アメリカのドナルド・トランプ大統領は各国と新たな関税交渉を行い、「歴史的勝利」をアピールしている。7月には、日本に課すとしていた相互関税を当初の24%から15%に抑え、合意した。
■トランプ氏が叫んだ“勝利宣言”
トランプ大統領は「アメリカ・ファースト(アメリカ第一)」をモットーに、各国に関税率アップの要求を突きつけている。
一部ではその成果を認める声もあり、一定の譲歩の引き出しに成功しているとの見方があるようだ。米ワシントン・ポスト紙は、トランプ氏が「世界経済を意のままに再編している」と指摘。一方的な関税政策に各国が従いつつあると報じた。
諸外国の動向としては、欧州連合(EU)が7月27日、アメリカによる15%の関税を受け入れる枠組み協定に合意している。EUは関税受け入れと引き換えに、2028年までに7500億ドル(約110兆円)相当のアメリカ産エネルギー製品の購入と、6000億ドル(約89兆円)の新規投資を約束した。トランプ大統領は翌28日、「これまでで最大の貿易協定に署名した」と勝利を宣言している。
他国も追随している。ベトナム、インドネシア、フィリピン、イギリスは、相次いでアメリカの関税引き上げを受諾。トランプ政権が設定した期限を前に、より高い関税を回避するためやむなく妥協した形だ。
日本も大幅な譲歩を迫られた。トランプ氏は、従来2.5%だった実効関税率について、4月から5月時点の交渉で、24%の“相互”関税を導入すると宣言。自動車に関しては、一方的に25%の追加関税を設けると述べた。従来税率と合わせ、計27.5%となる。その後の交渉で数字は減少。最終的に7月、日本は15%の関税を受け入れ、さらに5500億ドル(約82兆円)の対米投資を約束することで合意に至った。
■アメリカ車が売れないのは米企業の努力不足
だが、不平等な貿易の解消を謳うトランプ氏の主張の根拠は極めてあいまいだ。
協議の主な焦点のひとつとなったのが自動車関税だが、そもそも日本の自動車産業をターゲットとした追加関税は、まったく理に適っていないとの指摘も出ている。アメリカ車が売れないのは日本市場が閉鎖的なためではなく、アメリカ企業の努力不足が原因であると、複数の海外メディアが分析している。
トランプ氏は「日本は10年間でアメリカ車を1台も買っていない」と主張したのに対し、英ガーディアン紙は、実際には2024年だけで1万6707台を輸入していると指摘。日本自動車輸入組合は「加盟企業から非関税障壁に関する要望は一切ない」と明言し、自動車専門のコンサルタントも障壁の存在を否定する。
同記事は、真の問題はアメリカ側にあると論じている。
■日本市場は自ずと守られる
米メディアからも、ニューヨーク・タイムズ紙が、日本市場への参入は構造的に困難だと認めている。同紙は、日本が左側通行であり、右ハンドル仕様が必要であると指摘。アメリカメーカーはこうした仕様の車をほとんど生産しておらず、「大量販売の確証がない限り、工場スペースを右ハンドル車専用に割く可能性は低い」と分析する。
製品ラインナップも明らかに日本とはミスマッチだ。アメリカが得意とする大型SUVやピックアップトラックは、日本の狭い道路事情に適さず、燃費効率を重視する日本の消費者ニーズともかけ離れている。同紙は「日本の消費者の多くはセダンや小型車を購入する」と指摘し、大型・高価格というアメリカ車の特性そのものが障壁となっていると示唆した。
壊れやすさと相まって、日本の消費者の関心は高くない。トランプ氏がいくら「市場開放」を迫ろうとも、こうした構造的要因により、結局のところ日本市場は自ずと守られるだろう。
■米紙「日本車を輸入するより関税が高くなる」
アメリカ国内の反応はどうか。
特に強いのが、自動車業界からの風当たりだ。当初27.5%で対日交渉に臨んだトランプ氏は、日本の強い抵抗を受け、15%への妥協を迫られた。結果、同紙は、カナダやメキシコなどからの輸入部品を使ってアメリカ内で製造した車の方が、日本で製造された車よりもかえって高い関税がかかるという矛盾が生じていると指摘している。米製造業の再興をねらうトランプ氏の指針は、現実を前に早くも頓挫しかけている。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が指摘するように、基本的にカナダとメキシコへの関税には、USMCA協定による免除措置が存在する。ただし、すべての製品が自動的に免除されるわけではない。カナダのグローブ・アンド・メール紙は、例えばトヨタの米国部門がカナダ製自動車をアメリカに出荷する際、非アメリカ製の部品に対して25%の関税を支払っていると解説している。
