アニメはどのように作られているのか。アニメ演出家の鈴さんは「作品のクオリティを保ちつつ、納期内に映像を完成させるため、現場は試行錯誤を繰り返している。
たまにキャラや背景が細かく描かれていないことがあるが、『手抜きだ』と決めつけないでほしい」という――。
※本稿は、鈴『アニメ鑑賞が爆爆爆爆爆発的におもしろくなる演出の話』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■「作画崩壊」はノイズになるだけ
「作画の手抜きがひどい……」
アニメ好きの方なら一度は抱いたことのある感想だと思います。よく言われるのは、キャラが遠くに配置されていて顔が描かれていないケース。しかし、こうした例をはじめ、それ以外のシーンでも、実際には手抜きではないことがほとんどです。単に「省略」をしているのですね。少し背景を説明しましょう。
よく混同されがちですが、作画の「手抜き」(=作画崩壊)と「省略」はまったくの別物です。
作画崩壊とは、キャラの顔が原作と似ていない、頭身が話の途中でいきなり変わっている、動きがおかしい――などといった“狙っていない作画ミス”を指します。
作画崩壊を起こしている作品を見ていると違和感を覚え、ただのノイズとなってしまいますよね。残念なことです。
しかし、省略であれば話は別。
省略とは、「あえて狙って細かく描かない」手法のこと。つまり、意図があって行っていることです。
■「引きサイズのキャラ」は描くのが難しい
ではなぜ、あえて細かく描かないことがあるのか――。まずは単純に、絵のサイズが小さくなればなるほど、描きにくくなることが挙げられます(画像1参照)。
極端なたとえになりますが、米粒に絵を描くことを想像してみてください。
……いかがでしょうか?
少し考えるだけでもむずかしそうに感じますよね。繊細過ぎる作業です。
アニメは、数々の異なるサイズの絵で構成されています。中でも、引きサイズのキャラを描くのが最もむずかしい。
なぜなら、絵が小さければ小さいほど、わずかな線のズレでも全体の絵のバランスが崩れてしまいやすいからです。だからこそ、あえて細部を落とす(=細かく描かない)ことで全体のバランスを保っているのですね。
■“本当に見てほしいもの”に誘導している
また、キャラを引きにしている(画面の遠くに配置すること)のは、キャラ以外のものを見せたい=印象に残したいという意図があるのだと思います。
(画像2参照)
アニメは基本的にキャラが目立つことが多いので、顔などの細部のディテールを落とすことで存在感を薄くして、視聴者の目線を“本当に見てほしいもの”に誘導しやすくするわけですね。
ほかにも、最近、ゲームが原作のアニメが増えていますよね。
ゲームのキャラクターデザインは飾りや模様がけっこう多く、線の情報量の密度が高くなりがちです。それをそのままアニメに落とし込んでしまうと、作画のコストが高くなってしまう。
そこで、アニメに適したデザインにするために、ここでも省略が活躍しています。一見して印象が変わらないように配慮しつつも、作画ミスが起こりやすいポイントを減らすようにデザインしているのです(画像3参照)。
制作陣がどんなふうに工夫しているのか、アニメとゲームのキャラクターをくらべてみるとおもしろいと思いますよ。
■クオリティと締め切りを守るために…
また、テレビシリーズのような25分尺のアニメを毎週作るのは、大変な作業量です。それを一定のクオリティに仕上げて放送できるようにするには、それなりの省エネが必要です。こうした省エネのひとつに挙げられるのが、作画の労力(=作画のカロリー)のコントロールです。
代表的なものは、前述したキャラクターデザインの簡略化。ほかにも作画の難易度が高いカットを比較的描きやすい内容に変更することもよくあります。

