はじめに
新宿駅南口から徒歩数分という一等地で診療を止めずに病院機能を移す――東日本旅客鉄道株式会社 JR東京総合病院(所在地:東京都渋谷区、院長:宮入 剛)は2025年3月24日、新棟「A棟」の開業と外来棟「B棟」のリニューアルを完了しました。旧病棟は今後解体し、跡地には緑豊かな中庭を設置する計画で、2028年春頃に全面オープンを予定しています。2021年から段階的に進められてきた再整備プロジェクトは、24時間365日稼働する都市型病院において、患者搬送から医療機器の立ち上げまでを一日で行うという高度な要件を伴う挑戦でした。
この取り組みを支えたのが、JR東日本グループの物流企業である株式会社ジェイアール東日本物流(本社:東京都墨田区、代表取締役社長:野口 忍)と、三菱商事系の医療物流大手で、医療機器の導入支援にも実績のあるエム・シー・ヘルスケア株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:三池正泰)です。
限られた敷地、複雑な法規制、新型コロナウイルスの影響など、さまざまな制約の中で、診療を止めずに病院を移転するためには、計画性と現場対応力の両立が欠かせません。5カ年にわたり協働を重ねてきた病院、物流、医療機器の三者が、どのようにして一つの目標に向かって歩調をそろえ、計画をやり遂げたのか。そのプロセスには、今後の医療インフラ整備に役立つ多くの学びが詰まっています。
診療を止めない移転を支えた病院内のチーム力
病院側の体制と「止めない医療」の前提
今回の移転プロジェクトは、老朽化した旧病棟の隣接地に新たな病棟を建設し、診療を継続しながら準備を進め、最終的には一日で病院機能を切り替えるという、極めて難度の高い計画としてスタートしました。限られた敷地内で医療を維持しつつ、新しい病院の姿をかたちにしていくには、院内の計画・調整、関係者間の合意形成を担う体制が重要な役割を果たすこととなりました。この中核を担ったのが、JR東京総合病院の事務部 企画総務ユニットに設置された、諸田 淳氏をリーダーとする院内6名からなる病院建替の専従チームです。医師1名、建築・電気・情報システムの技術職3名、看護師経験のある事務部員から構成され、技術面と現場視点をバランスよく取り入れています。
諸田氏は「病院移転は強いプレッシャーと向き合い続ける仕事です。患者さんの急変や不測の事態に備えながら、院内外の多くの関係者と調整を進める必要があります」と振り返ります。その言葉には医療の継続という社会的責任に応えていくという強い責任感が表れていました。
このチームは今回の移転を病院全体の機能更新と位置づけ、診療の連続性と安全性を最優先に据えてプロジェクトを推進してきました。また、技術職と医療職による混成チームであることは、設計要件と現場ニーズのあいだにあるギャップを埋めるうえでも大きな力を発揮しました。
さらに、外部のパートナー企業にとっての「各種の連絡窓口」を一本化し、病院全体の合意形成を内側から統率する“司令塔”としても機能しており、これが「止めない医療」を支える体制の要となっていたのです。
病院移転を支えた「チーム」。最左がJR東京総合病院 諸田 淳氏、
右手がジェイアール東日本物流 菅野信裕氏(左)、須﨑公祐氏(右)、
奥がエム・シー・ヘルスケア 機器事業部 副部長 榎本 勉氏(左)、田端健人氏(右)。
都市の中で病院を動かす――物流2社の現場力とは
都市型の立地がもたらす難しさ
JR東京総合病院は、新宿駅南口から徒歩数分という都心の一等地に位置しています。甲州街道と小田急線の踏切のあいだに位置する敷地はオフィスや商業施設が密集するエリアにあり、日中は車両と人の流れが途切れることはありません。こうした大都市特有の環境のもと、病棟の建て替えと病院機能の移行を両立させるには、通常の再整備とは大きく異なるレベルの計画力と現場対応力が求められました。たとえば、病院敷地内の動線は限られ、駐車スペースもごくわずかです。たった一台の車両の滞留が、他の工程全体に支障を及ぼしかねない構造のなかで、診療を止めることなく機能を移すには、あらゆる段取りを事前に可視化し、病院全体の物流と医療機器の据付の両面から工程の最適化を図る必要がありました。
