※本稿は、山田悠史『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(講談社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「高額な検査」はお金と時間の無駄かも
インターネットで検索していると、自由診療を行うクリニックのウェブサイトで、手軽に受けられる認知症の血液検査や、高額なPET検査が宣伝されています。
こうした検査は一見すると、早期発見や予防のために有効な手段のように思えるでしょう。まして医師がそのように伝えているなら、なおさらそう思えてしまうかもしれません。
しかし、実際には多くの場合これらの検査は受ける価値が低く、特に症状がない場合には、受けることでかえって害を被る可能性すらあるものです。
それがなぜなのか考えてみましょう。
アルツハイマー型認知症の検査では、アミロイドベータやタウタンパク質といった異常なタンパク質が脳内にたまっているかどうかを評価します(1、2)。
この異常なタンパク質はアルツハイマー病患者の脳の中で認知症の症状が出る前から増え始め、症状が出た時には目立って見られるという特徴があります。
そして、これらの異常なタンパク質は、PET検査や血液検査で測定することができます。
PET検査にはあまり馴染みがない方もいるかもしれないので補足しておくと、PET検査とは、体内の生物学的な機能や代謝活動の変化を可視化してくれる画像検査の一つです。ある薬剤を体内に注射し、その薬剤の分布を特殊なカメラで撮影することで、組織や臓器の機能を可視化することができます。
例えば、アルツハイマー病をターゲットにしたPET検査であれば、アミロイドベータのあるところに薬剤が集まる仕組みになっており、特殊なカメラを使うとアミロイドベータのある場所だけ光るようになります。こうして異常なタンパク質の蓄積を直接検出できるようになるのです。
■陽性でも、認知症になるとは限らない
そう聞くと、症状が出る前からこうした検査を受ければ、早期発見ができると思われるかもしれません。確かにそういう側面がないわけではありません。しかし、これらの異常タンパク質が陽性であることは、必ずしも認知症を発症している、あるいは将来発症することを意味しません。
なぜなら、アルツハイマー病の有無にかかわらず、年齢とともにアミロイドベータを持つ人は増加するからです。アミロイドベータは脳内で作られ、排出されるタンパク質断片で、通常は過剰に蓄積しないよう働く仕組みが備わっています。
とはいえ、70歳以上の20%以上、80歳以上では30%以上にアミロイドベータの蓄積が見られると報告されています(3)。
しかし、その中で実際に認知症を発症するのは一部です。
つまり、アミロイドベータが検出されたからといって、「将来必ず認知症になる」というわけではなく、多くの人が検査で認知症リスクが高いと言われながら実際には認知症を発症しないことになります。
例えば、認知機能の正常な60歳の男性にアミロイドベータが検出された場合の生涯のアルツハイマー型認知症発症リスクは23%と推定する報告があります(4)。
この数字は高いと感じるかもしれませんが、逆に言えば、検査が陽性と出ても、77%の確率で死ぬまで発症しないということです。
これは、庭に雑草が生えたからといって、すぐに庭全体が荒れ果てることにはならないのと似ています。雑草は年々少しずつ増えるかもしれませんが、適切に管理すれば庭全体に問題を起こすものにはなりません。
同様に、アミロイドベータの蓄積も加齢による変化の一つであり、それ自体が重大な問題を引き起こすとは限らないのです。
■血液検査結果だけで予測するのは難しい
とはいえ、「1回血液検査を受けるぐらいなら負担も少ないし、いいのではないか」と思われるかもしれません。
確かに、血液検査自体は、検査としての負担は非常に小さなものです。時間もかからないでしょう。
しかし、血液検査で陽性の結果が出た場合を想像してみてください。症状がなくとも「アルツハイマー病のリスクが高い」という結果が言い渡されるのです。多くの人が漠然とした不安を抱えながら検査を受けるのですから、その不安が一気に増幅されることは間違いありません。
確かに、アミロイドベータが見られない人に比べてリスクが高いのは間違いありませんが、それが、実際アルツハイマー病になるかどうかを教えてくれるわけではありません。
例えば、アミロイドベータが陽性でもタウタンパク質が脳内にない場合、その後、アルツハイマー病を発症するリスクはわずかに高い程度だったとする報告もあります(5)。
また、p‒タウという検査を含めた場合には診断精度が向上しますが、認知機能が正常な人に行う際には同様の問題をはらんでいます。
つまり、一つの検査結果だけで将来のリスクを正確に予測することは難しいのです。しかし、結果はその後の不安を増幅するのには十分なものでしょう。
■「アミロイドベータ」がなくても発症する
また、検査を過信してしまうと、逆に陰性の結果が出た場合、「自分はアルツハイマー病にはならない」と安心し、他の問題が進行している可能性を見逃しやすくなるかもしれません。
アミロイドベータの検査が陰性であっても、他の種類の認知症や神経疾患のリスクは依然として存在します(4)。血管性認知症やレビー小体型認知症は、アミロイドベータがまったく脳内になくても発症するのです。あくまでアミロイドベータはアルツハイマー病の可能性を伝えるだけです。
血液検査による診断はまだ研究段階で(6)、保険適用されていません(2025年7月現在)。
他方のPET検査は一部の医療機関で活用されているものの、高度な機器と専門的な知識が必要で、自由診療の場合その分、費用は高額です。
これらの検査を受ければ、精神的な負担だけでなくお金や時間の負担も増えてしまうということです。
