■ニュースの半分近くが「気候関連」で埋まった
ドイツメディアがまた暴走している。
ドイツでは、6月終わりから7月初めにかけて全国的に、この時期には珍しい暑さが続いた。40℃に達した都市もあり、公共放送の第1テレビも第2テレビも大騒ぎ。夜のニュースの3分の1から半分近くを気候関連の報道に割いてはパニックを煽った。
世界ではそれ以外に重要なことは起こっていないかのようだった。
普段なら気温によって、緑、黄色、オレンジなどに色分けされている天気図は、一面が赤やドス黒い臙脂色で、次々と出てくるのが人々が暑さに喘いでいる映像。
ドイツの多くの建物はクーラーがないので、市役所も町役場も暑くて仕事にならない。病院では、入院患者の部屋の温度計が30℃を指している。多くの学校は10時半ごろで休校。
ただ、他の職場では暑くても休業にはできない。
そこで、識者が出てきて言う。「室内が30℃以上になった場合、雇用者は何らかの措置を講じなければならない。扇風機を設置するとか、冷たい飲み物を提供するとか、勤務時間を短縮するとか」。
それを受けたナレーターが、「しかし、病院の医師や看護師は勤務時間を短縮することができません」と深刻な顔。背景には熱中症で病院に運ばれてきた高齢者の姿。
■なぜメディアは恐怖を煽るのか
砂漠のようになった畑では、農家の人が被害を訴える。
レストランの厨房や、戸外のカフェでは、従業員が真っ赤な顔で働いている。
圧巻は、カンカン照りの道路でアスファルト舗装をしている人たちの映像。
敷き均していく真っ黒なアスファルト混合物は150℃以上だというから、過酷な暑さであることは間違いない。
こういう映像を延々と見せられていると、西洋人がこれまで築いてきた文明が、灼熱の太陽にジリジリと焦がされ、今にも滅びていくかのような錯覚に陥る。
さらにいうなら、ドイツの家庭にクーラーはないから、皆、吹き出す汗を拭きつつ、暑さを実感しながらこれらのニュースを見ているわけだ。私の友人は、夜中も部屋の温度が下がらないので、ベランダに寝椅子を出して寝ていると言っていた。
ドイツメディアの仕事は、あらゆる機会を掴んでは視聴者をパニックに陥れることだが、国民は国民で怖いニュースが結構好きなので、需要と供給は絶妙に一致している。結論として、ドイツには怖いニュースが多い。
■政府の広報係と化すメディア
ただ、その後ろで本当に恐怖を演出しているのは政府だと、私は思っている。
国民を従わせるためには、怖がらせるのが一番だ。まさにコロナの時がそうだった。メルケル首相はさりげなく言ったものだ。「今度のクリスマスを、おじいちゃんやおばあちゃんと過ごせる最後のクリスマスにしてはいけない」と。
素直な若者は、自分たちが「おじいちゃん(おばあちゃん)殺し」になることを本気で恐れ、孫の来訪を楽しみにしている祖父母を訪ねなかった。メディアは常に政府の広報係としての機能を忠実に果たす。
当時は、怖がらせれば怖がらせるほど、視聴率が上がった。だから、ドイツの公共放送ではほぼ2年間、深刻な面持ちのナレーターが1日も欠かさず、コロナの罹患者と死者の数を発表した。学校活動を半年間も通常に戻さなかったのは、世界広しといえどもドイツだけだろう。
そして、今、それと同じことがまた起こっている。
連邦環境庁の発表では、昨年、気候変動によるドイツでの死者は3000人に達したそうだ。どういう定義で死因を気候変動としたのか、そこら辺は定かではない。ただ、今年は死者はさらに増えるとか。
■「心配性」なドイツ人
ジャーマン・アングストという有名な表現がある。
アングストはドイツ語で「不安」。ドイツ人の集団的な心配性や危険に対する過度な反応を指す。
これに関しては、ドイツ人の心に30年戦争(1618~48年)の悲惨な原体験が刻まれているからだとか、ナチ時代の恐怖の記憶によるものだとか、さまざまな説があるが、普段は知的なドイツ人が、不安に襲われたら最後、あらゆる理性をかなぐり捨ててしまう様子はすでに広く知られている。
最近では、前述のコロナの時。
マスクの着用が義務化され、ワクチン接種は義務でないと言いながら、未接種者はスーパーと薬局とドラッグストアしか入れず、もちろんレストランにも美容院にも行けず、人間らしい暮らしを送れないところまで追い詰められた。
さらに、夜間の外出禁止令を敷き、違反者に罰金を課したり、マスクを着用していない人から罰金を取ったりした州もあった。
そして、これら防疫措置に懐疑的だった人たちが、全国で、政治家とメディアによって徹底的に責められた。
また、その前の2011年の福島第1原発の事故の際もジャーマン・アングストは顕著だった。
原発事故の後、ルフトハンザは即座に日本便を止め、東京にいた公共放送の特派員はすぐさま大阪に逃げた。そして、その行動を正当化するためか、あたかも東京全体が放射能に覆われているような記事を本国に送り、9000kmも離れたドイツでは、なぜかガイガーカウンターが売れたのだ。
