■老後の医療費は実際どれくらいかかるのか
お金に関する不安の第1位は老後資金という調査結果があります。特に、医療費が高額になるのではと不安に感じ、民間の保険に入られている人も多いのではないでしょうか。
筆者は現在40代後半ですが、民間の医療保険には一切加入していません。一般的に「高齢期には医療費がかかる」と言われていますが、実際の自己負担額を知ると、わざわざ民間の保険などに加入して準備する必要がないと考えたからです。
では、高齢期における医療費は実際にはどのくらいかかるのでしょうか。本記事では、負担の実態と、民間医療保険の必要性について解説していきます。
次の図表1は、厚生労働省「2022年度 医療給付実態調査」をもとに、75歳以上の方が加入する後期高齢者医療制度での疾病分類別の平均診療日数と診療費(10割相当)の平均を確認したものです。
入院した場合、入院しなかった場合(入院外)に分かれていますが、例えば、いわゆるがんを含む「II 新生物<腫瘍>」は1件あたりの平均入院日数が12.1日、診療費の平均が68万7408円と確認できます。
疾病分類ごとに日数や診療費は異なりますが、入院の場合、17日程度、診療費は高くても70万円程度です。この診療費はいわゆる10割相当です。後期高齢者の場合、多くの方は1割負担となります。さらに高額療養費制度の自己負担限度額(1カ月あたり)は、1割負担の方であれば1万5000~5万7600円ですから、自己負担額は限定的と言えます(詳細は後述します)。
一方、入院外の場合、日数は1カ月あたり1.5日程度で、診療費(10割相当)は数万円程度です。
■自己負担額は月に1万3000円程度
1回あたりの自己負担額がある程度抑えられるとは言え、長期的にはどのくらいの医療費を覚悟しておけばよいのでしょうか。次の図表2は年齢階級別の医療費、保険料、自己負担額(いずれも年額、万円)を示しています。
医療費は高齢になるほど増加し、85~89歳で年間100万円を超えてきます。これを見ると確かに、高齢期に医療費がかかっているというのは間違いありません。
しかし、家計として負担する金額に注目すると印象は大きく変わります。後期高齢者となる75歳以上では、保険料(年額)は4.6~8.9万円、自己負担額(年額)が7~9万円ですから、合計(年額)しても100歳以降まで年間16万円以内です。
実際に発生する医療費は年間100万円を超えていますが、保険料と診療を受けた際の自己負担額の合計は年間16万円程度、つまり月額では1万3000円程度です。このくらいであれば、毎月の支出として管理できる金額と言えるのではないでしょうか。
後期高齢者の医療費の自己負担額は年額7~9万円と低いわけですが、これは自己負担割合が原則1割と低いことが要因でしょう。
現役並み所得のある方や、一定以上の所得がある方は3割負担もしくは2割負担ですが、一般的な所得の方や住民税非課税世帯の方は1割負担です。現役世代の3割負担と比べると3分の1ですから、負担はかなり軽減されています。
■がんで入院したらいくら必要なのか
75歳以上の後期高齢者は自己負担割合が1割と低いことに加えて、現役世代同様、高額療養費制度もありますので負担総額は限定的です。
高額療養費制度は1カ月あたりの医療費が高額になった場合に、自己負担額に上限を設定し、それ以上は負担しなくてよい仕組みです。
現在は令和7年9月診療分までの外来医療の負担軽減措置(配慮措置)があるのですが、この措置終了後の令和7年10月以降における1カ月の自己負担限度額は次の図表3になっています(配慮措置は2割負担の方のみ影響があります)。
例えば、冒頭でがんを含む「II 新生物<腫瘍>」の入院1件あたりの平均診療費が約69万円というデータを確認しましたが、この場合の自己負担額を確認してみましょう。
上記の表で自己負担割合が2割もしくは1割(一般I)の場合、入院時の自己負担限度額は5万7600円〔外来+入院(世帯ごと)〕ですから、1カ月あたりの医療費の自己負担額は5万7600円となります。自己負担割合が2割もしくは1割の場合、上限金額は一律に決められていますから、診療費がいくらかかろうと自己負担は上限金額以下となります。
■入院にかかる諸経費は別
一方、自己負担割合が3割の人の場合、自己負担限度額の計算式に「10割分の医療費」が入っているため、医療費に応じて自己負担額も上昇します。「現役並み所得I(課税所得145万円以上)」の人が、1カ月で「10割分の医療費」が200万円の診療を受けた場合、自己負担額は上の表にある式に従って計算すると
