認知症を発症せずに晩年をイキイキ過ごすにはどうすればいいのか。米マウントサイナイ医科大学老年医学科の山田悠史医師は「確実に認知症のリスクを上げるといえる習慣の一つが“喫煙”だ。
30代から吸い始めた人は特に注意が必要だが、長年の愛煙家でも、リスクを下げる方法はある」という――。
※本稿は、山田悠史『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(講談社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■長年喫煙していても認知症にならない人はいる
「私の祖父はヘビースモーカーだったけど、認知症にはならなかった」
そんな声を聞いたことはないでしょうか? そして、そんな声を身近に聞いてしまうと、「それならタバコをこのまま吸っていても問題はないだろう」「父の喫煙を止めようと思っていたけれど、まあいいか」と考えても不思議ではありません。
人間、どうしても自分にとって都合のいい情報ばかりが頭に残るものです。そして確かに、長年喫煙していても認知症にならないという人はいます。それは紛れもない事実です。
しかし、一般に「リスク」の話は、あくまで「確率のお話である」ということを忘れてはいけません。
タバコが認知症のリスクになるとしても、別にタバコを吸った人は黒、タバコを吸っていない人は白ではないのです。タバコを吸っていても、吸っていなくても、皆グレーというのが真実です。
ただ、そのグレーがより黒に近いグレーになるのか、白に近いグレーになるのかは「リスク」によって変化します。そんな感覚を持っていないと、「リスク」は上手に理解できないでしょう。
■30代から吸い始めた人は要注意
さて、それでは本当にタバコが認知症のリスクとなるのでしょうか。

これについては、もうだいたい皆さんが想像される通り、ほとんど確実に「なる」と言えそうです。
例えば、約96万人分のデータを扱った大規模な研究では、喫煙者は非喫煙者と比較して、認知症リスクが約30%増加することが報告されています(1)。
中でも特に注目すべきは、同じ喫煙でも「どの年齢で吸っているか」が大切そうだということです。
最近の研究によれば、65歳以前の喫煙は65歳以降での喫煙よりも強力な認知症リスクとなる可能性が示唆されています。
30代以降の人を対象にしたある大規模な研究では、30代に喫煙を開始した人が最も高い認知症リスクを示しました(2)。
これは、長期間の喫煙が脳に累積的なダメージを与える可能性を示唆しています。実は、こうした知見は最近になって得られたもので、当初は高齢期での喫煙のみがリスクとなると言われてきました。
■「長生き」になったことの代償
おそらくそれは、かつて若い頃からの喫煙者は認知症になる以前に心臓の病気やがんで亡くなっていたからだと考えられます。現在ではそうした病気の予防や治療が進歩し、認知症になるほどに長生きができるようになったことの裏返しなのでしょう。
このため、この研究で初めて若い頃の喫煙も認知症リスクにつながるとわかったのです。逆に言えば、がんや心臓の病気はしっかり予防したり治療したりできるようになったのに、認知症はそうはなっていないとも言えます。
こうした関連は繰り返し示されており、イギリスの約50万人を対象とした研究でも、50歳未満の喫煙者は、非喫煙者と比べると認知症リスクが1.7倍になることが報告されています(3)。

この研究では、男女による性差も検証されていますが、性別では特に違いは見られませんでした。
■水道管をゴミで詰まらせるようなもの
では、なぜ喫煙が認知症リスクを高めるのでしょうか?
その理由としては主に、体内での酸化ストレスの増加と、それに伴う脳へのダメージ、そして血管への悪影響が挙げられます(4)。
まず、喫煙によって体内に酸化物質と呼ばれる有害な物質がたまっていきます。すると、この酸化物質が脳の中でアミロイドベータなどの異常なタンパク質を作り出します。
こうした異常なタンパク質は、脳へのダメージにつながったり、脳内で必要な情報を探し出すのを妨げたりして、最終的に認知症のリスクが高まることになると考えられています。
まるできれいに整頓された自宅に、ゴミや不要な物が積み重なって散らかっていき、必要なものが探しにくくなるように。
さらに、喫煙は血管にも悪影響を与えます。喫煙は、動脈硬化という変化を起こすことが知られていますが、これは血管を水道管に例えると、水道管のパイプの中にサビが生じ、詰まりやすくなるようなものです。
このため、血液の流れが悪くなる傾向となり、それが深刻になると、水道管に水が流れなくなるのと同様、十分な血液が行き渡らなくなります。特に、デリケートな脳には十分な血液と酸素が必要ですが、この供給が不十分になると、脳の一部がダメージを受け、認知症のリスクが高まるのです。
つまり、タバコを吸うことは、脳という大切な自宅の水道管(血管)に、わざわざゴミをため込み、水道水の供給を止めるような行為であると捉えてもいいかもしれません。それが、自宅の機能を麻痺させるのです。