■「アメリカ自動車産業をまた見捨てた」と自動車団体は猛反発
また、ミシガン州立大学のジェイソン・ミラー教授は、米政治ファクトチェックメディアのポリティファクトに対し、「メキシコからのすべての自動車部品がUSMCA協定に準拠しているわけではなく、それらも関税対象になっている」と指摘。
また、自動車部品の輸入ではメキシコが1位だが、2位はリチウムイオンバッテリーを輸出する中国となっており、対中国では125%の高率関税が発動中だ。アメリカ製を買うことでコストが抑えられると主張するトランプ政権だが、「彼らは単に物事を単純化しているばかりか、明白な嘘をついている」とミラー氏は強く批判した。
こうした事態を受けニューヨーク・タイムズ紙は、「彼ら(米自動車各社)は、カナダとメキシコの工場やサプライヤーからの輸入に25%の関税を支払わなければならず、日本の15%と比較して不利だと懸念している」と強調した。
米自動車各社はすでに、関税による減益を見込んでいる。政治メディアのポリティコがまとめたところによると、GMは第2四半期で10億ドルの利益減少を報告。テスラも関税の影響で収益性が低下している。
また、トランプ氏は当初「他国とは自動車関税で取引しない」と断言していたが、日本との合意後、EUや韓国とも同様の15%関税への引き下げ交渉を開始。GM、フォード、ステランティス(クライスラーブランドなどを所有)の米主要自動車メーカー3社でつくるアメリカ自動車政策評議会は、この政策転換を「アメリカ自動車産業を再び見捨てた」と痛烈に批判している。
■「実質的な増税」アメリカ家庭は年間37万円の負担増
アメリカでは、消費者の日常生活も岐路に立たされている。ワシントン・ポスト紙は、市民生活への影響を分析。関税はとどのつまり税金の一種であり、そのコストはアメリカの企業と消費者が最終的に負担することになると警鐘を鳴らす。
こと深刻なのが、日用品の価格高騰だ。自動車、スマートフォン、冷蔵庫など、現代生活に欠かせない製品の多くが海外のサプライチェーンに依存している。製品ごとに数十あるいは数百という数の部品が世界各地から調達されており、関税はその全てに影響を及ぼす。トランプ氏としては国内製造に誘導したい考えだが、これに対して同紙は、こうした複雑な製品の全部品をアメリカ内で製造することは「コストがかかり非現実的」だと断じる。
仮に国内生産に切り替えたとしても、規模の経済を失い、製造コストは劇的に上昇する。その負担は最終的に消費者価格に転嫁され、中間層の家計を直撃することになる。トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、皮肉にもアメリカの消費者を最も苦しめる結果となりかねない。
日本車以外への影響も生じる見込みだ。ニューヨーク・タイムズ紙は、ドイツ、韓国、EUなど高級輸入車の場合、1万5000ドル(約220万円)以上価格が上昇すると試算している。
米イェール大学が設置する経済政策研究機関のバジェット・ラボは7月30日、連邦準備制度理事会(FRB)が関税後に金融引き締め策を実施しない場合、1.8%の物価上昇が生じるとの分析を公開した。一方でFRBが引き締めに動いた場合では、賃金低下の流れが生じ、アメリカの平均的な世帯において2025年だけで年間2400ドル(約35万7000円)の所得減が予想されるという。
いずれにせよアメリカの家計にとって実質的な負担増となり、特に中間層以下の家計に重くのしかかる。トランプ氏が掲げた「アメリカ・ファースト」の看板とは裏腹に、最も苦しむのはアメリカの一般市民という結果となっている。
■日本の勝利でもない
アメリカ企業や国民が苦しむ一方、では、日本が完全勝利を収めたかと言うと、そうでもない。
ムーディーズ・アナリティクスのステファン・アングリック氏はCNBCに対し、「これを(日本にとって)良いニュースと呼ぶのは躊躇する。15%の輸入関税は日本の出発点よりはるかに高い」と指摘した。
