■警察官の受験者数が減っている
ひと昔前、男の子が憧れる職業のひとつには必ず「警察官」が含まれていた。悪を懲らしめる正義の味方というだけでなく、交番勤務のお巡りさんは、身近な存在でもあった。
また、テレビの刑事ドラマに登場する「でか」(刑事さん)は何とも格好よく、犯人を投げ飛ばして逮捕する姿に痺れたものだった。
ところが最近、全国の警察官採用が不調だという。時事通信社が都道府県警のまとめたデータを集計したところ、2021年度に6万2900人だった高卒・大卒対象の採用試験受験者が、2023年度には4万8300人と23%も減少していることが分かったという。
もちろん、背景には深刻の度合いを増す少子化がある。就職する年代の人口が大きく減っていることで、警察官を志望する人の数も減っているのだ。さらに、人手不足が激しくなっている民間に人材を奪われている側面もある。警察官だけでなく、地方公務員を希望する人の数も大幅に減っているのだ。
■「マッチョじゃないと通用しない」イメージ
前述の時事通信の調査では、2023年度の採用予定者数合計8200人に対して、県警は合計約1万1000人の内定を出したものの、3割が辞退し、実際に採用できたのは約7300人にとどまった、という。47都道府県の警察本部のうち31で「定員割れ」となったという。人口の減少以上に、「警察官離れ」が起きている、と見ることもできる。
警察の警備や捜査の現場では、どうしても人海戦術を必要とする場面が多い。警察官採用が定員割れを続ければ、いずれ現場にしわ寄せが行き、治安維持に影響が出かねない。

「情勢は極めて厳しい。あまりアプローチしてこなかった中高生にも情報発信し、採用活動の抜本的強化を図られたい」
警察庁が今年5月に全国の採用担当幹部を集めた会議で、楠芳伸警察庁長官はこう訓示した、という。
では、なぜ、今の若者は警察官を職業として敬遠するようになってしまったのか。ひとつはイメージだ。まず、マッチョで筋肉隆々、体力に自信のある人しか、警察では通用しないと思われている。体育会の運動部で活躍した学生などは、警察官や消防士といった職業を目指す傾向が強いものの、一般の学生の間では、「体力に自信がない」と言って敬遠する傾向がある。最近では「体力勝負」の職場を忌避する学生も少なくない。
■簿記検定、ITパスポート…求められる人材の変化
実際は警察の現場で求める人材はだいぶ変化してきている。筋肉マッチョの人をすべての職種で求めているわけではない。例えば、筆者が勤める千葉商科大学にも千葉県警などから学生採用の要望がくるが、簿記検定などの資格を保有するなど、会計に精通した学生に受験してもらいたいという。というのも、詐欺や横領、背任といった経済犯罪が増える中で、捜査の過程で企業の決算書を読み込んだり、お金の流れを追及することが必須不可欠になっているからだ。そういう捜査には会計知識が不可欠だというわけだ。

もともと、警察組織では、公認会計士などの資格を持った専門家を幹部警察官として中途採用する「財務捜査官」という枠組みもある。大阪府警のホームページには「現役財務捜査官(警視)からのメッセージ」が掲載されている。そこには、「警察に入って感じたことは、事件捜査において財務捜査官が間違いなく必要とされているということです」といった生の言葉が記載されている。
資格を持っていると採用試験で加点する制度を導入している警察本部も多い。柔道や剣道などは伝統的な加点項目だが、最近では、ITパスポートや基本情報技術者といった情報処理の資格でも加点するところが少なくない。それだけ、サイバー関連やネットを使った犯罪が増えているということでもある。
■警察組織のカルチャーを変えることが重要
また、外国語の検定試験に合格していると加点するところも多い。英語だけでなく、中国語や韓国語、ベトナム語を対象にしている。それだけ外国人が絡んだ犯罪が増えているということだろう。
そうやって、警察が求めているのは体力だけではない、と示しているのだが、中々、学生側の認識は変わっていかない。
実際、警察組織のカルチャーが中々変わらないところもある。事件や事故は時を選ばないから、休日出勤で呼び出されたり、帰宅できず泊まりになることもある。
ともすると「ブラックな職場」というふうに今時の学生には映るのだろう。上官の命令は絶対、といった警察組織特有の文化も色濃く残っていて、それに耐えられないという若者もいる。テレビドラマにしばしば描かれる隠蔽体質の組織風土が今も根強いところも実際にはある。
かつては、安月給というイメージもあったが、だいぶ待遇改善が進んでいるのも事実だ。警視庁は2026年春に入庁する警察官の募集時点での初任給を大卒で30万2100円に引き上げた。民間企業を受けている人にも警察に振り向いてもらおうという戦略のようだ。
確かに民間企業と遜色のない給与を支払うことは重要だが、それだけで警察官志望者が増えるとは考えにくい。何より組織風土が変わっていくことが重要にも思える。そんな中で、組織風土が変わるきっかけになりそうなのが、女性警察官の割合だ。
■女性警察官の割合が増えている
現在、全国の警察官の数は26万人あまり。この7~8年、ほとんど変わらず横ばいが続いている。そんな中で女性警察官は10年で1万人増え、3万人を超えている。
全体に占める割合は11.7%にまで高まってきている。さらに警部以上の幹部警察官も800人を超えてきた。
最近では、国家公務員の総合職である県警本部長に女性が就任するケースも増えてきた。2025年4月には福井県警として初の女性本部長に増田美希子氏が就任している。組織に女性が増えることで長時間労働や体力勝負といった組織のカルチャーに変化が生まれる可能性はありそうだ。
もうひとつ、少子化の中で、警察官が選ばれるかどうかは、キャリアパスが築けるかどうかが大きいのではないか。最近の若者は、ひとつの組織で定年まで勤め上げようという感覚は極めて薄い。転職を繰り返す中で、自分自身の専門性に磨きをかけ、何らかの分野のスペシャリストとして自立していきたいという要望が強いように思う。
政府も労働移動の促進を政策の柱に掲げ、プロフェッショナルとして自らのスキルを磨いていく働き方へのシフトを促している。そうした中で、警察官はどんな専門能力を磨いていけるのか。
■「民間企業への転職」「民間企業からの転職」ができるといい
前述の通り、警察組織の中でも様々な専門知識が必要になってきている。外国語の能力だけでなく、会計に関する知識や情報処理の能力などが、犯罪捜査に不可欠になっている。
そうした専門能力は警察の中だけで磨かれるわけではない。民間企業からの転職を受け入れ、さらに能力を磨いて、他の会社へとステップアップしていく。そうしたキャリアパスのルートが見えるようになることで、キャリアのワンステップとして警察官を考える人が増えてくるかもしれない。
あるいは、大卒でとりあえず警察官となり、基礎的な体力や知識を磨いたうえで、他の民間企業に転職していくという姿が、自然になっていけば、人材不足が解消されるだけでなく、警察組織全体の能力も上がっていく可能性がある。警察官になったら、各警察署を転々とし、県警本部に上がった後もいくつもの部署で仕事し、定年まで勤め上げるという働き方は、もはや「昭和な」働き方なのかもしれない。まずはそれが「当たり前」だという組織風土を一掃することから始めないと、深刻な人手不足は止まらないだろう。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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