女子卓球の勢力図を揺るがす試合だった。現在開催中の卓球、WTTチャンピオンズ重慶。
(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)
波乱の予感を際立たせる「巻き込みサーブ」
10日に行われたWTTチャンピオンズ重慶、女子シングルス1回戦。世界ランク2位の王曼昱に同13位の大藤沙月が挑んだ一戦。波乱の予感は第1ゲームからあった。
大藤は巻き込みサーブを主体に試合を展開する。まずは王のバック深い所にこのサーブを食い込ませる。王は序盤からこのサーブを取ることに苦戦した。
4-3からは巻き込みサーブを今度は王のフォア前に出して翻弄する。コース取りの戦術が見事だ。長さも絶妙で、バックの深いところに入れた巻き込みサーブとは違い、ここではツーバウンドするかしないかくらいの長さで出している。
王の判断、台上処理の形で出したラケットの角度を見ると、おそらくこのサーブは「ギリギリ台上でツーバウンドする長さ」だろう。
この絶妙な長さの調整から、大藤がどれほど巻き込みサーブの練習を重ねてきたかがわかる。
回転量も抜群で、横回転系の強い回転がかかっていた。王はこのレシーブが大きく浮いてしまい5―3となる。
9-6からは巻き込みサーブをまたバックの深いところへ。これがサービスエースとなるとそのまま11-7で大藤がこのゲームを取り切る。
冴え渡るバックミートとのコンビネーション
この「巻き込み」という切り方のサーブ。
かつて頭角を現した頃の伊藤美誠にも、巻き込みサーブからのフォアハンド一発抜き。それが返球されると「みまパンチ」と称されるカウンターのフォアスマッシュという「組み合わせ」があった。
今回の大藤にもそれを想起させるようなコンビネーションが見られた。巻き込みサーブからの、バックハンド連打という組み合わせだ。
バックミートの連打での打ち合いの精度もこれまで以上に上がっていた。巻き込みサーブで浮かせてチャンスボールを作ってからバックミートの打ち合いに入る。
また、王は巻き込みサーブをレシーブすることにまず意識がいく。その結果、バックミートの激しい打ち合いでいつもより精彩を欠いていった。
この試合、王が不調のようにも見えたが、巻き込みサーブがよく効いていることで、すべてのバランスが崩れていったように感じる光景だ。
何より、これまで中国のトップ選手は男女を問わず危ない試合になればなるほど、逆襲のアイデアが詰まったプレーを次から次へと繰り出してきた。調子が落ちてきたと感じさせたときほど、むしろそこから勝負強さの塊のようになって、相手選手を捻じ伏せる光景を見せてきた。
しかしこの試合では、王からそうした逆転の手立ては出なかった。それほどまでに大藤のサーブはこのゲームを最後まで支配していくことになる。
王曼昱を迷わせた「切り方」の違い
第2ゲームも3-1とリードし、巻き込みサーブからバックミート一発で決めて4-1と突き放す。この展開が本当に多い。11-5とこのゲームを連取。
第3ゲームも序盤から手を緩めずに大藤が攻めると、3-0で中国側がタイムアウト。流れを変えようと試みるが、この日は打開策を見つけることができなかった。
ここからまた巻き込みサーブに入るが、ここでの切り方に変化があった。切った直後に、ラケットを台の下に落とすようにして、どう切ったか見せないフォロースルーがついた。
8-2からは、また序盤に見せた「王のフォア前への短めの巻き込みサーブ」。ただ、ここでもフォロースルーに微妙な変化を感じる。「順切りサーブ」で切った後に、巻き込みサーブのフォロースルーをつけたような切り方を見せた。
一見、同じように「レシーブを浮かせてバックミート一発で決めている」のだが、この切り方のバリエーションの小さな変化が王を戸惑わせた。
思いもかけない一方的な展開の中、攻めの姿勢を崩さなかった大藤が11-3で完勝。付け入る隙を与えずにこの試合を制した。
誰もが予測できなかったストレート勝ち。そこにはやはり、この試合で大藤が見せた巻き込みサーブの「切り方」にカギがありそうだ。
大藤が見せた「切り方」のバリエーション
巻き込みサーブには、いろいろな切り方がある。
最もポピュラーな切り方は、ラケットを体の後ろから、前に押し出すようにして切る出し方だ。
大藤もこれまでは、この定石通りの切り方の巻き込みサーブを得意としてきた。しかし、このゲームでは違う切り方も見せていた。
卓球選手たちから「順切り」と言われる切り方でサーブを出し、フォロースルーを巻き込みサーブのフォロースルーに変えて、相手に「下回転系を切った」のか「縦・横回転系」を切ったのかわからなくするような出し方に見えた。厳密にそのように意識して切ったわけではないかもしれないが、フォロースルーが変わったことで、サーブの種類をわからなくさせていた。
これは、名称としては「キックサーブ」と呼ばれることもあるサーブに近い。例えば平野美宇は、伊藤美誠と同じく巻き込みサーブをよく使っているが、近年では「巻き込みサーブ風キックサーブ」というものも研究して使っている。
今回の大藤は、第1ゲームでは通常の巻き込みサーブの切り方をしていた。しかし、その後第3ゲームの頃には、キックサーブを出したようなフォロースルーに変えていた。
日本人選手相手に7年間無敗を誇る王曼昱は、孫穎莎と並ぶ中国のツートップといえる存在。その難敵にストレート勝ちというのはまさに大金星だ。
そこには、伊藤美誠、平野美宇、そして大藤沙月と、日本女子卓球が大切に温め、そして極めてきた「巻き込みサーブ」という立役者があった。
「日本の伏兵」ではなく「世界の主役」に
中国メディア「文匯報」は、大藤の攻めるプレーを褒め称える一方で「力が出なかったのか、王の敗戦は偶然の出来事であったはずである」といった報道をしており、あくまで「偶然」としているようだ。
確かにこの試合の王は、特に後半において、いつもより挽回してくるような覇気を感じなかった。だが、勝負を分けたのは単なる王の不調だけではないはずだ。
卓球競技において「サーブが取れない」ということは、何よりもプレッシャーになる。「試合中にメンタル面が崩れるカギ」になる。
サーブが取れずに、他のプレーもどんどん精彩を欠いていくこと。これはプロでもアマチュアでもよく見られる光景の一つ。大藤が凄いのは、それを最強中国のエース格を相手にやってのけたことだ。
これまでも世界を驚かすような試合を、何度も見せてきた大藤。
しかし、今回の切れ味と種類を増したサーブを主軸にした戦いぶりは、打倒中国に向けて「日本の伏兵」ではなく「世界の主役」にまで上り詰めることのできる可能性を感じさせた。
これはほんの序章に過ぎず、新しい武器を身につけた大藤沙月の快進撃は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない。
<了>
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