2021年に始まった禁書運動によって、アメリカでは子ども向けの本が次々に禁書となっている。書籍『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』を上梓したNY在住のライター・堂本かおるさんは「日本でも起こりつつある問題が描かれている。
ぜひ子育て中かどうかに関わらず読んでもらいたい」という――。(第1回)
※本稿は、堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』(太田出版)の一部を再編集したものです。
■絵本や児童書が「禁書」されるアメリカ
いまアメリカ各地で、数々の絵本が禁書となっている。
アメリカの非営利団体「ペン・アメリカ」の調べによると、2023-2024学校年度に4000冊を超える本が禁書となっている。禁書の対象となっているのはヤングアダルト(以下、YA)と呼ばれる若者向けの書籍と絵本を含む児童書であり、少数ながら中高生も読む成人向けの小説も含まれている。
もっとも頻繁に禁書とされる本には、ピューリッツァー賞受賞の黒人女性作家トニ・モリスンの小説『青い眼が欲しい』、ジャーナリスト/ゲイ権利の活動家ジョージ・M・ジョンソンが若者に向けて書いた自伝『All Boys Aren’t Blue』(すべての少年がブルーではない)、オス同士のペンギン・カップルがヒナを子育てした実話に基づく絵本『タンタンタンゴはパパふたり』(ジャスティン・リチャードソン&ピーター・パーネル著)などがある。いずれもベストセラー、またはロングセラーとなっている作品だ。
■当初は「黒人史」に関する本がターゲット
2021年に突如として出現した禁書推進グループは「親の権利」というフレーズを多用する。自分の子どもが何を学ぶかは政府や学校ではなく、親に決定権があるとする主張だ。このフレーズは、コロナ禍にマスク着用および学校閉鎖への反対派が使い始めたものだった。彼らはコロナ禍をきっかけに、学校でどのような教材が使用されているのかに関心を持つようになったと言う。
同時期、ニューヨーク・タイムズ・マガジンが2019年に発表した「1619プロジェクト」が議論を巻き起こしていた。
奴隷制から始まるアメリカ黒人史を編纂(へんさん)した同作が高校のカリキュラムに取り入れられたことに対して、保守派が猛烈に反発したのだ。
さらに2020年に起きた黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官に殺害された事件をきっかけに、Black Lives Matterが全米にとどまらず世界各地に広がっていった。保守派の白人は黒人の自己表明の勢いにおののき、自身の優越性と既得権の保持に傾いた。こうした流れから、禁書推進グループは当初、黒人史をテーマとする本を禁書のターゲットとしていた。
■LGBTQを取り上げた本も禁書の対象に
その後、LGBTQを取り上げた本も禁書の対象になり始める。こちらはアメリカの非常に根強いキリスト教信仰が理由だ。この禁書運動は親だけでなく、アメリカの保守化を目指す共和党の政治家によっても急激に推し進められている。
アメリカには『1984』(1949)、『ライ麦畑でつかまえて』(1951)、『カッコーの巣の上で』(1962)、など、いつの時代にも禁書はあった。それらは出版時の時代性やモラルに反するとして、単体で禁書とされたものであり、現在の禁書運動で見られるような一度に数十冊以上がまとめて禁書申請されるといったものではなかった。
現在もっとも禁書になりやすいのはYAだ。読み手がティーンエイジャーであるため、彼らにとって身近、もしくは強い関心事であるメンタルヘルス/自殺、セックス/妊娠、LGBTQ、人種差別などが赤裸々に描かれ、それに伴う暴力描写も多いことが理由だ。
しかし本書では、あえて絵本にフォーカスした。
禁書指定された絵本を中心に、約100冊を取り上げ、「黒人」「LGBTQ」「アジア系」「イスラム教徒」「障害」「女性」などテーマ別にまとめ、登場人物と物語を詳しく検証した。それぞれの絵本に何が描かれ、なぜ禁書とされたのかを解き明かしていく。
■禁書の中でも絵本にフォーカスする理由
絵本を選んだ理由には、まずYAや成人向けの書籍と異なり、絵本は文字数、ページ数ともに極めて少ない分量でテーマの本質を端的に表していることがある。絵本作家のこの技術はもっと評価されて然るべきだろう。また、成長過程の最初期に読まれる絵本は子どもに大きな影響を与えるにもかかわらず、それが禁書とされることに大きな危機感を覚えたためだ。
私はアメリカ・ニューヨーク在住のライターとして、黒人社会の文化や歴史、移民の個人史などを書き綴ってきた。渡米当初から執筆を通してアメリカの多様性を知る日々が続いたが、自身の子どもを持つと、アメリカにおけるマイノリティの子どもの育ち方を学ぶこととなった。
息子がマンハッタンの黒人地区ハーレムにある幼稚園に通っていた時期、当時の副市長が園にやってきて、本書でも取り上げている絵本『くまのコールテンくん』の朗読会が行われた。黒人である副市長が、黒人とラティーノの子どもたちに、黒人の少女とクマのぬいぐるみの物語を読み聞かせた。いまから15~16年も前のことだが、当時は絵本だけでなく、映画やドラマ、アニメにもマイノリティのキャラクターは少なかった。副市長による朗読はマイノリティの子どもたちへの、「あなたも主役だよ」というメッセージだったのだと言える。
■最近の絵本には多様性を学べるものが多い
こうした思い出もあって絵本には愛着があり、2017年より書評新聞の『週刊読書人』にてアメリカの絵本書評「American Picture Book Review」という連載を続けている。
取り上げる絵本は何らかの社会問題を提示する作品であり、本書にはそこで取り上げた絵本も含まれている。
息子の幼児期に比べると、近年の絵本には人種や民族の多様性、ジェンダーやセクシュアリティ、身体の多様性にまつわるものが増えている。いま幼児を育てているのは、おもにミレニアル世代(おおよそ1981~1996生)である。幼稚園や小学校低学年の教師に多いのもこの世代だ。彼らは性や人種の多様化が進むさなかで育った世代ゆえに、我が子や生徒に幼いうちから絵本によって多様性を学ばせようとするのだろう。
絵本には、カラフルなイラストが使われ、ヒジャブをかぶって微笑む女の子、大きく翻(ひるがえ)るレインボーフラッグなど、描かれるテーマが表紙だけでわかる。こうしたイラストが、保守派、宗教右派の目にはショッキングに映るのだろう。彼らが持つアメリカの価値観や宗教規範では到底受け入れられず、子どもに悪影響を及ぼすとして禁書の対象としているのだ。
■近年の政治的混乱と「禁書」という文化戦争
対する反禁書派は、禁書は表現の自由を保障するアメリカ合衆国憲法修正第一条に反しており、過去の最高裁判所の判例からも、生徒と児童もこの権利を持つと主張している。
アメリカ合衆国憲法修正第一条 言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない(一部抜粋)

