■幅広い栄養素を網羅する飲み物とは?
牛乳は日本人が古くから親しむ飲みものだが、常に有害説がつきまとう。先日、プレジデントオンラインでも牛乳批判の記事を見かけた。
私は食べものの取材執筆をよくするのだが、何かの食品を攻撃する記事を書くのは実は簡単なのだ。たったひとつの論文を根拠にして、デメリットを述べればいいからだ。
それよりデメリットをふまえても「この食品は良い」と書くほうが、ハードルが高い。どれだけ多くのメリットを述べても、たったひとつのデメリットにかき消されてしまう。記事としても広まりにくい。それでもあえて「一日一杯の牛乳には、これほどの健康効果がある」と、書きたい。
何といっても一番の魅力は、人工的なものではなく自然が生み出した食品でありつつ、幅広い栄養素が含まれていることだ。
■実は「コスパ&タイパ」が最高の食品
料理家で管理栄養士の小山浩子氏は「牛乳はコストが低く、栄養密度が高い食品」と強調する。
「密度というのは、100カロリーベースでそこから取れる栄養素という意味合いです。例えば油ならほとんどエネルギー(脂質)しかありませんし、肉では質のいいタンパク質を取れますが、量が増えると脂質摂取も同様に多くなってしまいます。100円で買える栄養素の量は、牛乳がダントツで幅広いのです」
牛乳には肉と同じように必須アミノ酸のバランスが良いタンパク質、カルシウム、ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンD、ビタミンE、カリウムなどが含まれる。
「加えて未調理でおいしくいただけますから、コスパ&タイパ(タイムパフォーマンス)が最高の食品といえます」(小山氏)
牛乳は体内への吸収がゆるやかで食後に血糖値を急激に上昇させない(低GI)食品。腸での糖の吸収が速い白米や菓子パンなどの高GI食品よりも、低GI食品を選んだほうが糖尿病発症リスクが低下する。また尿酸の排出を促して尿酸値を下げ、高尿酸血症などの生活習慣病予防になることが知られている。
■「認知症予防」にも効果アリ
加えて牛乳摂取は「認知症予防」にも働く。国内では福岡県久山町に住む住民を対象に20年以上にわたって追跡調査した「久山町研究」が代表的で、「牛乳や乳製品の摂取量が増加するほどアルツハイマー型認知症発症率が低下した」という結果であった。
高齢者医療を中心とする浴風会病院でもかつて「認知症発症に関する食習慣」を調べている。牛乳を▽たまに飲む▽週1~5日飲む▽ほぼ毎日飲む、という3群に分けて4年間追跡した結果、「ほぼ毎日飲む群」で認知機能が低下した割合が少なかったという。
同病院の研究に参加した精神科の須貝佑一医師(あしかりクリニック副院長)も認知症予防の効果を認める。一方で「牛乳や乳製品を取る人は、野菜や魚などもきちんと摂取する傾向があるのではないか」とも指摘する。確かにその通りで、病気と食生活の関係を調べるのは非常に難しい。人は調査対象の食品以外も取る必要があるため、長期的な研究結果がそのまま、ある単独の食品を摂取した結果だと判断することには無理がある。
デメリットについてもいえることで、ネガティブな結果を示す論文があるから、牛乳摂取が体に悪影響をおよぼすと考えるのは短絡的すぎる。
久山町研究では「牛乳や乳製品の摂取量が増加するほどアルツハイマー型認知症発症率が低下した」という結果だが、これは「欧米人と比べて日本人の牛乳・乳製品の平均的な摂取量が少ないため(半分以下とされる)、飲むほどに認知症の予防効果が高まる結果が出たのかもしれない」と考察されている。
海外では牛乳や乳製品の過度の摂取ががん発症のリスクを高めるという指摘もある。須貝医師が説明する。
「がんと牛乳摂取の関連については世界で多数の論文が出ていますが、おおむね牛乳摂取が関連しているとされるのは前立腺がんに限られます。よく指摘される乳がん、膀胱がんについてはよほどの高脂肪牛乳を取り続けなければ発がんリスクは少なく、大腸がんについてはむしろ予防的に働くという結果です。心筋梗塞などの心疾患や肥満にも、牛乳摂取は予防になるという報告が多いですね」
リスク上昇はあくまで“たくさんの”乳製品を取った場合である。
ほかにも例えば、アメリカのメリーランド大学の調査で「成人での牛乳の摂取量が多いほど骨折率が高い」とされているが、牛乳の摂取量が一日に400グラムまでの場合、骨折リスクは200グラム上昇するごとにわずか“7%上昇”というものだ。一日一杯であればほぼ問題ない。
■食べ合わせには「ゆで卵1個」
小山氏が開催する料理教室に通う人の中には、牛乳を飲むようになって骨密度がアップした人もいれば、なかなか思うような成果につながらない人もいるという。小山氏は「牛乳との食べ合わせも、その作用に影響するのではないか」と分析する。
