なぜ日本語にはモヤモヤした表現が多いのか。日本在住25年の応用言語学者で北九州市立大学准教授のアン・クレシーニさんは、「『外出中』『勉強中』はわかりますが、『中止中』『故障中』に違和感に覚える日本語を勉強している外国人は多い。
また、『検討する』は本当に検討する気があるのかないのか、あいまいな日本語の代表格だ」という――。
※本稿は、アン・クレシーニ『世にも奇妙な日本語の謎』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■「中止中」の表現に潜むモヤモヤを解明する
数年前のこと。
スーパーで、Go To キャンペーンのポスターを見かけた。コロナで疲弊した国内需要を喚起するために政府が主導したGo To キャンペーン。もはや懐かしい。
当時、コロナの感染者数がふたたび激増していたので、Go To キャンペーンのポスターには「中止中」と張り紙が張ってあり、そのことにものすごい違和感を覚えた。
「中止中」……。左から読んでも右から読んでも中止中。
一緒にいた日本人の友達に「ねえ、この日本語、変じゃない?」と尋ねたが、彼女は「いや……別に?」と不思議そうだった。
私は「○○中」という日本語は「始まりも終わりもある」というふうに学んだ。「外出中」なら、出かけているときもあるし、家に帰って来るときもある。
「妊娠中」なら、妊娠した瞬間もあるし、妊娠が終わる日も来る。そして、「出張中」なら出発した日もあるし、戻る日もある。
でも「中止中」という言葉は変だ。何かが中止になっても、復活することはない。
辞書で調べたり、いろんな人に聞いた結果、やっぱり「中止中」はおかしな表現であることがわかった。ここでは「休止中」が適切だ。けれど、やっぱり「中止中」でも十分に意味は伝わるし、私の友達みたいに違和感がない人もたくさんいる。
これと似たような単語は、トイレのドアによく貼ってある「故障中」だ。故障に始まりと終わりはあるのか? 修理をしたら故障している期間は確かに終わるけど、必ず修理ができとは限らないので、「故障」だけでいいのではないだろうか……。
「食事中」「勉強中」「運転中」「会議中」「入院中」。これらは全部、始まりと終わりがあるので、違和感を覚える人はいない。
でも、「私はあなたと結婚中」と言われたら、どうですか? その結婚にはいつか終わりが来るという意味になるから、どんな配偶者でも「結婚中です」とは言われたくないはず!
いずれにせよ、「中止中」と「故障中」を見て違和感がない人は実際いると思うので、「結婚中」を見て違和感がない人も増えるかもしれない。

結局、言葉とはそういうものだ。違和感のある人が少数になった瞬間、言葉のプロから認められなくても、日本国民は暗黙の了解でOKとすると思う。
それがいいことなのかどうか、私は「悩み中」だ。
■あいまいな日本語の代表格「検討する」
コロナ禍の時期、「検討する」「慎重に検討する」「前向きに検討する」という表現をよく耳にした。同じ日本人同士でも言葉に対する感覚は当然ながら違うが、総じて日本人はなかなか物事をすぐに決定しない傾向があるように思う。
ある日、Xで「検討する」について調査をしてみた。思った通り、人によって感覚が全然違っていた。
Aさん「『検討します』と言ったら、まったく検討する気がない」

Bさん「検討するかどうかわからないけれど、今はまだ考えたくないという意味で言っている人もたくさんいる」
「じゃあ、『前向きに検討する』はどう?」と聞いたら、「いや、それは一番希望がないやつだ」とフォロワーの1人が答えた。思わず笑ってしまった。
特に、「お役所の場合の『前向きに検討する』はまったく検討する気がない」という回答が多かった。そこで公務員の知り合いに聞いてみたら、「確かにそう!」と笑っていた。
職場で長時間、何かについて話し合った後、「では、いったん検討します。
次回もう一度話し合いましょう」という結論になることが多い。
「やっぱり、日本人は何事も慎重に考えたいのだなぁ」と思ってしまう。すぐに何かを変えるとか、新しいことを始めることに対して、なかなか決めることができない。
■「行けたら行く」の真意は「行く気なし」関東38%×関西71%
先日、友人が「日本人にとって一番大切なのは安定だ」と言っていた。変化を嫌うから、現状を維持したいのだ、と。確かにその通りだ。いずれは新しいことを始めるのかもしれない。しかし、すぐに決断はしたくない。決められないからこそ、「検討する」というあいまいな表現は非常に便利で、安定を保つのに役立っている。
「上司と検討します」

「一度、会社に持ち帰り、検討します」
こうしたフレーズには、「決めきれない」「考えたくない」「断りたいけど直接言えない」など、たくさんの意味合いが含まれている。
似たような表現に、「考えとく」や「行けたら行く」がある。
「行けたら行く」については、地域によって意味合いが異なるという説がある。
NHKのテレビ番組「チコちゃんに叱られる!」が2022年4月22日の放送で実施したアンケートによると、関西では71%の人が「行く気がない」と回答したのに対し、関東では38%の人が「行く気がない」と回答したという。
英語にも、似たような表現があるが、「検討する」ほどあいまいで便利な言葉はない!
考えとく=“I’ll think about it,” “We’ll see.”

行けたら行く=“I’ll try to make it.”
私は子どもたちからいつも何かしらのお願いをされている。
「ママ、これをして!」

「ママ、これを買って!」

「ママ、そこに行こう!」
これに答える私の決まり文句が“We’ll see”である。
子どもは“We’ll see”が大嫌いだ。
「ママ、考えるつもりないやろう!」

「黙らせようとしているだけやろう?」
まぁ、考えるつもりがないわけではないが、今、この瞬間に考えたくないから“We”ll see.”とよく言うのは確かだ。もしかしたら、日本語の「考えとく」はこれと似たような感じかもしれない。
ちなみに私が「行けたら行く」と言った場合、本当に行きたいが、行けるかどうかわからないというシンプルな意味合いしかない。
みなさんはどんな感覚で言っているのだろうか?
いずれにせよ、私は「検討する」と言われたら、あまり希望を持たないようにしている。「検討する」が「調整します」に移行したら、少し希望が湧いてくるけど……。

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アン・クレシーニ
応用言語学者・北九州市立大学准教授

アメリカ・バージニア州出身。日本在住歴25年。メアリーワシントン大学卒、オールドドミニオン大学大学院にて応用言語学修士取得。
福岡県宗像市在住。宗像市応援大使。流暢な博多弁を話し、日本と日本語をこよなく愛する。2023年に日本に帰化。研究と並行し、バイリンガルブロガー、スピーカー、ラジオパーソナリティ、テレビコメンテーターとして多方面で活躍。西日本新聞で日本の文化と言葉についてつづる「アンちゃんの日本GO!」を連載中。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「アンちゃんから見るニッポン」が人気。文章を書くことと講演会は生き甲斐。TEDxFukuokaに登壇(2018・2020)。著書『なぜ日本人はupsetを必ず誤訳するのか』(アルク)、『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)、『ペットボトルは英語じゃないって知っとうと⁉』(ぴあ)、『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』(合同会社リボンシップ)、『ネイティブが教えるアメリカ英語フレーズ1000』(コスモピア)など多数。

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(応用言語学者・北九州市立大学准教授 アン・クレシーニ)
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