参院選での大敗にもかかわらず石破茂首相は続投を表明した。ジャーナリストの山田厚俊さんは「国政選挙で不信任の審判を受けたのに、『いつ自然災害が起きるか分からないから続けたい』などという発言には開いた口が塞がらない」という――。
■参院選大敗後のあきれた記者会見
「我が国は今、米国の関税措置あるいは物価高、明日起こるかもしれない首都直下型地震あるいは南海トラフ、そのような自然災害。そして戦後最も厳しく複雑な安全保障環境といった国難ともいうべき厳しい状況に直面をいたしております。今、最も大切なことは国政に停滞を招かないということ」
参院選で大敗した翌日の7月21日、石破茂首相(自民党総裁)は記者会見で首相続投の理由をこう語った。また、同28日に行われた自民党両院議員懇談会でも石破首相は総裁として「責任を果たしていきたい」と、自民党所属議員に対して理解を求めた。
いや待て、どこかおかしい。選挙で敗けたのに、なぜ「責任を果たして」いくのか、いけるのか。本稿では、参院選後の永田町の「違和感」について整理したい。
参院選が示した民意は、「石破政権はノー」というものだ。昨秋の衆院選で与党が過半数割れを起こし、ハングパーラメント(宙吊り国会)となった。そこで迎えた参院選で、またしても与党は過半数に満たなかった。衆参両院での過半数割れは、2009年の政権交代以来である。それを「いつ自然災害が起きるか分からないから続けたい」などと言っていたら、歴代首相は誰も途中降板が許されない。
■“最大の株主総会”で審判を受けた現政権
国政選挙は、有権者が政治に対して審判を下す場だが、言い換えれば“最大の株主総会”だといえまいか。
現政権がいい、今の政権は心許ないが野党はもっと不安だ、そう思えば有権者は与党に投票する。しかし、現政権、与党は信用ならない、野党に期待すると考えた有権者は野党に投票する。
有権者=株主は、経済発展や外交・防衛の強化などの国家戦略だったり、年金の安定や減税といった“自分への配当”などさまざまな視点で各党の公約を評価して1票を投じる。
今回の参院選で焦点となったのは、物価高対策や消費税減税など「国民の苦しい懐事情をどうするのか」だった。
6月11日の党首討論では、国民民主党・玉木雄一郎代表の「選挙の時に現金を配るのか。上振れた税収は自民党のものでも公明党のものでもない」との指摘に石破首相は「税収が自民党、与党のものだと思ったことは一度もない。そのような侮辱をやめていただきたい」と血相を変えて反論した。
しかし、その2日後の13日、石破首相は物価高対策として夏の参院選の自民党の公約に国民1人あたり2万円の給付を盛り込むと表明した。また、子どもと住民税非課税世帯の大人には1人2万円を加算するとした。
このような姿勢が、“選挙の際のバラ撒き公約”と見られ、「何をやりたい政権なのか全く見えてこない」「信頼できない」といった評価につながったのである。
■石破首相のリーダーシップの欠如とは
かねて石破首相は「俺は悪くない。自民党をここまで貶めたのは旧安倍派だ」とこぼしていたと、官邸関係者は明かした。宙吊り国会で野党の言い分に耳を貸し、困難な国会運営を強いられ、愚痴の一つも言いたくなるのは分かる。
しかし、衆院選敗北の一因に旧安倍派の「政治とカネ」問題を挙げるのは一定の理解はできても、そうであるなら先の通常国会でなぜ、政治資金規正法改正を最優先課題として実現できなかったのか。なぜ各党の思惑をじっと見守るだけだったのか。石破首相のリーダーシップ不足との誹(そし)りは免れまい。
自民党両院議員懇談会は、予定時間を大幅に超える4時間半におよんだ。その中で、64人が意見を述べ、石破首相続投支持はわずか6人だった。多くの自民党議員が、参院選を総括し、執行部は責任を取るべきだという主張を述べたのである。旧安倍派だけではない。さまざまな議員が石破首相に辞任を要求したのである。
