■すでに動き出した人、まだ様子見の人
新NISA2年目の2025年。日本証券業協会の「NISA口座の開設・利用状況(2025年3月末時点)」によると、NISA口座数は2647万口座に達し、18歳以上の4人に1人が保有するまでに広がっています。
累計買付額は約59兆円にのぼりますが、それでもなお家計の金融資産の大半は現預金にとどまっています。動き出す人と様子見の人の差は、制度の整備とともに広がりつつあります。
投資行動の分断は、複数の調査からも浮かび上がっています。J-FLEC(金融経済教育推進機構)の調査「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)のポイント」でも、「1年前より金融資産が増えた」と答えた世帯は4割、その理由の多くが「株式・債券の価格上昇」や「配当・金利収入」であり、投資している人だけが“追い風”を受けた格好です。
■データで読み解く「投資している人の属性」
日本証券業協会の「新NISA白書 2024」によると、新NISA利用者は年収300万円未満が39.7%で最多、300万~500万円未満が27.7%、500万~700万円未満でも17.1%となっています。「投資は富裕層のもの」というイメージとは裏腹に、幅広い所得層で利用されています。
さらに投資経験を見ると、利用者の65.0%が投資歴10年未満で、NISA開始(2014年)後に投資デビューした人が多数派でした。
次に年代別にみてみましょう。同調査によると、NISA口座の普及率は30代が33.8%と最も高く、続いて40代が30.1%、50代が27.1%となっています。
なぜ、同じような年収・年齢でも、投資行動にこれほど差が出るのでしょうか。その背景には、知識や年収では語れない「見えない壁」が関係しています。今回は、心理・情報・環境の3つの側面から、紐解いてみましょう。
■「投資=危ない、怖い、損しそう」の正体
見えない壁①本人の考え方
投資を始めようとするとき、ブレーキとなるのが2つの心理バイアスです。
まず1つ目が、利益よりも損失を強く意識してしまう「損失回避バイアス」です。行動経済学では、「損をする痛み」は「得をする喜び」の2倍以上強く反応するといわれています。
プラスのチャンスが目の前にあっても、「マイナスになるかもしれない」と思った途端に恐怖心を抱き、行動を避ける傾向にあります。特に過去に投資で損をしたり、親や周囲から「投資は危ないものだ」と聞いて育ったりすると、無意識のうちに行動が止まってしまうでしょう。
2つ目は、将来の後悔を避けようとする「後悔回避バイアス」です。後悔するのが嫌で、投資はしない(リスク回避)という選択をしたり、投資をしても損切りできなかったり(現状維持)します。
■25歳と35歳では、600万円以上の差
こうした心理バイアスは、誰もが持っているごく自然な反応です。
例えば、いきなり100万円を投資するのではなく、毎月1万円の積立から始めてみるなどです。仮に25歳、30歳、35歳の人が、新NISAで月1万円65歳まで積立、年利5%(複利)で運用できたら、運用収益は下記の通りとなります(図表2)。
見えない壁②手に入る情報
投資は、知識がある人にだけ開かれた世界ではありません。しかし現実には、「知っている人」と「知らない人」の間に、大きな情報の差が生まれています。
日本証券業協会の「新NISA開始1年後の利用動向調査 2025」によると、新NISAを始めたきっかけは、「SNS・インターネット等」が25.8%と最も高く、若年層ほどその傾向が強いことがわかっています。
■「知っている人」と話すことからスタート
さらに注目したいのは、家族の存在です。「家族・親戚・友人・知人(周囲の人々)に勧められて」NISAを始めた人は14.2%、その人たちが「NISAを始めたと聞いて」が11.7%となっています。20~30代では20%近くを占めており、投資情報が届くかどうかは、家庭内での会話にも大きく左右されるといえます。
また、同調査の新NISA利用者の属性(NISA口座を開設する家族)によると、家族でNISA口座を開設している割合は53.8%と過半数に達しており、NISAの浸透が家庭単位で進んでいる様子が見て取れます。実際に筆者の周囲でも、「夫婦で話し合って、一緒に新NISAを始めた」というケースをよく聞きます。
一方、「投資はすべて配偶者に任せていて、自分はよく分からないからやらない」という人もいます。これは単なる知識の有無ではなく、家庭でのコミュニケーションの違いや、金融経済への苦手意識などが、情報格差につながっていると思われます。
金融が苦手な人はまず、投資をしている家族や友人に話を聞いたり、お金について話し合ってみる機会を持つことから始めるとよいでしょう。
■職場は投資に前向きか、後ろ向きか
見えない壁③置かれている環境
投資に対するハードルは、知識や心理的な問題だけではありません。「投資をしてもいい」と思える環境に身を置いているかどうかが、行動の有無を左右する大きな要因になります。
例えば、職場に企業型DC(確定拠出年金)や持株制度が導入されていたり、投資に前向きな同僚がいたりする環境では、投資が特別なことではなくなります。また、家庭でパートナーと家計や資産運用について気軽に話せる関係性があれば、NISAやiDeCoなどの制度も「当たり前の選択肢」として受け入れられやすくなります。
一方、「お金の話をするのはタブー」「投資はギャンブル」といった価値観が根強い家庭や職場では、知識があっても実際の行動にはつながりにくいのが実情です。
まずは、会社の制度を調べたり、家族で投資について会話をすることから始めてみてはいかがでしょうか。
■「知識不足」のままでいいのか?
富める者はさらに富み、備えない者はますます取り残される。資産形成の現場では、そんな格差の構図が現実になりつつあります。この1年で金融資産が「増えた」と感じている世帯は約4割、その主な要因は、株価・債券価格の上昇や、配当・金利収入など、投資からのリターンを味方につけているのです。
この分断は「知識不足だから」「投資に向いていないから」という理由から生まれるのではありません。目に見えにくい「心理面・情報面・環境面」の壁が原因なのです。一体どうすれば、この壁を乗り越えていけるのでしょうか? 例えば、
● 心理面:月1万円の積立など、負担が小さい金額から始めてみる
● 情報面:週に1回だけ、インターネットで資産形成の情報をチェックしてみる
● 環境面:配偶者や同僚に「新NISAってどうしている?」と話しかけてみる
などです。できることから始めてみましょう。
投資は、特別な知識や経済力がなければできないものではありません。「やっておけばよかった」といつか後悔する人を一人でも減らすために、完璧でなくても構いません。“あなたなりの一歩”を踏み出してみませんか?
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上原 千華子(うえはら・ちかこ)
金融教育家
金融教育家。欧米投資銀行勤務歴17年、個人投資家歴26年。証券外務員一種、最新の心理学NLPを使ったマネークリニック®認定トレーナー。2018年、ウェルス・マインド・アプローチ創業。資産運用講座を実施し、2022年より「3ヶ月マネー実践講座」を提供開始。ライフプランから資産運用までマンツーマン指導。
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(金融教育家 上原 千華子)