この実行支援を担ったのが、株式会社ジェイアール東日本物流とエム・シー・ヘルスケア株式会社です。プロジェクトの初期段階から両社は病院側と連携し、2021年には工程の全体像を設計開始し、以降は現場に即した実務へと段階的に移行していきました。
ここで特徴的だったのが、ジェイアール東日本物流が「元請け」としてプロジェクト全体の統括を担い、エム・シー・ヘルスケアが「孫請け」の立場で医療機器分野を担当したという座組みです。この役割分担は、意思決定の整理と連携の円滑化に寄与し、病院側との対話を一貫性のあるものとするうえでも、非常に有効に機能しました。
ジェイアール東日本物流からは、須﨑公祐氏(移転引越総合オフィス リーダー)、菅野信裕氏(同)、藤本健司氏(同)が参画し、移転直前期には現場常駐による緻密な計画づくりを行うなどして、病院内各部門との調整を担いました。
エム・シー・ヘルスケアからは、機器事業部 副部長 榎本 勉氏(プロジェクト統括)以下、田端健人氏(設計調整・据付管理)、川田冴太郎氏(調達・価格交渉)、清水丈瑠氏(搬入管理)が加わり、医療機器の選定・設計・調達・搬入・据付といった一連の業務を専門的に支援しました。

床をキズや汚れから守るため、ビニールシートやマットが敷かれた。
細部1つとってもジェイアール東日本物流の提供品質の高さが伺える。
ロードマップ設計という支援――ジェイアール東日本物流の実行力
ジェイアール東日本物流は、移転業務全体の物流面を統括するだけでなく、初期段階から計画策定に深く関与し、工程全体の「見通し」を構築する役割も果たしました。2021年の段階から必要な業務タスクと所要期間を洗い出し、2022年度には購買計画を策定。以降は、病院内の動線や部門ごとの事情を踏まえつつ、発注や搬入スケジュールを段階的に具体化していきました。
JR東京総合病院の諸田氏は、「病院移転のスケジュールやロードマップを明確に示していただけたことは、非常に大きな意味がありました。これまでの病院移転の支援実績をもとに、何をいつまでに終えるべきかという具体的なベンチマークを共有いただけたことで、私たちは院内の意識づくりや調整に専念することができたのです」と語ります。
工程ごとのマイルストーン、関係者間の調整手順、搬入時の動線設計に至るまで、同社が提供した「計画の骨格」は、病院にとっても確かな基準となり、プロジェクト全体の予見性と安定性を高める支えとなりました。
医療機器の導入計画を一気通貫で――エム・シー・ヘルスケアの構想力
医療機器の移設・導入については、エム・シー・ヘルスケアが中核を担いました。特に2022年春からは現場ヒアリングと既存機器の棚卸しを本格化させ、継続使用の可否、新規導入の必要性、部門ごとの運用方針を丁寧に整理していきました。
その後は、新棟の設計図面と設備条件の整合を確認する作業に移行し、電源容量、床荷重、遮蔽構造、排気条件などについて、建築設計側と密接な調整が重ねられました。
2023年には、機器選定・価格交渉・納期調整・据付計画が本格化しました。医療機器に関してはさまざまなメーカーやベンダーが関与しますが、あくまで医療現場のニーズに沿うかたちで性能・価格・導入時期を総合的に勘案した最適な選定ができるように慎重に進められました。
ゼネコン側との折衝を担当したエム・シー・ヘルスケアの田端健人氏は、「難しいのは、病院が機器メーカーを最終決定する前に、建設側で給排水や電源の位置などの仕様を確定しなければならない点です」と語ります。こうした“設計より先に実装条件を固めなければならない”という医療機器導入特有の課題に対しても、同社は早い段階から調整の余地を設計に織り込み、計画全体の安定性を高める判断を積み重ねていきました。

JR東京総合病院(中央)、ジェイアール東日本物流(右)
エム・シー・ヘルスケア(左)の三者が協働で成功させた病院移転。
「何事もない移転当日」を成立させた計画設計と連携の質
新棟開業が意味するもの
