なぜ大腸がんになる日本人が増えているのか。昭和医科大学の工藤進英特任教授は「食生活が欧米化したことを要因とする調査結果はたくさんあるが、実はほかにも要因がありそうだ」という――。
(第2回/全2回)
※本稿は、工藤進英『大腸がんで死んではいけない 「神の手」ドクターが教える最新治療法』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■大腸のなかでも、がんができやすい場所
人体では毎日約3000カ所でがんが発生しており、その多くが大腸で発生しています。しかし、身体に備わる強力な免疫機能ががんを攻撃し、消滅させることで健康は保たれています。その免疫機能の力が失われたとき、生き残ったがんが増殖を始めます。
がんができる場所は、便が貯留する直腸が33.35%、S状結腸が30.15%、その他が36.5%です。上行結腸、横行結腸、下行結腸にがんが増える傾向にありますが、大腸がんが最もできやすいのは直腸とS状結腸であることに変わりはありません。
昭和医科大学横浜市北部病院消化器センターでこれまで検査・診断した大腸がんの部位別発生数を図表1にまとめました。一般に「大腸がん」とひとくくりにされますが、直腸やS状結腸での発生数が多いことが分かります。陥凹(かんおう)型早期大腸がんも、直腸やS状結腸に多く見られることが分かっています。
■転移のスピードが速い「陥凹型大腸がん」
大腸がんのほとんどは、粘膜にある吸収上皮細胞から発生する「腺(せん)がん」です。大腸内視鏡検査では、この粘膜を短時間に念入りに観察します。
陥凹型早期大腸がんは、発がん刺激を受けた正常粘膜からポリープを経由せずに発生します。
小さくても転移のスピードが非常に速く、非常に危険ながんです。粘膜の表面から発生したがんは、大腸の壁に侵入して粘膜下層から筋層へと広がり、進行するにつれてリンパ節や肝臓、肺などのほかの臓器に早期に転移していきます。
陥凹型がんは圧倒的に直腸、S状結腸に発生するのです。大腸進行がんは直腸やS状結腸に発生しますが、これは陥凹型の発生部位とほぼ同じです。つまり、大腸がんの発生部位と陥凹型がんの発生部位はほぼ一致するのです。これは、陥凹型がんが進行大腸がんの前駆病変であることを証明しています。
■6メートルもある小腸にがんが少ない理由
不思議なのは、胃で消化された食物を吸収する役割を持つ小腸(空腸と回腸)にがんが発生するのは、非常に稀だということです。
私がセンター長を務める昭和医科大学横浜市北部病院消化器センターでは年間500人を超える大腸がんの患者さんを治療しますが、小腸がんは数例にすぎません。小腸がんは、それほど少ないのです。
大腸(腸管)の長さが1.5~2メートルなのに対し、小腸は約6~7メートルもあります。広げるとテニスコート1面と同じくらいの面積になる大きな臓器なのに、なぜここにがんが発生しないのでしょうか。
理由はまだよく解明されていませんが、小腸は消化吸収の主戦場で、いわば“働きすぎ”のため、大腸細胞と比べて細胞のターンオーバー(新陳代謝)が速く、つまり細胞が生まれてから死ぬまでの期間が3~7日以内と短いため、がん細胞が発生する前に細胞が死に、がんになる時間がないからなどと推測されています。

