新たなアイデアを実現したいとき、周りの力を借りるにはどうしたらいいか。SF作家でコンサルタントの樋口恭介さんは「まだまだ大勢いる『常識』にうるさい人は、『常識』から外れた人に容赦がない。
だから一定の実績を重ね、信頼を得るまでは、服装などの『本質的ではない部分』で下手に自分らしさを出さず、『建前』を徹底することが大切だ」という――。
※本稿は、樋口恭介『反逆の仕事論 AI時代を生き抜くための“はみ出す力”の鍛え方』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■組織人が目指すべき「はみ出す人材」に必要な条件
いくら斬新なアイデアを見つけ出し、ストーリーを組み立てようと、あなたが「目立ちすぎて」いると、周囲の人は巻き込まれてはくれません。
人間はデータだけでは動かないのです。
例えば、協調性がなく、組織から浮いている人が、いくら「ぶっ飛んだアイデア」を出して、それらしいロードマップをいきなり出してきても、協力したいと思う人はまれでしょう。
それは、もう少し早く声をかけておけばとか、アイデア段階から協力してもらえば、という話でもありません。
いいアイデアがあるから一緒にロードマップを組んでほしいとか、一緒にSFプロトタイピングに取り組んでほしいなどと声をかけても、それは同じことだと思います。自分のやりたいことをやろうにも、組織で孤立していては、ことは思うように進みません。
ともかく、組織の人たちに、
「この人の助けになるなら、協力してあげよう」

「この人の頼みなら、どうにかしてあげたいな」
と思わせる。
そんな「味方の力を借りる力」を持つことが、組織人が目指すべき「はみ出す人材」「周りを巻き込む変人」になるために必要な条件です。
では、どうすればその力を身につけることができるのか。
よく聞くのは「人間力を磨く」という物言いです。

しかし僕は、これはあまり正確ではないと考えています。僕がこれまで経験してきた現場を見渡す限り、結局のところ、内面が真人間でないといけないわけではありません。
いくら「いい人」でも人がついてくるとは限らず、逆に言うと、少々人格が破綻していようと、振る舞い次第では組織の人を巻き込むことができるのです。
要は、人を巻き込むにはポイントがあり、そのポイントさえ押さえていれば、問題ないのだと思います。
■「建前」の力を舐めてはいけない
まず注意したいのが「建前」の重要性を改めて認識することです。
ここでいう「建前」とは、ビジネスパーソンとしての「常識」と言い換えても良いでしょう。
あなたにとってどうかということではなく、世の中の人たち、なかでも前時代的な考えをした人が、何を「常識」と思っているかが大切です。
2024年の東京都知事選で、僕はその重要性を改めて痛感させられました。
というのも、候補者の中に、僕が個人的によく知っている、安野貴博さんという方がいたからです。
彼はとても優秀なAIエンジニアであり、優れた起業家であり、そして同時に僕と同じSF作家でもあります。ただ幅広い分野で活躍しているだけでなく、人間的にも好感の持てる人物です。
どこの政党からも支援を受けていなかったにもかかわらず、立派なビジョンと、それを実現するための政策を掲げていた点も、大変素晴らしかったと僕は今も思っています。

しかし、SNS上では批判もありました。
僕が驚いたのは、その中にかなりの割合で、彼の政策や掲げているビジョンとは無関係なものが多く含まれていたことです。
■昔ながらの「常識」にうるさい人たち
安野さんは、選挙活動中もあまりスーツのようなフォーマルな格好はせず、ポロシャツやTシャツ姿でいることの多い候補者でした。彼のトレードマークでもあるポニーテールを揺らしながら、演説やビラ配りに精を出していたのです。
そんな彼の元には、次のように「身だしなみ」に関する批判が、想像以上に寄せられました。
「髪型に清潔感がない」

