人と人との距離感はどのくらいが適切か。心療内科医の鈴木裕介さんは「どのくらいの親密さが自分にとって快適と感じるのかを示す『愛着スタイル』は、『安定型』『回避型(愛着軽視型)』『不安型(愛着不安型)』と大きく三つのパターンに分けられる。
重要なのは、それぞれのタイプや行動特性を持つ背景に、それぞれの正当な理由があると知ることだ」という――。
※本稿は、鈴木裕介『「心のHPがゼロになりそう」なときに読む本』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■どのくらいの親密さが自分にとって快適と感じるのか
【愛着スタイル】

“心の間合い”における「近接型・遠隔型」タイプ
先の記事では、「生きづらさを感じている人が当てはまりやすいタイプ」として、「うつになりやすい『真面目な英雄』タイプ」について解説しました。
本稿では、続いて上記の「愛着スタイル」について紹介していきます。
これはイギリスの精神科医、ジョン・ボウルビィ氏が提唱したもので、周囲の人たちとどんなつながり方を望むか、どのくらいの親密さが自分にとって快適と感じるのかを左右する傾向のことです。
言うならば、「心の間合い」のようなもの。
ゲームでも、使うキャラによって得意な間合いが違います。ナイフ使いや格闘家のように超接近戦が得意なキャラもいれば、弓矢や銃の使い手のように遠距離戦のほうが得意なキャラもいる。
弓使いが敵からの間合いを詰められると困ってしまうように、自分が相手とどのくらいの心の距離感を保っていたいかは、人によって違います。
■対人関係が非常に不安定になるタイプ
愛着スタイルは主に、幼少期の養育者との関わり方によって形成されますが、それ以降の対人関係の出来事(いじめやトラウマ、人生を変えるような人との出会いなど)によっても変化し、パートナーなどとの親密な人間関係の築き方に大きく影響します。愛着スタイルは、大きく次の三つのパターンに分けられます。
①安定型
他人と仲良くなり、頼ったり頼られたりする関係を築くことに抵抗がないタイプです。
基本的に性善説に基づいて人を信頼できる大人であり、情緒も安定しています。「自分のせい」と「相手のせい」をしっかり切り分けた、健全な境界線を持った人間関係を結びやすい傾向にあります。
養育者(主に母親、または母親的役割を持つ人)から、常に安定して情緒的なケアが供給され、失敗しても受容的であたたかい関わりを持たれながら育った人は安定型になるといわれています。
②不安型(愛着不安型)
常に相手から見捨てられるのではないかという不安を持っていて、いつも周囲に気を遣い、相手の反応に敏感になりがちなタイプです。
親密さを求めますが、拒絶されることを極端に恐れるため、パートナーとなった相手には強い依存心を持つ傾向があります。不安ゆえに束縛や支配、相手の愛情を試す行為をしてしまったり、関係がうまくいかないのは自分のせいだと考えがちです。
また、好意的な振る舞いをしてきた相手を理想化しやすく、すぐに「恋愛モード」に入りやすいという特徴もあります。
養育者の態度が過干渉だったり、優しくされる時もあれば冷たくされる時もあるといった一貫性のない態度で育てられると不安型になるといわれています。
③回避型(愛着軽視型)
人との積極的な交流を避け、ベタベタせず、距離を置いた対人関係を好む一匹狼タイプ。他人のことを基本的に「脅威」だと考えており、人間関係で起きる葛藤を事前に避け、遠ざけたいと考える傾向にあります。
人との交流で得られる「つながり感」や「あたたかさ」に対する意識が希薄で、ホームドラマのような絆の物語には、いまひとつピンときていないことが多いです。
つらいことがあっても助けを求めたり、相談したりすることをあまりしません。
パートナーとの関係も、愛情はあるものの「薄い」ことが多く、距離感を保った関係を理想だと考えています。
養育者自体がいなかったり、いたとしてもあまり気にかけてもらえず、情緒的なやりとりに乏しい環境で育つと回避型になるといわれています。
さらに、②の不安型と③の回避型の特徴をあわせ持った「恐れ・回避型」タイプの人もいます。「見捨てられたくない」「周囲の人の反応に敏感」、しかし「親密な関係は怖くて面倒」「対人関係を避けて一人でいたい」というように、一見矛盾する二つのタイプを同時に抱えているため、対人関係が非常に不安定なものになります。
■「親密ニーズ」の違いが、ひずみを生む
不安型や回避型のような不安定な愛着スタイルに当てはまる人は、安定型に比べてストレスに弱く、心身の不調をきたしやすくなり、生きづらさを抱えやすいことが知られています。対人関係の過敏性や、先に説明したメランコリー親和型性格の特徴が、こうした愛着スタイルの影響を受けていることも少なくありません。
各タイプが理想とする人間関係は、次のイラストのように表すことができます。
不安型は、「一体化したい」と思うくらいまでに、親密な依存関係を望みます。こうした関係は、一体化している時の高揚感が激しい一方で、もし破綻した場合には自分の半分以上が奪われるような苦しみが生じます。
対して回避型は、一つの人間関係にあまり執着をしません。助けを求められたり、弱さを開示されたりすることに窮屈さを感じ、離れたくなってしまいます。責任や深いコミット(関わり、約束)を求められる人間関係を結ぶことに消極的で、「孤独な旅人」のような生き方を好みます。