小腸の内視鏡検査はとても時間がかかりますが、幸い小腸がんの発生頻度が極めて少ないので、検査件数も多くありません。
■医学会の定説は「食生活の欧米化」だが…
日本人に大腸がんが増加したのには一体どのような理由があるのでしょうか。
残念ながら原因(背景因子)は特定されていませんが、医学界の定説では食生活の変化、特に米や食物繊維摂取量が減少した代わりに、動物性食品(高脂肪・高カロリーの肉や牛乳、乳製品など)の摂取量が増加したことが大きいとされています。食生活の変化を要因とする調査結果は、各種研究の中でも最も有力なものです。
とはいえ、これだけだと説明のつかない点もあります。がんの死亡率には、地域差があるからです。青森県・岩手県・秋田県の北東北3県はかつての大腸がん死亡者数のワースト県ですが、ほかの県と比べて食生活が極端に欧米化しているかというと、別にそんなわけではありません。
■東北3県で大腸がん患者数が多い要因
大腸がんが増えた主な要因の一つとして、私は運動不足があると考えています。北東北3県に住む人々は公共交通機関が少ないため、移動手段を主に車に頼っています。
大都市と町村部で男女の一日の歩数を調査したところ、大都市圏では男性は7494歩、女性は6767歩との報告でした。比して町村部では、それぞれ700~800歩少ないというデータも出ています(第63巻『日本公衛誌』第9号)。
町村部は車社会のため、運動不足になることが大腸がんの罹患者を増やしているとも考えられます。
特に豪雪地帯に暮らす人々は冬の間、家にこもらざるを得ません。運動不足は肥満やメタボリック症候群、糖尿病などの原因になり、大腸がんとは浅からぬ関係があるはずです。
身体活動量と大腸がん罹患との関連についての多目的コホート研究(厚生労働省)では、男性は身体活動量を増やすことにより大腸がん、特に結腸がんリスクが低下する傾向が見られました。
身体活動量を増加させることにより、高インスリン血症や肥満の予防、免疫力の増強のほか、腸管蠕動(ぜんどう)の促進による便中発がん物質の腸内曝露(ばくろ)時間の短縮などがそのメカニズムとして推察されています。
適度の運動は大腸がんに限らず、あらゆる病気の予防に効果的なのは間違いありません。心の健康にも効果がありますから、積極的に身体を動かしましょう。
■95%以上の大腸がんを発見できる検査
大腸の内視鏡検査は、大腸がんを発見できる確率が最も高い検査です。早期がんも含めると、95%以上の大腸がんを発見できるとされています。
日本では「任意型検診」である大腸内視鏡検査を、便潜血反応検査(検便)と同じ「対策型検診」(集団全体の死亡率減少を目的として実施する公共的な予防対策)にして、誰もがもっと気軽に検診を受けられるように制度を変えていくべきだと思います。
それには、知識と技術を持った内視鏡医や、設備が整った医療機関が今の10倍は必要になると思います。しかし、大腸がんで命を落とす人を減らすには、その道しかありません。
■日本の内視鏡検査は世界トップレベル
読者の皆さんに私が声を大にしてお伝えしたいのは、日本の大腸内視鏡技術、診断学は世界トップレベルにあり、拡大内視鏡の精度やテクノロジーでは世界をリードしているということです。
倍率520倍の超拡大内視鏡の開発といった内視鏡機器自体の改良など、大腸がんに対する内視鏡検査の大きな前進に、私もいささか寄与してきました。
米国では大腸内視鏡検査が社会に浸透していますが、陥凹型がんの認知度は低く、まだ実物を見たことがない、見つけたことがないという医師や研究者がほとんどです。大腸内の病変に青い色素を散布して凹凸を強調させ、腫瘍の性質や深達度、範囲をより正確に診断する「色素内視鏡検査」は日本では一般的ですが、米国では行われていません。
だからこそ、日本の皆さんには安心して大腸内視鏡検査をもっと受けてほしいのです。身近に最先端の機器や技術があるのですから。このままでは、まさに宝の持ち腐れになってしまいます。
■秋田県女性の大腸がん死亡率が改善したワケ
私の故郷、秋田県は大腸がんの死亡率が高く、秋田県民としては不名誉な事態が続いていました。第1回で女性は大腸がんの死亡者数が増えているとお話ししましたが、秋田県の女性に焦点を当てると、2000年は死亡率全国2位でした。ところが、13年は23位、17年は35位と、顕著な改善が見られたのです。
この背景には、秋田県の医療関係者の努力が関係していると断言できます。
私は、秋田県の大腸がん死亡率低下の役に立ちたいと「大腸がん撲滅キャンペーン」を立ち上げ、県内の政財界、マスコミ、市民の協力を得て08年、秋田市内に秋田胃腸クリニック(現・工藤胃腸内科クリニック)を設立。昭和医科大学横浜市北部病院消化器センターとの連携も進め、専門医の恒常的な派遣も実現しました。

私は昼夜を問わず、県内各地で大腸内視鏡検査・治療を行いました。秋田赤十字病院時代を含めて検査・治療をした県民は、相当数になります。一人でも多くの人に内視鏡検査を受けてもらいたいと、私は100回以上の市民講座も含めた講演会の開催や新聞原稿執筆、テレビ出演などを行ってきました。
■「秋田スタディ」で検査をさらに普及
昭和医科大学横浜市北部病院消化器センターから、秋田県仙北市にある市立角館総合病院などへ長期駐在の医師を派遣し、仙北市や大仙市を対象に、大腸内視鏡による検診事業・大腸がんの内視鏡診療のための研究も進めました。
こうした活動は、大腸内視鏡検査をさらに普及させていくための「Akita study(秋田スタディ)」と呼ばれるもので、総務省が研究費を支援しています。本研究は目標参加者数の約1万人を達成しています。死亡率の最終結果については今後、報告できる見込みです。世界最大の研究結果となることでしょう。
内視鏡による大腸がん早期発見を進める一念で精力的に活動を続けた結果、秋田県は東北他県と比較して多くの熟練医師による内視鏡検査・診断が普及し、治療法が進化したと自負しています。
■医療側も体制を整えることが重要だ
秋田県の事例から見えてくるのは、大腸がん撲滅のためにはまず何よりも、内視鏡検診をより強力に広めることです。そして、早期のうちに大腸がんを発見し、内視鏡治療を行うこと。内視鏡検診を一人でも多くの人に受けてもらい、医療側もその体制を整えることの重要さです。

私が秋田県で行ってきた講演会の聴講者の7割近くは、女性でした。青森県や他県と比較して秋田県の女性の大腸内視鏡検査件数が増加していることは、女性の大腸がん死亡率が低下した要因になったと考えています。
秋田県の女性のみならず、日本や世界で大腸がんの死亡率が下がるようこれからも努力を続けるとともに、“秋田モデル”を国内外で増やすことを目指していきます。

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工藤 進英(くどう・しんえい)

昭和医科大学横浜市北部病院消化器センター長、同大医学部特任教授

1947年、秋田県生まれ。1973年、新潟大学医学部卒業後、同大外科に勤務。1985年、秋田赤十字病院外科に赴任、外科部長を務める。その間、大腸内視鏡検査・治療に取り組む。同年、世界で初めて陥凹型大腸がんを多数発見。現在は、臨床医として検査治療のかたわら、遺伝子診断の研究にも取り組む。東京内視鏡クリニック、工藤胃腸内科クリニック、大阪内視鏡クリニックなどで特別顧問を務める。 

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(昭和医科大学横浜市北部病院消化器センター長、同大医学部特任教授 工藤 進英)
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