コンビニの店員などからよく聞かれる「お箸は大丈夫ですか?」「レジ袋は大丈夫ですか?」。不要なら「大丈夫」と返答する人が多いが、日本が好きすぎて2年前に日本に帰化した北九州市立大学准教授(言語学)は、「大丈夫」の代用語を使う実験をした。
※本稿は、アン・クレシーニ『世にも奇妙な日本語の謎』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■21世紀の「ヤバい」はマジでヤバい
私は職業柄、これまでずっと言葉の変化を見ているけれど、21世紀でもっとも勢いがある単語は、きっと「ヤバい」だ。
この単語は若者がよく使う印象があるが、私みたいにいい歳をした大人も普通に「ヤバい」を使っている(高齢者にはまだあまり浸透していないみたい)。
ある日、英会話カフェで年配の方々に英語を教えていたら、生徒さんの1人が「先生、『ヤバい』って、どういう意味なんですか?」と聞いてきた。少しウケた。英語ではなくて、日本語についての質問をしたからだ。
「ヤバい」は、もともと「危険」「危ない」という意味だったかもしれないが、今や、日本語の形容詞を半分ぐらい「ヤバい」に言い換えることができる気がする。
「このお寿司はヤバい!」(=美味しい)
「テストの点数がめっちゃヤバかった」(=とても悪かった)
「推しとツーショット撮れた! ヤバッ!」(=とても嬉しい)
「今日のライブ、超ヤバかった!」(=興奮した)
「あなた、ヤバい!」(=面白い)
「彼の顔はマジでヤバい」(=かっこいい)
「すっぴんの私の顔、ヤバいわ」(=恥ずかしい)
「(明日はみんなの前でスピーチで)ヤバい」(=緊張する)
「あの韓ドラは超ヤバかった!」(=感動した)
中学生の娘に聞いてみたら、表情付きの単独で使う「ヤバい」「ヤバッ!」「やべ~」などが一番よく使われているそうだ。また、イントネーションと表情、そして文脈によって意味が変わってくるらしい(つまり、日本語学習者にとって、マジでヤバい現実だ)。
■「ヤバい」という言葉はどこから生まれた?
「ヤバい」という単語はいつから日本語に出現したのか。そして、いつ頃から今のように使われるようになったのか調べてみた。
「ヤバい」は明治時代に誕生した単語なので、そんなに長い歴史があるわけではない。
諸説あるが、語源は「矢場(やば)」だと言われている。江戸時代には矢場という、弓で矢を的にあてる室内遊戯場があった。しかし、裏では隠れて売春が行われていたため、それを取り締まるという意味の隠語として「矢場」という言葉が使われており、それが形容詞化して「ヤバい」になったという説が有力だ。
明治時代になって、的屋(てきや)や盗賊たちが、官憲のことを「ヤバ」と呼んでいたそで、捕まりそうな状況になったら「ヤバい」と言ったらしい。それで「ヤバい」は「危ない」「危険な状況」という意味で一般的に使われるようになったという説がある。
そして、21世紀に入って、「ヤバい」はポジティブな意味でも使われるようになり始めた。
なぜ、「ヤバい」がいい意味で使われるようになったのかは謎だが、国語学者で明治大学文学部教授の小野正弘先生による以下の考察の納得感がヤバい。
「自然災害や事故などで危険な状況に陥った場合、人間は何もコントロールすることができない。そんな状況を『ヤバい』と表現していたが、現在、美味しい物を食べたときや綺麗な景色を見たときにも、よく『ヤバい』を使う。食べ物の美味しさや景色の美しさも自分ではコントロールができない。そのつながりで『やばい』がポジティブな意味で使われるようになったのかもしれない」
「ヤバい」の仲間である「エグい」にも同じような変化が起きている。
■「ヤバい」「エグい」は会話に使わないほうがいい?
「ヤバい」も「エグい」もどんどん意味があいまいになってきている。ある単語が幅広い意味で使われるようになると、外国人のみならず、日本語話者でさえも、どんどん意味がわからなくなるような気がする。
じゃあ、「ヤバい」も「エグい」も使わないほうがいいのか。私はそうは思わない。どちらも若者のコミュニティにおける大切な共通語だからだ。
ただ、いいことも悪いことも全部「ヤバい」と「エグい」になってしまうと、美しい日本語を使う頻度が減ってしまうだろう。それはとても残念なことだ。
「この景色は息ができないほど美しい」「彼女は目を見張るような美人だ」「かぐわしい香り」……日本語にはさまざまな美しい表現がある。
それが、「この景色はヤバい!」「彼女はヤバい!」「この香りはヤバい!」としか言えなかったら、語彙力の乏しさに悲しくなる。
■日本語の「大丈夫」は大丈夫じゃない!