■「エアコンの整備」ではダメなのか
そして、ここ数年は気候温暖化。
国連によれば、気温が上がっているのは、産業革命後のこの100年間、人間がCO2を出し続けていたからであり、今、これを食い止められなければ、「地球は沸騰してしまう」(グテレス国連総長)のだそうだ。
そして、メディアは、「地球沸騰」という言葉がいかに意味不明かということなど気にもかけず、ひたすら温暖化現象とCO2排出を1対1で結びつける。
今年の6月には保健省が、迫り来る熱波を生き抜くための指針を公式に発表したが、その内容は、「水をたくさん飲む」「戸外では日陰を探す」「日中は窓を開けない」「過度な運動は避ける」などありきたりのものだった。
ある靴のメーカーはそれを茶化して、「政府のアドバイスには一つ欠けている。保温加工のブーツは履かずに、新しい夏用のサンダルを買いましょう」とアピールしていた。結構笑える。
ただ、わからないのは、なぜ先進産業国であるドイツが具体的な対策を取らぬまま暑さに屈服し、窓を閉めて部屋に篭っていなければならないなのかということだ。
せめて病院や役所、学校に急遽エアコンを整備すれば、事態は間違いなく改善される。
■CO2削減で地球は救われるのか
メルケル元首相はある時点から、気候温暖化という言葉の前に必ず、「人間が為した」という枕詞をつけるようになり、素直なドイツ人の心に犯人としての罪悪感を植え付けることに成功した。
しかし、実は、欧州や日本を襲っている熱波の原因が、過去100年間の産業化で排出されたCO2のせいかどうかはわかっていない。そればかりか、多くの学者は長期データを分析し、現在の暑さは自然な気温の昇降の範囲内であるとしている。
また、NASAのデータを分析した最新の研究によれば、気候の変化はCO2ではなく、太陽や雲などの影響が大きい。具体的には、2000年以来の気温の上昇は、その8割が太陽光線の変化と、雲の減少に起因しているという。海水の温度の自然な昇降サイクルも、雲や気温に影響を及ぼす。だから、いくらCO2を減らしても、それで気温が下がるかどうかは不明だ。
しかも、ドイツの排出しているCO2は、世界全体の2%にも満たないので、工場や発電所を休業にし、ドイツ人が息をするのを止めたとしても、地球の“救済”にはそれほど貢献できそうにない。
しかし、EUは、2050年までにCO2排出を±ゼロにすることを大目標に据えており、それどころかドイツはそれをさらに5年前倒しにし、2045年の達成を目指している。ただ、CO2の量は産業の発展と正比例する。つまり、EUは「脱産業」を目指しているに等しい。
■日本はこのまま進んでいいのか
EUも国連も、知ってか知らずか、これまでその「脱産業政策」を目標に据えてきたが、今やEUも国連も一枚岩ではない。多くの国は「脱産業政策」など実行する気はないため、CO2±ゼロは早晩、骨抜きになるだろう。
日本の政治家は、真面目にやっているのは日本だけなどということにならないよう用心してほしい。
そもそも日本は、1997年にCOP3京都議定書が定められる前から、さらに言えば、EUが1993年に創立された前から、独自に車や工場の排気の清浄化に取り組み、産業国の中では世界のトップクラスを行っていたのだ。
今、CO2の排出が増えてしまったのは、原発が少ししか動いていないからだが、だからと言って「脱産業」を強いられる理由はない。
それに、中国と米国がCO2を大量に出し続けている限り、日本のCO2などスズメの涙みたいなものだ。
ちなみに、EUが猛暑に苦しんでいるなら、エアコンや、最近、皆が持ち歩いている携帯ファン、戸外で働く人がよく着ている空調ジャケットでも売り込めばいい。人間の力で地球の気温の変化を変えるという畏れ多い話より、ずっと現実的でよいアイデアだと私には思える。
■ドイツ人の隠れたホンネ
思えば、ドイツ人は昔から夏が大好きだった。
私が初めてドイツに住み始めた1982年の夏は驚異的に暑かったが、人々は“10年に一度のスーパーサマー!”といって喜んだものだ。冬が寒くて長いだけに、太陽に対する憧れの念があるのだろう。
その後、子供が小さかった頃も、うんざりするような暑い夏が何度かあったが、その度にドイツのママ友たちがはしゃいで、「こんなチャンスはまたとない。家事なんてどうでもいい。すぐにプールに行きましょう!」と誘いに来た。
今、メディアや政治家は猛暑を断罪し、国民は一見、それに正しく反応しているように見えるが、その一方、実は今も昔通り、夏の暑さを楽しんでいるのかもしれない。
人の気持ちはそんな簡単には変わらないというのが、私の持論だ。
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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)