15%未満への譲歩を引き出せなかった理由に、安倍政権時代の成功体験を過信したとの指摘がある。元米通商当局者のグレン・S・フクシマ氏はニューヨーク・タイムズ紙に、「日本の当局者は、安倍氏がトランプ氏をうまく扱えたことから、トランプ氏の日本観が変わったと誤解した」と批判的な見方を示した。
一方で、英BBCは市場の反応として、協定発表後に日経平均が3.5%以上上昇したことを報道。25%でなく15%で済んだことで、国内で安堵感が広がったのは事実だ。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のように、肯定的評価もある。
同紙によれば、日本の交渉団は終始一貫して毅然とした態度を貫いた。5月下旬、ラトニック商務長官らが日本の輸出台数に上限を設ける「自主的輸出制限」をちらつかせても動じることなく、25%の自動車関税を維持する協定には断固として応じない姿勢を堅持。赤沢経済再生担当大臣は4月以降、7回もワシントンを訪問し、粘り強く交渉に臨んだ。
■交渉は双方に不利益な「lose-lose」に終わった
同紙は、日本の石破首相も「自動車は我が国の主要な国益」であると明言し、譲歩を拒んだと言及。結果として当初24%だった相互関税を15%まで引き下げさせることに成功した。
ワシントンのNPO法人コンペティティブ・エンタープライズ・インスティテュートのシニアエコノミスト、ライアン・ヤング氏は、ニューヨーク・タイムズの取材に、一連の駆け引きをこう総括している。この協定は日米両国にとっての「lose-lose(双方が損をする)」な取引であった、と。
関税は米政府の赤字補填に役立つかもしれないが、長期的に日米双方の経済にとってマイナスとなることは間違いないだろう。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
しかし米紙は「他国から部品を輸入して自動車を製造するよりも、日本車を輸入するほうが関税が安くなる矛盾」を指摘。トランプ政権の関税政策によって、日米双方が損をする「lose-lose」な状況に陥ったと報じている――。
■トランプ氏が叫んだ“勝利宣言”
トランプ大統領は「アメリカ・ファースト(アメリカ第一)」をモットーに、各国に関税率アップの要求を突きつけている。
一部ではその成果を認める声もあり、一定の譲歩の引き出しに成功しているとの見方があるようだ。米ワシントン・ポスト紙は、トランプ氏が「世界経済を意のままに再編している」と指摘。一方的な関税政策に各国が従いつつあると報じた。
諸外国の動向としては、欧州連合(EU)が7月27日、アメリカによる15%の関税を受け入れる枠組み協定に合意している。EUは関税受け入れと引き換えに、2028年までに7500億ドル(約110兆円)相当のアメリカ産エネルギー製品の購入と、6000億ドル(約89兆円)の新規投資を約束した。トランプ大統領は翌28日、「これまでで最大の貿易協定に署名した」と勝利を宣言している。
他国も追随している。ベトナム、インドネシア、フィリピン、イギリスは、相次いでアメリカの関税引き上げを受諾。トランプ政権が設定した期限を前に、より高い関税を回避するためやむなく妥協した形だ。
日本も大幅な譲歩を迫られた。トランプ氏は、従来2.5%だった実効関税率について、4月から5月時点の交渉で、24%の“相互”関税を導入すると宣言。自動車に関しては、一方的に25%の追加関税を設けると述べた。従来税率と合わせ、計27.5%となる。その後の交渉で数字は減少。最終的に7月、日本は15%の関税を受け入れ、さらに5500億ドル(約82兆円)の対米投資を約束することで合意に至った。
■アメリカ車が売れないのは米企業の努力不足
だが、不平等な貿易の解消を謳うトランプ氏の主張の根拠は極めてあいまいだ。
協議の主な焦点のひとつとなったのが自動車関税だが、そもそも日本の自動車産業をターゲットとした追加関税は、まったく理に適っていないとの指摘も出ている。アメリカ車が売れないのは日本市場が閉鎖的なためではなく、アメリカ企業の努力不足が原因であると、複数の海外メディアが分析している。
トランプ氏は「日本は10年間でアメリカ車を1台も買っていない」と主張したのに対し、英ガーディアン紙は、実際には2024年だけで1万6707台を輸入していると指摘。日本自動車輸入組合は「加盟企業から非関税障壁に関する要望は一切ない」と明言し、自動車専門のコンサルタントも障壁の存在を否定する。