2025年3月24日、JR東京総合病院の新棟「A棟」とリニューアルを終えた外来棟「B棟」が、予定通り本格稼働を開始しました。3月22日午前中から患者搬送が行われ、新たな病棟内での医療機器の立ち上げ、食事配膳、看護業務などが順次スタート。当日夕方には通常通りの診療体制が整い、「何も起きなかった」かのように、ふだん通りの病院の1日が営まれていきました。
外部から見れば当たり前のように映る、新しい「A棟」「B棟」の静かな立ち上がりこそ、数年にわたる準備と調整の積み重ねが形になった瞬間でした。病院、物流、医療機器――それぞれが高い専門性を発揮し、計画通りに一つのゴールを迎えた日でもありました。
目的志向の計画立案――連携の要諦として
このプロジェクトを貫いた基本方針は、「移転当日から稼働できる状態にする」という明確な目的から逆算して、すべての工程を設計することでした。JR東京総合病院の諸田氏が一貫して掲げていたこの方針は各関係者の判断基準となり、工程のすれ違いや方針の食い違いが起きた際も、最終的な目的に立ち返ることで方向性を揃えることができました。搬入・据付・試運転といった準備は、すべて「移転と同時に使える状態」を目指して進められており、その意識は病院関係者だけでなく、物流面からの支援を担ったジェイアール東日本物流やエム・シー・ヘルスケアにも深く共有されていました。
それぞれの立場が異なっていても、全体の計画を自らの責任として受け止め、役割を果たす、このような目的志向の姿勢が、当日の安定稼働を支える確かな土台となったのです。

開業直前期の受付付近の様子。開放感があり、造作も美しい。
物流の要としての統合調整――ジェイアール東日本物流の現場力
物流の要として統合調整を担ったのが、ジェイアール東日本物流でした。すでに述べた通り、同社は工程管理と関係者間の調整を一手に引き受け、プロジェクトマネジメントの中核を担いました。病院内外の連携を確実に整えながら、移転という複雑な全体像を着実に前進させていきました。現場では、須﨑公祐氏、菅野信裕氏、藤本健司氏を中心とするチームが、病棟ごとの構造や動線を把握し、搬入作業や備品配置に柔軟に対応しています。病院スタッフや複数の関係業者と密に連携しながら、各工程を丁寧に積み重ねることで、混乱のない立ち上げを実現しました。
物流は価格で判断されがちですが、実際には計画を立てる力や調整の巧みさ、現場で作業を担う人々の判断力や熱意といったヒューマンスキルがものを言います。現場からは「動きに無駄がなく、プロフェッショナルの姿勢を感じた」との声も寄せられました。日本を代表する企業グループならではの経験と総合力が、こうした安心感を下支えしました。
医療機器のスムーズな立ち上がり――エム・シー・ヘルスケアの対応力
医療機器の導入と稼働においては、エム・シー・ヘルスケアの現場対応力が大きな成果を残しました。2022年春の現場ヒアリングから始まった準備は、2025年3月の本番に向けて段階的に進み、計画通りの稼働を実現したのです。移転当日においてとりわけ象徴だったのが、血管撮影装置(アンギオグラフィ装置)の導入です。遮蔽構造、電源、床荷重、配線ピット、天井アンカーなどの厳格な設置条件をすべてクリアし、試運転・接続調整を経て、「診療と同時に使える状態」での稼働が実現しました。
諸田氏も「最初から問題なくアンギオが動き出したのは非常に印象的でした」と話しており、その完成度の高さが語られています。
現場に寄り添った調整と技術的な確実性が合わさったことで、病院スタッフにとっても安心して立ち上がりに臨める環境が整ったのです。
都市型病院移転の未来に向けて――再整備の続きと新たな標準の確立
七合目からの視界――再整備の現在地とこれから
これまで見てきたとおり、2025年3月24日、新病棟「A棟」と外来棟「B棟」が本格稼働を開始し、JR東京総合病院の移転プロジェクトは大きな節目を迎えましたが、病院再整備計画全体としては、まだ途上にあります。今後は旧病棟の解体を経て、中庭を含む敷地全体の整備が進められ、2028年春の完了が見込まれています。しかしこの長期プロジェクトの中でも、2025年3月24日の移転は、最も複雑かつ重要な工程でした。JR東京総合病院の諸田氏も「ようやく七合目にたどり着いた」と語ります。そこにはひとまずの達成感と、残る課題への冷静なまなざしが入り混じっていました。
