｢都心をわが手中に｣なぜマンションの宣伝は恥ずかしいほど大げさなのか…世界征服系ポエムが｢隠して｣いる事

分譲マンションの広告コピーには「エモさ」を狙ったものが多い。2004年ごろからコピーの収集、分析をしている大山顕さんは「マンションポエムを読むときは、それが何をPRしているかではなく、何を隠しているかを考えるとよい」という――。※本稿は、大山顕『マンションポエム東京論』（本の雑誌社）の一部を再編集したものです。■本気では受け止められないマンションポエムぼくはよく「マンションポエムは何を表しているのか？」と質問される。このもっともな質問に、しばらく回答できずにいた。そもそも、マンションポエムに意味はあるのだろうか？ チラシや中吊り広告で目にしたことがあるはずだが、ほとんどの人はマンションポエムをちゃんと読んでいないだろう。読んだとしても、そこで謳われていることを真に受けたりしないはずだ。「YAMANOTE OF NOBILITY IN KOMAGOME――この地で新しい暮らしをはじめる方に敬意を表して『山手貴族』と称しました。」（「レ・ジェイド 駒込」日本エスコン／三信住建・2017年築）を見て貴族たらんとする人はいないだろう。「ここでの暮らしは、どこかニューヨークのそれに似ている。」（「ミッドサザンレジデンス御殿山」三菱地所／双日／東京建物・2007年築）というコピーを見て「そうかニューヨークみたいなのか、じゃあ住もうか」と思う人はおそらくいない。あるいは「ここに住むこと。それは、札幌都心のすべてを手中にすること。」（「リビオ中島公園アルファタワー」新日鉄興和不動産・2009年築）、「天王寺・阿倍野エリアを手中に収める暮らし。」（「パークタワーあべのグランエア」三井不動産レジデンシャル・2013年築）などを読んで、街の支配を本気で企む人もいないはずだ。こういった本気にされない言い回しはマンションポエムにいくらでも見られる。■人気の街を手中にする「世界征服系ポエム」ちなみに「手中に収める」「掌中にする」という表現は多くのマンションポエムで見られるもので、ぼくはこれらを「世界征服系ポエム」と呼んでいる。都心に立地することや交通利便性を大仰な言い回しで表現したものだ。たとえばこういうものがある。「東京を手中にする六本木に、タワーライフの創造を。」（「マジェスタワー六本木」東急不動産・2006年築）「現代東京の先進トレンドをも手中におさめる」（「シティハウス蔵前レジデンス」住友不動産・2016年築）「世界一のターミナルから、あらゆる都市を手中にする。」（「シティタワー新宿」住友不動産・2023年築）「田無の街を手に入れる。」（「サンクレイドル田無二番館」アーネストワン・2013年築）「大阪、梅田、この大都市を制するもの」（「ザ・セントラルマークタワー」住友商事／MID都市開発／大和ハウス工業・2015年築）「京都都心をわが掌中に。」（「プレミスト京都五条」大和ハウス工業・2024年築）■「日本を意のままにするステイタスを纏う」もっとはっきりと「TOKYOの主（あるじ）となる場所がある。」（「プラウド恵比寿南」野村不動産・2017年築）と謳うものも。「特急停車の北野駅より、京王線を掌握。」（「シティハウス八王子北野ステーションコート」住友不動産・2017年築）という、鉄道を押さえにかかった例もある。クーデターか。「六本木を掌中にして、静穏なる日常を叶える地。」（「ジオグランデ元麻布」阪急不動産・2017年築）という強気のポエムもあるが、うっかり六本木なんかを支配しちゃったら「静穏なる日常」など送れまい。「日本を意のままにするステイタスを纏う」（「シティハウス東京八重洲通り」住友不動産・2019年築）などというぶっそうなものもある。購入をためらうレベルだ。このような、本気では受け止められないことを見越した威勢の良い言い方が可能なのは、マンションの購入は「決済が遠い」からだ。マンションはオンラインで購入ボタンを押せば買えるようなものではない。モデルルームに行き、そこで担当の営業がつきっきりになり、勤め先から家族構成から電話番号から年収から、およそあらゆる個人情報を差し出し、建設予定地周辺を下見し、クチコミサイトを覗き、銀行との折衝を行い……という長期にわたるプロセスの末に買うものだ。そして支払はローンという形でずっと続く。