<関係者の集合写真>

縄文時代の貴重な文化が最新のテクノロジーで見事によみがえった――。

 古代と21世紀をつないだのが玉川大学で、工学部デザインサイエンス学科の学生が習得した3D技術を駆使し、座間市指定重要文化財「表裏型顔面把手」を立体的に複製することに成功しました。



 座間市は、学生が試行錯誤を重ねて完成させた3Dモデルを市内の小中学校などで教材として活用する考えといいます。玉川大学工学部では、授業で学んだ知見を社会に生かすことができる機会を得たことを評価、今後もこうした地域連携活動に積極的に取り組んでいく方針です。

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<座間市指定重要文化財「表裏型顔面把手」の実物>

表裏型顔面把手は2022年10月、水道管布設替工事中に発見されました。縄文時代中期(約5500~4500年前)の深鉢形縄文土器の一部で、顔面把手の表裏両面に顔面がついているものが見つかったのは全国的にも珍しく、座間市としては傑出した遺物として座間市指定重要文化財に指定しました。

座間市教育委員会は、こうした貴重な文化財を身近に感じてもらうため、複製を制作し教育に生かしたいと考え、玉川大学工学部デザインサイエンス学科の平社和也講師に相談。「工学部における教育・研究の成果を社会に還元できる絶好の機会」と判断し、インタラクションデザイン研究室(ゼミ)で3D技術を学んできた青山恭章さん(4年生*)と木村光希さん(3年生*)に複製体の制作を提案。木村さんは3Dモデル化に必要なデータ取得を担当、青山さんはデータの編集・3Dプリンターによる制作作業を主に担いました。 *:学年は2025年3月取材当時

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


 歴史的な市指定重要文化財の複製を要請した座間市教育委員会教育部生涯学習課文化財担当の佐柄雄斗主事補※と、それに応えた平社講師、学生の青山さんと木村さんに3Dモデル化に挑んだ経緯や意義などについて話を聞きました。 

(※:階級は2025年3月取材当時当時)

――表裏型顔面把手の3Dモデル化の依頼に応じた理由を教えてください。

平社「発掘物の立体的な複製制作は私たちにとって初めての試みでしたが、3Dプリンターで古代の遺物を21世紀の技術で再現することに意義を感じました。応じたのは研究室活動の一環になると判断したからで、日ごろ取り組んでいる学びの知見を社会との関わりに生かせる良い機会になると考えました。学生も対応可能だと思い、2人に「一緒にやろう」と声をかけたところ、「やらせてほしい」「やってみたい」と二つ返事で応えてくれました。
木村さんが土器の実物を3Dスキャン(赤外線センサによる立体形状の取得)により高精度の3Dデータを取得。これをもとに青山さんが3Dプリンターで造形しやすいように編集して作り上げました」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<平社先生>

――学生2人は分担して制作に当たったわけですね。

木村「3Dデータを取得するため、持ち運び可能なハンディスキャンを持って座間市役所に行きました。市の指定重要文化財で、しかも1個しかない本物を壊さないように注意しながら、表面の凸凹や欠けを、慎重かつ丁寧にスキャンしました。高精度なデータを取得するにはじっくりと赤外線を当てる必要がありますし、撮りこぼし(スキャン忘れ)がないかを確認しながら作業を続けました。このため、単純な形のものでしたら10~20分で済むところを1時間ほどかけてスキャンしました。こうして取得した3Dデータは本物に限りなく近いと自負しています」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<木村さん>

青山「私は3Dデータの編集作業を担当しました。完璧にデータを取ったと思っても不備はどうしても出てきます。こうした不備を修正しながら、3Dプリンターで造形しやすいように3DCAD(コンピューター支援設計)を使ってデータを編集しました。細心の注意を払って高精度のデータに仕上げました。粘土の工作のような張りぼてにならないように、見えないところは写真画像をよく見ながら、パソコン画面とにらめっこして制作しました。また、複製品の素材(材料)は土器の質感を再現するため木材を20%含んだものにしました」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<青山さん>

――苦労したのは、どんな点ですか。



青山「3Dプリンターの特性上、データと100%同じものを造形するのは不可能です。ですから、いかに実物に近づけられるようにするか検討しました。形状の特徴をとらえた3D造形を念頭に置いてデータを編集するのは難しかったです。また、3Dプリンターは材料を溶かして積層するため空洞部を作るのが難しい。このため、空洞部に樹脂などサポート材料を入れて、造形後に抜いたりしました。高精度なデータでも材料は直径0.2ミリの噴出口から出てきますので、それ以下の細いものの再現は無理。それでも工夫して加工し違和感なく作ることができました。

 顔の凸凹は1枚の紙をくしゃくしゃにしてから広げる感じで作るなど、トライアンドエラーを繰り返しながら修正を加えていきました。細かい作業の連続で思うようにいかないところもありましたが、粘り強く取り組んで無事に完成させることができました。このため、制作が終わる頃には複製した顔に親近感をもつようになりました。

 同時になぜこの表情なのか気になりますし、表裏型顔面把手は利便性を求めているのか芸術なのか疑問が湧いてきます。作った人に聞いてみたいことがいっぱいありますが、叶わないので理解するために3Dモデルと向き合いながら想像力を膨らませました」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<複製3Dモデルの制作の概要>

木村「見た瞬間は『岩のようにゴツゴツしてる』と思いましたが、顔の表情を見るとかわいくて、不思議な気持ちになりました。

何千年も前の遺物を扱うのは初めての経験でしたが、まずはやってみないことにはできるかどうか分からないので、「やってみよう」精神でチャレンジすることができ、結果的に複製体を制作できて勉強になりました。試行錯誤の重要性も改めて認識できてよかったと思っています」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<文化財のデータ収集作業>

