■立体物に直接縫える“未来のミシン”
大阪・関西万博のヘルスケアパビリオンブース関西大学リボーンチャレンジで8月5日から1週間、トヨタ車体の特許技術を活用した「MIRAIミシン」が出展される。それは椅子などの立体物に当て、直接縫うことができるモバイル型で、製造する大阪市のミシンメーカー、アックスヤマザキは、社員19人の中小企業ながらターゲットを明確にしたミシンを次々と開発し、注目を集めてきた。
所有する家庭がすっかり珍しくなったミシンで、ヒット商品を連発するとはどういうことか。アックスヤマザキの挑戦から、ミシンが秘める潜在力を伝えたい。
2020年4月、緊急事態宣言で突然増えたおうち時間に、気分の安定にもつながる縫い物や編み物を楽しむ人が急増した。中でも、切実な動機で作られ始めたのが布マスク。それは、店頭のマスクが消えてしまったからだ。
折よく、同年3月末に発売したばかりの「子育てにちょうどいいミシン」を使ったマスクの作り方動画をインスタグラムで配信したのが、アックスヤマザキだった。フォロワーは1万人に急拡大し、商品はあっという間に底をついて3カ月待ちとなった。
その人気に引っ張られるように一般的な電動ミシンなど他商品もすべて売れ、4月中に在庫が空になってしまう。緊急事態宣言下だったが、「世の中のお役に立ちたい」、と従業員の合意のもと工場を休みなく稼働させたが、注文は増え続け在庫不足の解消には9カ月もかかったという。
その結果、同社は2020年に営業利益は前年比12.5倍の過去最高益を記録し、年商は前年比2.5倍の10億円、2021年も同程度だった。縫製機械工業会のデータによると、国内の家庭用ミシンの販売台数は、2020年は前年比約1.5倍もあったが、2024年には2019年の約半分にまで急減してしまっている。しかし、アックスヤマザキの場合、2019年よりは高い水準を保っている。
なぜ、今も同社のミシンが売れ続けているのか。その動きをたどれば、昔は家事や趣味の定番だった「縫う」行為の現在地が見えそうだ。
■NY近代美術館で1カ月で完売した理由
戦後、家庭用ミシンの需要は大きく伸びた。戦争で若い男性が減ったこともあり、1人で食べていくために洋裁を身につけようとする女性が急増したことに加え、既製服が広がる1970年代まで、女性用と子供用の洋服は手作りすることが一般的だったからだ。昭和時代は一家に1台が当たり前。ミシンがある前提で、手芸にハマる主婦や少女も多かった。
しかし既製服が普及し、仕事を持つ女性が多数派になるにつれ、ミシンは家庭から消えていった。縫う家事が必須でなくなった現在、アックスヤマザキの製品が売れるのは、ヒアリングその他の市場調査を行い、対象にする層ごとにミシンを使わない理由・買わない理由を探り、解決する形で需要を開拓してきたからである。「子育てにちょうどいいミシン」は、同社の山﨑一史社長が、現在小学5年生の娘が幼稚園に上がるタイミングで構想していた。
「メーカーだからといって、家にミシンを無理に置かせたくはなかった」と山﨑社長は言う。妻は娘の通園用バッグを「作れるかなあ、自信ないし」と悩んでいたが、「娘が生地屋さんで『これで作って欲しい』と言い出して、それならとミシンで作ったバッグを娘がめちゃくちゃ喜んだんです。ということは、やるかやらないか悩んでいる人はいる。『難しそう』『置き場所がない』『めんどくさそう』という理由をつぶせば、お使いいただけるのではないかと思ったんです」と話す。
サイズは本棚に納まる幅29.8×奥行11.5×高さ26.5センチで、約2.1キロの片手でも持てる重さ。しかも、単三乾電池4個を入れれば使えるので、どこへでも持ち運べる。本体価格も1万2100円と安い。同梱のQRコードシールを本体に貼って読み込めば、使い方の動画を見られる。針ガードつきで、幼い子供がうっかり針に触ってケガをする心配もない。初心者向けの簡単な機能に絞ったことも、大ヒットの要因だろう。同シリーズはシリーズ累計15万台以上を販売している。
「子育てにちょうどいいミシン」は、スタイリッシュな黒い本体と機能性の高さが評価され、2022年に「MoMA(ニューヨーク近代美術館)Design Store国内旗艦店」が扱い始め、翌年に販売を開始したニューヨークの本店ではわずか1カ月ちょっとで完売。
■「ヒアリングと観察」が飛ばす大ヒット