■このままでは「自民党は終わってしまう」
自民党を取材する中で、さまざまな声がある。
「旧安倍派の萩生田光一元政調会長、西村康稔元経済産業相、松野博一前官房長官、世耕弘成党前参院幹事長(無所属)が石破首相の交代が必要だと話し合ったというが、“戦犯たち”が何を言う資格があるのか。お前たちは黙っていろと言いたい。皆、石破じゃダメだと言うが、代わりに俺がやるからさっさと退陣しろと言うくらいの覚悟を見せないと、本当に自民党は終わってしまう」
派閥政治を全面的に擁護するつもりはない。しかし、かつての派閥の領袖(りょうしゅう)は、その覚悟、度量を持ち合わせていたと、OBは語る。現在の自民党議員は、自分が責任を負いたくない弱腰ばかりだと嘆く。国家の危機、自民党の危機だと思うなら、退路を断って手を挙げる度量が必要だと語るのだ。
■野党議員の「#石破辞めるな」投稿に唖然
こうした弱腰は、自民党ばかりではない。野党も同じだ。
昨年から「政権交代こそ最大の政治改革」の旗を掲げていた野党第1党の立憲民主党の野田佳彦代表は、8月1日開催の臨時国会において内閣不信任案の提出を見送る方針を決めた。7月31日、小沢一郎衆院議員は、総合選挙対策本部本部長代行の辞職願を野田代表に提出。立憲が参院選で改選前と同じ22議席にとどまった結果を受け、「敗北だ。
さらに、野党からは、石破首相続投を支持する声も出てきた。社民党で初当選したラサール石井参院議員は7月23日にX(旧ツイッター)で「政治的空白を作るな。辞めたら極右政権が生まれる。それだけは避けたい。#石破辞めるな」と投稿した。
これには、唖然とした。
繰り返すが、民意が示したのは、石破政権ノー、自公政権ノーというものだった。野党の一員ならば、他の野党に声をかけ、非自公連立政権樹立に汗を流すとかすべきではないか。政党要件を満たし、政党助成金をもらえるのに、無責任な“言いっ放しコメンテーター”を続けるつもりなら、バッジを外してほしいとさえ思ってしまう。
■自民党総裁選はいつになるか
さて、石破政権の今後について語ろう。自民党関係者は語る。
「先の懇談会で森山裕幹事長は、参院選の総括が出た時点で引責辞任する意向を示唆しました。石破さんは森山さんに頼りきり。森山さんが政権の屋台骨と呼ばれるゆえんです。なので、森山さんが辞任したら石破さんも辞任の意向を示すのは時間の問題」
8月20~22日に横浜市でアフリカ開発会議(TICAD)が開催される。ここまでの外交日程までは空白を作れない事情がある。つまり、23日以降に参院選の総括を発表し、森山氏が辞任を表明。その後、石破首相も辞任の意向を示すものと見られている。
「自民党総裁選は9月に実施されるという見方が、早くも党内に広がっている」(前出・自民党OB)
そうなった場合、誰が新たな総裁になるのか。果たして、自民党が与党のままでいるのか。その際、新たに連立パートナーとなるのはどこなのか。さまざまな臆測が流れるが、しばし政治の本懐を信じて注視するしかない。
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山田 厚俊(やまだ・あつとし)
ジャーナリスト
1961年、栃木県生まれ。
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(ジャーナリスト 山田 厚俊)
■参院選大敗後のあきれた記者会見
「我が国は今、米国の関税措置あるいは物価高、明日起こるかもしれない首都直下型地震あるいは南海トラフ、そのような自然災害。そして戦後最も厳しく複雑な安全保障環境といった国難ともいうべき厳しい状況に直面をいたしております。今、最も大切なことは国政に停滞を招かないということ」