――ところで、座間市が玉川大学に複製を依頼した理由は何ですか。

佐柄「表裏型顔面把手は希少性が高いことから複製を制作して教育に生かしたいと考えました。文化財複製の専門工房に見積もりを求めたところ予算的に難しいことが分かり、見送りになってしまいました。残念に思っていたところ、非常勤で市教育委員会に勤めている玉川大学の卒業生がつなげてくれました。どんなところで3D造形を作っているのか興味がありましたので大学を訪問すると、3Dプリンターを使った技術のすごさを目の当たりにして感銘を受けたことを覚えています。

 教育委員会は一般公募で文化財の愛称(ザマロンと決定)を募集しているときで、副賞として複製品を贈る話もありましたので制作の依頼先を急いで決めなければいけませんでした。平社研究室が作った過去の3Dモデルを『素晴らしい』と思い、依頼しました。2人のゼミ生の複製品を作り上げるという意欲と熱意も伝わってきました」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<佐柄さん>

――大学としては、この機会をどう生かそうと考えましたか。

平社「工学部は『人のため、社会のため』に生きる技術を研究する場所です。依頼を受けることで、普段行っている教育・研究活動の知見を社会で生かすことができますし、我々が扱う専門分野の一端を社会還元できる非常に良い機会になると思いました。実際、依頼元の座間市教育委員会から有意義であったと評価をいただきました。



 今回は学生自らが取得したデータを生かし3Dプリンターを駆使して依頼通りの複製品を作ることができました。工学部で学んだ基礎や技術が実際に社会に活かされ、人の役に立つと実感できることは、学生にとって学びの意味を深く理解するきっかけとなります。ともすれば大学は『象牙の塔』になりがちですが、私たちの研究室では、地域に開かれた取り組みとして、研究の成果や学びを市民や小中学生に還元する活動に力を入れています。」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<平社先生>

――実際に大学の知の地域還元には積極的ですね

平社「玉川大学のキャンパスは緑が多く、木を育てて、伐採して活用するMokurin Project (木の輪のネットワーク)の活動がありますので、間伐材を利用したものづくりで参加しています。横浜開港祭(横浜市主催)では、その間伐材を使ってレーザー彫刻機でイラストや写真を刻印するコースターづくりのワークショップを開催しました。町田市環境資源部との産学連携では容器包装プラスチックを分別する啓発活動として、子供にも理解できるような仕掛けを作りました」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<容器包装プラスチックを分別啓発活動でまちだECOフェスタにモグラたたきゲームを出展>

――座間市としては複製品をどう生かしていきますか

佐柄「市として活用していきます。今は5体保有しており、小中学生に触ってもらいたい、手にとってもらいたいと思っています。視覚障がい者の方にも触ってほしいです。6体のうち3体は木材を20%配合しており土感が出ており、ぬくもりを感じられます。玉川大の学生の工夫と愛情がこもっています。今後は、座間市の木材を使った複製体の制作も進めていただけると伺っていて完成が楽しみです。縄文時代も21世紀の今も、モノづくりは共通しています。作り手の気持ちがこもっているのです」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<佐柄さん>

――作り手の愛情ということですが、工学部での学びを通じてどんな人材を育てたいと思っていますか。



平社「柔軟な思考力と実践力を持った学生を育てたいです。工学部デザインサイエンス学科で学ぶことの多くは、実践を通じて理解を深めることができます。また、自分の学んだことを社会課題などと結びつける柔軟な思考力を発揮することで、新たな解決策を提案することにもつなげることができます」

――一方、青山さんと木村さんは何を学びましたか。

青山「最後までやりきるという姿勢と実行力です。例えば、文化祭で展示する作品の制作で難しい局面が何度もありましたが、先生やゼミの仲間と協力して最後までしっかりと取り組むことができました。この経験を経て自分に自信が持てるようになりました。また課題に対する解決策を試行錯誤して考えるという姿勢を学びました。この姿勢を今後も持ち続け、仕事においても粘り強く取り組んでいきたいです」

木村「まずはやってみること。試行錯誤の重要性です。先生が『失敗してもいいから、何でもやってみよう』と普段から話しており、失敗を恐れて何もしないということがなくなりました。まずはやってみようの精神でいると、どんどん自分の経験値が増え、いろいろなことに挑戦できるようになりました」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<木村さんと青山さん>

――工学部には、学びを社会に還元するという使命があります。

「工学部では『STREAM Style』の教育を推進しています。

科学・技術・工学・数学といったSTEMに加え、社会のニーズに応えるには、芸術的な創造性(Arts)やロボティクス(Robot)の視点も欠かせません。

 今回のように自治体と連携し、課題に対して意味ある形で技術を活用するには、試行錯誤しながら向き合う力が求められます。工学部には、そのための知見と技術があり、STREAMの統合的な学びを実践するフィールドがここにあります。」

縄文時代の重要文化財を3D技術で蘇えらせた。玉川大学工学部が座間市と地域連携で制作。


<メーカーズルームにて>

○関連情報 

文化財を身近に感じる取り組みを学生たちがアシスト!

https://www.tamagawa.jp/university/news/detail_23989.html?_gl=1*qtg5zl*_ga*NDU2MDA0NTM4LjE3NDM0ODY1OTE.*_ga_R76PVMQZXN*MTc0MzUwMTc3My4zLjEuMTc0MzUwMTkwMC4wLjAuMA..*_ga_TCWXT0331Q*MTc0MzUwMTc3NC4zLjEuMTc0MzUwMTkwMC4xMC4wLjA.#_ga=2.88866459.1835995912.1743486592-456004538.1743486591

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