■「東大理三合格者たち」はAIで勉強していた
ChatGPTなどの生成AIを使うと学力が下がるのではないか――。親御さんや学校現場からそんな不安の声を耳にすることが増えてきました。実際、国際機関の情報処理国際連合が発行する学術雑誌に掲載された論文では、課題にAIを使うとモチベーションや成績に影響が出る可能性があることが報告されています。
こうした話を聞くと、「子どもにAIを使わせて大丈夫なのだろうか?」と心配になるのも無理はありません。実際に、親御さんや学校の先生方からはこんな声が聞かれます。
「宿題をAIにやらせてサボると、知識が身につかない」
「間違った情報をそのまま信じてしまったら困る……」
「AIに頼りすぎて、自分の頭で考える力が育たないのでは?」
親御さんや先生方の懸念ももっともです。しかし、AIを使うと学力が下がると、そう簡単に言い切れるものなのでしょうか?
日本の受験の最高峰である、東京大学理科三類。この春、東大理三に合格した受験生たちから話を聞いてみると、むしろ彼らの多くが生成AIという新しいツールを“成績を上げるための補助道具”として賢く使っていたことがわかってきました。
■「受験勉強の常識」が変わるかもしれない
私たちカルペ・ディエムは、過去40年にわたり東大理三合格者の声を集め続けた書籍『東大理III』の制作を今年度から担当しています。
2025年版の制作にあたり、今年も4月に東大に入学した理三合格者全体のおよそ3分の1にあたる36人にアンケートおよびインタビューにて調査を実施しました。アンケートの中に「勉強のアプリケーションや生成AIなど、何かオンラインツールを使っていましたか? 使っていた場合はそのツール名と使い方を教えてください」という問いを設けたところ、回答者の半数に当たる18人が、ChatGPTなどの生成AIを勉強に活用していたと回答しました。
正直、これは予想以上の割合でした。東大理三という最高峰に合格した受験生たちが、生成AIを“当たり前”のように取り入れていたという事実は、今後の受験勉強の常識が変わっていく可能性をも感じさせます。
彼らに生成AIの使い方を詳しく聞いてみると、どうやら単に「わからない問題の答えを教えてもらう」という受け身の使い方ではなく、「自身のアウトプットに対する評価をもらう」という非常に能動的な使い方をしていたようなのです。
具体的に、どのような使い方をする事が多かったのか見ていきましょう。
■あくでも“壁打ちの相手”である
まず、もっとも多かったのが、「英作文の添削」に使っていたという声です。
「英作文を毎日書き、ChatGPTに採点してもらっていた」
「ChatGPTで自由英作文や和文英訳の添削」
「直前期に毎日英作文を書いて、ChatGPTに添削してもらった」
(実際の回答から一部抜粋・編集)
興味深いのは、どの受験生も「まずは自分で書いてみる」ことを前提にしていた点です。AIはあくまで“壁打ちの相手”。出力された添削内容が正しいかどうか、自分で考えながら取り入れる。そうした主体的な学習姿勢が共通していました。
特に英作文のように、「書いたはいいが、これで正しいのか分からない」「すぐに誰かに見てもらえない」といった不安を抱えやすい科目において、ChatGPTは“その場でフィードバックがもらえるツール”として重宝されていたようです。
実際に、2024年度の東京大学入試で実際に出題された英訳問題をもとに和文英訳の問題の答案添削をChatGPTに頼んでみました。
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すると、丁寧に誤りを指摘したうえで、どう書けばよいのかという正解まで示してくれます。さらに、別の表現や文体の違いによる書き分けといった発展的な提案も可能で、詳しい解説までつけてくれるのです。何より、こうしたフィードバックを一瞬で行えるのが、生成AIを活用する大きなメリットなのです。
■自分専用の「単語帳」「出題マシン」にしていた
また、「ワードリストの作成などをChatGPTに頼んだ」という趣旨の回答もありました。自作の文章のミスをチェックするだけでなく、同時に語彙(ごい)力強化の支援ツールとしても生成AIを利用していたことがわかります。
ちなみに先ほどの和文英訳問題についてワードリストを生成してもらうことも可能です。
生成AIはリストをメモリに蓄積することができるので、覚えたい単語を記憶するように指示すれば、まるで単語帳のように活用することもできてしまうのです。
さらに、生成AIを活用して、自分専用の“出題マシン”を作り出していた人もいました。
「東大の英作文過去問5年分をChatGPTに学習させて、予想問題を出させた」
「抽象的な自由英作文のお題を考えてもらった」
(実際の回答から一部抜粋・編集)
東大の過去問には限りがあり、いずれどこかの時点で解き尽くしてしまいます。
■要点まとめや面接対策にも活用
加えて、東大の自由英作文は、毎年さまざまな角度から出題されることでお馴染みです。過去には、英語のことわざを提示されて賛成・反対意見を述べたり、あるイラストを見てどう思うかが問われたり、このメールにどう返信すればいいかが問われたりなどしました。