日本に来た時、私はまったく日本語がわからなかったが、定番の表現をいくつか覚えた。
「私の名前はアンです」
「トイレはどこですか?」
「ちょっと待ってください」
「アメリカから来ました」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「大丈夫です」は何百回も言ったり言われたりした。
■「お熱は大丈夫ですか?」に込められた多義的ニュアンス
しかし、最近の日本語の「大丈夫です」は大丈夫だろうか。
本来の使い方とあまりにもずれすぎているので、外国人だけではなく、日本人でさえも困惑しているのではないか。
コロナ禍、マッサージ屋さんに行くことが多かったある日、お店に入って、受付の方にこう尋ねられた。
「お熱は大丈夫ですか?」
一瞬、戸惑いながらも、頭の中で該当する英語に変換していた。
“Is your fever doing okay?”……ヘンなの!
けれど、まぁ、長く日本に住んでいるから、何となく意味はわかる。「もちろん、ここに来る前に熱は測ったよね?」「発熱とか風邪症状がないから、マッサージを施術しても問題ないんだよね?」というニュアンスが、全部この「お熱は大丈夫ですか?」という表現に込められている。
■コンビニで使う「大丈夫です」の用法
「大丈夫」は、もともと中国から入ってきた言葉だ。
周王朝時代、「1丈」は1.8メートルを表す単位だった。だから、1.8メートル以上の身長のある男性を「大丈夫(だいじょうふ)」と呼んだ。日本に入ってきた後、「たくましい」「強くてしっかりしている」「安定できるさま」を表す意味になったそうだ。
コンビニでよく「お箸(はし)は大丈夫ですか?」「レジ袋は大丈夫ですか?」などと店員さんに聞かれる。
これにずっと、どうしても違和感があったので、あるとき「大丈夫を使わない実験」を実行することにした。コンビニで「大丈夫です」を使わない返事をしたら、どのぐらい伝わるかが知りたくてたまらなかったのだ。「大丈夫です」に代わる言葉としては、「結構です」が一番ふさわしいと思ったので、数回試してみた。
「お箸は結構です。ありがとうございます」
こう言ったら、お箸をくれた(大丈夫なのに!)。語尾に「ありがとう」をつけると、「欲しい」と思われるようだ。そこで、「ありがとう」をつけずに「結構です」だけを言ったら、戸惑った様子で、店員さんに「ええっと……お箸は要りませんよね?」と尋ねられてしまった。
結局、本来の意味からはずれているものの、なんだかんだいってもコンビニでは「大丈夫です」が間違いなく伝わるのだ。英語の“I’m good, thanks.”とほぼ同じ意味になると思う(ただ、英語と違って、日本語ではあまり「ありがとう」をつけない)。
一方、「お昼ごはん食べに行かない?」と聞いて、「大丈夫です」と返事をされると、行きたいのか行きたくないのか、正直わからない時もある。
どっちなんだ!
■「大丈夫です」のあいまいさが功を奏した結婚
学生にこの「大丈夫ですの意味があいまい問題」について話をした時、1人が興奮した様子で、こう話した。
「先生! 僕の親は『大丈夫です』のおかげで結婚しました。
なんという面白い話やろう!
その話を聞いて、改めて言葉の魅力を感じた。今の「大丈夫です」の使い方は、本来の使い方からすると確かにずれている。そして、あいまいすぎるから混乱するかもしれない。だけど、あいまいだからこそ、言葉の持つ深い豊かさがある。日本語の「大丈夫」は全然大丈夫だ!
