ソニーα7S IIIの魅力を開発者に聞く2020年11月の話になりますが、民放キー局オンエアの深夜ドラマをソニーα7S IIIで撮影する機会に恵まれました。今回、α7S III選択した理由はいくつかあって、オートフォーカスの性能の高さ、高感度での高画質、コンパクトさ、この3点が決定の理由でした。
このドラマの企画が始まる直前にPRONEWSのα7S IIIレビュー記事でデモ機を使用し、渋谷の夜を舞台に複数のキャストに協力してもらいながらショートフィルムを撮影しました。その時のAF性能と高感度の画質の高さに手応えを感じ、今まで鬼門とされてきたドラマ撮影にAFを使用する勇気をもらいました。
2020年10月5日に公開した「解像度を捨てて「S」の称号を引き継いだ4Kシネカメラの完成形α7S III」AFに頼らざるを得なかったのは、物理的な理由が多いかもしれません。ちょっと前まではTVドラマ撮影というとスモールセンサーのENGカメラがほとんどで、撮影部もカメラマンとアシスタントという体制が主流でした。それに比べてシネカメラは被写界深度が浅くフォーカスがデリケートです。ドラマ「半沢直樹」がARRIのALEXAで撮影されたり、ソニーのFS7などのスーパー35センサーのカメラも徐々に使われるようになってきてはいますが、ドラマ業界全体の体制が変わるまでにはなっていません。
今回のドラマもスーパー35以上のセンサーにしたいという思いはあったのですが、当初撮影部の助手が1人のみということを聞き、映画やCMのようにフォーカスプラーまでは入れられないという状況でした。そこでAFの勝手も掴みかけているα7S IIIを使おうということになりました。実際、1話300カットのうち、マニュアルフォーカスで送ってもらったのは3カットぐらいだったと記憶しています。
そして、今回のドラマはシナリオ段階でナイトシーンも多く、暗い室内の撮影もあったため、デモ機のテストシュートで驚愕したISO12800の美しさが力になってくれるのでは?という期待も大きな理由です。
そして、最後に「コンパクトさ」という魅力に関しては、最近のVlogerの影響が大きいです。それらの中には、かなりクオリティの高い映像を発表している人も多く、大きなカメラをどっしり構えてちゃんと照明を組んだ美しい画とはまた違った、その瞬間、被写体と日差しとの良い関係性の位置を反射的に切り取ってエモーショナルな画を作り出す人も何人かいて、この感覚はミラーレスと片手持ちジンバルの機動力があってこそだよなと改めて感じたわけです。
ドラマ撮影で一眼レフカメラがあまり使われないのは、SDI端子がなく、現場でモニタリングが不自由なことや、マニュアルフォーカスにした時のスチールレンズのピントの合わせ辛さなどもあると思います。ただ、今回に関しては、思い返してみてもα7S III以外の選択肢は無かったように思えます。番組名や放送局名などは公表できないのですが、この撮影の体験を元に、ソニーのα7S III設計のリーダーを努めた原氏と企画を統括した鈴木氏にα7S IIIのポイントをオンラインで対談することができたので紹介しましょう。
- カメラボディ:α7S III
- FE 16-35mm F2.8 GM
- FE 24-70mm F2.8 GM
- FE 70-200mm F2.8 GM OSS
- XLR アダプターキット「XLR-K3M」
- リチャージャブルバッテリーパック「NP-FZ100」×6枚
- 160GB CFexpress Type A メモリーカード(CEA-G160T)
狙いたい被写体をモニター上でタッチしてリアルタイムトラッキングが設定できるオートフォーカスが便利小林:今回α7S IIIをテレビドラマ撮影に使うきっかけは、ドラマの条件として助手が1人しかつけられないことも含めてオートフォーカスが大きな要因となりました。シネカメラを選ぶとなると、普通の撮影部の体制をつくらないと難しいです。そこでオートフォーカスに頼って、いわゆるセカンドがやってもらう仕事をカメラに負担してもらおうと考えました。
ただし、オートフォーカスでドラマをすべて撮ることを考えると、なかなか勇気が必要です。たまたま、以前に、PRONEWSのレビュー記事でα7S IIIで高感度のISO12800と全編AFで撮らせてもらったのですが、その感触は大変良好でした。これほどオートフォーカスが追尾してくれるのだったら、ドラマや物語系の撮影にも使えるのではないか?そんな勝算があったので、それで今回採用となりました。
地上波デジタルで流れるテレビドラマでもムービー一眼の画質でまったく問題がないことは、みんな承知の事実だと思います。ただこれまでのドラマ撮影の現場では、オートフォーカスをそんなに使うことはありませんでした。それを使うことが今回一番のトライといえばトライでした。
それと、ドラマ撮影にフルサイズを使うことも、これまでなかなかありませんでした。使ったとしてもスーパー35mm、テレビドラマの多くはスモールセンサーでの撮影が中心です。問題なのは、フルサイズを使って2.8開放近くで撮ろうとなると被写界深度が浅く、マニュアルでフォーカスを送る際にNGが出やすくなることでした。その問題も、オートフォーカスで解決できるのもポイントでした。ドラマを見た人は、これまでの画とは違うことを一発で感じていただけると思います。
それと、空舞台から役者がフレームインしてくるカットの場合は、あらかじめ空舞台に役者が入って来る場所にマニュアルフォーカスでピントを置いておいて、入ってきたらオートフォーカスに切り替えます。そうやってシーンによって使い方を変えていくことで、実際に助手にフォーカスを追ってもらったカットは、一話300カットぐらいあるうち3カットぐらいです。
従来MFとAFの世界は、完全に切り離されていましたが、そこの部分を大幅に改善しております。例えば、今回はマニュアルフォーカス中でもパネルをタッチすると、タッチした場所にジワリとフォーカスが合ってそこで止まります。マニュアルフォーカス中でもオートフォーカスが使えるといった工夫もしています。
鈴木氏:実際にα7S IIIをお使いのドラマを拝見させていただきました。役者さんの手前に人が多く行き交うシーンもあったようですが、こういったシーンにおいてもα7S IIIのオートフォーカスを使って撮影されているのですか?
