■藤島ジュリー景子の本に書かれていたこと
ジャニー喜多川の「性加害事件」の“真相”をよく知る2人の本が出た。
一冊は旧ジャニーズ事務所社長だった藤島ジュリー景子氏(以下ジュリー氏)が上梓した『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』。
もう一冊は国民的アイドルグループといわれた「嵐」の二宮和也の『独断と偏見』(集英社新書)。
まずはジュリー氏の本からいこう。
新潮社の名物編集者で重役の中瀬ゆかり氏がこのジュリー本の出版に絡んでいるようだが、正直、新潮社がこのような本を出したのには驚いた。
週刊文春ほどではないが、週刊新潮も旧ジャニーズ事務所とは距離をおいていたはずだった。2001年8月に休刊したが写真週刊誌の先駆であるFOCUSが、旧ジャニーズ事務所のタレントたちのスキャンダルを何度も報じていたから、そう思われても当然だった。
ジャニー喜多川の性加害問題が発覚した時も、新潮らしい切り口で何度も取り上げ、批判していたのに、なぜ?
疑問は本を読んでわかった。ジュリー氏と中瀬氏は親しかったのだろうが、当初、どうしてもこの本を新潮社から出そうという気はなかったようだ。
■世間の反感を買った謝罪動画
インタビュアーは小説『イノセント・デイズ』などで知られる作家・早見和真氏(48)だが、彼はこの話を一度、文春の竹田聖編集長に持っていっているのだ。もちろん竹田編集長も大乗り気で、週刊文春で連続インタビューしようといってくれたようだ。
詳しい経緯は省くが、その話がだめになり、新潮社から出すことになったようだ。もし、これが文藝春秋社から出ていれば、随分違った本になっていただろうと思うと残念である。
大体、ジュリー氏が本当のことをいうわけはない。いえば、彼女の身の破滅になる。
2023年5月14日、ジュリー旧ジャニーズ事務所代表取締役は「ジャニー喜多川の性加害事件」について「謝罪動画」を公開し、同時に公表した文章にこう書いていた。
「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」
何も知らなかったのだから、どんなに批判されても答えようがない、という開き直りともとれる物いいが、更なる批判を招いたことは記憶に新しい。
だがこの本は、その言葉を裏付けるためのアリバイ本といっていいだろう。ほとんどのページが、「知らなかった」で貫かれているのだ。
■ジャニー喜多川との関係
「知ろうとしなかったことって、こんなに糾弾されなければいけないことですか?」
「それでも、私は自分から知ろうとしなかったので。私の生きる術だったんです。深追いして傷つくことを恐れて、知らない方がいいと思ってしまう。はぁ……。それは今回の件に限らず、私は万事そうなんです」
と自分の穴に潜り込んでしまうのである。
ジャニー喜多川についてはこう話している。
「小さい頃に限らず、二人でご飯を食べたことは一度もありませんでした。印象に残っていることでいえば、『少年隊』がデビューする前に、アメリカでいろいろなショーに出そうとしたことがあったんです。その時期に通訳として一緒に連れていかれたことがありました。そのときにしゃべることはありましたが、そのくらいですかね」
こうした中で、一緒に行ったジャニー喜多川と話をしなかったというのは、私には信じがたいのだが、ジュリー氏は、ほとんど話したことがないのだから、性加害についてなど知るわけはないといい張る。
■体を張って「記事化」を阻止
1999年から文春がジャニー喜多川の性加害問題を連続追及し、ジャニーズ事務所が名誉棄損で訴えた裁判で、高裁は、彼のセクハラについては認定したのである。
だが、母親メリーの、「本人が無罪だといっている。負けたのは弁護士のせい」という言葉を今でも信じているといっている。
さらに、「メリーがジャニーの蛮行に気づいていなかったことはあり得るのか」という早見氏の質問にも、
