日本のアニメやゲームは、輸出額が鉄鋼や半導体関連分野と並ぶ日本の基幹産業に成長した。日本のコンテンツは世界からどのような評価を受けているのか。
東映の仁義なき戦い 吹けよ風、呼べよ嵐』(プレジデント社)を出した野地秩嘉さんが解説する――。
■日本経済を支えるアニメ
財務省の貿易統計(2023年)には日本からの主力輸出品が載っている。輸出品目のトップは自動車で17兆3000億円。次が半導体など電子部品で5兆5000億円。鉄鋼が4兆5000億円で、半導体製造装置が3兆5000億円。
対して、内閣官房の資料(2021年)によれば、日本のコンテンツ産業の輸出額の規模は4兆5000億円。鉄鋼と同じで半導体製造装置の数字よりも大きい。そして。コンテンツ産業の内訳はゲームが2兆8000億円でアニメが1兆3000億円。次いで、出版、テレビ・映画の順だ。もっとも出版のうち、輸出品となっているのは村上春樹など一部の作家の小説を除けばすべてマンガだ。そして、マンガはアニメの原作ともなる。
アニメとマンガは自動車、半導体、鉄鋼関連を除いた日本の各企業よりもはるかに外貨を稼いでいるし、世界に対して日本の存在感を示している。
それなのに経済団体の長や役職者を見ると、いまだに重厚長大の企業経営者が並んでいる。だが、老いた彼らが経営している企業は外貨を稼いでいるわけでもなく、成長性を秘めていることもなく、世界に向かって日本の存在感を示しているわけでもない。アニメの方がよほど日本に貢献して、日本国の力と威厳を示している。
■なぜ経済団体の中枢にアニメ会社がいないのか
経済団体の中枢にいる経営者は政府や日本社会に提言する前にまず自社や業界を成長に導くのが本来のミッションだ。それを忘れてもらっては困る。今後、すぐにでも経済団体の代表者は日本を支えている業種、業界の人間が務めるべきと思う。つまり、自動車、半導体、鉄鋼と並んでマンガとアニメのクリエイター、そしてアニメ会社の経営者を参加させるべきだ。だからといって東映の社長を起用しろとはわたしは言わない。
はっきり言うがアニメは日本と日本経済に寄与している。
また、もうひとつの資料がある。日本でヒットした映画はすでにほとんどアニメだという資料だ。
次に挙げるのは歴代の日本映画で観客動員が多かったものの上位20作である。※を付けたのは実写作品。
1『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』404億3000万円 東宝/アニプレックス(2020年)

2『千と千尋の神隠し』316億8000万円 東宝(2001年)

3『君の名は。』251億7000万円 東宝(2016年)

4『ONE PIECE FILM RED』203億4000万円 東映(2022年)

5『もののけ姫』201億8000万円 東宝(1997年)

6『ハウルの動く城』196億円 東宝(2004年)

※7「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」173億5000万円 東宝 実写(2003年)

8『THE FIRST SLAM DUNK』164億6000万円 東映(2022年)

9『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』158億円 東宝(2024年)

10『崖の上のポニョ』155億円 東宝(2008年)
■実写は4作しかない
11『すずめの戸締まり』149億4000万円 東宝(2022年)

12『天気の子』142億3000万円 東宝(2019年)

13『名探偵コナン 黒鉄の魚影』138億80000万円 東宝(2023年)

14『劇場版 呪術廻戦 0』138億円 東宝(2021年)

15『風立ちぬ』120億2000万円 東宝(2013年)

16『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』116億4000万円 東宝(2024年)

※17『南極物語』110億円 ヘラルド/東宝 実写(1983年)

18『シン・エヴァンゲリオン劇場版』102億8000万円 東宝/東映/カラー2021年

※19『踊る大捜査線 THE MOVIE』101億円 東宝 実写(1998年)