ただ、思い描いた通りに動いてくれないときはあります。そういうときはマニュアルフォーカスでピントを固定してリテイクということになります。リテイクになる場合というのは、引き画で動く要素が少ないカットが多かったです。人物のサイズが小さいときに、オートフォーカスが探ってしまうような動作をするケースがたまに起こりました。実は自分でピントを送っている時でも一番不安になるときはワイドで遠景に被写体がいる時で、そんな時はパンフォーカスゆえに不安になって探ってしまうことがあるんです。
というのも、役者が最初にリハーサルをやるのはスタッフへの配慮もあるからなんです。どこからどこまで動いて、決まりの位置ではちゃんと照明との関係性は良い位置に来ているか?言葉の調子はどんなレベルで話すのか?それを確認したうえで「じゃあ、本番!」となるわけですが、そうなると完成度は高いが予定調和の映像になってしまうことが多いんです。ダイナミックレンジの広い映像と音の収録、人物を確実に追っていくオートフォーカス、そういった技術の向上でファーストテイクの新鮮さを拾い上げることができるかもしれません。
ただ、まだオートフォーカスも撮影者の意図通り動いてくれるとは限らないのです。
問題ない場合はOKで、うまくいかない場合は瞳AFからタッチトラッキングに変更したり、追従速度や被写体への粘りの度合いを変えたりということで対応します。こういったリテイクの解決方法は撮影部内では理解できていますが、現場のスタッフ全員はまだ理解できていません。現場にはその違和感というか、ギクシャクした感じが少し出てしまうケースも。今後オートフォーカス中心の撮影現場では、私自身がそういったことを現場全体にきちんと伝えなければいけないと思いました。
ナイトシーンをISO12800で撮ってもノイズは少ない小林:今回のドラマ撮影では夜間の撮影が多かったので、α7S IIIがとても向いていると思いました。PRONEWSのレビューで渋谷の夜の街を撮った映像は、ほとんどノーライトでした。しかし、実際に現場に入ると、照明部の感覚は低照度といってもISO800ぐらいなんですよね。ISO12800の感覚は現場には無く、スタッフ全体がなかなか掴みづらくて、低照度の状況で作り上げるには感覚の慣れと現場全体への説得力が必要だと感じました。自分の中でも、これで大丈夫!と断言できるまではいっていないですね。
そういった状況だったので常用していたのはISO640からISO1600で、その帯域はとても優れていました。その次に持ちこたえたのはISO12800でした。だからかえってISO6400で撮るんだったらISO12800のほうがきれいという印象でした。ISO12800に上げた瞬間にそれまでと比べて格段にきれいになるのは驚きでした。
そこで質問なのですが、α7S IIIは実際どのぐらいの設定の感度なのでしょうか?基本的にα7S IIIがデュアルISOになっているというのが周りのカメラマン共通の認識になっています。
これはロンドンの映像制作プロダクションwrkshp studioが公開したチャートシートですが、自分がPPなし、S-Log2、S-Log3ぐらいで試した感じでは、概ねこの表のとおりのような気がします。第1感度から第2感度まで全て統一して3+1/3ストップの開きがあるのでデュアルISO的な考え方が分かりやすいのですが、これだけ複雑な構造だと誤解も生まれやすいのが難しいところです。
ただ、S-Log3で撮影していてISO3200ぐらいでかなりノイズが気になったので、それ以上を使わないでおくのはα7S IIIの良い部分を知らないまま終わってしまうので、かなりもったいない気がします。
特機が使えない問題をジンバルとの組み合わせでカバー小林:それとα7S IIIを選んだ理由は、DJIのRS 2に搭載できることでした。今回の撮影は移動撮影が多かったです。それでいて特機部はいないし、簡易的なレールを用意したのも1日だけでした。半分近くのカットはDJI RS 2に乗せて使っています。
