なでしこジャパンが3月21日(日本時間18時キックオフ)に行われるAFC女子アジアカップ決勝で、開催国・オーストラリアと対戦する。ここまで5試合で28得点1失点と圧倒的な数字を残してきた日本にとって、最大の難敵が最後に待ち受ける。
(文・文中写真撮影=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=AP/アフロ)
圧倒的な数字が示すなでしこの現在地
なでしこジャパンが2大会ぶりのアジア制覇にあと一つまで迫った。マチルダス(オーストラリア女子代表の相性)が待ち受ける決勝の舞台は、約8万2000人収容のスタジアム・オーストラリア(シドニー)だ。
今大会のなでしこジャパンは、圧倒的に強い。得点した選手は14人、総シュート数は163本で、相手に打たれたシュートはわずか7本。ボール保持率も高く、グループステージでは約9割、ノックアウトステージでも8割前後を維持してきた。アジアではこれまで、引いて守備を固める相手を崩すのに苦労する試合が少なくなかったが、そうした“壁”をものともせずに大量得点を重ねている。
その背景にあるのは、攻撃パターンの多さと選手層の厚みだ。フィールドプレーヤー23人のうち14人が得点していることも、それを裏づけている。
韓国との準決勝は、最も駆け引きの緊張感が見えた試合だったが、それでも、終わってみれば力の差ははっきりしていた。以前とは違う日本の強さを、司令塔の長谷川唯は冷静に見ている。
「一人一人の強度が高くなっているので、相手にとっては守りづらさがあると思います。前半はサイドで人数をかけて対応されましたが、後半は(相手が疲れて)1対1の場面が増え、センターバックのスライドが遅れたり、サイドの選手がカバーに入れない局面も出てきた。そういう部分に、個々のレベルアップが表れていたと思います。対人に強い選手が揃っているので、1対1でスペースのある状態を作りたいと思っていました」
日本はフィジカルの弱さを、組織で補う――そんな見方が当てはまる時代ではなくなった。海外組を筆頭に、高い強度の中で心技体を鍛え、球際の強さや戦術眼を磨いてきた選手たちが、チームの成長を支えている。
接戦をくぐったマチルダスとの決戦
一方で、準決勝の韓国戦ではそれまでの4試合から相手の強度が急に高くなり、今大会で「攻められ慣れていない」が故の”空白の時間帯”も生じた。最終ラインを統率する熊谷紗希が挙げたのは、相手がリスクを負って攻め込んできた時間の守り方だ。
「相手に前から来られた時間帯に守備がうまく機能せず、自分たちで試合をコントロールしきれなくて失点しました。前半から守備のカバーが少し深すぎて、最後の局面でボールに寄せ切れなかった。そこは修正して決勝に臨みたいです」
一方のマチルダスは、接戦を勝ち切る経験を重ねてきた。グループステージで韓国と3-3で引き分けたためグループ2位通過となり、準々決勝は北朝鮮に2-1、準決勝は中国に2-1。苦しい試合をくぐり抜けながら、決勝までたどり着いた。
日本は2025年2月のシービリーブスカップでは4-0で勝っている。
日本を率いるニルス・ニールセン監督も決勝を「激しいバトルになる」と見通し、オーストラリアのエースで代表通算最多得点を誇るサム・カーを「世界有数のストライカー」、高い足元の技術と創造性で前線に変化をもたらすメアリー・ファウラーを「特別な選手」と評した。
ただし、日本には相手が強いほど気持ちが前に出る選手が多い。アメリカでプレーする守屋都弥にとって、身体能力が高いオーストラリアの選手たちは、むしろ感覚が調整しやすい相手だ。
「これまで戦ってきた相手の中では、一番アメリカの選手に特徴が似たチームかなと思います。普段プレーしている環境に近いので、1対1でやられないことや、仕掛けのところで自分の強さを出せたらと思っていますし、対戦が楽しみです」
マチルダスが国の風景になった理由
