持ちよくて幸せ」なのはよく理解できますが、睡眠のリズムを変えないためにも、朝、いつも通りに起きることが大事なのです。
もし、夜に早く寝られなかった場合でも、毎日7時に起きているという人は7時に起きるようにしましょう。
■忙しい人は「10~15分の昼寝」がおすすめ
平日の夜、なかなか睡眠時間が取れないという人は、昼寝をするのも有効です。昼食後30分などが理想ですが、そこまでまとまった時間が取れない場合には10分、15分でも有効です。眠れなくても、目をつむっているだけでも良いのです。
毎日新聞の記事によれば、福岡県の県立明善(めいぜん)高校では、2005年より午睡(昼寝)を導入しました。これは、睡眠の専門家である久留米大学医学部の内村直尚(なおひさ)教授の指導によるものです。
明善高校は進学校で部活も盛んだったので、生徒は勉強と部活の両立に忙しく、アンケートを取ったところ、生徒たちの平均睡眠時間は5時間45分でした。
そして9割近くの生徒は、午後の授業中に「我慢できない眠気」を感じていたそうです。
そこで、昼休みの最後の15分間に、校内放送でモーツァルトの曲を流し、椅子に座ったまま、もしくは机につっぷしたまま昼寝をさせたのです。
1カ月半、試験的に導入したところ「授業に集中できている」とアンケートに回答した生徒は、昼寝をした生徒が6割強、昼寝をしなかった生徒は5割未満でした。さらに導入半年後には、週3回以上昼寝をした生徒は、午後の眠気が減少しただけでなく、「就寝・起床時間が一定になった」と、夜の睡眠が改善した例も多く見られました。
この制度を始めてから、センター試験(当時)の成績向上や保健室使用の減少の他、怪我も減り、学業や部活の成績が向上したそうです。そして、現在も10分間の昼寝を継続しています。
■イギリスはパリ五輪で「昼寝施設」を設置
また、パリオリンピックではイギリスが選手村外拠点として、Performance Lodgeという、トレーニング、食事、リカバリー、競技の準備などができる設備を地元の高校を借りて完備しました。
そこでは、スリープポッドと呼ばれる仮眠用のベッドが8台設置され、そのうち4台は完全に密閉された防音対策付きで、残りの4台は頭上にシールドがあり、20分サイクルで音楽が流れるようになっていました。
昨今の研究では昼食後の30分から60分の昼寝は、身体的パフォーマンスに有益な効果をもたらし、認知パフォーマンスを高め、疲労感を軽減することがわかっています。そして、仮眠後60分が経ってからスポーツ活動を行うことで、いわゆる「寝ぼけた」状態ではなくベストな状態になること。また、仮眠は夜間に十分な睡眠を取っている人でもスポーツのパフォーマンスを向上させる効果があることもわかりました。
そこで、イギリスチームは昼寝を戦略的に活用したのです。

昼寝というとリカバリー、どうしても睡眠負債の穴埋めのような、マイナスからゼロにもってくるイメージがあります。しかし欧米では、昼寝のことをパワーナッピング、パワーナップ(ナップ=昼寝)と呼び、マイナスからプラスにするイメージを持っていることも印象的でした。
ですから10分、15分でも良いので、日常生活の中でもし眠れるのであれば、寝るのがおすすめです。睡眠不足の翌日には30分~1時間寝ても良いでしょう。ただし、夕方以降だと夜の睡眠に影響が出るので、午睡をする場合は早い時間帯(15時まで)にしましょう。
■睡眠の質を高める「アイマスク+耳栓」
睡眠時間を確保できたら、さらに質を高める方法としてアイマスクや耳栓の着用がおすすめです。アイマスクをしたときと、アイマスクをしていないときで、前日覚えたエピソードをどれだけ覚えているかなどを調べた論文があります。
するとアイマスクをして寝たほうが、翌日に優れた記憶能力と高い注意力が得られたという結果を示したのです。深い眠りの時間が多いほどエピソードの記憶が定着するので、アイマスクをしていたほうが、それだけ質の良い眠りが得られているということです。
寝ているときでも脳は常に働いています。生命を脅かす危険がいつ迫りくるかも知れないわけですから、人間は常に五感を働かせています。夜中でも、家族がつけた電気で起きたり、雨音で目を覚ましたりする、といったことは身に覚えがあるのではないでしょうか。

耳栓に関しては論文があるわけではありませんが、本当にぐっすりと体を休ませるためには、アイマスクや耳栓を使って、目と耳もちゃんと遮断して寝たほうがいいと思います。人間の脳は寝ている間も周りの情報を拾っているため、ぐっすりと眠るには、リラックスした状態で、光や音などの五感で感じる刺激をオフにする必要があると思うからです。

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杉田 正明(すぎた・まさあき)

日本体育大学 体育学部 教授

「コンディショニング イノベーション Lab」全体統括。スポーツ科学を専門とし、長年にわたり日本オリンピック委員会や日本陸上競技連盟の科学スタッフとして、トップアスリートの医科学的支援に尽力。過酷な舞台で培われたトップアスリートのコンディショニングメソッドを、一般の方々のライフパフォーマンス向上に向けて、エビデンスに基づいた情報発信にも注力している。

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(日本体育大学 体育学部 教授 杉田 正明)
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