■市場規模約7兆円の「谷子経済」とは
日本だけでなく、中国の若者の間でも日本発のキャラクター「ちいかわ」が大人気となっている。
中国ではここ数年、「谷子(グーズ)経済」(グッズ経済という意味の新語であり造語)が注目を集めている。
中国の市場調査会社「アイリサーチ」によれば、その市場規模は2024年に約1690億元(約3兆6000億円)、2029年には約3090億元(約6兆6700億円)に到達すると言われる。近年はIP(知的財産)自体も注目を集めているが、そんななか、なぜ「ちいかわ」は中国の若者の心を捉えたのだろうか。
筆者は今年6月、上海を訪れた。その際、いくつかのショッピングモールを見て歩いたのだが、目を引いたのは日本や中国のキャラクターグッズだった。中国政府も後押しし、世界的人気となっている中国発のPOP MARTのキャラクター「ラブブ」なども見かけたが、大手生活雑貨チェーン「名創優品」(MINISO)の店舗にある「ちいかわ」グッズに群がっている10代~20代前半くらいの女の子たちに目が留まった。
■上海では3日間で1億6000万円の売り上げ
「名創優品」は「ちいかわ」とコラボしたぬいぐるみなどのキャラクター商品を多数扱っており、国内外にある約7000店舗で販売している。昨年は北京や上海の一部のモールで期間限定のポップアップストアをオープン、その際、上海ではわずか3日間で800万元(約1億6000万円)の売り上げを記録、顧客の平均単価は約1000元(約2万円)だったことが現地で話題になった。
「名創優品」は24年の売上高が約170億元(約3400億円)と前年比約23%増となっており、不況が続く中国ではかなり好調といえるが、「ちいかわ」もその好調を後押ししている一つだといえる。筆者もメディアの情報で見て知ってはいたものの、中国の女の子たちが目を輝かせている様子を見て、「やはり、中国でもこれほど人気なのか」と実感させられた。
■誕生は5年前、ハッピーセット「転売」が話題に
すでに日本ではすっかり知名度が上がっている「ちいかわ」は2020年、イラストレーター・漫画家のナガノ氏が旧ツイッター(現X)で発表を始めた作品だ。「小さくてかわいいやつ」の略で、主人公のちいかわと仲間のハチワレ、うさぎを中心に、ほのぼのとした日常の一コマを描いている。
かわいいイラストの魅力はもちろんだが、ときに検定試験を受けたり、日雇い労働をしたり、それほど生活が豊かでないなど、単に「ほのぼの」としているだけでなく、困難を乗り越えたり、努力したりするというリアルな場面もある。

日本では単行本が累計で100万部を超えたほか、アニメやスマホゲーム、大手メーカーの商品などともコラボしている。今年5月にはマクドナルドで期間限定のハッピーセット「ちいかわ」が発売された。あまりの人気で転売屋が買い占めを行ったことなどから、早々に発売を終了したことがニュースになったほどで、記憶にある人も多いだろう。
■2024年「中国(萌系)十大IP」に選ばれる
これほど人気となっている「ちいかわ」が中国でも話題になり始めたのは今から1年半ほど前の23年末頃。きっかけは中国の動画「Bilibili」やSNSの抖音(ドウイン)などで取り上げられ始めたことだ。SNSの発達により、ここ数年、中国には日本のニュースやトレンドがほとんど時差なく伝わるようになっているが、「ちいかわ」もその一つだ。「日本で人気のキャラクター」として紹介されて、瞬く間に知名度が上がった。
日本から中国に広まって人気が出たものといえば、2018年頃に流行したアプリゲームの「旅かえる」や、「シルバニアファミリー」などがあるが、「ちいかわ」はSNSとリアル店舗の両方で話題をさらっている。中国語で「ちいかわ」は「吉伊卡哇」、ハチワレは「小八」と書くが、日本語をそのままローマ字にして「chiikawa」と表記することも多い。
中国では今年、SNSのウィーチャット(微信)に初めてスタンプが登場、ウェイボー(微博)の公式アカウントのフォロワーは50万人を超え、「ちいかわ」ファンのインフルエンサーも発信している。中国版フリマアプリの「閑魚」(シエンユー)にも、「ちいかわ」グッズが大量に出品されている。2024年の「中国(萌系)十大IP」の一つにも選ばれ、その勢いはとどまるところを知らない。

