※本稿は、野尻哲史『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■退職後の資金はこうして引き出す
資産の引き出し方法について提案するようになって既に15年近く経ちました。
最初の頃、定額の引き出しの抱える収益率配列のリスク注)について話をしても、なかなか腹落ちしてもらえない感じでした。その後、それを克服する方法として「定率引き出し」という言葉を使って、「定額引き出し」との対比をするようにして少し浸透してきました。
最近では、定率引き出しの代わりに、「率」を意識した引き出しという表現を使うことが多くなりました。「定率引き出し」の課題として、引き出し続けるなかで残高が減っていくと、定率での引出額は次第に少なくなってしまうというご批判をいただくようになったためです。
「定額引き出し」のリスクが理解され、さらに「定率引き出し」の課題も議論されるようになったことは、資産の取り崩しが資産形成と同様にしっかりと向き合わなければならない考え方だと徐々に理解されてきた証拠ではないかと喜んでいます。
引出率を常に一定とする「定率引き出し」とは異なる、「率」を意識した引き出し方法として、例えば年齢、年代などによって引出率を変化させる引き出し方法も提案しています。
例えば、65~69歳は3.5%、70~74歳は4.0%、75~79歳は4.5%といった具合で、これはその年代の資産額が徐々に減っていくことを勘案して、引出額の安定を図るアイデアです。
3000万円で引出率3.5%なら年間105万円の引き出し、2500万円になったときに3.5%のままなら87.5万円になりますが、4.0%なら100万円ですから引出額を安定させるようにコントロールできます。
■引き出し率を決める3つのポイント
最近はさらに一歩進んで引出率はどれくらいにすべきかと聞かれることが多くなりました。
それを決めるためには3つのポイントが重要だと考えています。「運用資産の規模」、必要とする「年間引出額」、そして許容できる「運用リスク」の3点です。
引出率は、年間の「必要引出額」と「運用資産額」から想定します。
「必要引出額」は、例えば年金以外に月10万円が必要だとすれば年間120万円、15万円必要なら年間180万円と計算できます。
そして、「運用資産額」が3000万円であれば、年間引出額が120万円の場合、引出率は4%、年間引出額が180万円なら引出率は6%となります。しかし運用する資産が2000万円であれば、120万円は6%、180万円は9%の引出率になります。これが議論のスタートラインです。
注)「収益率配列のリスク」とは収益率の並び方が資産残高に影響するという考え方。運用しながら引き出す期間の「前半に収益率が相対的に低い時期が偏ると、定額引き出しの場合、想定以上に運用残高が既存することがある」という、資産残高に与えるリスクのことをいう。
■老後の生活費は減少するという誤解
この考え方を前提にまず生活のための「必要引出額」を考えるプロセスを紹介します。スタート地点は、現役時代の生活費を確認することです。
住宅ローンの完済でその負担が減ることはあるかもしれませんが、退職したからといって現役時代から劇的に生活費は減るものではありません。
現役時代は会社での交際費がかかるといった指摘もありますが、新型コロナ禍を経てそもそも現役時代の交際費はあまりかかっていないという人も多いのではないでしょうか。趣味や嗜好もそれほど変わりませんし、退職したらかえって趣味に力を入れる人が多いかもしれません。
現役時代の生活費から、税金の負担減くらいを見込んで大雑把に退職後の生活費を想定します。
そのうえで、受け取れる予定の公的年金はどれくらいかを見込めば、その不足分が見えてきます。
これが、原則として資産から引き出す資金だと考えます。
このほかに、よく指摘される家のリフォーム費用、旅行費用などが必要であれば、毎月の引き出す金額に少し余裕を持たせておくことで対応します。
■9%引き出しはやはり厳しい
原則として、毎年の引出額は、年に一度、運用資産から引き出して生活費口座に組み入れて、その1年間、自由に使っていくと考えますので、それぞれに使い方の頻度や時期は毎年設計できます。
この毎年の引出額と退職時点で保有している資産を使って、引出率を考えます。必要額から年金額を引いた資金額が大きくなれば引出率は高まることになりますし、保有する資産額が少なければ同じ引出額でも引出率が高まることになります。
ところで先ほどの例で挙げた9%の引出率となるとちょっと高いという感じがしませんか。
9%というと資産の1割に近いわけですから、この水準で数年繰り返すとあっという間に資産が半減してしまいます。これでは資産の枯渇する可能性が高くなります。
もちろん引き出すとともに残りの資産を運用していますから、一方的に資産が減っていくだけではありません。引き出しのスピードを考慮して資産運用を続けていくことで、それほど資産が減っていかないようにすることはできます。
■高い収益率は求めない
運用面では、次の2つのポイントを念頭に置いて、適切な引出率と運用収益率のバランスを考えるべきだと思います。
1つ目はできるだけリスクを下げた運用を心掛けることです。現役時代であれば、リターンの水準に目が行きますが、退職するとリスクの方が重要になります。
退職後に「率」を意識した引き出しを行うと、収益率のボラティリティ(変動幅、ブレの大きさ)が高い場合には毎年の引出額の変動が大きくなります。その場合、生活のコントロールが難しくなりますから、退職世代には避けたいパターンとなります。想定する収益率はリスク許容度から導き出すことが重要になります。
例えば引出率9%であれば、それと同じ年率9%で運用を続けることができれば、計算上、資産は減っていかないはずですが、9%の運用収益率はかなり高い水準だと思います。それに合わせてリスクの水準もかなり高くなってしまいます。
そのためもう少し期待収益率を引き下げることが必要になります。かといって引出率を9%のままにして、運用収益率を引き下げて、例えば3%にすると、計算上、資産は年間6.27%ずつと、かなり速いペースで減少していきますから、あまり現実的ではありません。引出率は運用収益率とのバランスで想定するという原則は曲げてはいけません。
■資産が減っていくことを恐れない
収益率と引出率のバランスの落としどころはどれくらいか、それがもうひとつの運用面のポイントです。
具体的には、収益率が引出率を少し下回るように設定することだと考えます。そもそも資産を取り崩して生活をするわけですから、「退職後は資産が減ることは当然、それをうまくコントロールすることが大切だ」という認識を持てばいいのです。引出率は収益率より少し高めに設定すべきです。
例えば、リスク許容度から収益率を3%程度に設定するべきだという結論に達したとすると、引出率はそれを少し上回る、4%とか、5%に設定するべきでしょう。
その場合、計算上の資産の減少率は、例えば、
1 引出率4%、運用収益率3%なら減少率は毎年1.12%(=0.96×1.03)
2 引出率5%、運用収益率3%なら減少率は毎年2.15%(=0.95×1.03)
3 引出率5%、運用収益率4%なら減少率は毎年1.20%(=0.95×1.04)
となります。
個人的には、減少率は1%台前半が望ましいと思いますので、①か③が適切なバランスだと思っています。
ちなみに、私がコラムや書籍などで言及している「3%運用、4%引き出し」の事例は、運用資産が3000万円であれば、年間引出額は120万円前後に、また計算上資産は①のように毎年平均で1.12%ずつ減少し、15年後の80歳時点では運用資産額は2534万円弱(=3000万円×0.9888の15乗)となる計算です。
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野尻 哲史(のじり・さとし)
フィンウェル研究所代表
1959年生まれ。
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(フィンウェル研究所代表 野尻 哲史)