■首都圏のマンションなら約300万円が広告費広告はほんの入り口であり、だからそこで綴られる言葉はポエムであることが許される。契約のハンコを押す時点で最初に目にした広告コピーを覚えている人はほとんどいないだろう。認知のきっかけに過ぎないからこそ、気を引くことが第一の目的になる。一方で、マンションポエムにはお金がかかっている。当節、これほどの予算をかける広告もめずらしい。新築マンションの広告・宣伝費は販売価格の3～5％。ディベロッパーや地域、時期、個々の物件によってまちまちだが、おおざっぱに言ってこれぐらいだといわれている。2023年における首都圏の新築マンション一戸あたりの平均価格は8101万円。ということは単純計算で、そのうち300万円前後が広告のために当てられていることになる。もっとも、これにはマンションギャラリーの設営やテレビCMなどの予算も含まれるので、すべてが「ポエム代」ではないが。■三井、三菱など財閥系ディベロッパーに名作アリもちろん、マンション広告にも安易に言えないことがある。宅建業法には誇大広告を禁止する条項があり、多くのディベロッパーが会員になっている不動産公正取引協議会も広告規約を定めている。たとえば「日本初」や「最高級」「完全」などといった表現は根拠がなければ使えない。こういった規制が結果的に要領を得ない詩的な表現を生む理由のひとつになっている側面もあるのではないか。だとすると、いわゆる優良誤認を防ぐための措置が、結果として大仰な言い回しを誘っていることになるわけで、これはこれでおもしろい事態だ。また、建設以前の物件がまだ存在しない段階で広告を打たなければならないという、マンションならではの事情もポエムを生む原因として大きいだろう。未確定な要素が多く、具体的なアピールができないからだ。いずれにせよ、誰も本気にしていないメッセージとは、なんと高度消費社会的だろうか。ここで伝わっているものは何か。それはポエムが謳う内容ではなく「大手ディベロッパーが気合いを入れて宣伝してるから信頼できそうだ」というメタ・メッセージだ。実際、長年にわたってマンションポエムを観察してきたぼくの感触では、財閥系を中心とした大手ディベロッパーの物件が謳うものに名作が多い。■なぜ誰も本気にしないメッセージを出すのか『マンションポエム東京論』（本の雑誌社）をしたためるにあたって貴重な資料のひとつとなったのは、分譲住宅の広告ビジュアルを集めた資料だ。ぼくのようなマンションポエム研究者のために編まれたわけではなく、コピーライターや広告デザイン関係者に向けたもの。最近は刊行されていないようだが、1990年代初頭から2000年頃まで複数の出版社から豪華な図録の体裁で定期的に刊行されていた。こういうものが出版されるぐらい、マンション広告はお金と知恵を絞ったものなのだ。一見、馬鹿げたもののように見えるマンションポエムだが、多くの関係者による協議を経て作られている。だから読み込んでいくといろいろなことが見えてくる。マンションポエムを通じて都市を見る、という試みが可能なのは、いましがた言ったことと矛盾するが、これらの詩が「本気」だからだ。■マンションポエムの頻出単語とは？とはいえ、アクが強すぎる個々のマンションポエムから、それが表しているものを探るのは至難の業だ。そこで、テキストマイニングを行うことにした。これは、文章を単語や文節に分解しその出現頻度や相関を調べるというもの。これまで収集してきた大量のマンションポエムをバラバラにして、登場する語句の統計をとり、その意味をさぐろうというわけだ。自分でもあきれたが、分析にかけたマンションポエムの量はのべ1648物件。最も古い物件は1997年だが2014年以降の、東京圏と大阪圏の物件がほとんどである。札幌や沖縄のマンションも含まれているが、それほど多くはない。大まかに言って、1990年代が2％、2000年代が8％、2010年代が80％、2020年代が10％である。収集はもっぱら物件ウェブサイトを対象にしている。多くの物件ページではポエムの文字を画像として載せているので、分析のためにテキスト起こしをしなければならなかった。これがたいへんな労力であったことをここでアピールしておきたい。自分で文章の打ち直しを繰り返してきたせいで、ぼくのパソコンの漢字変換がすっかりマンションポエム用語を学習してしまった。