「牛乳中の成分で骨に対して圧倒的に影響力をもつのがタンパク質とカルシウム。ただしカルシウムは年齢とともに骨に吸収されにくくなります。またカルシウムが体内でしっかり働くには、リンとの比率が1対2(カルシウム対リン)であることが理想です。牛乳そのものはほぼ1対1ですから、例えば牛乳コップ1杯にゆで卵1個を食べ合わせると、この1対2に近いバランスになります。そのほかライ麦または全粒粉パン、玄米ごはん、スパゲティ(各100グラム)と牛乳半杯の食べ合わせでも理想比率が叶います」
一方で、加工食品やスナック菓子を多く食べている人は、それらの食品に含まれるリン酸塩によって体内に入ったカルシウムが排出されやすいという。牛乳を飲んでも、骨への良い効果が得られないということだ。
■今の時期には「熱中症予防」に最適
しかし、である。仮に骨に良い効果がないとしても、牛乳摂取にはそれ以上の恩恵があるのではないだろうか。
カルシウム以外の幅広い栄養素が取れ、成長をサポートし、肥満や病気の予防によって健康維持に役立つ――。さらに今の時期には熱中症予防にも最適な飲みものだ。タンパク質の合成が高まる運動直後に牛乳を飲めば、血管内の水分を保持する働きがあるアルブミンが合成されやすく、2週間継続すると100cc程度の血液量が増えることがわかっている。
問題は、近年国内では経営難で廃業する酪農家が増えているということ。「乳価が上がらず、消費は下がる一方で、酪農家さんは厳しい状況です」と、小山氏が嘆く。
「唯一の国産100%である牛乳をみんなで守っていかないと、将来アイスクリーム1000円などという時代がくるかもしれません。今当たり前のように食べられているおいしいものも、牛乳原料のものが多いのです」
消費者目線では牛乳1リットルが300~400円にもなると、買い控えてしまいそうになるが、栄養価と、熱中症や生活習慣病を含めた病気予防になる点を考慮すれば、決して高くはないと感じる。自分の健康と酪農家さんを守るため、一日一杯の牛乳を。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年8月1日号)の一部を再編集したものです。
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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)
牛乳は日本人が古くから親しむ飲みものだが、常に有害説がつきまとう。先日、プレジデントオンラインでも牛乳批判の記事を見かけた。
しかもその記事は一時期、アクセスランキング1位に輝いていたのだ。
私は食べものの取材執筆をよくするのだが、何かの食品を攻撃する記事を書くのは実は簡単なのだ。たったひとつの論文を根拠にして、デメリットを述べればいいからだ。
それよりデメリットをふまえても「この食品は良い」と書くほうが、ハードルが高い。どれだけ多くのメリットを述べても、たったひとつのデメリットにかき消されてしまう。記事としても広まりにくい。それでもあえて「一日一杯の牛乳には、これほどの健康効果がある」と、書きたい。
何といっても一番の魅力は、人工的なものではなく自然が生み出した食品でありつつ、幅広い栄養素が含まれていることだ。
■実は「コスパ&タイパ」が最高の食品
料理家で管理栄養士の小山浩子氏は「牛乳はコストが低く、栄養密度が高い食品」と強調する。
「密度というのは、100カロリーベースでそこから取れる栄養素という意味合いです。例えば油ならほとんどエネルギー(脂質)しかありませんし、肉では質のいいタンパク質を取れますが、量が増えると脂質摂取も同様に多くなってしまいます。100円で買える栄養素の量は、牛乳がダントツで幅広いのです」
牛乳には肉と同じように必須アミノ酸のバランスが良いタンパク質、カルシウム、ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンD、ビタミンE、カリウムなどが含まれる。
「加えて未調理でおいしくいただけますから、コスパ&タイパ(タイムパフォーマンス)が最高の食品といえます」(小山氏)
牛乳は体内への吸収がゆるやかで食後に血糖値を急激に上昇させない(低GI)食品。腸での糖の吸収が速い白米や菓子パンなどの高GI食品よりも、低GI食品を選んだほうが糖尿病発症リスクが低下する。また尿酸の排出を促して尿酸値を下げ、高尿酸血症などの生活習慣病予防になることが知られている。
■「認知症予防」にも効果アリ
加えて牛乳摂取は「認知症予防」にも働く。国内では福岡県久山町に住む住民を対象に20年以上にわたって追跡調査した「久山町研究」が代表的で、「牛乳や乳製品の摂取量が増加するほどアルツハイマー型認知症発症率が低下した」という結果であった。
高齢者医療を中心とする浴風会病院でもかつて「認知症発症に関する食習慣」を調べている。牛乳を▽たまに飲む▽週1~5日飲む▽ほぼ毎日飲む、という3群に分けて4年間追跡した結果、「ほぼ毎日飲む群」で認知機能が低下した割合が少なかったという。
