皇位継承の本質とは何か。皇室史に詳しい宗教学者の島田裕巳さんは「天皇として認められる『必要条件』は男系継承だが、その一方に『十分条件』があることも見逃すことはできない」という――。

■二つに分かれる国家のあり方
もしも日本に皇室が存在しなかったとしたら、とんでもないことになっていたのではないだろうか。今回の参院選で起こったことを考えてみるならば、私たちは、そう考えざるを得ない。
参院選で示されたことは、自民党をはじめとする既成政党の凋落である。自民党と連立を組む公明党も大幅に票を減らし、議席も失った。公明党の長年のライバルであった日本共産党も、社民党のような少数政党への道を歩んでいる。
一時は羽振りのよかった維新の会もふるわず、野党第一党である立憲民主党は、比例代表では国民民主党に抜かれたことはもちろん、新興勢力の代表で、今回大躍進をとげた参政党にさえ及ばなかった。他に堅調だったのは、れいわ新選組と日本保守党である。
世界を見渡してみたとき、国家のあり方は二分される。皇室を含めた王室のある国々と、共和政を敷いた国々である。共和制を敷いた共和国では、国家元首には大統領がなる。つまり、頂点に王(天皇も含む)を戴くか、大統領を戴くかに分かれるわけで、両者が併存する国は存在しない。
■参院選で見えた天皇制の恩恵
仮に、日本が日本共和国で、国家元首が大統領であったとしたら、国民の投票によって選出される大統領は、議会における第一党を支持基盤とするか、第一党を中心とした連立政権を基盤としているはずだ。

今回の参院選によって、自民党は比較第一党の地位は確保したものの、衆議院でも参議院でも、連立を組む公明党と合わせても過半数を確保できなくなり、政権基盤は一気に弱体化した。
そうなると、日本共和国の大統領の地位は不安定なものとなり、そのことは社会に対して深刻な影響を与えたはずだ。国の根幹が揺らぐのである。
ところが、日本には天皇がいて、皇族がいる。その地位やあり方は、選挙の結果にはまったく左右されない。天皇は日本の象徴として、あるいは日本国民統合の象徴として機能し続ける。それが、どれだけ私たちに安心感をもたらしているのか、その恩恵ははかりしれない。
重要なことは、多党化現象が進む中で、どの政党も、現在の象徴天皇制を支持していることである。終戦直後の日本共産党は天皇制の廃止を主張していた。しかも、2004年の綱領改定までは君主制の廃止を掲げていた。しかし、現在の共産党は、綱領を改定し、「天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」と、少なくとも廃止は主張しなくなっている。
■れいわ新選組代表の「直訴」
その共産党が衰退するにあたっては、新興のれいわ新選組が台頭したことが影響している。

れいわ新選組は、一般的には共産党と同様に左派、左翼と見なされている。ただ、令和という元号を党名に用いているところで、むしろ天皇制を支持しているようにも見える。
実際、2013年に、山本太郎代表は秋の園遊会で、当時の天皇に手紙を直接渡している。山本代表は、福島での原発事故の現状を訴えたと述べていたが、これは、中世から近世にかけて行われた「直訴」という行為の現代版である。
直訴によって問題を解決しようとしたことは、天皇に政治権力があることを認めていることになる。れいわ新選組は一面で、むしろ天皇制支持の保守派の性格を持っているのである。
■「国家主権」という参政党の創憲案
今回大躍進をとげた参政党の場合、独自の憲法案を作成しており、それが今や強い批判を受けるようになっている。特に、現在の憲法の根幹にある国民主権についてはいっさいふれず、「国家主権」を打ち出していることが問題視されている。
現在、国家主権をうたっている憲法を持つ国は存在しない。
日本の戦前の憲法である大日本帝国憲法では、国民主権の考えは示されなかったが、国家主権が主張されたわけではない。国家主権の考えに近いのは、憲法学者の美濃部達吉(みのべたつきち)などが唱えた「天皇機関説」である。
参政党の憲法案では、大日本帝国憲法や現在の日本国憲法を踏襲し、その第1章で天皇について規定している。
「日本は天皇のしらす君民一体の国家である」(第1条)としたところや、「天皇は、全国民のために、詔勅を発する」(第3条)としたところなどで、大日本帝国憲法に似ており、「皇族と宮家は、国が責任をもってその存続を確保しなければならない」(第2条)と、国家の責任も明示している。
そうしたことを憲法案に盛り込んだことが関係するのであろうが、神谷宗幣(そうへい)代表は、2023年6月29日に公開された参政党のYouTubeチャンネルで、「天皇陛下には側室を持っていただいて、たくさん子どもをつくっていただく」と発言し、それが物議をかもした。
批判を受けて、この発言部分は削除されているが、『週刊文春』の取材を受けた参政党は、代表の真意について、皇位継承問題についてその深刻さを訴えるためだったと釈明している(「文春オンライン」2025年7月14日)。
■政局の不安定化が皇室議論にもたらすもの
天皇が側室を持つことは、歴史的には伝統があり、大正天皇も明治天皇の側室の子であった。しかし、大正天皇以降は側室を持つことはなかったし、現在の社会制度のあり方から考えて、天皇が側室を持つことを国民は容認しないであろう。
その点で、神谷代表の発言が厳しく批判されるのは当然のことだが、皇位継承の問題が深刻であるという認識は決して間違っていない。
6月22日に会期を終了した国会では、皇位継承の安定化、皇族数の確保について議論が進められたものの、結局それは先送りされ、今のところ、具体的な策は何も施されない状況になっている。政局の不安定化は、さらに具体策を立てることを難しくしていく可能性がある。
参政党も、その憲法案のなかで、「皇位は、三種の神器をもって、男系男子の皇嗣が継承する」(第2条)としている。現在の皇室典範でも、それが原則とされているし、保守派はそれを絶対視し、女性天皇も女系天皇も認めない立場をとり続けている。
しかし、それがかえって足かせになっている。果たしてそれで将来にわたって皇位が継承されていくのかどうか、それに不安を感じさせる事態になっているのも事実である。