これが通常のシネカメラになると両手持ちタイプのMoVIやRONIN 2と組み合わせないといけません。しかしα7S IIIだったら、片手持ちタイプのDJI RS 2に載せられるのは強みでした。ジンバルに載せるとなるとオートフォーカスに頼れるのは大きな力になります。α7S IIIはDJI RS2との相性が大変よかったです。三脚のワンタッチプレートをアルカスイス準拠にすることで、そのまま載せ替えることができます。三脚とジンバルの割合は、6:4ぐらいでした。それでも、4割がジンバルという比率はとても高いと思います。
HDMIからSDIへ変換出力、トランスミッターで信号を飛ばして映像確認小林:レンズは、FE 16-35mm F2.8 GM、FE 24-70mm F2.8 GM、FE 70-200mm F2.8 GM OSSの3本を使用しました。その中でも、FE 24-70mm F2.8 GMをもっとも多く使用しています。また、3本の中でもFE 70-200mm F2.8 GM OSSは特に綺麗でしたし、オートフォーカスの精度にもびっくりしました。200mmで走って来るフルショットから、ウエストショットぐらいまでをオートフォーカスで追うことができます。もう、これはマニュアルフォーカスでは追いきれないレベルだなと思いました。
今回の撮影に使用したレンズ。左から、FE 16-35mm F2.8 GM、FE 70-200mm F2.8 GM OSS、FE 24-70mm F2.8 GM助手には撮影が問題ないか、17インチモニターを見て確認してもらいました。確認してリテイクが必要だとしたら、もう1テイクお願いする感じです。3本ともスチル用レンズでしたが、動画撮影にも十分いけました。
それとα7S IIIの外部出力は、HDMIしかありませんが、SmallHDにはHDMIからSDIに変換出力できるモニターがありまして、それをカメラマンのモニターにして、そこからトランスミッターで飛ばして確認をできるようにしました。最近だとトランスミッターを使う現場が多いですね。
トランスミッターはカメラ内蔵の標準的な機能として搭載してもらえると嬉しいですね。カメラからそのまま映像が飛んでくれるのが一番の理想です。
小林:それはいいかもしれないですね。ただ現場で気がついたことは、外部モニターにHDMI情報表示を「あり」に設定すると、カメラの背面パネルは映像が映らなくなります。それは、Wi-Fiだと表示できますか?
私は画作りに集中してしまうとRECのサインが出ているか?とか気にしなくなってしまうタイプなのですが、これからのビデオグラファーは、そういったことにも気を使いつつ画作りできる人材が増えていくんでしょうね。
ドラマ撮影中、EVFを見ることがほとんどなかったことを考えるとα7S IIIとFX3の差が取りざたされますが、ムービーの視点で考えれば忠実な進化だと思えます。
ジンバルにも搭載可能でワンマン用途に最適小林:α7S IIIは、これ1台ですべて完結できるのが大きいと思います。撮影とディレクションを一人で行っている場合ですとフォーカスはオートフォーカスで任せられるし、ジンバルにも載るので、ワンマン用途としては完璧なカメラですね。
鈴木氏:700gを切る重さ699g、コンパクトな大きさ・重さを実現する点も大変意識しました。ミラーレスの機動力に、映像制作に使っていただける動画性能・画質・機能を凝縮させていくことも注力したポイントの1つになります。
動画配信サービス「Paravi」で4K配信されている「美しい椅子と女たち」はVENICEで撮影しました(一部、240fpsだけはF55を使用)。α7S IIIのS-Log3はVENICEと同じカラーサイエンスが採用されていると聞きました。そういった事もあってデモ撮影時点ではS-Log2を使用しましたがドラマ撮影の時はS-Log3を採用しました。
Logのコントラストの広さまで必要ではない場合は、S-Cinetoneのほうが最終的な仕上がりがよかったりします。そこらへんが、コンシューマーからハイエンドまですべて手掛けているソニーならではだと感じました。特にXperia Proのようなスマートフォンを外部モニターに使うなんて考え方が今までありませんでしたから。
原氏:開発で大事にしてきたオートフォーカス性能、手ブレ補正性能などの機動力が、実際、少人数オペレーションの現場でお役に立てたということ、大変嬉しかったです。これからも性能を磨いて新しい商品を作り続けていきたいと思いますので、今後ともアドバイス宜しくお願いします。