忙しくても健康を維持するにはどうすればいいか。脳神経外科医の築山節氏は「通勤時にいつもより一駅前で降りて歩くだけでも十分意味がある。
できるときにできるだけ歩こうという意識が脳の活性化につながるからだ」という――。
※本稿は、築山節『75歳の現役脳外科医が教える 一生脳が冴える歩き方』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■歩けば血流が促進されて脳が冴える
散歩やウォーキングといった「歩くこと」は、脳を冴えさせるうえで非常に有効な手段です。
歩くことで血流が促進され、脳に酸素と栄養がしっかりと運ばれるようになります。また、一定のリズムで身体を動かすことが、思考を整理し、新しいアイデアを生む助けにもなるのです。
しかし、「少し息が上がるくらい、しっかりとした散歩じゃなければ意味がない」「『万歩計』というくらいだから、毎日1万歩目安で、決まったコースを歩かなければ」といった形式にとらわれてしまい、かえって歩くことから遠のいている方も多いのではないでしょうか。
とくに社会人の皆さんは大変お忙しい日々を送っていますから、まとまった時間を取ることが難しく、それが心理的なハードルになってしまいがちです。
■大切なのは歩くことを意識する姿勢
まず、脳を磨くために大切なのは、運動の量や時間ではなく、「歩くことを意識する」姿勢そのものです。
例えば、通勤時にひと駅分歩いてみる、エスカレーターではなく階段を使ってみる、昼休みに5分だけ外を歩いてみる――こうした日常の小さな選択の積み重ねが、結果的に脳の活性化につながっていきます。
特別な運動着や道具をそろえる必要はありません。忙しいからこそ、「できるときに、できるだけ歩く」という柔軟な姿勢が、脳を磨くカギとなるのです。
歩くことを「義務」ではなく「生活の中のルーチン」として取り入れてみてはいかがでしょうか。

■忙しくてもすぐ始められる通勤時間の活用術
毎年実施される定期健康診断は、身体の健康状態を確認して異常を早期に発見し、必要なときには医療につなげる、さらに生活習慣を見直していくために非常に重要なものです。
30代、40代と年齢を重ねるにつれ、身体をよく使う仕事である場合を除いて、多くの方がデスクワーク中心となり、どうしても日の大半を座って過ごすことが増えていきます。その結果、健康診断では脂質異常症、とくに悪玉コレステロール(LDL)の値が高くなる方が目立ってきます。中には、肥満や高血圧、糖尿病といった生活習慣病を合併している方も見受けられます。
皆さんにお話を伺ってみると、多くの方が日常生活の中で運動する時間を確保できていないのが実情です。そこで、私はそういった方々に、健康相談の場で次のようにお願いしています。
「朝夕の通勤時間を活用して、『歩く習慣』をつくりましょう!」
方法はとてもシンプルです。例えば、バス通勤の方であれば、普段のバス停ではなく、ひとつ手前や次のバス停で乗り降りして歩く距離を増やす。
電車通勤の方であれば、ひと駅分だけ歩いてみる。
新たな習慣を身につけるには、意思の強さに頼らず、すでにやっている習慣に、身につけたい行動をひとつだけくっつけることです。最初は無理せず、できるだけ短い距離から、毎日継続できる範囲で始めていただくことが大切です。
ただし、バスや電車での移動距離が長く、通勤・退勤時の歩行が現実的に難しい場合もあります。
そんなときには通勤ルートを少し変え、普段と異なる道を意識して歩くことで、自然と歩行量を増やすようにご提案しています。
日々の生活の中に少しずつでも歩く時間を取り入れることで、健康への意識も高まり、長期的に見ると大きな効果が期待できるのです。
■デスクワーク漬けの日々でも心身の健康を保つ
実は、通勤時間の活用は、私も過去に実践していたことです。ここでは、私の実践例を振り返ってみましょう。
私は、53歳から59歳まで、河野臨牀医学研究所の理事長を務めていました。この時代、私は毎日、朝の出勤時、夕方の退勤時に、それぞれ30分くらい歩いていました。
当時は病院に出勤すると、必ず誰かが隣り合わせで働いている状況です。一人で静かに過ごす時間はほとんどなく、常に人の気配と対話に囲まれていました。
日々の仕事には緊張感があり、内容も非常にストレスの多いものでした。
実際、朝出勤してから夜に帰途につくまで、ほとんど休む間もなく、デスクに座り続けていたと記憶しています。身体を大きく動かすことはほとんどなく、長時間同じ姿勢での業務が続くのが常でした。仕事に熱中するあまり、無意識のうちに活動量が極端に減っていたのです。