今のオーストラリアには、日本がまだ追いつけていない部分がある。女子代表の存在感であり、それを支える環境だ。開幕戦のオーストラリア対フィリピンには4万4379人、同韓国戦には6万279人が集まり、チケット販売は30万枚を突破。大会全体で過去最高水準に達している。日本対フィリピンにも1万3000人超が入り、開催国が絡まない試合としては過去最多だった。
現地で感じるのは、女子アジアカップが街の中まで広がっていることだ。地下鉄や観光地など、街中の目立つ場所に大会のビジュアルが掲げられ、また日本が使用した練習施設の一つは「サム・カー フットボールセンター」だった。
その“熱”の土台にあるのは、2023年女子ワールドカップだ。大会全体の観客数は約190万人。国内ではオーストラリアの準決勝イングランド戦の視聴者数が最高1115万人を記録し、直近20年間の国内で最も見られたテレビ番組となった。大会の経済効果は約1240億円と見積もられ、レガシーとして約370億円が女子・女子ジュニアを中心とした施設整備や育成環境に投じられた。
余波はさらに広がり、マチルダスは「オーストラリアで最も価値の高いスポーツブランド」と位置づけられ、メディア価値は約2800億円と試算された。運動習慣の広がりによって、国民の医療費が約310億円抑えられる可能性も指摘された。
その熱は、ワールドカップ後も続いており、今回のアジアカップでも、マチルダス戦は地上波と配信で広く届けられている。
21日の決勝に向けて現地入りした日本サッカー協会の宮本恒靖会長も、オーストラリアでマチルダスが生み出している熱を強く感じていた。
「マチルダスはブランド力がすごくあって、ワールドカップ以降、子どもたちや新しいファンも増えていると聞いています。選手たちにもそれを感じてもらいたいし、その状況を日本でも作れたらと思います」
勝利を先へつなげるために
2011年のワールドカップ優勝は、日本女子サッカーにとって大きな到達点だった。ただ、その熱や価値を、その後の環境整備や競技の広がりに十分つなげ切れたかといえば、そうは言い切れない。
それでも、欧米を中心に女子サッカーの環境整備が進む中で、昨年以降、なでしこジャパンを取り巻く条件も少しずつ変わってきた。宿泊は2人部屋からシングルになり、移動はビジネスクラス、トレーナーも選手の希望を受けて2人から3人へと増員された。一つ一つは小さく見えても、選手が結果に集中するための条件は着実に整いつつある。宮本会長が見据えるのは、代表が結果を出し、その価値を女子サッカー全体へ返していく流れだ。
「『競技面の成果』『女子サッカーの拡大』『サッカーの社会的な価値を上げる』という3つのゴールを掲げている中で、女子サッカーの拡大にはなでしこジャパンの活躍が欠かせない。もう一回ワールドカップ優勝を目指せるよう、選手たちの要求にも応えながら、結果につながる環境作りに取り組んでいます。成績を残して価値を高め、その先で得られたものを女子サッカーや育成、地域へ投資していく。そうやって基盤を強くしていきたいと思っています」
代表の強さを、その先へどう広げていくのか。宮本会長が描くのは、代表の活躍がリーグや育成の価値を押し上げ、次の世代の入口を広げていく循環だった。
「(代表の)ブランド力をもっと高めていくことが、WEリーグや女子の高校サッカー選手権、皇后杯など、さまざまな大会や舞台の価値向上につながると思います。そうすることで、『女の子たちがサッカーをやりたい』と思った時に、その受け皿で始めた子たちが続けていける環境を、時間はかかっても整えていく必要があると思います」
オーストラリアのスタジアムに広がる光景を、遠い理想にしたくはない。なでしこジャパンの活躍が新しいファンや子どもたちの憧れにつながる循環を、日本でも生み出すことができるか。
開催国オーストラリアの熱狂を真正面から受ける決勝は、これ以上ない舞台になる。過去のワールドカップやオリンピックの大一番にも重なるような超アウェーの空気の中で勝てば、ワールドカップ優勝という目標への道筋も、よりはっきりと描けるようになるはずだ。
<了>
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