決して愛情や思いやりがないわけではなく、それが「薄い」ことに対して、「自分は冷酷なのではないか」「みんなが手放しで肯定する愛情や絆というものを、無条件に肯定できない自分という存在がおかしいのではないか」といった、自己否定的な苦悩を人知れず抱えている方も少なくありません。
また、相手とどれほど仲良くなりたいかという欲求を「親密ニーズ」と呼びます。回避型と不安型の「親密ニーズ」の違いが最も激しく、折り合いをつけるのに苦労をします。恋愛であれば、お互いにとって最も苦痛のある組み合わせとなるわけです。
■これだけで「余計なトラブル」を回避可能
愛着スタイルが不安定だと言っても、それが病気ということではありません。安定型が他のタイプよりも「生きやすい」のは確かですが、だからといって安定型だけが「いいもの」「目指すべきもの」だと言いたいわけではありません。
自分のタイプを知っていれば、予測可能なトラブルを避け、生活の質を高めることにつながるのです。
重要なのは、それぞれのタイプや行動特性を持つ背景に、それぞれの正当な理由があると知ることです。子ども時代の環境は誰にも選べませんが、生まれた環境にうまく適応するため、それぞれの愛着スタイルが生じることは自然なことなので、「誰かが悪い」ということではありません。
ただ、この愛着スタイルの違いは、人間関係において非常に大きな影響を及ぼします。とりわけ、すでに述べた通り、パートナーシップのような親密な人間関係をつくっていく際に問題が生じやすいことは知っておきましょう。
そして、それぞれが理想とする関係のあり方や、親密ニーズが違うという事実を理解したうえで、どのように対処し折り合いをつけて、お互いによりよい関係を育てていくかがカギになってきます。

■『ジョジョの奇妙な冒険』に学ぶ「理想の人間関係」
愛着スタイルは、後天的な関わりによって変化することがあります。
「約4年間で、約30%の人の愛着スタイルが変化する」という研究結果も報告されており、お互いのスタイルに影響を受けながら変わっていくものです。
安定した生育環境ではなかったものの、その後の生き方や出会いによって、生きづらさから脱却した人もいます。
カギは、「お手本となる人間関係」です。
ここで、私も大好きな漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第5部の主人公、ジョルノ・ジョバァーナの幼少期のエピソードを紹介します。
母親に育児放棄され、愛されることを知らないまま育ったジョルノ。
さらに母の再婚相手のイタリア人義父から受けた暴力のせいで、人の顔色をうかがう癖がついてしまい、町中の人からいじめられるようになってしまいます。ジョルノは、自分を「この世のカス」だと思い込み、心のねじ曲がった人間になりかけていました。
しかし、そんなジョルノに転機が訪れます。
ある日の下校中、彼は壁の陰に血だらけの男が倒れているのを発見します。その男は、ごろつきたちから命を狙われていました。ジョルノはごろつきに男の行方を尋ねられますが、「自分と同じようにひとりぼっちで寂しそう」だと共感したため、嘘をつき、その男を匿ったのです。

しばらくして、ジョルノの目の前にあの日の男が現れます。
男は「君がしてくれたことは決して忘れない」と一言礼を言い、立ち去りました。
それ以降、義父はジョルノを殴らなくなっただけでなく、自分をいじめていた町の悪ガキたちが優しくなり映画館で席を譲ってくれるように――。
実は、ジョルノが助けたその男はギャングの大物であり、命を助けられた恩義に報いて、ジョルノを陰から見守ってくれる存在となっていたのです。
■人を傷つけるのも人だけど、癒してくれるのも結局は人
「この世のカス」だと思っていた自分に対し、一人の人間として敬意を示してくれたギャング。その存在によってジョルノの心は真っ直ぐに変わり、イジけた目つきもしなくなりました。
ジョルノは、「人を信じる」という当たり前のことを、両親からではなく、悪事を働き法律をやぶるギャングから学んだのです。
“こうして「ジョルノ・ジョバァーナ」はセリエAのスター選手にあこがれるよりも……『ギャング・スター』にあこがれるようになったのだ!”
ジョルノのエピソードはこう締めくくられます。
これはまさに、愛着スタイルや対人関係の本質を突いていると思います。
件(くだん)のギャングはジョルノのことを助ける一方で、決して「ギャングの世界に踏み込ませない」というルールを自分に課していました。
感謝の念を示しつつも、相手に執着や依存をせず、他者としてのリスペクトと境界線を保ったうえで、一人の人間として健全に接する大人との触れ合いは、ジョルノにとってまさに「教科書のような人間関係」であったろうと思います。
このように、たとえ養育者との関係が健全なものでなかったとしても、「自分を一人の人間として尊重してくれる人」がたった一人でもいれば、その人との交流を経て、人間関係のつくり方は大きく変わります。

作家の故・小池一夫(こいけかずお)先生の言葉を借りれば、「人を傷つけるのも人だけど、癒してくれるのも結局は人」なのです。
人生を変えるような「信頼できる人」を見出すことは、困難極まりないことかもしれません。言ってしまえば、ほとんど運です。
それでも、「すべての人間に絶望しない」というのは、とても大切だと思います。
たとえ失敗があっても、その学びから「信頼すべき人物像」「信頼すべきではない人物像」を頭の中に少しずつ組み立てていくことで、そうした人と出会う可能性は確実に高まります。

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鈴木 裕介(すずき・ゆうすけ)

内科医・心療内科医・産業医

2008年高知大学卒。内科医として高知県内の病院に勤務後、一般社団法人高知医療再生機構にて医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。2015年よりハイズ株式会社に参画、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善に従事。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原内科saveクリニックを高知時代の仲間と共に開業、院長に就任。著書に『我慢して生きるほど人生は長くない』(アスコム)などがある。

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(内科医・心療内科医・産業医 鈴木 裕介)
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