移転後も続く物流・流通支援、深化する病院との関係性
新棟の稼働という大きな区切りを越えても、プロジェクトを支えた協力関係は途切れることなく続いています。移転という一度限りの取り組みを経て、企業との関係性は、単なる業務委託から実務に根ざした「伴走型の協働」へと形を変えつつあると言い換えてもよいかもしれません。たとえば、ジェイアール東日本物流は現在も院内物流の一部を担い、病院の安定的な日常運営に貢献しています。病棟ごとの構造や職員の動線を踏まえた対応は、単なる一過性の業務委託では成し得ない信頼の厚みを感じさせます。
また、エム・シー・ヘルスケアも、移転後に発生する医療機器の追加導入や更新対応に引き続き関与しており、プロジェクトを通じて培った現場感覚や丁寧な対話力が、今後の設備整備においても有効に機能していく見通しです。

病院内のコンビニは、JR東日本系の「New Days」が入居した。
次につながる目的志向の協働モデル
今回の協働において注目されるのは、「元請け」と「孫請け」という立場の違いを超え、むしろこの明確な役割分担こそが意思の統一を促進する効果を生んだことです。全体を統括するジェイアール東日本物流の方針と、医療機器を取り扱うエム・シー・ヘルスケアの専門性が呼応し、計画性と柔軟性が高度にかみ合いました。その実際の進行には、二層の構造が見てとれます。
こうした連携について、エム・シー・ヘルスケアの榎本 勉氏は「ジェイアール東日本物流にプロジェクトマネジメント業務を担っていただいたことで、関係者間の連携が非常にスムーズに進みました。一般的な体制とは異なりますが、確かなモデルケースになったと感じています」と語ります。
この滑らかな運用を支えていたのは、構造としての仕組みの完成度と、その中で積み重ねられた日々の丁寧なコミュニケーションです。異なる専門性を持つ組織が、立場の垣根を越えて歩調を合わせた今回の取り組みは、都市部の大規模施設に限らず、他地域の中規模施設にも応用できる実践知として広がっていくでしょう。
「止めない病院移転」という公共性の高いテーマに、都心という制約の多い環境下で真正面から取り組んだ5年間の歩みは、単なる成功体験にとどまらず、今後の医療インフラ整備に向けた現実的な設計思想を提示しています。そして何よりも、このプロジェクトで積み上げられた経験は、次に挑む移転案件に向けての確かな足場となっていきます。関係者が互いを信頼し、それぞれの責任をまっすぐに果たしたこと――それこそが、3月24日の「何事もない移転当日」を可能にした最大の要因だったのかもしれません。

2025年3月24日に開業したJR東京総合病院 「A棟」
(JR東京総合病院 移転概要)
JR東京総合病院が新しく生まれ変わります~3月24日新病棟「A棟」開業、外来棟「B棟」リニューアル~PR TIMES×
(病院概要)
東日本旅客鉄道株式会社 JR東京総合病院
所在地:151-8528 東京都渋谷区代々木2-1-3
TEL:03-3320-2210(代表)
病床数:401床(一般急性期341床、HCU12床、回復期リハ病床46床、結核病床2床)
https://www.jreast.co.jp/hospital/
(会社概要)
株式会社ジェイアール東日本物流
代表取締役社長 野口 忍
所在地:東京都墨田区錦糸3-2-1
TEL:03-3829-5111(代表)
https://www.jrbutsuryu.jregroup.ne.jp/
エム・シー・ヘルスケア株式会社
代表取締役社長 三池正泰
所在地:東京都港区港南2-16-1品川イーストワンタワー12階
TEL:03-5781-7800(代表)
https://mc-healthcare.co.jp/
(執筆:エム・シー・ヘルスケア株式会社 事業開発部 板橋祐己)