「それはあり得たと思います。(中略)母も弟であるジャニーの性癖を知ろうとはしなかったでしょうから」
それはあり得ないと私は考える。文春が追及する18年も前に、私が週刊現代にいて、ジャニー喜多川の「ロリコン趣味」を取材したとき、メリーは記者に対し体を張って「記事化」を阻止しようとしたのである。
さらにメリーが、「弟は病気だから」と周囲に漏らしていたことはよく知られている。
ジュリー氏は自分が手掛けた「嵐」の成功に母親のメリーが嫉妬して決定的な溝ができ、以来、まともに話したことがない。
編集部註:初出時、見出しに事実と異なる箇所があったため修正しました。(2025年8月3日12時00分)
■タレントを見抜く異様な能力
本の中で、ジャニー喜多川のタレントを見抜く能力について、ジュリー氏がこう語っているところがある。
早見氏から「ジャニーさんのタレントを見抜く力って、何がそんなに優れていたんですか?」と聞かれジュリー氏はこう答えている。
「レッスンを何年も続けている子たちだったら、私も少なからず『この子は伸びる』とか『この人は伸びない』『こう成長していくだろう』といった想像はつくんです。でも、履歴書だけでそれがわかるかと問われたら、絶対にわからない。ジャニーにはそれができたんです。(中略)それは私には絶対にない能力なので、素直にすごいなとは思います」
「嵐」の二宮和也が中学生の頃、従姉妹が勝手にジャニーズ事務所に履歴書を送って書類審査に受かってしまった。しかし、オーディションに行くのを嫌がったが、母親から5000円もらったから仕方なく行ったと話している。
多くの志望者がいた中で、それほど目立たなかった二宮を指名したのはジャニー喜多川で、参加者たちは「何であいつが?」と訝ったというエピソードを読んだ記憶がある。
他人には見えない二宮の持っているアイドル性を、ジャニー喜多川はすぐに見てピンと来たのだろう。
二宮はアイドル活動だけではなく、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』(2006年)などに出るなど、俳優としても評価されている。
■「被害を受けた方は本当にいなかった」は本当か
ジャニー喜多川の被害に遭ったタレントの中には一世を風靡したアイドルグループの人間もいたはずだ。そう考えるのはごく自然なことだと思うのだが、これまで私が知る限り、そういう大物タレントが「私も被害者だった」と声を上げたという話は聞いたことがない。
早見氏は「そうした現役タレントの中にも被害を受けた方はいるだろうと思いますか?」と聞いているが、ジュリー氏は、
「それは、ごめんなさい。私にはわかりませんし、うかつなことも言えません。ただ、被害を受けた方は本当にいなかったです。逆に『自分は被害者じゃない』『そういうふうな目で見られるのが耐えられない』と言ってくる方は何人かいました」
「彼らに対してジュリーさんはなんと?」
「『本当に申し訳ない』『でも、グッと我慢してほしい』と伝えました」
一人もいなかった? そんなバカなと私は思うのだが。
■まだまだ隠していることがある
本の最後で早見氏がこう質問する。
「最後の質問です。改めてこの本を世に問いたい理由を、意味を、ジュリーさん自身の口から教えてください」
「この本を読んでくださったからといって、みなさまの私を見る目が一変するとは思っていません。ですが、たとえ一人でも「本当は違ったのかもな」と感じてくださる方がいるといいなと」
一読後、ジュリー氏はまだまだ隠していることがある、そう思わざるを得なかった。
この本には、「嵐」成功までの秘話や「SMAP」解散の舞台裏など、ファンなら喜ぶであろうエピソードもある。
二宮の本を見てみよう。ジャニー喜多川の「事件」が発覚して以来、テレビや新聞は、自分たちが犯してきた間違いについて、それなりの反省をし、NHKのように旧ジャニーズ事務所と自局の人間との癒着構造にまで踏み込んで検証したところもあった。
