年齢を重ねても若々しくいるには何を意識するべきか。医師の和田秀樹さんは「高齢になれば病気を抱えるのがごく自然の成り行きだから、完全な健康体にこだわるのは感心しない。
世の中に定着している健康常識は守ることの方がストレスになることもある」という――。
※本稿は、和田秀樹『75歳からやめて幸せになること 一気に老ける人、日ごとに若々しくなる人の差』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■完全な健康体へのこだわりをやめる
75歳になれば、体力や気力もある程度衰(おとろ)えてきます。一方で、昔と比べれば現代の75歳は元気です。
「いつまでも無理はできないけれど、まだまだ元気でいたい」
このように、老いと闘う気持ちと老いを受け入れる気持ちのなかで、揺れ動いている人も多いのではないでしょうか。
残念ながら、人間は老いて死ぬ運命を逃れることはできません。一般的には、まず歩行が困難になり、自分の足で歩くのが難しくなります。
次に、排せつが困難になり、尿が出にくくなるとか便が漏(も)れてしまうなどの症状に直面します。
そして、ついには自分の力で食べられなくなります。もちろん、その間に認知症になる可能性も十分にあります。
今、日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.14歳(厚生労働省・2023年)。この数字が“平均寿命”であることを考えると、男性も85歳くらいまで生きる人が多いと思われます。

健康寿命(健康上の問題により日常生活が制限されることなく生活できる期間)を早々に終え、生活上の制約がある状態で10年も20年も過ごすのは大変です。誰だって、できるだけ人生を元気で楽しみたいと考えるのは当然でしょう。
70代後半は、可能な限り老いを遅らせる努力をするのが基本です。
■一つくらい病気があったほうが、健康を意識できる
そして、いよいよ老いに抗うのが難しくなってきたら、素直に受け入れるという発想も必要です。現実には、高齢になれば病気を抱えるのがごく自然の成り行きです。だから、完全な健康体にこだわるのは感心しません。
「一病息災(いちびょうそくさい)」という言葉があります。一つくらい病気を抱えているほうが、むしろ健康に気をつけて長生きできる、という意味です。私は病気を抱えたら、抱えたなりに生きていくということだと考えます。その発想に切り替えていきましょう。
予防医学の発想とは、「健康のために血圧を下げよう」「血糖値を下げよう」といった考えです。
「高血圧や高血糖などを放置していると動脈硬化になる。
動脈硬化は心筋梗塞や脳梗塞などの病気を招く」
こういった話は、多くの人にとって医学常識になっています。そのために、薬で血圧や血糖値を下げている人も多いのではないでしょうか。
しかし、一定の年齢を超えると、血圧や血糖値をコントロールすることには危険が伴うようになります。
私が勤務していた浴風会病院では、高齢者のご遺体を年間100例近く解剖していました。そこでわかったのは、80歳を超えた人は、ほとんど全員動脈硬化になっていたということです。
動脈硬化とは、血管の壁が厚くなり、血液の通り道が狭くなる症状です。
すでにそういった状態にある人が低血圧や低血糖になると、血液中の酸素やブドウ糖が十分に脳に行き渡らなくなります。
実際に、薬を飲んで体のだるさを抱えたり、頭がぼうっとしていたりする人もいますし、認知症が進行する恐れもあるのです。
■一定の年齢を超えると、従来の発想が通用しなくなる
つまり、ある一定の年齢を超えると、血圧や血糖値が高いことよりも、むしろ低いことがリスクとなり得ます。
確かに、1960年代頃までは、最高血圧が150くらいで血管が破れてしまうことがありました。ところが、現在の高齢者の血管は――動脈瘤がある人がくも膜下出血になることがあるにしても――血圧が200でも破れなくなっています。食生活の向上に伴い、血管が強くなっているのです。

だからこそ、予防医学的な発想はやめて、動脈硬化になってしまってからの体調管理を考えていく必要があるのです。
「年をとったら早寝早起きを心掛ける」「高血圧予防のためにしょっぱいものは控える」など、世の中には定着している健康常識がたくさんあります。
確かに、健康常識には正しいものもあります。常識を守って楽しく暮らせるなら、あえて否定する必要はありません。
しかし、健康常識を守らないことより、健康常識を守るストレスのほうが悪影響を及ぼすこともあります。健康になろうとがんばるあまり、ストレスを抱えて健康を害したのでは、笑うに笑えません。
例えば、私は体を動かすために散歩をすすめていますが、どうしても散歩がいやならば、無理をしてまでしなくていいのです。散歩をするのは、あくまで歩けなくなるのを防ぐためです。最初から歩くのが嫌いな人にしてみれば、歩けなくても別に大きなダメージはないはずです。
■健康常識は、余計な我慢を招くだけ
「健康が害されると好きなことができなくなる。好きなことをするために多少は我慢しなければならない」といった理屈が用いられることもありますが、これも間違っています。前項でお話ししたように、高齢者は血圧が高くなるのがある意味正常であり、血圧が高くなっても好きなことはできます。