そのため、東大英作文は出題形式を予測して準備するのが難しいとされているのですが、生成AIを利用することで自分の頭では思いつかなかったような問題を生成することができます。実際にその形式が出題されなかったとしても、少なくとも未知の形式の自由英作文問題に対応できる柔軟な思考力は鍛えられるでしょう。
ここまでは英語の勉強に活用できることを紹介しましたが、実は今回、英語以外でも勉強に役立てる例も示されていたのです。
「ChatGPTで化学の知識を確認し、要点をまとめてもらった」
「医学部面接や小論文対策に使った。模擬質問を出してもらい練習に活かした」
(実際の回答から一部抜粋・編集)
■頭の中を簡単に整理できる
ある合格者は自分の知っていることをChatGPTに打ち込み、要点をまとめてもらうことで、知識の整理を行なっていたそうです。現在の生成AIは、質問をすると誤った情報を伝えてくることも多く、0から知識を得るためのツールとしては残念ながら十分に信頼できません。しかし入力された情報をまとめて体系的に整理することは非常に得意であり、自分の脳内を整理することに長けています。
この合格者の場合は、学んだ化学の知識を入力することで、要点をまとめてもらっていたのです。いわば“いつでも見返せて、大事なことが一瞬で理解できるノート”です。
また、別の合格者は生成AIを用いて面接の対策を行なったと回答しました。医学部の受験では面接が課されることも多いのです。AIに面接官役となってもらい、状況を詳しく設定して想定される質問を出してもらうことで、実際の面接のシミュレーションができるというわけです。自分ひとりの頭で考えていては気づけない視点から意見をもらうことができたそうです。まさに「壁打ち」の相手として、生成AIは非常に有力だと言えるでしょう。
■AIに使われるのではなく、どう使いこなすか
一方で、生成AIは「膨大な学習データに基づいて新しい情報や回答を作り出す人工知能」です。なんでも聞けば教えてくれるので非常に便利な反面、誤りや偏りが含まれることもあり、何も考えずに使えば危うさも伴います。
実際、私たちが接する保護者や生徒の中には、「とりあえずAIに聞けばいい」と、なんでもAIに頼る癖がついている人が、最近は急速に増えているように感じます。しかし、それは裏を返せば「自分で考えることをやめる」ということ。そういう使い方では、かえって学力が下がってしまうおそれがあります。
生成AIを学習ツールとしてうまく使っていくためには、「これは違うかも」と判断できるだけの基礎知識や思考力が必要です。その努力は怠ってはならないのだと思います。
今回取材した東大理三の合格者たちは、生成AIを“正解を教えてくれる存在”とは考えていませんでした。まずは自分の頭で考えたうえで、問題の提案を得たり、フィードバックをもらったり、知識を整理したりと、あくまでも「補助役」として活用していました。
ChatGPTやGeminiなど、生成AIは急速に身近なものになっています。ただ質問すれば答えてくれるツールとして使うのではなく、「参考書で学ぶ」「ググって調べる」だけでは得られない“自分の思考を深める”ための新たな学習ツールとしての活用することが求められているのだと思います。AIに使われるのではなく、どう使いこなすか。これは、これからの受験生の新しいスタンダードになっていくのかもしれません。ぜひ、参考にしてみてください。
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西岡 壱誠(にしおか・いっせい)
カルペ・ディエム代表
1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すものの、2年連続で不合格に。二浪中に開発した独自の勉強術を駆使して東大合格を果たす。2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教え、教師に指導法のコンサルティングを行っている。
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東大カルペ・ディエム
東大生集団
2020年6月、西岡壱誠が代表として株式会社カルペ・ディエムを設立。西岡を中心に、貧困家庭で週3日バイトしながら合格した東大生や地方公立高校で東大模試1位になった東大生など、多くの「逆転合格」をした現役東大生が集い、日々教育業界の革新のために活動している。漫画『ドラゴン桜2』(講談社)の編集、TBSドラマ日曜劇場『ドラゴン桜』の監修などを務めるほか、東大生300人以上を調査し、多くの画期的な勉強法を創出した。そのほか「リアルドラゴン桜プロジェクト」と題した教育プログラムを中心に、全国20校以上でワークショップや講演会を実施。年間1000人以上の学生に勉強法を教えている。
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(カルペ・ディエム代表 西岡 壱誠、東大生集団 東大カルペ・ディエム)