8万100円+(10割分の医療費-26万7000円)×1%
=8万0100円+(200万円-26万7000円)×1%
=9万7430円
となります。5万7600円と比べれば高くはなるものの、現役並み所得があるのであれば、無理な金額ではないでしょう。
ここで1つご留意いただきたい点があります。それは高額療養費制度の対象はあくまで医療費であるということです。個室などを希望した場合の差額ベッド代、入院時の衣類代、見舞い時の家族の交通費などは医療費に該当しませんので、ご自身で負担することになります。
後期高齢者医療制度の自己負担割合は1割から3割までありますが、それぞれどのくらいの人が該当しているのでしょうか。具体例として、東京都および沖縄県の後期高齢者医療制度の被保険者について確認すると、次の図表4のようになっています。
■繰り下げ受給の人は要注意
いずれも1割負担の人が最も多く、東京都では62.2%、沖縄県では74.6%です。高額療養費制度の限度額が1割負担(一般I)と同じになる2割負担の人まで含めると85~90%となります。
ここでは東京都と沖縄県のみで全都道府県について調べたわけではありませんが、一般的な所得の人であれば、後期高齢者になったからといって医療費の自己負担額が高額になって支払いできなくなるといった可能性は低いと言えるのではないでしょうか。
3割負担に該当するのは課税所得145万円以上(課税所得は住民税納税通知書で「課税標準」や「課税される所得金額」などと記載されている金額です)ですが、年金収入に換算するとどのくらいになるのでしょうか。
収入が公的年金だけの場合、課税所得145万円に住民税の基礎控除43万円、公的年金等控除110万円を足しもどすと、3割負担に該当するには、少なくとも公的年金収入として298万円以上が必要になります(より正確には社会保険料控除等もあるためもう少し高くなります)。
公的年金の金額は現役時代の年収に応じて決まりますが(厚生年金の場合)、一般的な方であればこの金額を上回ることはないでしょう。
ただし、公的年金は受給開始時期を繰り下げて増額することが可能です。受給開始の原則は65歳ですが、70歳受給開始なら42%、75歳受給開始なら84%、それぞれ増額されますので、年金収入が大幅にアップします。繰り下げ受給を検討されている場合には課税所得金額がいくらになるか確認しておくことをおすすめします。
■最も割安な健康保険とは
ここまで見てきた通り、高齢期における医療費は高額になる傾向があるものの、公的医療保険制度のもとでは、実際の自己負担額は保険料と併せても年間16万円程度です。
例えば、民間の医療保険に加入して毎月数千円の保険料を支払っていたとしても、入院時に1日あたり5000円を受け取れる保険の場合、受け取れるのは10日間の入院で5万円、20日間でも10万円です。
本来、保険がその力を発揮するのは子育て世帯における死亡保障など、発生してしまったら大きな経済的な負担が発生するリスクです。5万円、10万円といった金額であれば、年金収入や手元の資産から必要な時に払っていけばよいのではないでしょうか。
冒頭でも話しましたが、筆者は民間の医療保険には一切加入していません。前職の会社員時代には、共済の医療保障に加入していました。しかし、ファイナンシャルプランナーとして独立し、高額療養費制度の存在を知ったため、毎月1000円程度の掛金ではありましたが必要性が低いと判断して解約しました。病気やケガで診療を受けたときは、高額療養費制度もあるため、その時に負担すれば困ることはないだろうと判断したからです。
民間の保険に加入しておくと「なんとなく安心できる」という感覚はよくわかります。しかし、日本は国民皆保険であり、最も割安な健康保険は国が運営している公的医療保険です。高齢期における医療費負担の実態も念頭に置きながら、保険は本当に必要不可欠なものを取捨選択して加入していただければと思います。
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横田 健一(よこた・けんいち)
ファイナンシャルプランナー
1976年生まれ。
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(ファイナンシャルプランナー 横田 健一)