■「天皇」の条件とは何か
ここで一つ考慮に入れなければならないことは、天皇として認められる条件はいったい何なのかということである。
たしかに、天皇の地位は世襲によって受け継がれてきた。しかも、男系によって継承されてきている。幾人も現れた女性天皇を含め、男系によって継承することは、天皇であることの「必要条件」である。
ただ、一方に「十分条件」があることも見逃すことはできない。その十分条件とは、天皇に即位するための儀式の存在である。
天皇の代替わりの儀式としてよく知られているのが「大嘗祭(だいじょうさい)」である。令和の時代に入ったときも、この大嘗祭が行われ、新たな天皇はそれに臨んだ。
大嘗祭では、大嘗宮(だいじょうきゅう)が建てられ、新しい天皇は深夜、そこに降臨する神とともに、そのために造られた米と酒で共食を行う。果たしてその際に、天皇が神の実在を実感したかどうかは興味が持たれるところだが、天皇に即位するには神による承認が必要なのだと解釈することができる。
■「天皇霊」の器としての継承
それに関連して注目されるのが、国文学者・民俗学者で歌人としても知られた折口信夫(おりくちしのぶ)が立てた説である。折口は、大嘗祭において、亡くなった天皇が保持していた「天皇霊」が新しい天皇に受け継がれるのだと主張したのである。

この説は、現在の学界では否定される傾向にあるが、日本の伝統社会の原理からすれば、今も有効性を持っている。重要なのは、天皇の身体は、天皇霊を宿す「器」に過ぎないということである。逆に天皇霊を宿していなければ、完全な天皇とは見なされないのだ。
鎌倉時代の第85代仲恭(ちゅうきょう)天皇は、在位期間がわずか78日で、承久の乱の結果、そのまま廃位され、大嘗祭を経ていない。そのため、「半帝」と呼ばれてきた。完全な天皇ではなかったということである。
このような折口説からすると、男系男子による世襲という側面はまったく重要ではなくなる。決定的に重要なのは、天皇霊の継承であり、新たな天皇であることの十分条件は、その天皇霊を受け継ぐにふさわしい器であるかどうかなのである。
■「愛子天皇」待望論が生まれる理由
拙著『日本人にとって皇室とは何か』において、道鏡に皇位を継承させようとした第48代の称徳(しょうとく)天皇(孝謙(こうけん)天皇の重祚)の例にふれた。
称徳天皇としては、仏教者としての徳を備えていると考えた僧侶こそが、そうした器にふさわしいととらえたわけである。称徳天皇には、世襲ということは必要条件とさえ見なされなかったのである。
天皇霊と言うと、その実在を検証することはできなし、非科学的と思われるであろう。

だが、器という観点は、今後皇位継承の安定化を進める議論の中で考慮されるべきものではないだろうか。
器としてもっともふさわしい皇族は誰なのか。「愛子天皇」待望論の高まりに見られるように、女性天皇や女系天皇のことを議論から排除できないのは、そのことが関係するのである。

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島田 裕巳(しまだ・ひろみ)

宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。

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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
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