参院選で大敗した翌日の7月21日、石破茂首相(自民党総裁)は記者会見で首相続投の理由をこう語った。また、同28日に行われた自民党両院議員懇談会でも石破首相は総裁として「責任を果たしていきたい」と、自民党所属議員に対して理解を求めた。
いや待て、どこかおかしい。選挙で敗けたのに、なぜ「責任を果たして」いくのか、いけるのか。本稿では、参院選後の永田町の「違和感」について整理したい。
参院選が示した民意は、「石破政権はノー」というものだ。昨秋の衆院選で与党が過半数割れを起こし、ハングパーラメント(宙吊り国会)となった。そこで迎えた参院選で、またしても与党は過半数に満たなかった。衆参両院での過半数割れは、2009年の政権交代以来である。それを「いつ自然災害が起きるか分からないから続けたい」などと言っていたら、歴代首相は誰も途中降板が許されない。
開いた口が塞がらないとは、このことだろう。
■“最大の株主総会”で審判を受けた現政権
国政選挙は、有権者が政治に対して審判を下す場だが、言い換えれば“最大の株主総会”だといえまいか。
現政権がいい、今の政権は心許ないが野党はもっと不安だ、そう思えば有権者は与党に投票する。しかし、現政権、与党は信用ならない、野党に期待すると考えた有権者は野党に投票する。
有権者=株主は、経済発展や外交・防衛の強化などの国家戦略だったり、年金の安定や減税といった“自分への配当”などさまざまな視点で各党の公約を評価して1票を投じる。
今回の参院選で焦点となったのは、物価高対策や消費税減税など「国民の苦しい懐事情をどうするのか」だった。
6月11日の党首討論では、国民民主党・玉木雄一郎代表の「選挙の時に現金を配るのか。上振れた税収は自民党のものでも公明党のものでもない」との指摘に石破首相は「税収が自民党、与党のものだと思ったことは一度もない。そのような侮辱をやめていただきたい」と血相を変えて反論した。
しかし、その2日後の13日、石破首相は物価高対策として夏の参院選の自民党の公約に国民1人あたり2万円の給付を盛り込むと表明した。また、子どもと住民税非課税世帯の大人には1人2万円を加算するとした。
このような姿勢が、“選挙の際のバラ撒き公約”と見られ、「何をやりたい政権なのか全く見えてこない」「信頼できない」といった評価につながったのである。
■石破首相のリーダーシップの欠如とは
かねて石破首相は「俺は悪くない。自民党をここまで貶めたのは旧安倍派だ」とこぼしていたと、官邸関係者は明かした。宙吊り国会で野党の言い分に耳を貸し、困難な国会運営を強いられ、愚痴の一つも言いたくなるのは分かる。
しかし、衆院選敗北の一因に旧安倍派の「政治とカネ」問題を挙げるのは一定の理解はできても、そうであるなら先の通常国会でなぜ、政治資金規正法改正を最優先課題として実現できなかったのか。なぜ各党の思惑をじっと見守るだけだったのか。石破首相のリーダーシップ不足との誹(そし)りは免れまい。
自民党両院議員懇談会は、予定時間を大幅に超える4時間半におよんだ。その中で、64人が意見を述べ、石破首相続投支持はわずか6人だった。多くの自民党議員が、参院選を総括し、執行部は責任を取るべきだという主張を述べたのである。旧安倍派だけではない。さまざまな議員が石破首相に辞任を要求したのである。
■このままでは「自民党は終わってしまう」
自民党を取材する中で、さまざまな声がある。
重要閣僚の大臣秘書も経験した、あるOBはこう嘆く。
「旧安倍派の萩生田光一元政調会長、西村康稔元経済産業相、松野博一前官房長官、世耕弘成党前参院幹事長(無所属)が石破首相の交代が必要だと話し合ったというが、“戦犯たち”が何を言う資格があるのか。お前たちは黙っていろと言いたい。皆、石破じゃダメだと言うが、代わりに俺がやるからさっさと退陣しろと言うくらいの覚悟を見せないと、本当に自民党は終わってしまう」
