ボールが頭を直撃して救急車を呼んだ…接待ゴルフの名人が警告｢昭和になくて､現代で急増している｣危険な行動

川淵三郎さんはJリーグを創設する前の30年間、古河電気工業で営業に明け暮れた。サラリーマン生活で培ったゴルフマナーは88歳の今でも役立っているという。ノンフィクション作家・野地秩嘉さんの連載「一流の接待」。第5回は「接待ゴルフで絶対にやってはいけないこと」――。■「教え魔おじさん」は最悪であるゴルフの練習場へ行ったことのある人は経験があるかもしれないが、「人に教えるのが好きなおじさん」という存在がいる。「アドレスだけれど、もう少し右肩を下げたほうがいい」こんな話をしているからレッスンプロかと思ったら、単なる「人に教えるのが好きなおじさん」だった。人に教えるのが好きなおじさんはゴルフ場にもいる。同伴者になったら、教わることになってしまう。接待ゴルフでは絶対にやってはいけない行為だ。川淵三郎さんは上手だから人にアドバイスをすることがある。ただ、それには原則があるのだという。「ゴルフの技術は人に教えてもなかなかうまくはならないものです。人は尊敬している人の言うことしか聞かないんです。人に教えるにはまず、人から尊敬される人にならなくてはいけない」■バンカーでは「肩の高さ」までクラブを上げる「僕は教えてください、アドバイスをくださいと言われても、前半は絶対言わない。前半は見ているだけです。後半になって、気になる点があればせいぜいひとつかふたつです。最初から人に教えるのはエチケットに反するし、本当にその人の弱点なのかどうかわからないからです。僕が見ていて、この人はここが苦手だなと感じたらワンポイントで伝えることにしている。それも、人が混乱するようなアドバイスはしない。肩が回ってないとか、グリップが悪いと言われても、人は混乱するよ。それよりも、バンカーに入った時はクラブを腰の高さではなく、肩の高さまで上げて、そのままゆっくりおろしてくださいと言うことにしています。そうすればだいたい、バンカーからボールは出ます。バンカーから出せない人って、ホームランするのが怖くてスイングが小さくなっている。肩の高さまで上げてそのまま下ろしたら、たいていの人は出ます。誰がやってもできるアドバイスをすることです。他には、そう、接待ゴルフでホスト役の人はルールとエチケットを知っておくことでしょう。たとえば、ティーグラウンドに上がってボールを打とうとしている時、そばにいる人は絶対にしゃべってはいけない。接待ゴルフだとつい声をかけたくなったりするけれど、それはいけない。セカンドショットの時でも同じです。また、バンカーでは高いところから入ってはいけないとか、パットする人の正面に立ってはいけないとか、そういうエチケットを知らない人、多いんです。接待ゴルフではちゃんとわかっていてエチケットを守らないといけない」■「ボールが頭を直撃」絶対にやってはいけないこと「それと、大切なのは人が打っている時には基本的に前方にいてはいけない。今はプレー時間短縮のために早く自分のボール位置まで行くことが多いけれど、前方へいるのは危険です。たとえばアイアンの場合には右に行きやすい。人がアイアンで打とうとした時はその人の右側にいてはいけません。逆にフェアウェイウッドは左にひっかけやすいから、左の前方にいてはいけない。そういうことをよく知っていて、対応することです。バンカーで打つ時も、近くに寄ってはいけません。バンカーからのボールはどこへ行くかわからない。僕はバンカーからのボールが人の頭を直撃したのを2回、見たことがあるけれど、頭にボールが当たった瞬間、その人がバタッと倒れてしまい、救急車を呼びました。スマホでその人のスイングを撮影しようなんて人がいるけれど、絶対に危ないからやめましょう。人が打つところに近寄ってスマホで撮ろうとする人がいるでしょう。あれは危ない。止めることです。バンカーに限らず当たったら、悪いのは打った人ではなく、前で見ていた人だから。それでもボールを当てた人は責任を感じてしまう」■サッカーの代表監督と接待上手の共通点川淵さんはふと思いついたように言った。「接待には向いている人とそうではない人がいる。いちばん向いているのはサッカー界では日本代表の監督をやった人かな」どういう意味ですか？ 川淵さんも代表監督をやったことがありますねと言ったら、長い答えが返ってきた。川淵さんはこう言った。「ゴルフの接待をやっていて、アドバイスをする人がいるでしょう。なんでもかんでも教えるような人は代表監督にはなれない。試合中に選手に伝えるアドバイスと同じで、なんでもかんでも言っていいわけじゃない。試合中に選手に伝える場合はポイントを絞る。代表監督は『今一番何が悪いか、ここを修正してほしい』という一点だけを伝えるべき。ゴルフの最中に、いろいろ修正してくださいといってもそんなことはできません。一度に3つも4つも指示を出すのはダメです。あれもこれもと多くのことを言ったら、かえって選手は何をすればいいかわからなくなり、アドバイスを受けないのと同じになってしまう。伝えるポイントはひとつだけ。これが原則。代表監督はそこをわかっているから接待ゴルフをうまくやるでしょう。