それでも私は、当時から自分の健康には注意を払っていました。とくに意識的に保っていたのが、「生活リズム」と「歩行」の習慣。脳機能を維持し、心身のバランスを整えるために、起床時刻をできるだけ一定に保ち、出勤前後の時間帯には歩くことを欠かしませんでした。
毎日の通勤時間は、ただ移動するだけの時間ではなく、脳を活性化し、若々しく保つための貴重な機会だと考えていたのです。
■毎日の出勤ルートで季節の変化に気づく
同じ道をただ歩くのではなく、周囲の環境に意識を向け、変化に気づきながら歩くことが、脳への刺激となります。
そうした小さな気づきの積み重ねが、忙しさの中でも自分自身の内面と向き合う時間をつくり、ストレスの多い日々の中でも心と身体の健康を保つ支えになっていたと思います。
朝の出勤時には、風景を丁寧に観察しながら歩くよう心がけていました。身体を動かすことによって、脳の働きが活性化され、職場に到着してすぐに頭を使える状態に整えておきたいと考えたからです。
そのため、できるだけ毎日同じ道を通らず、変化のある経路を選ぶようにしていました。例えば、春になると毎年モクレンの花が咲くお宅があり、その道を通る日は「今年はもう咲いただろうか」と期待を胸に歩いたものです。そんな小さな変化に気づく意識が、脳を活性化させるカギなのです。
■退勤時の夜道散歩でストレスコーピング
一方、退勤時の歩行には、ストレスコーピングの効果があります。

仕事を終えて帰宅する道すがら、とくに空が澄んだ夜などは、月の形や輝きに目を向けながら歩く時間が、自分自身を見つめ直す大切なひとときになります。
歩いている間、人は感情に流されることが少なく、むしろ冷静に物事を整理することができます。今日の出来事を振り返り、考えをまとめ、自分の中にあった未整理な意見に気づくことができるのです。
帰宅時は時間の制約も少なく、自分が納得するまで歩くことができました。当時、携帯電話はありませんでしたから、帰りが遅くなりすぎて、自宅前で家内が心配して待っていたこともありましたが、それ以上に大きな副次効果がありました。
長時間の歩行で心地よい疲労感が生まれ、ベッドに入るとすぐに深い睡眠へと入ることができたのです。
通勤時間を「歩く時間」として有効に使うことで脳と心の健康を保つことができるという一例に、ぜひご参照いただければと思います。
この時代、私は毎日、平均して1万歩以上は歩いていたと思います。
ですから、筋肉を維持する活動量は十分にあったでしょう。さらに、休日は適度に筋トレもしていましたので、筋肉量も維持できていたはずです。
こうした積み重ねの結果、私は激務のわりには健康を保つことができ、風邪などの理由で仕事を休むことは一度もありませんでした。

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築山 節(つきやま・たかし)

脳神経外科専門医

1950年、愛知県生まれ。
公益財団法人河野臨牀医学研究所附属北品川クリニック・予防医学センター所長。日本大学大学院医学研究科修了。埼玉県立小児医療センター脳神経外科医長、公益財団法人河野臨牀医学研究所附属第三北品川病院長、同研究所理事長を経て現職。脳神経外科医として数多くの診断・治療に携わる。ベストセラーとなった『脳が冴える15の習慣』(NHK出版)をはじめ、著書多数。

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(脳神経外科専門医 築山 節)
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