同記事は、真の問題はアメリカ側にあると論じている。
GMやフォードは日本市場でマーケティングをほとんど行わず、右ハンドル仕様すら提供しない。全長6メートル近いフォードF-150は日本の狭い道路に不向きであり、「燃費が悪く壊れやすい」というアメリカ車のイメージも根強い。米消費者団体のコンシューマー・リポートによる信頼性ランキング上位4位は全て日本車、下位4位は全てアメリカ車という結果になっており、日本車への信頼性のイメージが正しいことをデータで裏付けている。
■日本市場は自ずと守られる
米メディアからも、ニューヨーク・タイムズ紙が、日本市場への参入は構造的に困難だと認めている。同紙は、日本が左側通行であり、右ハンドル仕様が必要であると指摘。アメリカメーカーはこうした仕様の車をほとんど生産しておらず、「大量販売の確証がない限り、工場スペースを右ハンドル車専用に割く可能性は低い」と分析する。
製品ラインナップも明らかに日本とはミスマッチだ。アメリカが得意とする大型SUVやピックアップトラックは、日本の狭い道路事情に適さず、燃費効率を重視する日本の消費者ニーズともかけ離れている。同紙は「日本の消費者の多くはセダンや小型車を購入する」と指摘し、大型・高価格というアメリカ車の特性そのものが障壁となっていると示唆した。
壊れやすさと相まって、日本の消費者の関心は高くない。トランプ氏がいくら「市場開放」を迫ろうとも、こうした構造的要因により、結局のところ日本市場は自ずと守られるだろう。
■米紙「日本車を輸入するより関税が高くなる」
アメリカ国内の反応はどうか。
勝利を宣言したトランプ氏だが、ワシントン・ポスト紙は「トランプ大統領の最新の貿易協定はアメリカを強くしない」と題する論説記事を通じ、実際のところ現地からはトランプ氏への批判が噴出していると伝えている。
特に強いのが、自動車業界からの風当たりだ。当初27.5%で対日交渉に臨んだトランプ氏は、日本の強い抵抗を受け、15%への妥協を迫られた。結果、同紙は、カナダやメキシコなどからの輸入部品を使ってアメリカ内で製造した車の方が、日本で製造された車よりもかえって高い関税がかかるという矛盾が生じていると指摘している。米製造業の再興をねらうトランプ氏の指針は、現実を前に早くも頓挫しかけている。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が指摘するように、基本的にカナダとメキシコへの関税には、USMCA協定による免除措置が存在する。ただし、すべての製品が自動的に免除されるわけではない。カナダのグローブ・アンド・メール紙は、例えばトヨタの米国部門がカナダ製自動車をアメリカに出荷する際、非アメリカ製の部品に対して25%の関税を支払っていると解説している。
■「アメリカ自動車産業をまた見捨てた」と自動車団体は猛反発
また、ミシガン州立大学のジェイソン・ミラー教授は、米政治ファクトチェックメディアのポリティファクトに対し、「メキシコからのすべての自動車部品がUSMCA協定に準拠しているわけではなく、それらも関税対象になっている」と指摘。
また、自動車部品の輸入ではメキシコが1位だが、2位はリチウムイオンバッテリーを輸出する中国となっており、対中国では125%の高率関税が発動中だ。アメリカ製を買うことでコストが抑えられると主張するトランプ政権だが、「彼らは単に物事を単純化しているばかりか、明白な嘘をついている」とミラー氏は強く批判した。
こうした事態を受けニューヨーク・タイムズ紙は、「彼ら(米自動車各社)は、カナダとメキシコの工場やサプライヤーからの輸入に25%の関税を支払わなければならず、日本の15%と比較して不利だと懸念している」と強調した。
米自動車各社はすでに、関税による減益を見込んでいる。政治メディアのポリティコがまとめたところによると、GMは第2四半期で10億ドルの利益減少を報告。テスラも関税の影響で収益性が低下している。
また、トランプ氏は当初「他国とは自動車関税で取引しない」と断言していたが、日本との合意後、EUや韓国とも同様の15%関税への引き下げ交渉を開始。GM、フォード、ステランティス(クライスラーブランドなどを所有)の米主要自動車メーカー3社でつくるアメリカ自動車政策評議会は、この政策転換を「アメリカ自動車産業を再び見捨てた」と痛烈に批判している。
■「実質的な増税」アメリカ家庭は年間37万円の負担増