■二宮が「いま、いちばん会ってみたい人」
だが、自社の雑誌のグラビアやカレンダー、写真集などで儲けた出版社は、この問題で何の反省もしていないのはどうしたことだろう。講談社、小学館、集英社、マガジンハウスなど、ジャニタレで儲けた出版社は多いはずだが、自社の週刊誌でこの事件を取り上げただけで、無言のままである。
二宮の本も集英社からだから、ジャニー喜多川との「過去」を明らかにして世に問う、などということがあるはずはない。
だが、こういう記述はある。
「いま、いちばん会ってみたい人は? その人から何を得たい?」と担当編集者に聞かれ、二宮は、
「ジャニー。ジャニー喜多川に、誠心誠意をこめて謝ってもらいたい。自分が大事にしていた事務所、自分の居場所を奪ったことに対して謝ってもらいたいと思っている。事務所をつくった人間でもあるけど、壊した人間でもあるから」
「被害に遭われた方々がいるなかで、自分が軽々に語れることではないけれど、あの事務所がなくなるなんて思ってもみなかった。もちろん独立するという決断をしたのは自分だし、ありがたいことに働き続けられている。
■あまりに幼すぎる「怒り」
「被害の事実がある以上、ジャニーズという名前をなくすことに異論の余地はないし、それだけで全てが片づくわけでもない。本当にはじめの一歩でしかない。ただ、自分たちが働いていたところ、一度は居着いたところ、いろいろな出会いがあって、さまざまな評価を受けて、何より嵐ができたところ――その屋号がこういうかたちでなくなるのって、やっぱりしんどいよね」
二宮はこの本の宣伝記者会見で、「この本を作るきっかけとは言いませんけど、大本にいる方。彼が人様に迷惑をかけなかったら、僕もこういう道(独立)をたどることもなかった」「でも、あいつは何も言わないんだよな」(スポーツ報知電子版6月16日 4時0分)といったという。
ジャニー喜多川のことを「あいつ」といったと話題になったが、二宮の怒りは、性加害問題でも、被害者への想いでもなく、「ジャニーズという屋号が消えた」ことなのである。
かくして、ジャニー喜多川事件に何らかの形で関わっていたであろう人間たちは口をつぐみ、メディアは“禊は済んだ”と旧ジャニーズ事務所のタレントたちを我先にと起用し始め、事件は風化しつつある。
その総仕上げが、来年春に行われるという「嵐」のラストライブ・コンサートツアーになるのは間違いないのだろう。
藤島ジュリー景子氏の“ほくそ笑い”が聞こえてくるようだ。
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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
ジャニー喜多川の「性加害事件」の“真相”をよく知る2人の本が出た。
一冊は旧ジャニーズ事務所社長だった藤島ジュリー景子氏(以下ジュリー氏)が上梓した『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』。
版元は何と新潮社である。
もう一冊は国民的アイドルグループといわれた「嵐」の二宮和也の『独断と偏見』(集英社新書)。
まずはジュリー氏の本からいこう。
新潮社の名物編集者で重役の中瀬ゆかり氏がこのジュリー本の出版に絡んでいるようだが、正直、新潮社がこのような本を出したのには驚いた。
週刊文春ほどではないが、週刊新潮も旧ジャニーズ事務所とは距離をおいていたはずだった。2001年8月に休刊したが写真週刊誌の先駆であるFOCUSが、旧ジャニーズ事務所のタレントたちのスキャンダルを何度も報じていたから、そう思われても当然だった。
ジャニー喜多川の性加害問題が発覚した時も、新潮らしい切り口で何度も取り上げ、批判していたのに、なぜ?