■グッズ購入が日本旅行の「目的」に
そんな「ちいかわ」のどこに中国人は惹かれるのか。SNSには「見た目がコロコロしていてかわいい。やわらかそうなので触ってみたいと思って、日本旅行に行ったときにぬいぐるみを買った。今度、日本でも『chiikawa park』がオープンするので絶対に行きたい」「かわいいから好き。ちいかわを見ていると、嫌なことを忘れて癒される」「理由はとくにない。とにかく大好き」といったコメントが多い。
7月28日に東京・池袋のサンシャインシティアネックスにオープンする「ちいかわパーク」の情報も出回っており、この点に言及する人も多い。同パークでしか手に入らない限定グッズが約200点あることから、これを目当てに日本旅行をしたいといった声も目立つ。
今年6月、訪日外国人客数で、中国は単月の国・地域別ランキングで韓国を超えて1位になったが、夏休みシーズンにはさらに「ちいかわ」など日本のキャラクターを目指して、若者を中心に来日するモチベーションにつながるかもしれない。
■都市部の若者の間で進む「オタク化」
筆者の友人は中国の大学で日本語を教えているが、大学生の間でも「ちいかわ」の人気は「ものすごい」と話しており、先日帰省で日本に戻ってきた際は、教え子への土産話として「ちいかわ」グッズを視察すると話していたほどだ。
人気が集中しているのは、中国のZ世代をはじめ、00后(リンリンホー=2000年代生まれ)や05后(リンウーホー=2005年以降の生まれ)の若者たちだ。SNSが発達したいま、中国で沿海部と内陸部の若者の情報格差はほとんどない。

ただ、都市部の場合はとくに一人っ子が多く、経済的に豊かに育っており、「かわいいもの」「愛らしいもの」が大好きで、オタク化が進んでいる。性格は比較的おとなしく、ひ弱という特徴がある。日本の若者のように、キャラクターのぬいぐるみをカバンにつけて通学したり、自宅のベッドの脇にぬいぐるみを置いたりして楽しんでいる。
筆者が上海を訪れたときに会った友人には小学生の子どもがいるが、その上海在住の友人によると、人気が出た背景にはコロナ禍の影響も関係あるのではないかという。
■「ハローキティ」を上回る勢いのワケ
その友人は「コロナ禍で外出制限が長く続き、上海ディズニーランドにさえ簡単には行けなくなった。もともと中国の子どもは勉強漬けで、友人と遊ぶ時間はないが、コロナ禍でそれに拍車がかかった。授業もオンラインで行う期間が長びくなど、ストレスが発散できなかった子どもが多い。そんな最中に『ちいかわ』の情報がSNSで拡散されて、飛びついたのではないか。
日本発といえば女の子を中心に『ハローキティ』なども根強い人気があるが、上海などの都市部での最近の人気ぶりは『ハローキティ』を上回っているのでは、と感じるほど。『ちいかわ』はアニメでも見られて動きがあるし、スタンプも動いている姿があるので、静止画像よりもより身近に感じるようだ。それが癒しになったのではないか」と話す。
また、ここ数年、中国ではペットが大ブームで、都市部の一人暮らしの若者の間で人気となっている。
きょうだいがなく、結婚願望も少なくなった彼らにとってペットは家族の一員といえる存在だ。そんな若者にとっても「ちいかわ」のかわいらしさは心に刺さり、「ペットは飼えないけれど、『ちいかわ』はずっとそばに置ける。家族のような存在」と映っているようだ。

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中島 恵(なかじま・けい)

フリージャーナリスト

山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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