「男のくせに、このような髪型で立候補するのは論外」

「東京都知事を目指すなら、演説のときくらいスーツだろ」
など、なかなかひどい言われようだったことを覚えています。
中には「自分は悪いとは思わないけど、高齢者や女性受けが悪いので、なんとかしたほうがいい」という声もありました。
それを聞いて「なんと時代錯誤な」「外見なんてどうでもいいじゃん」「公に出ながら好きな外見を貫くなんて立派じゃん」と思った方は多いでしょう。当然、僕もそう思います。
髪型など、その人の能力とは何ら関係がありませんし、自分らしい外見でいつづけることはとても素敵なことです。
安野さんも、批判を受けて自分のアイデンティティでもある髪型や服装を曲げたりすることはなく、結局そのスタイルのままで選挙戦を走り切りました。
しかし、その一方であらためて身につまされもしました。

今の日本には、まだまだそんな残念な「常識」というものが、そこかしこに蔓延(はびこ)っているのだと。
これは選挙活動だけでなく、ビジネスの現場においてもそうでしょう。
昔ながらの「常識」にうるさい人は、まだまだ大勢います。そして大抵、そういう人ほど「常識」から外れた人に容赦がありません。
■はみ出すための黒髪スーツ、という選択
そんな現状を踏まえると、一定の実績を重ね、信頼を得るまでは、そういう「本質的ではない部分」で下手に自分らしさを出さず、「建前」を徹底することが大切なのだと思います。余計な敵を作らないよう、譲れる範囲では「常識」に従い、没個性的にふるまうのです。
協調性があるかどうかではなく「協調性があるように振る舞っておく」ということ。ただしそれは「本音」ではなく、「建前」であって、あなたの本当の人格とは一切関係ないものだと、あくまで戦略としてそれをやりきるのだと割り切ること。
それは決して、あなたの「負け」というようなものではありません。本当に得たい「自由」のために、あなたにとって割り切れる範囲での「不自由」を許容するのです。
僕の経験からも、このことは非常に大きな意味を持っていると思います。
これは、自由や個性といったものを大切にしている若い方にこそ、ぜひ意識してみていただきたいところです。
あなたの個性をフルに活かすために、どうでもいい部分では、あえて戦略的に、自我を抑えておくのです。
例えば、オフィスカジュアルが解禁された職場でも、上司があまりいい顔をしていない、黙認程度の感覚だというのであれば、しばらくの間はスーツのまま、周りの様子をうかがう。
茶髪や金髪がOKと言われても、早々に明るい色にはせず、しばらく様子見の姿勢でいる。
ジャケットにTシャツ、スニーカーといったオフィスカジュアルのスタイルで仕事をする同僚が増える中でも、あえてカチッとしたスーツとワイシャツ、革靴といった格好で通し、真夏以外はしっかりネクタイも締めておく。
皮肉なもので、たったそれだけで自分の意見が通りやすくなったり、尊重されるようになったりするものなのです。
※記事公開にあたっての追記。
先の参院選で安野さんは「新党・チームみらい」を立ち上げ、その党首として出馬し、そして、なんと茶色く長い髪のまま、見事当選を果たしました。

これはもしかしたら、時代の変化を決定的に象徴するとても重要な出来事になるかもしれません。

今回の記事の趣旨とは矛盾するかもしれませんが、これは大事な矛盾なので、急ぎ追記させていただきました。

すべての人が自分のありたい姿で当たり前に生きられる世界の到来を、心より願っています。

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樋口 恭介(ひぐち・きょうすけ)

SF作家、コンサルタント

外資系コンサルティング企業にアソシエイト・ディレクターとして勤務するかたわら、SFを社会実装することをミッションとするスタートアップanon inc.で Chief Sci-Fi Officer、東京大学大学院情報学環で客員准教授を歴任。『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞。
未来は予測するものではなく創造するものである』で第4回八重洲本大賞を受賞。編著『異常論文』が2022年国内SF第1位。他に、anon press、anon records運営など。

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(SF作家、コンサルタント 樋口 恭介)
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