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アン・クレシーニ
応用言語学者・北九州市立大学准教授
アメリカ・バージニア州出身。日本在住歴25年。メアリーワシントン大学卒、オールドドミニオン大学大学院にて応用言語学修士取得。福岡県宗像市在住。宗像市応援大使。
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(応用言語学者・北九州市立大学准教授 アン・クレシーニ)
さて、どんな結果になったのか――。
※本稿は、アン・クレシーニ『世にも奇妙な日本語の謎』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■21世紀の「ヤバい」はマジでヤバい
私は職業柄、これまでずっと言葉の変化を見ているけれど、21世紀でもっとも勢いがある単語は、きっと「ヤバい」だ。
この単語は若者がよく使う印象があるが、私みたいにいい歳をした大人も普通に「ヤバい」を使っている(高齢者にはまだあまり浸透していないみたい)。
ある日、英会話カフェで年配の方々に英語を教えていたら、生徒さんの1人が「先生、『ヤバい』って、どういう意味なんですか?」と聞いてきた。少しウケた。英語ではなくて、日本語についての質問をしたからだ。
「ヤバい」は、もともと「危険」「危ない」という意味だったかもしれないが、今や、日本語の形容詞を半分ぐらい「ヤバい」に言い換えることができる気がする。
「このお寿司はヤバい!」(=美味しい)
「テストの点数がめっちゃヤバかった」(=とても悪かった)
「推しとツーショット撮れた! ヤバッ!」(=とても嬉しい)
「今日のライブ、超ヤバかった!」(=興奮した)
「あなた、ヤバい!」(=面白い)
「彼の顔はマジでヤバい」(=かっこいい)
「すっぴんの私の顔、ヤバいわ」(=恥ずかしい)
「(明日はみんなの前でスピーチで)ヤバい」(=緊張する)
「あの韓ドラは超ヤバかった!」(=感動した)
中学生の娘に聞いてみたら、表情付きの単独で使う「ヤバい」「ヤバッ!」「やべ~」などが一番よく使われているそうだ。また、イントネーションと表情、そして文脈によって意味が変わってくるらしい(つまり、日本語学習者にとって、マジでヤバい現実だ)。
■「ヤバい」という言葉はどこから生まれた?
「ヤバい」という単語はいつから日本語に出現したのか。そして、いつ頃から今のように使われるようになったのか調べてみた。
「ヤバい」は明治時代に誕生した単語なので、そんなに長い歴史があるわけではない。
諸説あるが、語源は「矢場(やば)」だと言われている。江戸時代には矢場という、弓で矢を的にあてる室内遊戯場があった。しかし、裏では隠れて売春が行われていたため、それを取り締まるという意味の隠語として「矢場」という言葉が使われており、それが形容詞化して「ヤバい」になったという説が有力だ。
明治時代になって、的屋(てきや)や盗賊たちが、官憲のことを「ヤバ」と呼んでいたそで、捕まりそうな状況になったら「ヤバい」と言ったらしい。それで「ヤバい」は「危ない」「危険な状況」という意味で一般的に使われるようになったという説がある。
そして、21世紀に入って、「ヤバい」はポジティブな意味でも使われるようになり始めた。
なぜ、「ヤバい」がいい意味で使われるようになったのかは謎だが、国語学者で明治大学文学部教授の小野正弘先生による以下の考察の納得感がヤバい。
「自然災害や事故などで危険な状況に陥った場合、人間は何もコントロールすることができない。そんな状況を『ヤバい』と表現していたが、現在、美味しい物を食べたときや綺麗な景色を見たときにも、よく『ヤバい』を使う。食べ物の美味しさや景色の美しさも自分ではコントロールができない。そのつながりで『やばい』がポジティブな意味で使われるようになったのかもしれない」
「ヤバい」の仲間である「エグい」にも同じような変化が起きている。
もともと「気持ち悪い」という意味だった「エグい」は、今ではポジティブな意味で使われるようになった。
■「ヤバい」「エグい」は会話に使わないほうがいい?
「ヤバい」も「エグい」もどんどん意味があいまいになってきている。ある単語が幅広い意味で使われるようになると、外国人のみならず、日本語話者でさえも、どんどん意味がわからなくなるような気がする。
じゃあ、「ヤバい」も「エグい」も使わないほうがいいのか。私はそうは思わない。どちらも若者のコミュニティにおける大切な共通語だからだ。
ただ、いいことも悪いことも全部「ヤバい」と「エグい」になってしまうと、美しい日本語を使う頻度が減ってしまうだろう。それはとても残念なことだ。
「この景色は息ができないほど美しい」「彼女は目を見張るような美人だ」「かぐわしい香り」……日本語にはさまざまな美しい表現がある。
それが、「この景色はヤバい!」「彼女はヤバい!」「この香りはヤバい!」としか言えなかったら、語彙力の乏しさに悲しくなる。
■日本語の「大丈夫」は大丈夫じゃない!
日本に来た時、私はまったく日本語がわからなかったが、定番の表現をいくつか覚えた。
「私の名前はアンです」
「トイレはどこですか?」
「ちょっと待ってください」
「アメリカから来ました」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「大丈夫です」は何百回も言ったり言われたりした。
私にとって「大丈夫です」は日本での生活に欠かせない表現だ。
■「お熱は大丈夫ですか?」に込められた多義的ニュアンス
しかし、最近の日本語の「大丈夫です」は大丈夫だろうか。
本来の使い方とあまりにもずれすぎているので、外国人だけではなく、日本人でさえも困惑しているのではないか。
コロナ禍、マッサージ屋さんに行くことが多かったある日、お店に入って、受付の方にこう尋ねられた。
「お熱は大丈夫ですか?」
一瞬、戸惑いながらも、頭の中で該当する英語に変換していた。
“Is your fever doing okay?”……ヘンなの!