また、今では誰もが使えるモバイルアプリなどで認知症を検出する取り組みもあり、簡単にそういったものも手に入りますが、それらもまだ信頼性が十分ではありません(7)。
今後の技術の進歩に期待は寄せられていますが、多様な人々への適用には疑問が残ります。そうしたアプリが信頼性の確立されていない段階で売られているとしたら、その背後にはビジネスサイドの利益追求があると疑う必要があるでしょう。
■医療行為を「家電」のように捉えないで
医療行為を考える場合には、よくありがちな「家電思考」は捨てるべきです。
家電なら、手軽なもの、高額なものが良いという判断基準になるかもしれませんが、医療行為はそうではありません。手軽さや高額さに惑わされず、正確な情報に基づいて行動する必要があります。
むしろ、高額な検査こそお金と時間の無駄になるだけでなく、不必要な不安や誤解を生む可能性があります。興味本位で手軽な血液検査や高額なPET検査を受けてしまうと、不安ばかり煽られ、必要のないサプリメントや治療法まで売りつけられてしまうことにつながりかねません。
本書では、これまで健康食品、サプリメント、脳トレなどといった商品で、認知症予防のビジネスの多くがいかに根拠に欠け、甘い言葉で宣伝され、販売されているかについて考えてきました。
根拠のない認知症ビジネスは、検査の領域でも数多く存在しています。多くの人を苦しめ、多くの人が不安を抱く病気だからこそ、ビジネスになりやすいのです。
もちろん認知症予防に貢献したいという情熱が注がれている部分もあるでしょうが、認知症への不安を抱える方が増え、その不安に乗じてビジネスチャンスを広げようと考えられている結果でもあるでしょう。
今この本を読んでいるあなたも、そんなビジネスに狙われているかもしれません。
【参考文献】
1.Jack CR Jr., Bennett DA, Blennow K, Carrillo MC, Dunn B, Haeberlein SB, et al. NIA‒ AA Research Framework: Toward a biological definition of Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement. 2018;14(4):535‒562.
2.Jack CR Jr., Bennett DA, Blennow K, Carrillo MC, Feldman HH, Frisoni GB, et al. A/T/N: An unbiased descriptive classification scheme for Alzheimer disease biomarkers. Neurology. 2016;87(5):539‒547.
3.Jansen WJ, Janssen O, Tijms BM, Vos SJB, Ossenkoppele R, Visser PJ, et al. Prevalence Estimates of Amyloid Abnormality Across the Alzheimer Disease Clinical Spectrum. JAMA Neurol. 2022;79(3):228‒243.
4.Brookmeyer R, Abdalla N. Estimation of lifetime risks of Alzheimer’s disease dementia using biomarkers for preclinical disease. Alzheimers Dement. 2018;14(8):981‒988.
5.Ossenkoppele R, Pichet Binette A, Groot C, Smith R, Strandberg O, Palmqvist S, et al. Amyloid and tau PET‒positive cognitively unimpaired individuals are at high risk for future cognitive decline. Nature Medicine. 2022;28(11):2381‒2387.
6.Brum WS, Cullen NC, Janelidze S, Ashton NJ, Zimmer ER, Therriault J, et al. A two‒step workflow based on plasma p‒tau217 to screen for amyloid β positivity with further confirmatory testing only in uncertain cases. Nature Aging. 2023;3(9):1079‒1090.
7.Thabtah F, Peebles D, Retzler J, Hathurusingha C. Dementia medical screening using mobile applications: A systematic review with a new mapping model. J Biomed Inform. 2020;111:103573.
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山田 悠史(やまだ・ゆうじ)
米国老年医学・内科専門医、医学博士
マウントサイナイ医科大学(米ニューヨーク)老年医学・緩和医療科医師。米国老年医学・内科専門医、医学博士。
Podcast: 医者のいらないラジオ
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(米国老年医学・内科専門医、医学博士 山田 悠史)