疑問は本を読んでわかった。ジュリー氏と中瀬氏は親しかったのだろうが、当初、どうしてもこの本を新潮社から出そうという気はなかったようだ。
■世間の反感を買った謝罪動画
インタビュアーは小説『イノセント・デイズ』などで知られる作家・早見和真氏(48)だが、彼はこの話を一度、文春の竹田聖編集長に持っていっているのだ。もちろん竹田編集長も大乗り気で、週刊文春で連続インタビューしようといってくれたようだ。
詳しい経緯は省くが、その話がだめになり、新潮社から出すことになったようだ。もし、これが文藝春秋社から出ていれば、随分違った本になっていただろうと思うと残念である。
大体、ジュリー氏が本当のことをいうわけはない。いえば、彼女の身の破滅になる。
2023年5月14日、ジュリー旧ジャニーズ事務所代表取締役は「ジャニー喜多川の性加害事件」について「謝罪動画」を公開し、同時に公表した文章にこう書いていた。
「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」
何も知らなかったのだから、どんなに批判されても答えようがない、という開き直りともとれる物いいが、更なる批判を招いたことは記憶に新しい。
だがこの本は、その言葉を裏付けるためのアリバイ本といっていいだろう。ほとんどのページが、「知らなかった」で貫かれているのだ。
■ジャニー喜多川との関係
「知ろうとしなかったことって、こんなに糾弾されなければいけないことですか?」
「それでも、私は自分から知ろうとしなかったので。私の生きる術だったんです。深追いして傷つくことを恐れて、知らない方がいいと思ってしまう。はぁ……。それは今回の件に限らず、私は万事そうなんです」
と自分の穴に潜り込んでしまうのである。
ジャニー喜多川についてはこう話している。
「小さい頃に限らず、二人でご飯を食べたことは一度もありませんでした。印象に残っていることでいえば、『少年隊』がデビューする前に、アメリカでいろいろなショーに出そうとしたことがあったんです。その時期に通訳として一緒に連れていかれたことがありました。そのときにしゃべることはありましたが、そのくらいですかね」
こうした中で、一緒に行ったジャニー喜多川と話をしなかったというのは、私には信じがたいのだが、ジュリー氏は、ほとんど話したことがないのだから、性加害についてなど知るわけはないといい張る。
■体を張って「記事化」を阻止
1999年から文春がジャニー喜多川の性加害問題を連続追及し、ジャニーズ事務所が名誉棄損で訴えた裁判で、高裁は、彼のセクハラについては認定したのである。
だが、母親メリーの、「本人が無罪だといっている。負けたのは弁護士のせい」という言葉を今でも信じているといっている。
さらに、「メリーがジャニーの蛮行に気づいていなかったことはあり得るのか」という早見氏の質問にも、
「それはあり得たと思います。(中略)母も弟であるジャニーの性癖を知ろうとはしなかったでしょうから」
それはあり得ないと私は考える。文春が追及する18年も前に、私が週刊現代にいて、ジャニー喜多川の「ロリコン趣味」を取材したとき、メリーは記者に対し体を張って「記事化」を阻止しようとしたのである。
さらにメリーが、「弟は病気だから」と周囲に漏らしていたことはよく知られている。
ジュリー氏は自分が手掛けた「嵐」の成功に母親のメリーが嫉妬して決定的な溝ができ、以来、まともに話したことがない。
ジャニーとメリー両方と会話もなかったのだから、性加害のことなど知るわけはないといい募る。だが、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉を持ち出すまでもなく「無知は罪」なのである。
編集部註:初出時、見出しに事実と異なる箇所があったため修正しました。(2025年8月3日12時00分)
■タレントを見抜く異様な能力
本の中で、ジャニー喜多川のタレントを見抜く能力について、ジュリー氏がこう語っているところがある。
早見氏から「ジャニーさんのタレントを見抜く力って、何がそんなに優れていたんですか?」と聞かれジュリー氏はこう答えている。
「レッスンを何年も続けている子たちだったら、私も少なからず『この子は伸びる』とか『この人は伸びない』『こう成長していくだろう』といった想像はつくんです。でも、履歴書だけでそれがわかるかと問われたら、絶対にわからない。ジャニーにはそれができたんです。(中略)それは私には絶対にない能力なので、素直にすごいなとは思います」
「嵐」の二宮和也が中学生の頃、従姉妹が勝手にジャニーズ事務所に履歴書を送って書類審査に受かってしまった。しかし、オーディションに行くのを嫌がったが、母親から5000円もらったから仕方なく行ったと話している。
多くの志望者がいた中で、それほど目立たなかった二宮を指名したのはジャニー喜多川で、参加者たちは「何であいつが?」と訝ったというエピソードを読んだ記憶がある。
他人には見えない二宮の持っているアイドル性を、ジャニー喜多川はすぐに見てピンと来たのだろう。