派閥政治を全面的に擁護するつもりはない。しかし、かつての派閥の領袖(りょうしゅう)は、その覚悟、度量を持ち合わせていたと、OBは語る。現在の自民党議員は、自分が責任を負いたくない弱腰ばかりだと嘆く。国家の危機、自民党の危機だと思うなら、退路を断って手を挙げる度量が必要だと語るのだ。
■野党議員の「#石破辞めるな」投稿に唖然
こうした弱腰は、自民党ばかりではない。野党も同じだ。
昨年から「政権交代こそ最大の政治改革」の旗を掲げていた野党第1党の立憲民主党の野田佳彦代表は、8月1日開催の臨時国会において内閣不信任案の提出を見送る方針を決めた。7月31日、小沢一郎衆院議員は、総合選挙対策本部本部長代行の辞職願を野田代表に提出。立憲が参院選で改選前と同じ22議席にとどまった結果を受け、「敗北だ。
自分も責任の一端を担っているが、代表をはじめ執行部に大いに責任がある」と記者団に述べたが、果たして執行部にはどれだけ届いているのか、甚だ疑問である。
さらに、野党からは、石破首相続投を支持する声も出てきた。社民党で初当選したラサール石井参院議員は7月23日にX(旧ツイッター)で「政治的空白を作るな。辞めたら極右政権が生まれる。それだけは避けたい。#石破辞めるな」と投稿した。
これには、唖然とした。
繰り返すが、民意が示したのは、石破政権ノー、自公政権ノーというものだった。野党の一員ならば、他の野党に声をかけ、非自公連立政権樹立に汗を流すとかすべきではないか。政党要件を満たし、政党助成金をもらえるのに、無責任な“言いっ放しコメンテーター”を続けるつもりなら、バッジを外してほしいとさえ思ってしまう。
■自民党総裁選はいつになるか
さて、石破政権の今後について語ろう。自民党関係者は語る。
「先の懇談会で森山裕幹事長は、参院選の総括が出た時点で引責辞任する意向を示唆しました。石破さんは森山さんに頼りきり。森山さんが政権の屋台骨と呼ばれるゆえんです。なので、森山さんが辞任したら石破さんも辞任の意向を示すのは時間の問題」
8月20~22日に横浜市でアフリカ開発会議(TICAD)が開催される。ここまでの外交日程までは空白を作れない事情がある。つまり、23日以降に参院選の総括を発表し、森山氏が辞任を表明。その後、石破首相も辞任の意向を示すものと見られている。
「自民党総裁選は9月に実施されるという見方が、早くも党内に広がっている」(前出・自民党OB)
そうなった場合、誰が新たな総裁になるのか。果たして、自民党が与党のままでいるのか。その際、新たに連立パートナーとなるのはどこなのか。さまざまな臆測が流れるが、しばし政治の本懐を信じて注視するしかない。
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山田 厚俊(やまだ・あつとし)
ジャーナリスト
1961年、栃木県生まれ。
東京工芸短大卒業後、建設業界紙記者、タウン紙記者を経て95年4月、元読売新聞大阪本社社会部長の黒田清氏が主宰する「黒田ジャーナル」に入社。阪神・淡路大震災取材に従事。『震災と人間 あれから一年・教訓と提言』(三五館)の執筆陣に加わる。2001年7月に黒田氏逝去後、大谷昭宏事務所に転籍。2009年からフリー。永田町を中心に取材活動を行う。また、社会問題や音楽にも積極的に取材。国民民主党代表の玉木雄一郎著『「手取りを増やす政治」が日本を変える 国民とともに』(河出書房新社)では編集を担当。
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(ジャーナリスト 山田 厚俊)
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