もちろん単にシンプルにするのではなく、アングルを変えてより見やすくしたり、カットを割ってテンポをよくしたり――。クオリティを保ちつつ、決められた納期内に確実に映像を完成させるために、現場は日々、試行錯誤しています。
■背景を書き込まないのは手抜きじゃない
アニメにおいて省略しているのは作画だけではありません。背景と音、さらには映像自体も省略することがあります。
なかでも頻繁に行われているのは背景の省略。
人体の構造上、視界の中でピントが合っている部分はそう広くありません。ふだん見ている風景はもちろん、テレビやパソコンの画面を見ていても、注目しているのはほんの一部のはず。
だからこそ、メインの被写体から遠いところにある背景のディテールや彩度をあえて落とす。そうすることで、見てほしいところに、より効果的に視線を誘導できるわけですね(画像4参照)。
ほかにも省略の手法として、背景の一部だけを光で飛ばしてしまう演出もあります。
光には白がよく使われますが、あえて色をつけることも。とくに赤などのショッキングな色を使うと、衝撃的なシーンを演出しやすくなります。
こうした光で飛ばす手法は、キャラの印象を特別に強くしたいときなどに使われることもしばしば。神々しさや神秘さを表現したり、光を当てたりすることでキャラが際立つ効果があるのです。
このように単に省略するのではなく、ほかの演出と組み合わせることで新しい表現ができるのがおもしろいところかもしれません。
■無音のはずなのにセリフが聞こえた
次に音を省略する場合ですが、台詞のほかに、劇伴(BGM)や効果音(SE)を省くことも。
BGMやSEの場合は、厳密には省略とは言えませんが、あえて音を入れないことによって画面への集中度を高め、よりドラマチックな印象を演出することができるのです。
たとえば、大ヒットしたアニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』のクライマックスシーン。観客がたくさんいる中で激しいプレイをしているのにもかかわらず、いっさいの音が消えていました。
シーンと静まりかえった映画館の中で、それでも銀幕に映り続ける映像に全神経を注目する。こうして選手の一つひとつのプレイがより鮮明に見え、強烈に印象に残ったという人も多いのではないでしょうか。
「左手は添えるだけ」
無音のはずなのに、私には(おそらく観客の誰もが)聞こえました。映画を見終わった後、SNSなどの情報で実際には声を出して言ってなかったことを知り、すごく感動したのを覚えています。
■脳の「補完機能」を活用した映像の省略
最後に、映像自体の省略について。

アニメ=映像作品なのに、映像を省略するとはどういうこと? そんな疑問が浮かんだかもしれません。
映像の省略は、ストーリーに必要な場面でありながら、そのシーンに長い尺(時間)を使いたくないときによく使われます。
人間の脳には過去の経験をもとに、無意識的に映像を補完してくれる機能がある。それを利用して視覚情報や音のみで表現するのです。
たとえば、傘を見ると雨を連想しますよね。
「ガシャン!」という音を聞いたら、ガラスが割れたと想像する。
多くの人がすでに経験し、共感できそうなことを使えば、余計な説明を挟まなくても伝わるものなのです。
ほかによくある省略の例として、車や電車から降りるところや、空港から出てくる場面を見せるだけで移動したことを表現する手法があります(画像5参照)。
移動する部分はとくに省略されることが多いもの。ときどき大胆すぎるほど省略する(切る)作品がありますが、「伝われば問題ない」という作り手のメッセージなのです。
■エログロの表現規制を逆手にとった手法
これと同じように、空の皿やコップを見せるだけで食事が済んだと理解してもらうこともできます。カレンダーの日付や服装を見せれば、時間の経過や季節の移り変わりを感じさせることができる。

「○年後……」など、セリフやテロップを用いた直接的な省略表現をご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。
こうした省略は編集や演出の領域でもありますが、登場人物の行動をすべて見せなくても内容がわかるようにすることで、テンポよく物語を進めることができるのですね。
また、最近では暴力や性的表現がNGになるケースがほとんどです。
そうした表現を省き、あえて音のみで表現することで、より見る者の想像をかき立てることも。映像で見ることができない分、強い印象を持ちます。
この手法には、その場面の解釈自体を視聴者に任せる意図もあったりします。
■情報をうまく取捨選択するのがプロの技
ここまでお伝えしてきたように、必要性の低い情報をあえてなくすこと=省略することによって、ストーリーをよりわかりやすく、かつテンポよく見せることができます。
ひとつ注意が必要なのは、何の説明もなく省略を多用して物語を進めてしまうと、かなり都合のよすぎる作品になってしまい、細かいところが気になる方にはなかなかのストレスになる可能性もあるということ。
つまりただ省略するだけではなく、情報過多の部分をうまくそぎ落としつつ、適度な情報を視聴者のみなさんに与える必要があるのですね。その取捨選択の妙こそが作品の見やすさに強く関わってきます。
ここまでお読みいただいた読者の方はもうおわかりですね。省略するのにはかなりの計算が必要なので、それを単純に手抜きであると決めつけてはならないのです。

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鈴(すず)

アニメ演出家・アニメーター

東京デザイナー学院アニメーション科卒業後、アニメの動画、原画制作を経て、演出・絵コンテをはじめる。作画では『ルパン三世 PART4』『クレヨンしんちゃん』『精霊の守り人』、演出・絵コンテでは『HUNTER×HUNTER』(2011年~マッドハウス制作分)や『しろくまカフェ』『はじめの一歩』『ポケットモンスター メガボルテージ』などを担当。現在はゲーム会社においてゲーム内アニメーションの監修を行うかたわら、フリーのアニメ演出家・アニメーターとしても活動している。

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(アニメ演出家・アニメーター 鈴)
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