アメリカでは、消費者の日常生活も岐路に立たされている。ワシントン・ポスト紙は、市民生活への影響を分析。関税はとどのつまり税金の一種であり、そのコストはアメリカの企業と消費者が最終的に負担することになると警鐘を鳴らす。
こと深刻なのが、日用品の価格高騰だ。自動車、スマートフォン、冷蔵庫など、現代生活に欠かせない製品の多くが海外のサプライチェーンに依存している。製品ごとに数十あるいは数百という数の部品が世界各地から調達されており、関税はその全てに影響を及ぼす。トランプ氏としては国内製造に誘導したい考えだが、これに対して同紙は、こうした複雑な製品の全部品をアメリカ内で製造することは「コストがかかり非現実的」だと断じる。
仮に国内生産に切り替えたとしても、規模の経済を失い、製造コストは劇的に上昇する。その負担は最終的に消費者価格に転嫁され、中間層の家計を直撃することになる。トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、皮肉にもアメリカの消費者を最も苦しめる結果となりかねない。
日本車以外への影響も生じる見込みだ。ニューヨーク・タイムズ紙は、ドイツ、韓国、EUなど高級輸入車の場合、1万5000ドル(約220万円)以上価格が上昇すると試算している。
米イェール大学が設置する経済政策研究機関のバジェット・ラボは7月30日、連邦準備制度理事会(FRB)が関税後に金融引き締め策を実施しない場合、1.8%の物価上昇が生じるとの分析を公開した。一方でFRBが引き締めに動いた場合では、賃金低下の流れが生じ、アメリカの平均的な世帯において2025年だけで年間2400ドル(約35万7000円)の所得減が予想されるという。
いずれにせよアメリカの家計にとって実質的な負担増となり、特に中間層以下の家計に重くのしかかる。トランプ氏が掲げた「アメリカ・ファースト」の看板とは裏腹に、最も苦しむのはアメリカの一般市民という結果となっている。
■日本の勝利でもない
アメリカ企業や国民が苦しむ一方、では、日本が完全勝利を収めたかと言うと、そうでもない。
ムーディーズ・アナリティクスのステファン・アングリック氏はCNBCに対し、「これを(日本にとって)良いニュースと呼ぶのは躊躇する。15%の輸入関税は日本の出発点よりはるかに高い」と指摘した。
15%未満への譲歩を引き出せなかった理由に、安倍政権時代の成功体験を過信したとの指摘がある。元米通商当局者のグレン・S・フクシマ氏はニューヨーク・タイムズ紙に、「日本の当局者は、安倍氏がトランプ氏をうまく扱えたことから、トランプ氏の日本観が変わったと誤解した」と批判的な見方を示した。
一方で、英BBCは市場の反応として、協定発表後に日経平均が3.5%以上上昇したことを報道。25%でなく15%で済んだことで、国内で安堵感が広がったのは事実だ。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のように、肯定的評価もある。
同紙によれば、日本の交渉団は終始一貫して毅然とした態度を貫いた。5月下旬、ラトニック商務長官らが日本の輸出台数に上限を設ける「自主的輸出制限」をちらつかせても動じることなく、25%の自動車関税を維持する協定には断固として応じない姿勢を堅持。赤沢経済再生担当大臣は4月以降、7回もワシントンを訪問し、粘り強く交渉に臨んだ。
■交渉は双方に不利益な「lose-lose」に終わった
同紙は、日本の石破首相も「自動車は我が国の主要な国益」であると明言し、譲歩を拒んだと言及。結果として当初24%だった相互関税を15%まで引き下げさせることに成功した。
ワシントンのNPO法人コンペティティブ・エンタープライズ・インスティテュートのシニアエコノミスト、ライアン・ヤング氏は、ニューヨーク・タイムズの取材に、一連の駆け引きをこう総括している。この協定は日米両国にとっての「lose-lose(双方が損をする)」な取引であった、と。
関税は米政府の赤字補填に役立つかもしれないが、長期的に日米双方の経済にとってマイナスとなることは間違いないだろう。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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