※本稿は、星友啓『なぜゲームをすると頭が良くなるのか』(PHP新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「ドラクエ」は問題解決のトレーニング
1986年に発売されて以来、日本だけでなく世界のゲーム界を席巻した「ドラクエ」(ドラゴンクエスト)をご存じの読者も多いのではないでしょうか?
ゲームの中のキャラクターに扮して、ストーリーに沿って問題解決をしていく「ロールプレイングゲーム」(RPG)の代表です。
限られた情報から、使用可能なツールを駆使して難しい課題にチャレンジしたり、異なる能力を持った複数のキャラクターを操って敵を倒す。
ゲームの中に、「問題解決能力」がアップするトレーニングの要素が、ふんだんにちりばめられています。
これはRPG以外の他のゲームジャンルにも言えることです。
たとえば、「テトリス」や「キャンディークラッシュ」のように、パズルを自分のやり方でクリアしていく「パズルゲーム」。ルールに従いながら、限られた時間の中で判断を下して、パズルを解いていくゲームのジャンルです。
それから、「信長の野望」「三國志」など、戦略を立てたり、実行して目的を達成していく「ストラテジーゲーム」。自分の持つリソースや相手の強さなどを考えながら、次の一手を決断し、状況に応じた戦略を立てていく必要があります。
■脳科学研究が証明したプラスの効果
RPGだけでなく、パズルゲーム、ストラテジーゲームにも、問題解決能力をアップさせる効果があることが確認されています(※1)。
あらかじめ決められた答えに向かって一歩ずつ系統立てられたカリキュラムで学びを進めていくのではなく、決まった答えの存在しないオープンエンドな問題に取り組みながら、一進一退しつつ自分なりのソリューションにたどり着く。
ゲームの中でそうした体験を積み重ねることができ、それが問題解決能力のアップにつながるのです。まさにゲームは、私たちが現実世界で必要とする問題解決の能力を、バーチャル空間でシミュレーションしながら、トレーニングさせてくれるのです。
それから、ゲームが私たちのクリエイティビティを培ってくれることも示唆されています。たとえば、500人のティーンエイジャーを対象にした研究で、ゲームをプレーしているかどうかと創造性が相関していることがわかりました(※2)。
同様に、社会人の仕事の現場でも、ゲームのプレー頻度が増えると、クリエイティビティが高いという結果も報告されています(※3)。「マインクラフト」のように、ゲームの中で自由に建物や空間をデザインしたりすることのできる「サンドボックスゲーム」や、パズルを解きながら想像力をトレーニングする「パズルゲーム」で特に効果が確認されています(※4)。
ゲームの中で自分なりの創作物をデザインしたり、難問の解決法をあれこれと試行錯誤することで、クリエイティビティを向上させることができるのではないかと考えられています。
■ネトゲが育てる21世紀に必要なスキル
さらに、パソコン上でインターネットにつないでプレーするゲーム、通称「ネトゲ」の中には、大勢のプレーヤーと協力しながら課題をクリアしていくロールプレイングゲーム、MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、大規模多人数同時参加型オンラインRPG)があります。
多くの人たちと同じRPGをプレーすることで、問題解決能力やクリエイティビティに加えて、コミュニケーションや協働するスキルがアップすることが、これまでの研究で示唆されてきています(※5)。
実際に、MMORPGをプレーしているときのプレーヤー同士の対話を分析してみると、学術的にも重要な論理的コミュニケーションが頻繁にやり取りされていることがわかります。
たとえば、データやエビデンスを使うスキルや、同じ事柄の異なる解釈を考える力、相手の意見をさらに展開したり、効果的に反論を提示するスキル。そういった高次のコミュニケーションやコラボレーションのスキルは、問題解決能力やクリエイティビティなどと並んで、「21世紀スキル」として、現代社会で最も重要視されています。
MMORPGなどのオンラインゲームは、まさに21世紀スキルを強化してくれるツールと捉えられるのです(※6)。
■「スーパーマリオ」がもたらす“成長マインドセット”
自分がゲームをプレーしているときのことをイメージしてみてください。今プレーしていない方は、過去にプレーしたときのことでもいいです。
私の場合は、小学生のときプレーしていたファミコンのスーパーマリオ。クリボーや、ノコノコをやっつけながら、クッパからピーチ姫を救う。さまざまな難関ポイントがあり、失敗してはやり直し、クリアできるまで何度も何度も繰り返す。
そして、あるとき「やった!」とクリア成功。さらなる難関ポイントに立ち向かっていく。
スーパーマリオのように、多くのゲームが、少しずつ難易度を上げていき、プレーヤーのレベルに合ったちょうどいいチャレンジを与えるようにデザインされています。その中で、失敗に耐えながら何度も試行錯誤を繰り返し、難しい場面を乗り越えていくことで、成功にいたることができる。
ゲームのそうした体験が「成長マインドセット」(growth mindset)につながるということが、最近の研究で示されてきました(※7)。
■「努力すればできるようになる」という感覚
成長マインドセットは、スタンフォード大学の心理学教授であるキャロル・S・ドゥエックのミリオンセラー著書『マインドセット「やればできる!」の研究』(今西康子訳、草思社)で一気に世に知られたコンセプトです。
自分の知性や能力が成長(growth)すると考える心構え(mindset)のことで、たとえば、「今日はできないけど、努力すればできるようになる」というのは成長マインドセットの考え方だといえます。
ドゥエック教授らの「マインドセット研究」の蓄積で、成長マインドセットを持っている人は、新しいことに挑戦し、苦境にも忍耐強く、周りからの批判や自分のミスから学びを効果的に得ることができ、勉強の成績や仕事のパフォーマンスが高いなど、さまざまなポジティブな面が明らかになってきました(※8)。
■「どうせ無理」という思考が成長を阻害する
反対に、自分の知性や能力はもともと生まれ持ったもので、努力を重ねても変わらない、固定された(fixed)ものであるとする心構えを「固定マインドセット」(fixed mindset)といいます。
「私はどうせ能力がないので何をしても変わりません」なんていうのは、固定マインドセットを表しています。
固定マインドセットになってしまうと、失敗から学べるというポジティブな意気込みを持てないので、間違いやミスのリスクを回避してしまいます。
また、自分の能力が変わらないと考えてしまうため、新たな探求に興味を持ちにくくなってしまいます。
ゲームをプレーすると、この固定マインドセットから抜け出すことができ、より私たちが持つべきである「成長マインドセット」を身につけることができるのです。ゲームのそうした隠された効用が科学的に確認されてきています。
■ゲーマーたちの意外な功績
