御津電子㈱の事業部長の大賀さんが、就労継続支援B型事業所の立ち上げを考え始めた原点は、“経営戦略”ではなかった。
【自分の子どもに障害があること】
その現実が、大賀さんの中にずっと残っていました。
「学校を卒業したあと、この子はどこで働くんだろう」
「社会の中で、自分らしく生きていけるんだろうか」
製造業の現場で働きながらも、その問いが頭から離れなかったと言います。
現場を立て直してきたからこそ、見えたこと
大賀さんは、ずっと工場を支えてきた人でした。
決して恵まれた工場ではありませんでした。
・長年の赤字体質
・人手不足
・属人化
・現場任せの教育
工場責任者として、営業、品質、人材育成、収支管理まで抱えながら、毎日現場を回し続けてきました。
苦しかった。でも同時に、やりがいもあった。
昨日までできなかった工程ができるようになる。
自信がなかった社員が、少しずつ成長していく。
現場がまとまり始める。
大賀さんは、“人が変わる瞬間”を見るのが好きだったと言います。
だからこそ、強く感じるようになりました。
「能力がない人なんて、本当はいないんじゃないか」
「できないこと」に、社会は厳しい
障害のある子どもを育てる中で、大賀さんは、社会の視線も感じてきました。
・できないこと
・苦手なこと
・周りと違うこと
そこばかりを見られてしまう。
でも家では違いました。
・誰よりも集中できることがある
・驚くほど丁寧にできることがある
・人の気持ちに敏感で、優しく気づけることがある
“普通の評価軸”では測れない強みが、確かにある。
それは工場でも同じでした。
・手先が器用な人
・黙々と作業を続けられる人
・人より確認が丁寧な人
でも製造現場では、どうしても「できないこと」に目が向きやすい。
・遅い
・不器用
・コミュニケーションが苦手
そうやって、人の可能性が切り捨てられていくことに、大賀さんは強い違和感を持つようになっていきました。
「この人は無理」が、なくなっていった
御津電子では少しずつ、「人の強みにフォーカスする」ことを始めます。
苦手を責めるのではなく、
「この人は、どこなら力を発揮できるか」
を考える。
すると、現場の空気が変わり始めました。
「この人は無理」ではなく、
「この工程なら合うかもしれない」
「教え方を変えてみよう」
「この人の得意を活かそう」
という会話が増えていったのです。
それは単なる“優しさ”ではありませんでした。
・相手に伝わる説明を考える
・作業を見える化する
・感覚ではなく、仕組みにする
結果として、組織そのものが強くなっていきました。
B型事業所は、「福祉」ではなく、“覚悟”だった
「この子たちが働ける場所を、作れないだろうか」
それが、B型事業所立ち上げの始まりでした。
でも本質は、“福祉事業”ではありません。
「人には必ず強みがある」
その考えを、会社として本気で実践すること。
障害があるかどうかではなく、
“活きる場所”を作れるかどうか。
御津電子は、“できる人を探す会社”から、“人の可能性を引き出す会社”へ変わろうとしていたのです。
人的資本経営の正体
その変化は、少しずつ数字にも現れ始めます。年間応募ゼロだった会社に、月最大20名の応募が来るようになりました。
東京商工リサーチ評点も、3年で62点から65点へ向上。
新規取引も増えていきました。
何より赤字だった工場は、瞬く間に黒字に。
でも、御津電子㈱が本当に変わったのは、数字ではありません。
「この人は、何がしたいんだろう」
「どこなら輝けるんだろう」
そう考える文化が、会社の中に根づき始めたことでした。
「人を活かす」が、会社を強くする
「障害があるかどうかじゃないんです。
誰でも、“活きる場所”が違うだけなんですよね。」
御津電子の人的資本経営は、制度や流行の話ではありません。
一人の父親が、
“自分の子どもたちが生きていける社会を作りたい”
と本気で願ったところから始まった、実践の経営です。
その想いこそが、会社を、社会を、日本を強くしていく
御津電子株式会社
電話番号:0869-34-5740