けれど、まぁ、長く日本に住んでいるから、何となく意味はわかる。「もちろん、ここに来る前に熱は測ったよね?」「発熱とか風邪症状がないから、マッサージを施術しても問題ないんだよね?」というニュアンスが、全部この「お熱は大丈夫ですか?」という表現に込められている。
■コンビニで使う「大丈夫です」の用法
「大丈夫」は、もともと中国から入ってきた言葉だ。
周王朝時代、「1丈」は1.8メートルを表す単位だった。だから、1.8メートル以上の身長のある男性を「大丈夫(だいじょうふ)」と呼んだ。日本に入ってきた後、「たくましい」「強くてしっかりしている」「安定できるさま」を表す意味になったそうだ。
コンビニでよく「お箸(はし)は大丈夫ですか?」「レジ袋は大丈夫ですか?」などと店員さんに聞かれる。
これにずっと、どうしても違和感があったので、あるとき「大丈夫を使わない実験」を実行することにした。コンビニで「大丈夫です」を使わない返事をしたら、どのぐらい伝わるかが知りたくてたまらなかったのだ。「大丈夫です」に代わる言葉としては、「結構です」が一番ふさわしいと思ったので、数回試してみた。
「お箸は結構です。ありがとうございます」
こう言ったら、お箸をくれた(大丈夫なのに!)。語尾に「ありがとう」をつけると、「欲しい」と思われるようだ。そこで、「ありがとう」をつけずに「結構です」だけを言ったら、戸惑った様子で、店員さんに「ええっと……お箸は要りませんよね?」と尋ねられてしまった。
結局、本来の意味からはずれているものの、なんだかんだいってもコンビニでは「大丈夫です」が間違いなく伝わるのだ。英語の“I’m good, thanks.”とほぼ同じ意味になると思う(ただ、英語と違って、日本語ではあまり「ありがとう」をつけない)。
一方、「お昼ごはん食べに行かない?」と聞いて、「大丈夫です」と返事をされると、行きたいのか行きたくないのか、正直わからない時もある。
どっちなんだ!
■「大丈夫です」のあいまいさが功を奏した結婚
学生にこの「大丈夫ですの意味があいまい問題」について話をした時、1人が興奮した様子で、こう話した。
「先生! 僕の親は『大丈夫です』のおかげで結婚しました。
父ちゃんは母ちゃんをデートに誘った。母ちゃんは断るつもりで『大丈夫です』と返事したけれど、父ちゃんは行きたいという意味で受け取った。それで、母ちゃんはNOと言いきらんかったけん、デートに行った。そしたらお互い好きになって、恋に落ちて、結婚したばい!」
なんという面白い話やろう!
その話を聞いて、改めて言葉の魅力を感じた。今の「大丈夫です」の使い方は、本来の使い方からすると確かにずれている。そして、あいまいすぎるから混乱するかもしれない。だけど、あいまいだからこそ、言葉の持つ深い豊かさがある。日本語の「大丈夫」は全然大丈夫だ!
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アン・クレシーニ
応用言語学者・北九州市立大学准教授
アメリカ・バージニア州出身。日本在住歴25年。メアリーワシントン大学卒、オールドドミニオン大学大学院にて応用言語学修士取得。福岡県宗像市在住。宗像市応援大使。
流暢な博多弁を話し、日本と日本語をこよなく愛する。2023年に日本に帰化。研究と並行し、バイリンガルブロガー、スピーカー、ラジオパーソナリティ、テレビコメンテーターとして多方面で活躍。西日本新聞で日本の文化と言葉についてつづる「アンちゃんの日本GO!」を連載中。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「アンちゃんから見るニッポン」が人気。文章を書くことと講演会は生き甲斐。TEDxFukuokaに登壇(2018・2020)。著書『なぜ日本人はupsetを必ず誤訳するのか』(アルク)、『教えて! 宮本さん 日本人が無意識に使う日本語が不思議すぎる!』(サンマーク出版)、『ペットボトルは英語じゃないって知っとうと⁉』(ぴあ)、『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』(合同会社リボンシップ)、『ネイティブが教えるアメリカ英語フレーズ1000』(コスモピア)など多数。
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(応用言語学者・北九州市立大学准教授 アン・クレシーニ)
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