※20『子猫物語』98億円 東宝 実写(1986年)
これを見ると、上位20作のうち、実写は4作しかない。しかも、その3つ、「踊る大捜査線」『南極物語』『子猫物語』のいずれもが20年以上も前に公開された作品なのである。実写作品で興行収入が100億を超えたものは日本では20年以上も現れていない。
また、ヒットアニメのキャラクターは商品化され、さらにゲームにもなっている。アニメとゲームはコンテンツ産業の主役だ。今後、少子化の日本で外貨を稼ぎ、さらに国内の雇用を支えるのはアニメとゲームなのである。そして、東映は東宝、松竹よりも以前からアニメに力を入れてきた。
■「柳の下にドジョウは何匹でもいる」
興行収入上位で見ると東宝が目に付くけれど、東宝はスタジオジブリの作品を配給しているため、ヒット作を手にすることができる。一方、東映の作品は東映アニメーションが制作している。
スタッフ、技術に厚みがある。
2024年には『THE FIRST SLAMDUNK 復活上映』と題して、夏休み期間に映画館をバスケットの試合会場に見立てた応援上映を行った。そうやって5億1000万円の興行収入を挙げている。同作は復活上映を加えた総興行収入が164億円だ。映画館をバスケットの試合会場に仕立てるといった考え方は太秦映画村を企画した延長線上で、東映はそうしたしぶとい稼ぎ方に一日の長がある……。一日の長は、褒め過ぎだった。「柳の下にドジョウは何匹でもいる」と考えるのが東映なのである。ひとつ当たったものを手にしたら、それを元手に何倍にもしてやろうとソロバンをはじく人間たちだ。ひとつのコンテンツを元に、それをしゃぶり尽くして大きく当てることしか考えない。そのために知恵と力を出すのが彼らだ。
■アニメの制作手法はこう変わった
アニメ監督の長峯達也は東映アニメーションに所属している。『劇場版 Dr.SLUMP Dr.マシリト アバレちゃん』『ONE PIECE FILM Z』『ドラゴンボール超 ブロリー』といったヒット作を監督した。
アニメの業界は年中無休だ。業界で働く人たちは忙しい。長峯もそんな超人たちが働く業界で長年、仕事をしてきた。日本大学芸術学部映画学科ではフィルムを使った撮影を体験している。実写映画とアニメに精通する監督である。
長峯が見てきたところ、アニメがいちばん変化したのはデジタルでの作画、彩色が始まった1990年代後半だ。東映アニメーションで言えば『ゲゲゲの鬼太郎(第4期)』の第64話(1997年4月)からだ。
デジタル作画、彩色とは、それまで紙と筆と絵具を使い多人数でやっていた作画、彩色をデジタル環境でやること。デジタルでやれば工数が減る。制作したものをデータにして送ることもできる。コストダウンが進み、大きな費用をかけなくてもアニメを製作することができるようになった。
長峯が東映アニメーションに入ったアナログ時代は途方もなく大勢の人たちが制作にかかわっていたのである。

■当時、アニメはセル画を用いていた
当時、アニメはセル画を用いていた。セル画とは透明なシートのこと。セルロイドの略だが、実際は耐熱性のあるアセテートが使用されていた。背景画の上に、登場するキャラクター別に作成されたセル画を重ねて撮影する方法がセルアニメだ。セル画の組み合わせを変えればまた、別のシーンの撮影ができる。そして、セル画はキャラクター別だから多人数で分業して色を載せていた。
手間とコストがかかるのはセルに色を載せるところである。すべて人間がやっていたので、時間もかかったし、技術が必要だった。長峯が見ていると、ベテランの女性がペンを持ち、インクを付け、滑りやすくにじみやすいセルの上に器用に色を載せていた。絵の具を多く付けるとセルがふやけて使えなくなる。慎重な作業が必要なのである。
だが、ベテランの女性陣は躊躇なくペンを持ち、一発できれいに仕上げるのだった。