血圧が高いのを恐れて、しょっぱいものやお酒を我慢する行為は、本当に自分のためになるのでしょうか。
似たようなことはほかにもあります。例えば、コロナ禍では「コロナになりたくない」という一心で、移動の自由や人と対話をする自由など、基本的人権の制限を当たり前のように受け入れた人がたくさんいました。
本当かどうかもわからない命の危険性と引き換えに自由を我慢するなんて、私には理解できません。不完全な医学常識を信じるくらいなら、現実を捉えた統計データを参考にすべきです。
健康常識を鵜呑(うの)みにせず、自分で調べて考える習慣も身につけましょう。
■「コレステロールは体に悪い」は間違った思いこみ
読者の多くは「コレステロールはメタボの原因となるネガティブなもの」というイメージを持っていると思います。コレステロール値を上げないために、動物性の脂(あぶら)や乳製品を極力控えているという人もいるはずです。
けれども、「コレステロールは体に悪い」というのは間違った思いこみです。コレステロールには実は長所があり、高齢者が元気に暮らすために必要な物質なのです。
そもそもコレステロールは、人間の体を作る脂質の一種であり、細胞膜の原料となります。この脂質が不足すると、細胞の再生がうまくいかなくなり、ますます老化を加速させることになります。

また、コレステロールは脳内でセロトニンを運ぶ役割も果たしています。セロトニンは脳内の神経伝達物質の一つであり、ドーパミン(喜びや快楽などに関わる)やノルアドレナリン(恐怖や驚きなどにかかわる)を制御する働きを持っています。
つまり、セロトニンが心のコントロール役を果たすことで、うつ病の予防にもつながっているのです。
■コレステロール値が低いと、がんになりやすいという報告
コレステロールはテストステロンやエストロゲンといった性ホルモンの材料にもなります。
テストステロンは元気ホルモンというべきものでもあり、エストロゲンは骨粗しょう症やアルツハイマーを予防する効果がわかっています。
さらに、脳もコレステロールを大量に必要とします。脳内にはある種の電流が流れていて、漏電を防ぐために絶縁体を必要とします。その絶縁体の役割を担っているのが、神経細胞を取り囲む脂質です。つまり、高齢者がコレステロールを控えすぎると、脳の働きに悪影響を及ぼすのです。
なお、コレステロール値が低いと、免疫細胞の材料が不足し、がんになりやすいというデータも報告されています。コレステロールの控えすぎには、くれぐれも注意してください。
■老化を防ぐには動物性タンパク質を摂る
「年をとったら、あっさりしたものしか食べられない」
「健康のために、日本の伝統的な食生活を見直すべき」
こういった理由で、高齢になると粗食志向が高まり、肉などの動物性たんぱく質を「不健康である」として敬遠しがちです。

しかし、粗食を続けると老化は確実に加速します。栄養不足につながるからです。
戦前の日本の平均寿命は40代でしたが、戦後は時代とともに寿命が延びていき、今や世界一の長寿国となりました。
伝統的な日本食だけを食べていた時代、日本はけっして長寿国だったわけではありません。寿命が延びたのは、戦後、欧米食の文化が輸入され、肉や卵、乳製品などの動物性タンパク質を日常的に摂取するようになって以降です。
伝統的な日本食のメリットに加えて、栄養状態が大きく改善することで、日本は長寿国の仲間入りをしたのです。
■食べたいものを我慢してはいけない
「国民健康・栄養調査」(令和4年・厚生労働省)によると、65歳以上の男性12.9%、女性22.0%が「低栄養傾向の者(BMI≦20kg/平方メートル)」とされています。
高齢になると、臓器や口腔の機能が衰(おとろ)え、自然と食が細くなっていきます。そのうえ、粗食を実践していたら低栄養状態になるのは当然といえます。
厚労省が指針としている「健康日本21(第二次)」では、低栄養傾向にある高齢者を減らすことを重視しています。低栄養傾向にある人は、要介護や死亡リスクが統計学的に高くなることがわかっているからです。
そもそも好きなものを我慢して粗食を続けていると、ストレスが溜まり、毎日がつまらなくなります。
だから、粗食を避けて肉、魚、野菜もバランスよく食べましょう。ときには食べたいものを食べることが大切です。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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