二宮はアイドル活動だけではなく、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』(2006年)などに出るなど、俳優としても評価されている。
■「被害を受けた方は本当にいなかった」は本当か
ジャニー喜多川の被害に遭ったタレントの中には一世を風靡したアイドルグループの人間もいたはずだ。そう考えるのはごく自然なことだと思うのだが、これまで私が知る限り、そういう大物タレントが「私も被害者だった」と声を上げたという話は聞いたことがない。
早見氏は「そうした現役タレントの中にも被害を受けた方はいるだろうと思いますか?」と聞いているが、ジュリー氏は、
「それは、ごめんなさい。私にはわかりませんし、うかつなことも言えません。ただ、被害を受けた方は本当にいなかったです。逆に『自分は被害者じゃない』『そういうふうな目で見られるのが耐えられない』と言ってくる方は何人かいました」
「彼らに対してジュリーさんはなんと?」
「『本当に申し訳ない』『でも、グッと我慢してほしい』と伝えました」
一人もいなかった? そんなバカなと私は思うのだが。
■まだまだ隠していることがある
本の最後で早見氏がこう質問する。
「最後の質問です。改めてこの本を世に問いたい理由を、意味を、ジュリーさん自身の口から教えてください」
「この本を読んでくださったからといって、みなさまの私を見る目が一変するとは思っていません。ですが、たとえ一人でも「本当は違ったのかもな」と感じてくださる方がいるといいなと」
一読後、ジュリー氏はまだまだ隠していることがある、そう思わざるを得なかった。
この本には、「嵐」成功までの秘話や「SMAP」解散の舞台裏など、ファンなら喜ぶであろうエピソードもある。
だが、全体としては「ジュリーという謎」をさらに深めただけの本といわざるをえない。
二宮の本を見てみよう。ジャニー喜多川の「事件」が発覚して以来、テレビや新聞は、自分たちが犯してきた間違いについて、それなりの反省をし、NHKのように旧ジャニーズ事務所と自局の人間との癒着構造にまで踏み込んで検証したところもあった。
■二宮が「いま、いちばん会ってみたい人」
だが、自社の雑誌のグラビアやカレンダー、写真集などで儲けた出版社は、この問題で何の反省もしていないのはどうしたことだろう。講談社、小学館、集英社、マガジンハウスなど、ジャニタレで儲けた出版社は多いはずだが、自社の週刊誌でこの事件を取り上げただけで、無言のままである。
二宮の本も集英社からだから、ジャニー喜多川との「過去」を明らかにして世に問う、などということがあるはずはない。
だが、こういう記述はある。
「いま、いちばん会ってみたい人は? その人から何を得たい?」と担当編集者に聞かれ、二宮は、
「ジャニー。ジャニー喜多川に、誠心誠意をこめて謝ってもらいたい。自分が大事にしていた事務所、自分の居場所を奪ったことに対して謝ってもらいたいと思っている。事務所をつくった人間でもあるけど、壊した人間でもあるから」
「被害に遭われた方々がいるなかで、自分が軽々に語れることではないけれど、あの事務所がなくなるなんて思ってもみなかった。もちろん独立するという決断をしたのは自分だし、ありがたいことに働き続けられている。
でも、完全に安全神話のもとに成り立っていた事務所だったんだなとあらためて思う」
■あまりに幼すぎる「怒り」
「被害の事実がある以上、ジャニーズという名前をなくすことに異論の余地はないし、それだけで全てが片づくわけでもない。本当にはじめの一歩でしかない。ただ、自分たちが働いていたところ、一度は居着いたところ、いろいろな出会いがあって、さまざまな評価を受けて、何より嵐ができたところ――その屋号がこういうかたちでなくなるのって、やっぱりしんどいよね」
二宮はこの本の宣伝記者会見で、「この本を作るきっかけとは言いませんけど、大本にいる方。彼が人様に迷惑をかけなかったら、僕もこういう道(独立)をたどることもなかった」「でも、あいつは何も言わないんだよな」(スポーツ報知電子版6月16日 4時0分)といったという。
ジャニー喜多川のことを「あいつ」といったと話題になったが、二宮の怒りは、性加害問題でも、被害者への想いでもなく、「ジャニーズという屋号が消えた」ことなのである。
かくして、ジャニー喜多川事件に何らかの形で関わっていたであろう人間たちは口をつぐみ、メディアは“禊は済んだ”と旧ジャニーズ事務所のタレントたちを我先にと起用し始め、事件は風化しつつある。
その総仕上げが、来年春に行われるという「嵐」のラストライブ・コンサートツアーになるのは間違いないのだろう。
藤島ジュリー景子氏の“ほくそ笑い”が聞こえてくるようだ。
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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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