そういう具合だから、セルを仕上げるのは1日にひとりでせいぜい10枚といったところだった。
また、雨や霧のような自然現象をアニメにする場合、エアブラシを使ってインクを吹き付ける。噴き付けないところはマスクしておく。特殊効果を出すためにエアブラシを使用すると、1枚のセルを仕上げるのに20分はかかる。デジタル化以前の『ドラゴンボール』では、そうした特殊効果のために10人雇って、炎のような形の「オーラ」を制作した。10人はそれぞれポンプ付きエアブラシを持って、体育館くらいの広い部屋で長時間、インクを噴き付けるのだった。
■アニメにかかる大きなコスト
かつてのアニメではセル画を撮影したフィルムを現像しなくてはならない。そこに大きなコストが発生したのである。これは実写映画でも同じだ。フィルムを現像するには現像機がいる。長峯が卒業した日本大学芸術学部は地下に16ミリフィルムの現像施設があったのだが、その施設を作るだけで10億近い金がかかったといわれている。
素人がアニメであれ、実写であれ、映画を作るためにフィルム撮影をした場合、安価な8ミリフィルムでさえ、15分ぐらいの実写映画でも、フィルム代と現像代だけで30万はかかった。アニメを撮ろうとしたらさらに金がかかった。人を雇ってセル画を描き、撮影をプロに頼んだりしなくてはならない。実写よりもさらに多額の費用が必要なのがアニメだ。
ただし、それがデジタル化で劇的に変わった。
デジタル化の結果、やろうと思えば作家がひとりでパソコンと向かい合って、30分のアニメ作品を作ることができるようになった。中程度の性能のパソコンを20万円で買う。アニメ制作ソフトはネット上にフリーのそれがある。絵は自分で描かなくてはならないが、特殊効果や撮影はスマホでできる。編集は自分自身でやる。手間がかかるのは絵を描くことくらいだが、それはアニメ作家を目指すのであればやらなくてはならないことだ。
デジタル化でアニメは変わり、コストが下がったので、誰もが制作できるようになった。一方で、長峯がいるプロの世界では、アニメの精度が毎年、確実に向上してきている。
■20分のアニメで3000枚の絵
彼は言う。
「これまで20分のアニメであれば3000枚とか3500枚の絵で制作していました。デジタル環境でも3000枚を描くのに延べ時間で言うと3カ月、延べ人数だと100人から200人。それが今や絵の枚数は1万枚を超えています。枚数が増えたのは絵を描き込んでいるのと、キャラクターの動きが精密になってきたからです。絵が精密になったのは見る人たちの要求でもあるし、アニメ会社同士の競争です。クオリティが高くないと勝てない。加えて、海外マーケットを考えると、クオリティを上げ続けないといけない。
アニメの市場は世界です。新しいアニメを作ると世界から「面白そうだな」とクリエイターが集まってくる。『ワンピース』を見て育った海外のクリエイターはオンラインで応募してきます。それで海外に住みながら日本のアニメの仕事をして有名になった人がいるんですよ。
今はニッチなアニメなら少人数で、しかも3カ月くらいで作れます。それを海外に出せば平気で1億から2億のお金になる。
なぜ、日本のアニメが世界で人気があるかといえば、それはエキセントリックな作品があるからでしょう。奇妙奇天烈で何が出てくるかわからないという面白さがあるのは今のところ、日本のアニメだけです」
■世界中が奇妙奇天烈な創作を待っている
「たとえば、フランスのデザイナーのファッションショーを見てると、裸に近い衣装とか出てくるでしょう。こんなの着られないよ、みたいなデザインのものをフランスのクリエイターは出してくる。
日本のアニメのクリエイターもフランスのファッションデザイナーのようなものなんです。世界中が奇妙奇天烈な創作を楽しみに待っているといっていい。
また、日本のアニメってテレビ放送が主だから、3カ月で入れ替わります。次から次へとさまざまな趣向の作品ができる。ディズニーみたいな予定調和ではない。海外のアニメファンはディズニーみたいな予定調和のアニメにはもう飽きているんじゃないかな」
海外でアニメファンを獲得し、マーケットを広げたのはまさしく東映アニメであり、スタジオジブリであり、長峯たちだ。
この人たちはトヨタや半導体製造装置の技術者と同じように、日本の産業を代表して世界マーケットで戦っている。
■アニメ表現で難しい動きとは
では、世界で戦う長峯たちがアニメ表現で難しいと感じているキャラクターの動きとはどういうものなのだろうか。
長峯は「日常の動作表現が難しい」とはっきり言った。
「人間が立って座るのを表現するのがいちばん難しい。何気ない生活の動きが難しい。それもあって、アニメではまず表現しない。見る人たちは生活での動きをよくわかっています。下手な表現だなと思ったとたんにアニメを信頼しなくなる。パンチやキックのような動きって、普段から見ているものではありません。誇張した動きにしたとしても、見ている人は違和感を感じない。ところが、タバコを吸うといった何気ない動きは描こうとしても難しい。実写であっても役者さんにとっていちばん難しいのは何気ない動きだと思います」