ゲームは私たちの認知能力やワーキングメモリー、短期記憶をアップしてくれる。問題解決能力やクリエイティビティ、その他の21世紀スキルも培ってくれる。
しかもそれが楽しくて、ついついやりたくなってしまう。
これまでの科学研究が明らかにした、そうした事実を如実(にょじつ)に体現するような現実のエピソードを、ご紹介しておきましょう。
なんと熟練したゲーマーたちが、それまで最前線の科学者が解決することができなかった難問を解決に導いてしまったのです。
2008年のこと。アメリカのワシントン大学の研究チームが「Foldit」(フォールディット)というオンラインパズルゲームを開発しました(※9)。
誰でもこのゲームにアクセスできて、タンパク質の遺伝子構成のモデリングをパズル形式で体験することができます。
3週間のオンラインでのパズル大会の結果、最高得点を出したゲーマーが作ったタンパク質のパターンによって、それまでわからなかった猿のウイルスの結晶構造が解明されました。これによりAIDS研究が大幅に進むことになったのです。
■「上手な付き合い」で生き抜く力を
ゲームの熱中させる力と、ゲーマーの研ぎ澄まされた問題解決能力とクリエイティビティ。オンラインで他のプレーヤーとつながって、一緒に解決法を作り上げていく21世紀スキル。それらの効果の集積により、ゲームによって科学の難問が解決に導かれた――。
無駄な娯楽どころか、科学の難問をあっという間に解決に導く。想像を絶するゲームのパワーを象徴するこの出来事は、世界中のニュースのヘッドラインを飾りました。
さて、ここまでゲームの脳に対するいい効果について見てきました。
実際、ゲームにはネガティブなイメージがつきもので、ゲームの悪影響を示す科学的なエビデンスも存在します。
いい効果だけではなく、悪い影響もしっかりと理解して、うまくゲームと付き合っていくことが現代を生き抜く力につながります。
※1 Emihovich B, Roque N, Mason J (2020) "Can Video Gameplay Improve Undergraduates' Problem-Solving Skills?" International Journal of Game-Based Learning, 10(2):21-38.
※2 Jackson LA, Witt EA, Games AI, Fitzgerald HE, von Eye A, Zhao Y (2012) "Information Technology Use and Creativity: Findings from the Children and Technology Project." Computers in Human Behavior, 28(2):370-6.
※3 Mercier M, Lubart T (2023) "Video Games and Creativity: The Mediating Role of Psychological Capital." Journal of Creativity, 33(2):100050.
※4 Rahimi S, Shute V (2021) "The Effects of Video Games on Creativity: A Systematic Review." In Russ SW, Hoffmann JD, Kaufman JC, eds. The Cambridge Handbook of Lifespan Development of Creativity. Cambridge University Press:368-92.
※5 Qian M, Clark KR (2016) "Game-Based Learning and 21st Century Skills: A Review of Recent Research." Computers in Human Behavior, 63:50-8.
※6 Steinkuehler C, Duncan S (2008) "Scientific Habits of Mind in Virtual Worlds." Journal of Science Education and Technology, 17:530-43.
※7 Adame EA, Posteher KA, Hansom AM, Wilson SN, Cecena FJE, Thompson W, Ralston RL, Thomas DM (2022) "Serious Games and Growth Mindsets: An Experimental Investigation of a Serious Gaming Intervention." International Journal of Game-Based Learning, 12(1):1-12.
※8 Dweck CS (2006) Mindset: The New Psychology of Success. New York: Ballantine Books.
※9 Cooper S, Khatib F, Treuille A, Barbero J, Lee J, Beenen M, Leaver-Fay A, Baker D, Popović Z & Foldit Players (2010)"Predicting Protein Structures with a Multiplayer Online Game." Nature, 466:756-60.
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星 友啓(ほし・ともひろ)
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長
哲学博士、EdTechコンサルタント。1977年東京生まれ。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。その後渡米し、Texas A&M大学哲学修士、スタンフォード大学哲学博士を修了。同大学哲学部の講師として教鞭をとりながらオンラインハイスクールのスタートアップに参加。2016年より校長に就任。現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアにむけて教育及び教育関連テクノロジー(EdTech)のコンサルティングにも取り組む。全米や世界各地で教育に関する講演を多数行う。著書に『スタンフォード式生き抜く力』(ダイヤモンド社)、『全米トップ校が教える 自己肯定感の育て方』『脳を活かすスマホ術 スタンフォード哲学博士が教える知的活用法』(共に朝日新書)がある。
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(スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長 星 友啓)