同病院の研究に参加した精神科の須貝佑一医師(あしかりクリニック副院長)も認知症予防の効果を認める。一方で「牛乳や乳製品を取る人は、野菜や魚などもきちんと摂取する傾向があるのではないか」とも指摘する。確かにその通りで、病気と食生活の関係を調べるのは非常に難しい。人は調査対象の食品以外も取る必要があるため、長期的な研究結果がそのまま、ある単独の食品を摂取した結果だと判断することには無理がある。
デメリットについてもいえることで、ネガティブな結果を示す論文があるから、牛乳摂取が体に悪影響をおよぼすと考えるのは短絡的すぎる。
牛乳がデメリットになってしまうことには2つの観点がある。ひとつは「牛乳を飲む量」だ。
久山町研究では「牛乳や乳製品の摂取量が増加するほどアルツハイマー型認知症発症率が低下した」という結果だが、これは「欧米人と比べて日本人の牛乳・乳製品の平均的な摂取量が少ないため(半分以下とされる)、飲むほどに認知症の予防効果が高まる結果が出たのかもしれない」と考察されている。
海外では牛乳や乳製品の過度の摂取ががん発症のリスクを高めるという指摘もある。須貝医師が説明する。
「がんと牛乳摂取の関連については世界で多数の論文が出ていますが、おおむね牛乳摂取が関連しているとされるのは前立腺がんに限られます。よく指摘される乳がん、膀胱がんについてはよほどの高脂肪牛乳を取り続けなければ発がんリスクは少なく、大腸がんについてはむしろ予防的に働くという結果です。心筋梗塞などの心疾患や肥満にも、牛乳摂取は予防になるという報告が多いですね」
リスク上昇はあくまで“たくさんの”乳製品を取った場合である。
ほかにも例えば、アメリカのメリーランド大学の調査で「成人での牛乳の摂取量が多いほど骨折率が高い」とされているが、牛乳の摂取量が一日に400グラムまでの場合、骨折リスクは200グラム上昇するごとにわずか“7%上昇”というものだ。一日一杯であればほぼ問題ない。
■食べ合わせには「ゆで卵1個」
小山氏が開催する料理教室に通う人の中には、牛乳を飲むようになって骨密度がアップした人もいれば、なかなか思うような成果につながらない人もいるという。小山氏は「牛乳との食べ合わせも、その作用に影響するのではないか」と分析する。
牛乳がデメリットになる2つめの観点だ。
「牛乳中の成分で骨に対して圧倒的に影響力をもつのがタンパク質とカルシウム。ただしカルシウムは年齢とともに骨に吸収されにくくなります。またカルシウムが体内でしっかり働くには、リンとの比率が1対2(カルシウム対リン)であることが理想です。牛乳そのものはほぼ1対1ですから、例えば牛乳コップ1杯にゆで卵1個を食べ合わせると、この1対2に近いバランスになります。そのほかライ麦または全粒粉パン、玄米ごはん、スパゲティ(各100グラム)と牛乳半杯の食べ合わせでも理想比率が叶います」
一方で、加工食品やスナック菓子を多く食べている人は、それらの食品に含まれるリン酸塩によって体内に入ったカルシウムが排出されやすいという。牛乳を飲んでも、骨への良い効果が得られないということだ。
■今の時期には「熱中症予防」に最適
しかし、である。仮に骨に良い効果がないとしても、牛乳摂取にはそれ以上の恩恵があるのではないだろうか。
カルシウム以外の幅広い栄養素が取れ、成長をサポートし、肥満や病気の予防によって健康維持に役立つ――。さらに今の時期には熱中症予防にも最適な飲みものだ。タンパク質の合成が高まる運動直後に牛乳を飲めば、血管内の水分を保持する働きがあるアルブミンが合成されやすく、2週間継続すると100cc程度の血液量が増えることがわかっている。
これにより皮膚血流や発汗などの体温調節反応が改善し、暑さに強くなるのだ。
問題は、近年国内では経営難で廃業する酪農家が増えているということ。「乳価が上がらず、消費は下がる一方で、酪農家さんは厳しい状況です」と、小山氏が嘆く。
「唯一の国産100%である牛乳をみんなで守っていかないと、将来アイスクリーム1000円などという時代がくるかもしれません。今当たり前のように食べられているおいしいものも、牛乳原料のものが多いのです」
消費者目線では牛乳1リットルが300~400円にもなると、買い控えてしまいそうになるが、栄養価と、熱中症や生活習慣病を含めた病気予防になる点を考慮すれば、決して高くはないと感じる。自分の健康と酪農家さんを守るため、一日一杯の牛乳を。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年8月1日号)の一部を再編集したものです。
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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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