「とき」を変換すると1発で「刻」になるし、「いえ」を打つと「邸」と出る。おかげで、メールの文面がポエム調変換のまま送信されてしまうことがあって恥ずかしい。「その日なら邸にいます」とか。■第3位「暮らし」、2位「都心」、では1位は？このような苦労ときまりわるさを経て、1648物件のマンションポエムの分析に乗り出した。抽出された語句のなかから「が」「も」「の」などの助詞やどんな文章でもよく出てくる語を除き、特徴的だと思われるものを数え、多いものから順位づけした。その結果が図表1だ。ご覧の通り、第1位「街」、第2位「都心」と続く。マンションポエムは、物件が建つ場所、要するに立地について言葉と表現を費やしていることが分かる。マンションポエム、それは立地の詩なのだ。これは長年観察してきての感触と合致している。一見、ただただエキセントリックに言葉を連ねているだけのように思えるマンションポエムだが、こうして分析するとちゃんと傾向が見えてくる。■立地自体がマンションの最大の価値この分析結果からさきほどの問い「マンションポエムは何を表しているのか？」に答えるとしたら、その回答は「物件の立地がいかに素晴らしいかを表している」ということになるのだろうか。ぼくは違うと思う。そもそも問い自体を180度反転させるべきなのだ。つまりマンションポエムは何を「表していない」のか、と。よく考えてみてほしい。マンションポエムとは、マンションを売るためのコピーだ。つまり、商品はマンションだ。ところが見ての通り建築物を表す語は上位にほとんど出てこない。マンション広告のひとつに「土地の上にどんなにいいものを建てても、土地に魅力がなければ住む方に喜んではもらえない。立地自体の魅力がマンション事業における重要なポイントだと認識しています」（「オーベル鷺沼マスターレジデンス」大成有楽不動産・2018年築）という1文があった。建築否定である。そうなのだ。マンションポエムはマンションを表していない。別の言い方をすると、マンションポエムは、マンションを隠している。ぼくがマンションポエムの収集対象にしているマンション広告ウェブサイトにはかならず「デザイン」というページがあって、そこではマンション建築について語られている。しかし、建築デザインや設備内装などに関するポエムがトップページやコンセプトページに載ることはほぼない。折り込みチラシやポスターでも、表面の1番目立つところに大きな文字で書かれるのは立地のポエムだ。しかも「デザイン」ページに掲げられたポエムですら、たとえば「憧憬の地に暮らす歓びを。」（「THE ASAKUSA RESIDENCE」住友不動産・2023年築）といったように、結局立地について謳われていたりする。この物件は、トップページでももちろん「浅草の本流 浅草1丁目アドレス×東京メトロ銀座線「田原町」駅徒歩4分」と、立地について謳っている。■津田沼6000万円、港区1億6000万円の差とは？なぜマンションポエムは売り物であるはずのマンションについて触れないのか。ひとつには、広告を打つ時点で建物が存在しないからという理由がある。だが最大の理由は、物件の価格の根拠がもっぱら立地にあるからだろう。たとえば同じ平米数で3LDKのマンションが、ひとつは津田沼で6000万円、もうひとつは港区で1億6000万円という場合だ。こんにち、建築・内装は高度に工業部材化されており、本質的にどの物件においても同じだ。もちろん設備にもグレードの違いはあるが、それでもこの価格差を説明しない。だとすればこの1億円の開きは何なのか。それは建っている場所の違いだ。マンションを買うというのは立地にお金を払っているということだ。建築・空間としてのマンションそれ自体はさして価格の根拠にならない。だからその広告コピーであるマンションポエムはマンションを隠す。----------大山 顕（おおやま・けん）写真家、ライター1972年生まれ。千葉大学工学部卒業後、松下電器株式会社（現Panasonic）に入社。シンクタンク部門に10年間勤めた後、写真家として独立。出版、イベント主催なども行っている。著書に『工場萌え』（石井哲との共著、2007年）、『団地の見究』（2008年）、『ショッピングモールから考える』（東浩紀との共著、2016年）、『立体交差』（2019年）などがある。----------（写真家、ライター 大山 顕）