■65歳未満なら、まだ間に合う
しかし、だからと言って今喫煙をしている人が「そんなことならもう気にせず吸い続けてやる」と自暴自棄になる必要はないでしょう。なぜなら、喫煙をやめることで、認知症リスクを低減できる可能性があるからです。
韓国の全国規模の研究では、2年の間に禁煙に成功した人は喫煙を続けた人と比較して、その後約6年間で見られた認知症の発症リスクが低いことが報告されています(5)。
また、この研究の結果で特筆すべきことが2つあります。
一つは、禁煙のタイミングが65歳未満の人でこそ、認知症リスクを減らす効果が顕著に見られたということです。逆に、65歳以上での禁煙では、そこまで大きな変化が見られませんでした。
もう一つは、発症リスクの低減が見られたのは、あくまで完全に禁煙ができた人だけだったということです。
完全な禁煙ではなく、吸う量を減らしているだけの人では、5割以上本数を減らした人でも、認知症リスクは減っていませんでした。
このため、本当に大切なのは「禁煙」であり、「減煙」では意味がないと結論づけられています。
こうした知見はイギリスなど他の国からも繰り返し報告されています(6)。
これらを踏まえ、現在は、喫煙は比較的若い時期からの認知症リスクとして考慮されるべきであると考えられています。また、喫煙を始めてしまった人でも、禁煙をすることでそのリスクを減らすことができるとも考えられています。

タバコが肺気腫や肺がんの原因になることはよく知られた事実ですが、そこに認知症という病気のリスクも加えておく必要があります。
ニコチンには依存性があり、自分だけでやめようと思っても、なかなかやめられないこともしばしばです。いつかやめようと思いながらダラダラ吸い続けてしまうと、あなたに認知症を近づける要因になるでしょう。
仮にあなたの祖父が「ヘビースモーカーなのに認知症にはならなかった」としても。

【参考文献】

1.Zhong G, Wang Y, Zhang Y, Guo JJ, Zhao Y. Smoking Is Associated with an Increased Risk of Dementia: A Meta‒Analysis of Prospective Cohort Studies with Investigation of Potential Effect Modifiers. PLoS One. 2015;10(3):e0118333.

2.Hwang PH, Ang TFA, De Anda‒Duran I, Liu X, Liu Y, et al. Examination of potentially modifiable dementia risk factors across the adult life course: the Framingham Heart Study. Alzheimers Dement. 2023;19(7):2975‒2983.

3.Chen H, Cao Y, Ma Y, Xu W, Zong G, Yuan C. Age‒ and sex‒specific modifiable risk factor profiles of dementia: evidence from the UK Biobank. Eur J Epidemiol. 2023;38(1):83‒93.

4.Durazzo TC, Mattsson N, Weiner MW. Smoking and increased Alzheimer’sdisease risk: A review of potential mechanisms. Alzheimer’s & Dementia. 2014;10(35):S122‒145.

5.Jeong SM, Park J, Han K, Yoo J, Yoo JE, Lee CM, et al. Association of Changes in Smoking Intensity With Risk of Dementia in Korea. JAMA Network Open. 2023;6(1):e2251506.

6.Raggi M, Dugravot A, Valeri L, Machado‒Fragua MD, Dumurgier J, Kivimaki M, et al. Contribution of smoking towards the association between socioeconomic position and dementia: 32‒year follow‒up of the Whitehall II prospective cohort study. Lancet Regional Health‒Europe. 2022;23:100516.

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山田 悠史(やまだ・ゆうじ)

米国老年医学・内科専門医、医学博士

マウントサイナイ医科大学(米ニューヨーク)老年医学・緩和医療科医師。米国老年医学・内科専門医、医学博士。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国各地の病院の総合診療科で勤務した後、2015年に渡米。現在は高齢者医療を専門に診療や研究に従事している。AIと医療をつなぐ合同会社ishifyの共同代表。米国では、NPO法人FLATの代表理事として在米日本人の健康を支援する活動にも力を入れている。 著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』、『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(共に講談社)などがある。
Podcast: 医者のいらないラジオ

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(米国老年医学・内科専門医、医学博士 山田 悠史)

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