長峯の演技論は核心を突いている。高倉健が日本一の俳優と言われたのは、タバコをくわえて吸うといった何気ない動きの芝居が上手だったからだ。
しかも彼は何気ない動きをきわめてゆっくりやった。ファンは高倉のその演技にひきこまれた。
■アニメを通じて日本を好きになる
東映は知財ビジネスとライブ、アニメ関連で成長してきた。しかし、それは周到な考えと計画があったからではない。国内の映画マーケットが急激に減少したため、手当たり次第に新ビジネスを手がけて、ぐうぜん当たったからだ。
なかでも以前から海外進出に力を注いできたのがアニメだった。前出の清水慎治、東映アニメーション顧問は「長峯監督が言うように、ディズニーのアニメに飽きている層が海外には多い」と分析している。
清水は言った。
「かつてアメリカは他国のアニメ、特に日本のアニメを国内映画館で上映しなかった。ディズニーがアメリカのアニメだという自信、そして、東洋人に対する冷ややかな視線があった。また、日本のアニメってマンガから来ているでしょう。キャラクターを丁寧に描く。一方のディズニーはストーリーが決まっています。ストーリーはつねにハッピーエンドでなければならない。
ところが、日本アニメは主人公であっても途中で死んじゃうとか、悪いやつかと思えば実はヒーローだったとか、大人が見ても納得できるように作ってある。日本アニメは隙間産業から始まっているから何でも自由なんです。『ディズニーには飽きた』という層がアメリカにもいて、そういう人たちが『日本のアニメはいいなー』と支持するようになってきました」
■ディズニーは子ども向けの域を出ないが…
ディズニーのアニメはどこまでいっても子ども向けの域を出ないものだ。バイオレンスの表現もほぼない。悪役で出てきたら、物語が終わるまで悪役のままだ。物語に深みや奥行きがそれほどあるわけではない。ただ、キャラクター商品として売り出すのであれば、ミッキーマウス、ドナルドダックのように単純な性格にしておいた方が汎用性が高い。善と悪の両方を兼ねるような大人びたアニメの主人公だと、ぬいぐるみや人形は作りづらい。
それがアニメ業界、キャラクター業界の世界共通の考え方だったのが、1980年代後半からヨーロッパ、特にフランスで日本のアニメが受け入れられるようになり、世界のアニメ地図が変わっていった。
清水は変わる瞬間を見ていた。
「変化はフランスからだと思う。『キャプテン翼』『グレンダイザー』『キャプテンハーロック』といったものが出て、フランスやイタリアの少年たちが日本アニメとディズニーアニメは違うものだと認識したんです。日本アニメはディズニーのような真面目で心優しいキャラクターたちが出てくるだけのアニメではなく、サッカーやったり、ロボット同士が戦ったり……。少年たちはそういうものを面白がるんですよ。少女たちは『キャンディ キャンディ』『セーラームーン』を見てディズニーとは違う種類のアニメだと知った。そして、『ドラゴンボール』と『ワンピース』が日本アニメのファンを増やした。
他社だと『ポケモン』もそうです。全部、当たりました。そして、どれもこれもゲームになるんです」
■「アニメでひとつの世界になりつつある」
「フランスから始まって中東、アジア、南米がアニメでひとつの世界になりつつある。アメリカも変わってきました。アニメを通して日本が好きという人が出てきています。
中国でも日本アニメは人気ですよ。でも、『ゲゲゲの鬼太郎』のような妖怪ものはダメなんです。ダメというか、妖怪やお化けを中国の人は受け入れてくれない。だが、『一休さん』は大人気です。中国からはパンダと一休さんが共演するアニメを作ってくれってオファーがありました。
日本アニメが進出していないのは世界でもアフリカの一部くらいです。今はウクライナとロシアだって日本のアニメを見ていますから。フランス、イタリア、スペインといったラテン系の国は日本アニメを見ます。ドイツとイギリスはそれほどでもない。オタクはいるけれど、アニメ好きではないんですね。なんといってもフランスがいちばんです。水木しげるさんの戦記もののマンガがアングレーム国際漫画祭で最優秀コミック賞を獲った(2007年)。あんな地味なマンガでもフランス人は評価する。フランス人は日本人と非常に感性が近いんでしょう。
世界が注目しているのはアニメのなかの日本文化です。それも歌舞伎や相撲じゃありません。普通の生活です。今だと中学高校生活が注目されている。日本の中学生、高校生は制服を着て学園生活を楽しんでいる。しかも、小さな頃から子どもがひとりで電車に乗って通学している。ヨーロッパは親が学校に連れて行くのに、日本では子どもがひとりで行ける。そういうものを見てるんです。日本アニメは海外にない日本の生活を視覚化したことで、世界の人たちにウケているんです」

----------

野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。

----------

(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
編集部おすすめ