試合中にはたとえば、『ボールを止めずに、ダイレクトでパスすることをもう少し意識しよう』といった具体的な指示をひとつだけするんです」■今ほど代表監督をやることが難しい時代はない世界各国を見ても、トップクラスの監督はあれこれと指示しない。それを見習ってゴルフ接待におけるレッスンもコース上では具体的なことをひとつだけにする。「森保（一）監督は向いている。彼は接待もうまいんじゃないか。今ほど代表監督をやることが難しい時代はないからです。なぜならかつての時代、日本人でも外国人でも監督をする人はJリーグなど日本国内での指導経験が主だった。選手たちにとって必ずしも『世界レベルの監督』というイメージではなかったんです。しかし今は、選手たちの多くが日常的に欧州のトップリーグで、世界レベルの監督の下でプレーしています。そのため、選手たちは常に代表監督の指示や戦術を所属クラブの世界的な監督と比較します。代表監督は代表選手から『ああ、やっぱり海外の監督とはレベルが違うな』と思われてはいけない。代表監督にとっては非常に厳しい状況にある。選手の大半が欧州の主要5大リーグなど、超一流のクラブでプレーしていますからね。そうなると、選手たちは日常的に世界トップレベルの監督の指導を受けている。その経験から、『代表監督の言っていることは、うちのクラブの監督と違うな』とか『このやり方はおかしいんじゃないか』と思われたら、もう信頼を失ってしまう」■出場機会の少ない選手へのケアがすごい「代表監督はその状況を十分に理解したうえで、選手に何をどう求めていくか考えなければなりません。昔のように『こうしろ、ああしろ』と一方的に型にはめようとしたり、逆に、普段クラブで比較的自由にプレーし特定のポイントだけ要求されている選手に対して、代表でがんじがらめに縛るような指導をしたりしたら、チームとして機能しなくなる。森保監督の優れている点は、まず選手たちの意見や考えをよく聞いた上で、それを踏まえて総合的に判断し、『こういう方向で行こう』という指針を示すところ。まず『聞く』ことから始めているわけですね。接待もそうです。ホストはああしてください、これがおいしいですよと一方的に言うのではなく、まず、相手から好みを聞くこと。サッカーの話に戻りますが、選手にとっていちばん面白くないのは、やはり試合に出られないこと。試合に出られなくて満足している選手などいませんから、出場機会の少ない選手へのケアが非常に重要です。森保監督はそれも十分にやっている。たとえば日本に来たブラジル人の監督は、レギュラーと認めた選手とそれ以外の選手とでは、接し方にはっきりとした区別をつけるんです。練習はレギュラー組中心です。それ以外の選手にはあまり細かい指示はしない。選手は自分がレギュラーでないとチーム全体の流れを把握しきれない側面がある」■コンペの気配りは「賞品」に込める「しかし森保監督は、出番の少ない選手にも目を配り、チャンスがあれば起用します。現に、試合ごとにメンバーをガラッと変えることがありますよね。そういった選手へのケアがうまいからこそ、森保監督は通算で6年も代表監督を務めているんです」ゴルフ接待の話に戻る。川淵さんは「キャプテンズカップ」という自身が幹事を務める大きなゴルフコンペを20年以上も主催している。接待に努めるほか、コンペの賞品、ひとつひとつまで誰にどう渡すかまで細かく気を配っている。たとえば、内輪の人間に良い賞品が当たると、その場で変えたりする。お客さまのためにという気持ちが明確だ。川淵さんは教えてくれた。「コンペは、お客さまに喜んでもらうのが目的です。キャプテンズカップの場合はサッカー協会に尽くしてくれたスポンサー、マスコミ関係者の方を第一に考えます。順位自体はルール（ダブルペリアなど）で決まるので変えることはできない。しかし、賞品は変えられる。3位よりも5位の賞品がよくてもかまわないわけです。また、コンペに何度も参加していて、何ももらったことがない人には必ず何か当たるようにします。それでも賞品がもらえなかった人には、賞をもらった人が少しでも分けてあげる。そのために分けられる商品を用意するとか。そういう心遣いが必要だと思うんです。でも、その場で『分けてあげれば』とは私からは言いにくい」■スコア100前後の人にこそ喜んでもらう「キャプテンズカップでは私が2位、3位になって賞品をもらったりすることがよくあります。すると、それは世話をしてくれているスタッフみんなに分けてあげることができる。主催者は賞品を辞退しなくてもいい。大切なのはホスト側が優勝したりしないこと。過去の優勝者との重複もダメです。優先されるべきはサッカー協会がお世話になっていて、かつ、あまりゴルフがうまくない方（例えばスコア100前後）です。ダブルペリアは隠しホール次第でハンデが多くつくので、普段上位に来ない方でも優勝できる可能性があります。そういう方に喜んでもらうのが目的なんです。隠しホールを変えてハンディキャップ算出方法も変えて、順位表を3通り作っているんです。その中で最適者を優勝者に決めます。それも実は僕が考えたこと。お客さまに喜んでいただくのが目的のコンペだからです。