同社の快進撃は、実はコロナ禍以前に始まっていた。まず、2015年に子どもが遊べる「毛糸ミシンHug」を発売したこと。本体のガイドに沿って毛糸を引っ掛け、布を送ると毛糸が布の繊維に絡みついて2枚を圧着できる。クリスマス需要の波に乗り、2カ月で2万台を完売し、現在ではシリーズ累計で15万台以上が売れている。「ロングセラーで、子ども用ミシンの市場を作った製品です」と山﨑社長。
「子育てにちょうどいいミシン」を構想したきっかけは、販売促進イベントで毛糸ミシンを使って遊ぶ子どもを、母親がうらやましそうに眺めるのを見たこと。改めて考えてみれば、なぜか周りの子育て世代の女性はミシンを持っていない。そこで30~40代の母親たちにヒアリングを行ったところ、「家庭科の授業でミシンを習ったときに、難しくて苦手になった、という話で盛り上がるんですよ。『やりたいけど、私にはできない』と思い込んでいる方が多いことに衝撃を受けました」と話す山﨑社長。
その後も、シニア層向けの「孫につくる、わたしにやさしいミシン」を2021年2月に、革製品や帆布を縫える「TOKYO OTOKO ミシン」を2022年11月に、家庭科でミシンを習い始めた小学校高学年向けに、透明ボディの「パステルミシン」を今年6月に発売するなど、ターゲットを明確にした製品を次々に出してヒットさせている。
「孫につくる、わたしにやさしいミシン」は、昔はミシンで家族の衣服などを縫っていたが、出してくるのが億劫、老眼で針穴が見づらい、などの理由で使わなくなった人たちが対象。本体を傾け、内蔵されたルーペを立てれば針穴がはっきり見えるなどの工夫をした。「コロナ禍で、人と会えなくなった高齢者の方々の脳機能が低下している、コミュニケーション不足で元気がない方が増えた、といった報道に接し、ミシンで何とかお役に立ちたい、と考案しました」と山﨑社長。誕生日などプレゼント需要が多いという。
「TOKYO OTOKO ミシン」は、皮やブルーシートを縫える製品はないか、という男性たちからの問い合わせに応えて開発したミシンで、発売当初は最大4カ月待ちになるほどの大ヒットとなった。「パステルミシン」は、機械が動く様子を見て喜ぶ小学生男子も多いという。
このように、特定の層の困りごとを解決する、という発想で今までにないミシンを開発してきたアックスヤマザキ。ターゲット層へのヒアリングに加え、家族の様子をよく見ているところがポイントだ。
■忘れられた“自分で作れる喜び”という需要
「パステルミシン」は、長女が小学高学年だった当時、学校で「ミシンのことだったら山﨑さんに聞いて」と先生が言った際、「毛糸ミシンはできますけど、ミシンはできません」と答えたエピソードを知り、開発に着手している。姉妹にミシンを使わせたところ、「糸をかける順番や場所を把握できず、何回も失敗したんです。透明なボディで構造が見えたら、自分で興味を持ってやり方も理解できるのではないかと考えたんです」と山﨑社長は説明する。
「役に立ちたい」という思いは、顧客にも届いている。
「相手の方ありきで、必要な機能をつけて出すことがうちの使命で、市場を広げていく。コロナ禍がきっかけで売れるようになったとはいえ、最盛期に比べれば市場はかなり小さい。昔のようにミシンが一家に1台ある時代にすることが、わが社のテーマです」と力強く語る。
ミシンを使いこなせれば、好みの布を使ってバッグやポーチ、シュシュやマスクなども手軽に縫えるし、腕前が上達し、型紙を手に入れれば衣類も縫える。好きなものを作れた達成感が自信を育て、人にプレゼントして喜ばれれば、幸福感も得られる。
また、生活の隅々まで既製品が行き渡る時代だからこそ、自分だけのオリジナル小物やぬいぐるみ、衣服を自分の手で作り上げる喜びは大きいのだろう。複雑な刺繍ができるといった高性能なミシンも登場しているが、手先を使う家事が減り、縫い物をしない人も増えた時代だからこそ、「自分で作れる」喜びを取り戻したい、という人は多いのではないだろうか。
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阿古 真理(あこ・まり)
生活史研究家
1968年生まれ。兵庫県出身。くらし文化研究所主宰。
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(生活史研究家 阿古 真理)