何より重要なこととして、黒人の子ども、ヒジャブをかぶった子ども、レインボーフラッグを持つ子どもを含め、あらゆるマイノリティの子どもがアメリカには存在する。彼らには彼らの投影となる絵本が必要なのだ。
こうした禁書運動の複雑な背景や、禁書がどのようなプロセスを経てなされるのかを、本書は政治的な動向にも目を向けて解説する。
本書は日常生活で絵本と接する機会のない人にこそ読んでもらいたい。アメリカの多様性と、その背後にある歴史、近年の政治の混乱と、そこから生まれた禁書という文化戦争の最前線を理解する助けになるからだ。
同時に日々、子どもと接し、絵本とも親しんでいる人たちにも、ぜひ読んでもらいたい。アメリカの絵本の幅の広さ、物語の豊かさ、絵の楽しさに加え、日本でも起こりつつある問題が描かれており、日本での子育ての新たなるヒントになり得るはずだ。

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堂本 かおる(どうもと・かおる)

ライター

大阪出身、ニューヨーク在住。CD情報誌の編集を経て1996年に渡米。ハーレムのパブリックリレーション会社インターン、学童保育所インストラクターを経てライターとなる。以後、ブラックカルチャー、移民/エスニックカルチャー、アメリカ社会事情全般について雑誌、新聞、ウェブに執筆。

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(ライター 堂本 かおる)
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