実は、昔、僕自身、キャプテンズカップで優勝してしまったことがあるんです。これはまずいなと思って、その後3通り作るようになりました。その時は、参加されていたサッカーボール製造のモルテンの社長が一番遠方（広島県）から来られていたので、『この優勝はお譲りします』と言って、優勝カップをお渡ししたんです。そしたら、すごく喜んでくれて『これは社内報に載せます！』」■勝者と最下位に良い賞品を出す理由「後日、その社内報を見たら、一面に『（キャプテンズカップで）優勝カップをいただきました』と書いてあるんですよ。『優勝しました』じゃなくて『いただきました』。別に間違いじゃない。これは面白い、社長はユーモアのある人だなと思いました。でも、よほど嬉しかったんでしょうね」接待コンペの優勝賞品については伊藤忠の岡藤正広会長もまた細かく神経を使う。優勝者とブービー（最下位）の人に同じくらいの良い賞品を出す。ゴルフコンペの場合、ブービー賞をもらうような人は、通常、賞品をもらう経験がない。そこでたまには良いものをもらって帰って、喜んでほしい、ということでしょう。一流の接待に通じている人は渡す賞品について秘書まかせにはしないのである。■キャプテンが明かす「いちばん大切な接待相手」川淵さんは文化勲章の受章者だ。日本のスポーツ界では水泳の古橋廣之進（2008年）と、野球の長嶋茂雄と川淵さんだけである。受章の祝賀会が国立競技場で開かれた時、川淵さんは奥さまの康子さんをしっかりとハグした。500人以上の人が見ているなかで、妻をしっかりとハグしている姿を見た時、わたしは「川淵さんは接待の名人だ。なんといっても誰よりも奥さんを接待している」と感じた。その感想を伝えたら、川淵さんは笑った。「人生でいちばん大切な『接待』相手は奥さんですよ。そういう意味で、僕は接待の鑑(かがみ)というべきか。日本人は奥さんへの愛情表現を恥ずかしがってなかなか口にしませんが、私はしょっちゅう言っています。50代になってからかな。それまで私はサッカーの仕事で忙しくしていたから、そんなことを言うタイプではなかった。しかし、その頃からは子どもがいる前でも平気で言うようになりましたね。『お母さん（奥さまの康子さん）のおかげで、俺は本当に元気でいられる。毎日こんなにおいしい食事を作ってくれて、健康でいられる。本当に心から感謝してるし、愛してるよ』そういうことを平気で言う。すると、女房は決まって聞こえないふりをするんですよ。完全に無視です」■無視され、ひっぱたかれてもハグしよう「たとえ無視されても、しょっちゅう『心から感謝している。毎日おいしい料理をありがとう。康子さんのおかげで幸せな人生を送れた』などと言わないとダメ。呼び方も常に敬意を込めて必ず、康子さん、お母さんなど、呼び捨てにはしていません。文化勲章の時もそうですが、女房は私がいつも感謝していることをわかっているはずなんです。女房は『どうせ冗談半分で言ってるんでしょ』みたいな態度をとりますけど、むろんわかっていると思いますよ。内心ではね。ですから、たくさんの皆さんの前でお祝いしていただいた時に、女房には『みんなの前でお礼を言うからな』と事前には伝えておいた。『その時は僕の横に来て感謝のことばを聞いてほしい』と。だって、事前に『ハグするぞ』なんて言ったら絶対に拒否されることはわかっていた。人前でそんなこと……と嫌がりますからね。パーティ当日、第一声で『康子さん、ハグさせてください！』と言ったら、本当に困った顔をしていました。後日、その時、撮られた写真を見たら、女房はハグされながら、一方で、抱き寄せられないように、必死に私の手を抑えていた。それがおかしくてね。でも、あれは皆さんにも好評でした。やっぱり、奥さんを接待することです。人前で感謝を示すこと。歯の浮くような言葉であっても、日夜、愛している、感謝していると言い続けること。それは良いことですし、人生が楽しくなる」接待の極意はハグにある。それも身近な人をハグする。川淵康子さんは川淵三郎のハグから逃げようとして必死に抵抗した。おそらく、すべての妻は旦那のハグを拒否するだろう。それでも、機会があれば人前で妻をハグするべきだ。しかし、この接待はもっとも難度が高い。下手すると、ひっぱたかれるかもしれない。----------野地 秩嘉（のじ・つねよし）ノンフィクション作家1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』（プレジデント社）、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』（千住博解説、新潮文庫）、『名門再生 太平洋クラブ物語』（プレジデント社）、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』（ダイヤモンド社）など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』（JTBパブリッシング）にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。----------（ノンフィクション作家 野地 秩嘉）